「……と、言うわけで、この堀北で起こっている失踪事件は、すべて、その旧校舎の、魔法陣にあったの。あそこから、悪魔が出入りしてたんだね」大学からの帰り道、あたしは理名と亜美を連れて堀北中学の前を通り、旧校舎を示しながら、3日前の出来事を説明した。「でも、もう大丈夫。あたしがその魔法陣、消したから。いやあ、落書き落としを落としたときにはどうなるかと思ったけど、ポテトチップスを使って、なんとか消すことができたんだよね。これも亜美のおかげだよ。ありがとね」
話を聞いた瞬間、理名はため息をつき、胡散臭そうにあたしを見た。「寝ぼけてるのか、コイツ」と、その目が語っている。
「ホントだって。ホントにいたのよ、悪魔が。あたしの友達、屋上から飛び降りそうになったんだからね」
必死で説明するも、理名は、「はいはい」といった感じで、呆れたように首を振った。ま、あの現実主義者に話したのが間違いだった。
「亜美は信じてくれるよね?」
「へ? あ、うん。えーっと。まあ、この世界にはまだまだ科学の力で解明できていないこともあるからねぇ」
一応フォローはしてくれてるものの、口調は明らかにあたしのことを疑っている。
「本当なんだってば! 2人も調べてみなよ。この堀北では、本当にたくさんの失踪事件が起きてるんだから!」
あたしは力説する。1983年に起こったオカルトマニアの中学生9人の失踪事件に始まり、1984年の中学生の男女失踪事件。1986年の事件。1989年の事件。などなど。
「確かに、そういうデータもあるわね」理名が言った。「少し前にうちの大学のエレベーターの下にあった大量の死体も、まだ未解決なままだし……変わった事件が多いのは確かね」
「でしょ?」
「でもねぇ。それが悪魔の仕業っていうのは……」
むう。あれだけ苦労したのに、理名も亜美も信じようとしない。まあ、客観的に考えればとても信じられる話ではないだろうけど、友達なんだから、少しは信じてくれてもよさそうなものだ。それに、確率が低いからと言って、起こっていないとは限らない、と言ったのは亜美じゃないか。
「ホントなんだってば。悪魔を呼び出す方法だって、ちゃんと、偉い学者の人が発表してたんだから。確か、1872年の12月24日だったかな? 悪魔を召喚する方法を発表した学者がいたそうなの。当時、その研究結果は新聞でも大きく取り上げられ、話題になったそうだよ」
「1872年の12月24日?」突然、亜美の目が変わった。「それ、日本?」
「へ? うーんと……」記憶をめぐる。確か、日本の学者と書かれてあったような気がする。「うん、そうだけど」
「その情報、どうやって知ったの?」
「インターネットで検索したら出てきたんだけど、それがどうかしたの?」
なんだろう? 急に亜美の人が変わった。いつもののほほんとした亜美から、天才の亜美に。
「その情報、間違ってるよ。1872年の12月24日は、日本には無い日付だわ」
――――。
は?
どういうこと? 何で?
「1872年――つまり明治5年の12月、日本はそれまでの太陰太陽暦から、現在の太陽暦を採用した。太陰太陽暦で明治5年12月3日となる日が、明治6年1月1日になったのよ。だから、明治5年の12月3日から12月31日は、存在しない日付なの」
そう言えば、以前奈々からそんな話を聞いたことがある。
「ちょっと待って。じゃあ、あのとき見た情報は、何だったの?」急に不安になる。
「まあ、所詮はインターネット上の情報よ。日付を間違ったのかもしれないわね」理名が言った。
でも、亜美は。「そうかもしれないけど……少なくとも、日本でそんな研究結果が発表された、なんて話は無いわ。まして、それを新聞で取り上げただなんて」
他の人ならともかく、亜美がそう言うと、妙に説得力がある。
亜美の言うことが本当なら。
あの、悪魔について書かれたページは、いったいなんだったのだろうか?
ネット上の情報だ。信頼性には欠ける。まったくのデタラメだったという可能性は大いにある。
でも、あのページで紹介されていた魔法陣とまったく同じものが、旧校舎の4階の教室に描かれてあった。そしてそこには、悪魔らしき姿も。
これは、いったいどういうことだろう。あの魔法陣は、魔法陣ではなかったのだろうか? あの悪魔は、悪魔ではなかったのだろうか?
じゃあ、あたしが3日前にやったことは、何だったのだろうか?
と――。
ケータイが鳴った。見ると、奈々だった。
奈々は週末まで堀北に滞在している。土曜の夜にはみんなでご飯を食べに行こう、と約束してあった。たぶんそのことだろうな。悪魔のことは気になったけれど、それはひとまず置いておいて、ケータイに出る。
「もしもし、奈々? どうかした?」
奈々の明るい声が聞こえてくる――そう思ったけど。
「宮崎結衣、だな?」
低い、男の人の声。
心臓をわしづかみにされた――そんな、漠然とした不安を感じる声だった。
「――誰?」
恐る恐る聞く。聞き覚えのある声のような気もするけれど、思い出せない。何故、奈々の電話からかけてきているのだろう? 奈々は?
