Y.U.I.~都市伝説ファイル~   作:ドラ麦茶

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極夜
夜道の女性の1人歩き注意


 その日、あたしは理名の家に遊びに行った。理名は郊外のアパートで1人暮らしをしている。「家賃が安いのはいいけど、交通の便が悪いのが欠点ね」と、常々本人が言っている通り、大学からバスを2度乗り継いで40分、バス停から家まで徒歩20分と、確かに交通の便は良くない。しかも、バス停から家までの道は人気の無い山道で、昼でも薄暗く寂しい通りだった。明るいうちに帰れば良かったんだけど、ついつい話し込んでしまい、気が付くと夜になっていた。理名が、「バス停まで送って行こうか?」と言ってくれたけど、往復40分の道に付き合ってもらうのも悪いので断った。でも、今はそのことを後悔している。昼でも人気の無いこの通りは、夜ともなればさらに寂しさを増す。街灯も少なく月も出ていない通りはほとんど真っ暗で、通る人はそのまま闇に溶けてしまうんじゃないか、なんて思ってしまう。

 

「バカバカしい。そんなことあるわけないじゃん」

 

 不安を振り払うように少し大きな声で自分に言い聞かせ、足を速める。時計を見ると、まだ8時前だ。それほど遅い時間ではない。帰宅するサラリーマンや学生の1人くらいいてもいいはずだけど、夜道には人っ子1人いない。この広い世界にたった1人、なんて気がしてくる。……ダメだ。変なことばかり考えてしまう。バス停まであと10分ほど。ここは、何も考えずさっさと通り抜けるのが一番だろう。

 

 と、道端の電柱に立てかけられてある大きな看板が目にとまった。女の人と、その背後から襲いかかる黒い影のイラスト、そして『夜道の女性の1人歩き注意!』という、警告を促す文字。人通りの少ない道路や、ひったくりや痴漢が多発する地域でよく見かけるやつだ。

 

 …………。

 

 ってことは何? この辺り、不審者が出るってこと?

 

 慌てて振り返る。今まで歩いてきた道が、闇の中に消えている。前を見る。これから進む道が、闇に消えている。あたし以外には誰もいない――ように見える。

 

 さっき、この広い世界にあたし1人、なんて怖いことを考えたけれど、もしかしたららそれは、まだマシなのかもしれない。この暗い夜道の闇に、悪意を持った何者かが潜んでいる――その方が、よっぽど怖い気がしてきた。

 

 だめだ。どんどんネガティブになってくる。誰よ。こんな看板立てたのは。こんな所で『夜道の女性の1人歩き注意!』なんて警告されても、今さらどうしようもないじゃない。ただ単に不安をあおるだけだ。この道を通る前に警告してよね。

 

 先を急ぐ。でも、歩いても歩いても、薄暗い道は続いている。深い森の中に迷い込んでしまったかのようだ。まさかあたし、一生この夜道をさまよい続けるの? ……だから、そんなわけないだろ。でも、判らない。とにかく、不安だけが膨らんでいく。そのまま不安に押しつぶされそうになったとき。

 

 目の前に、小さな明かりが2つ、浮かび上がった。

 

 まさか、人魂!? なんて思ったのは一瞬で、すぐに、車のヘッドライトだと判る。ゆっくりと近づいてくる。やがて、ヘッドライトだけでなく、車の屋根の部分にもライトが付いているのが判った。しめた。タクシーだ。しかも空車の表示。あたしは迷わず手を上げる。今日はタクシーで帰ろう。お金はかかるけど、このまま危険な闇の中をさまよい続けるよりは、何倍もましだ。

 

 しかし、タクシーの運転手はあたしと目が合うと。

 

 …………。

 

 そのまま行ってしまった。

 

 1人取り残されるあたし。

 

 何だ? 今の。あたしに気付かなかったのかな? そんな訳は無い。この道は、車道と歩道の区別すらない狭い道だ。車2台がすれ違うのがやっと、というほど。こんな道で手を上げているのに、気付かないはずがない。第一、運転手とは目が合ったんだ。向こうも確実にあたしを認識していたはず。それでもあのタクシーは通り過ぎた。つまり、いわゆる乗車拒否。しかも、こんな暗い夜道を1人で歩いているか弱い女の子を乗車拒否するなんて、ヒドイにもホドがある。後でタクシー会社に文句言ってやろうかしら。

 

 ……なんて恨みを並べても、タクシーは戻って来ない。まあ、戻ってきたところであんなタクシーには乗りたく無いけど。はあ。仕方ない。あたしは闇の中の道を、再び1人、とぼとぼと歩き始めた。