困惑するあたしに構わず、電話の向こうの誰かは言葉を継ぐ。「これ以上その旧校舎には関わるな」
有無を言わせぬ口調。
心臓の鼓動が、徐々に大きくなっていく。今すぐ電話を切ってしまいたい。そんな衝動に駆られる。聞きたくないこと、聞いてはいけないことを、この電話は聞かせようとしている気がしてならない。
「我々は君の能力を高く評価している。特に、先日の実験は、大変有意義なものだった。Y.U.I.システムの完成に、また1歩近付いたよ。だが、君の能力はどうやら我々の想像をはるかに上回っているようだ。このままでは、計画そのものに支障が出かねない。邪魔になるようならば、君とて容赦はしない」
淡々と語る。
実験? Y.U.I.システム? あたしの能力? 何のことだ? 何を言ってるんだ?
いや――そんなことはどうでもいい。あたしが今、確かめなければいけないのは。
「あなたは誰? 何で奈々の電話からかけてきてるの? 奈々はどうしたの?」
あたしの質問を、その男は無視した。「これは警告だ。君が、これ以上余計なことをしないための」
そして、電話は切れた。
警告? 何が? 何で奈々の電話が? 奈々は……奈々は……?
何が何だか判らない。もちろん、答えてくれる人はいない。夕方の中学校前は、部活動や帰宅する生徒でにぎわっている。
と、そのとき。
生徒たちがざわめいた。
みんな、旧校舎の方を見ている。悲鳴を上げる子までいた。
「あれ……ヤバくない」亜美が指差す。
その方向を見ると。
旧校舎の屋上に、人影が見えた。
それも、金網の外側。わずかな足場に、その人は立っている。1歩踏み出せば、遥か眼下にコンクリートの地面が待っている。
その人影を見て。
「奈々!?」
叫ぶ。
間違いない。
かなり離れているけれど、あたしが奈々を見間違うはずがない。子供の頃かずっと一緒だった幼馴染、大親友の姿を、見間違えるはずがない。
あの娘は、あんなところで、いったい何をしているの!?
「結衣!」
理名の声が聞こえた。あたしは、思わず走り出していた。奈々が何のつもりであんなところにいるのかは判らない。とにかく、止めなきゃと思った。走った。全力で。
でも。
あまりにも、遠かった。
奈々が、1歩、足を踏み出した。
奈々の身体が空に舞った。そう見えた。そう見たかった。でも違った。奈々の背中に、翼は無い。
どさり。
あんなに高いところから落ちたのに、その音は、あまりにも現実味が無い、小さなゴミでも落ちたかのような音だった。
でも、その瞬間。
奈々の姿は消えていた。
そこにあるのは、なんだかよく判らない、大きな塊。
一見すると、人の身体のようにも見える。でも、違うものだ。だって、両腕が、あり得ない所で、あり得ない方向に曲がっている。腕だけじゃない。両手の指も、両足も、そして、首も。
コンクリートの地面に、赤い輪が広がっていく。ドロッとした赤いもの。血のようにも見えるけど、多分違うだろう。あんなに血が出たら、死んでしまう。
誰かが悲鳴を上げた。
空に突き刺さるような、甲高い、耳障りな声だ。うるさいなぁ。誰よ? 辺りを見回す。誰も叫んでいない。でも、悲鳴は聞こえる。声が嗄れるほどに叫び続けている。誰だろう? そういえば、なんとなく聞き慣れた声だ。誰だったっけ? 思い出せない。
理名が走って来て、あたしを抱きしめた。
何よ、理名。急に。恥ずかしいじゃん。そんなことを考えた。
誰かの叫び声は消えない。
誰か?
――――。
あれ? この声、もしかして、あたし?
そうだ。この声、あたしの声だ。
あたしの声だけど、まるでそれは、他人の声のように聞こえる。
目の前の光景も同じだ。
まるで、部屋でDVDでも見てるような、そんな現実感の無い映像に見える。
そうか。そうなんだ。これは、現実じゃない。
奈々が飛び降りた。4階建ての、旧校舎の屋上から。
そんなバカなことが、あるわけないじゃないか。
目の前のあの塊が、奈々であるはずが無い。
そうだ。あるはずが無いんだ。
理名は、痛いほどぎゅっと、あたしを抱きしめている。
叫び声は、まだ聞こえる。
――――。
これは一体、なんだ?
何が起こったんだ?
判らない。
判りたくない。
あたしは、叫び続ける。
(作者オリジナル)
(第3夜 終わり)