 

 そして、またしばらく歩くと。

 

 …………。

 

 誰か……いる。

 

 薄暗くて今まで気付かなかったけれど、あたしの前、20メートルくらい離れた先を、誰かが歩いていた。あたしと同じ方向、バス停の方に向かっている。やばい。痴漢さんとかだったらどうしよう? ……いや、早合点はよそう。いくら人通りの少ない道とは言っても、この辺に住んでる人はそれなりにいるんだ。しかもまだ8時。人が出歩いても何の不思議もない。それに、痴漢さんとかだったら、後ろからつけて来るのが普通だろう。前を歩いているんだから、多分違う。落ち着いてその人の姿を確認すると、長い髪にスカート姿。どうやら女の人のようだ。ラッキー。旅は道連れ世は情けと言うから、ここはお願いして、バス停まで一緒に行ってもらおう。多分あの人も、夜道に1人で不安なはずだから、きっと一緒に行ってくれると思う。あたしは小走りで女の人を追いかけた。すぐに追いつき、声をかけようとして。

 

 ぐき。

 

 何に躓いた。そのままあたし、すってんころりんと転ぶ。

 

 ……いったー。膝うっちゃった。何よ、もう。

 

 一体何に躓いたんだろう? 足元を見てみる。でも、そこには何も無かった。大きな石が落ちているわけでも、アスファルトが出っ張っているわけでも、段差になっているわけでもない。ただの平らな道路。一体何に引っかかったのか判らない。

 

 と、その瞬間。

 

 ――――!!

 

 けたたましい警笛音と供に、あたしの目の前を、すさまじいスピードで何かが通り過ぎた。その風圧で、髪がぶわっと舞い上がる。

 

 それはあまりに一瞬の出来事で、何が起こったかすぐには判らなかったけれど。

 

 通り過ぎたそれの後姿を見る。

 

 車だった。

 

 それも、大型のトラック。

 

 真っ赤なテールランプは、まるで、暗闇の中に獣が潜んでこちらを見ているかのようだ。それが見えなくなったとき、ようやくあたしは何が起こったか悟り、同時に、背筋が凍りつく思い。

 

 転んだあたしのすぐそばを、大型のトラックが駆け抜けたのだ。

 

 その差、数十センチ程度。もう少し勢いよく転んでいたら、確実に轢かれていた。そんな距離だった。

 

 ふと、前を見ると。

 

 あたしの目の前にいたはずのさっきの女の人は、どこにもいなかった。

 

 辺りを見回しても、誰もいない。ずっと1本道だ。曲がり角など無い。隠れられるようなところも無いし、仮にあったとしても、隠れる意味が判らない。まるで煙のように、その女の人は消えてしまった。

 

 …………。

 

 あたしは膝の痛みをこらえて立ち上がり、逃げるようにその場を離れた。5分ほどして、ようやくバス停に着く。ほっと胸をなでおろしたところで、ちょうどバスが到着したので、そのままバスに乗って家に帰った。

 

 何が何だか判らなかったけれど、ただ、胸の内に言いしれぬ不安だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 明奈に会ったあたしは、その夜にあったことを話した。すると明奈は、こう言った。

 

「あの道は、何年か前にひき逃げ事件があってね。女の人が亡くなったらしいわ。それ以来、幽霊が出るって、もっぱらのウワサよ。だからタクシーの人も、あの辺で女の人を見かけても、絶対に乗せたりしないそうよ」

 

 それを聞いたあたしの背中を、また冷たいものが走った。

 

 だから、あのとき通りかかったタクシーは、あたしと目が合ったのに、そのまま通り過ぎたのか……。

 

 そして。

 

 あたしが見た女の人。消えた女の人。あれは、ウワサの幽霊だったのだろうか?

 

 あたしがトラックにひかれそうになったのは、あの幽霊の仕業なのだろうか?

 

 今となっては判らないし、知りたいとも思わない。

 

 そう言えば……。

 

 あの道の途中にあった看板を思い出す。

 

『夜道の女性の1人歩き注意』

 

 1人歩きする女性に注意を促すには、あまりにも不自然な位置だった。あんな場所で警告されても、どうしようもないと思ったけれど。

 

 もしかしたらあれは、「夜、女性が1人で歩いている姿を見たら注意しろ」という意味だったのかもしれない――。

 

 

 

(都市伝説「夜道の女性の1人歩き注意」より)

 

 

 

 

 

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