日曜日。ヒマだったあたしは、久しぶりに明奈の部屋に遊びに行くことにした。
相変わらず1日中陽の当らないオンボロアパートの103号室の扉をノックする。が、返事が無い。出かけてるのかな? いや、その可能性は低いだろう、と思った。明奈は1つのことに没頭すると、周りが見えなくなる(もしくは、見えていても無視する)娘だ。特に、ゲームをしてたりパソコンに向かってたりするとその傾向が如実であり、部屋にいるときは大抵ゲームをするかパソコンに向かっているかのどちらかなのだ。しょうがないな。あたしは以前受け取った合鍵を取り出し、ドアを開けた。
「明奈、いるんでしょ?」
これまた相変わらず散らかり放題のゴミの山(明奈が言うには生活必需品)をかき分けて部屋の奥に行くと、案の定、明奈はいた。ネコのように丸めた背を向け、パソコンに向かっている。またゲームをしてるか怪しいサイトで怪しいファイルでもダウンロードしているんだろう、と覗いてみたら、意外にもモニターには、ワープロソフトの画面が映っていた。
「んー、結衣? 何か用?」モニターから目を離すことなく言う明奈。その表情は真剣そのもので、キーボードの上を、あたしとは比べ物にならない程の早さで、10本の指が駆け抜けて行く。
「ん。別に用ってほどのことは無いんだけど、ヒマだったから、生きてるか様子見に来ただけ。何やってるの?」
「レポート。明日までにまとめて提出しないといけないの。もうすぐ終わりそうだから、ちょっと待ってて」
ナルホド、レポートか。明奈のことだからワープロソフトでゲームを作ったりしているのかとも思ったけど、そうではなかったらしい。
明奈は市内の情報処理系の専門学校に通っている。以前も確率統計に関するレポートを書いてたっけ。
「ん、了解。お茶でも入れるね」あたしは明奈の邪魔をしないように、再びゴミの海をかき分け台所に戻り、やかんに水を入れコンロに掛けた。食器棚からティーセットを取り出し、インスタントのコーヒーを用意する。部屋に戻っても明奈はまだパソコンに向かっていたので、そばにそっとコーヒーを置き、あたしは部屋の隅を適当に片付けて腰を下ろす。そして、コーヒーをすすりながら、しばらくボーっと明奈の後姿を眺めていた。
「……っと。こんなもんかな」
しばらくパソコンと格闘していた明奈。ようやく完成したらしく、肩をぐるぐる回しながら、満足げな声で言った。
「できたの? おつかれ」
「ホント、疲れたよ。昨日からほとんど寝ずにまとめてたからね」
やれやれという表情でコーヒーを飲む明奈。言葉とは反対に、あんまり疲れたようには見えない。あたしはパソコンの前に1時間座っているだけで、腰も目も疲れて我慢できなくなる人間だけど、明奈は何時間座っていても、割と平気な人種なのだ。
「で、何のレポートまとめたの? 今回はまともなレポートなんでしょうね?」あたしはパソコンの前に移動し、明奈に訊いた。以前の確率統計のレポートは、タイトルだけ聞くとまともそうではあったけど、その内容は『玉チョコのおもちゃの宝箱はどのくらいの確率で当たるのか』という、しょーもないものだった。
「失礼ね。前回のだって十分まともだったでしょうが。でもまあ今回のは、あのレポートをさらに上回る、素晴らしい物になったわ。これを発表したら、きっと、世界がひっくり返るわ」えへん、と、胸を張る明奈。
「世界が、ねぇ」疑惑の目を向けるあたし。亜美のレポートならともかく、明奈のレポートがそんな大層なものとは思えない。まあ、違う意味でひっくり返ることは十分ありうるが。
「今回はね、インターネットの普及率について調べてみたの」誇らしげに言う。
インターネットの普及率? 一応、まともそうなテーマだな。
明奈は続ける。「インターネットの普及率が高い国と言えば、アイスランド、スウェーデン、オランダ辺りが有名ね。上位はほとんどヨーロッパの国々が占めていて、日本は遅れていたの。これまではね」
「これまで、ってことは、今は違うの?」
「そうなのよ! 今回のあたしの調査では、日本のインターネット普及率は、なんと、100%だったの!!」
100%!? そんなバカな?
確かにこの10年ほどでパソコンは急速に普及した。あたしみたいな機械オンチでも持っているくらいだ。一家に1台どころか、2台3台あるところも珍しくはない。さらに、携帯電話の普及はパソコン以上だろう。もはや1人1台、もしくはそれ以上の時代だ。
しかし、それはあくまでも、持っている人の話だ。パソコンもケータイも、無縁の人にはとことん無縁な物だし、持っていてもネットにはつながない人もそう少なくは無いと思う。それで、インターネット普及率100%ということがあるだろうか?
「ホントだって。なんてったって、5000人にアンケートを取った結果なんだから!」またまた胸を張る明奈。ちなみにAカップだ。
5000人? そりゃすごい。
統計データを作る際は、2000人にアンケートを取れば、大体信頼できるデータになる、と、以前何かのテレビで言ってたのを覚えている。5000人にアンケートを取ったのなら、かなり信用できるデータだと言えるだろう。
「ついに日本も、IT界のトップに立つときが来たのね。それをあたしが証明したの! これであたしの名が歴史に刻まれるのよ! 見てなさいゲイツ! 待ってなさいジョブズ! 今にあたしは、あなたたちを越えて見せるわ!!」
天井を指差し、高らかに宣言する明奈。そこまでのすごいものとは思えないけれど、まあ、明奈にしては立派なレポートだと思う。
それにしても、日本人全員がインターネットに触れているのか……信じられない話だ。でもまあ、確かにパソコンもケータイも、持ってない人は少なくないだろうけど、それでも、今の社会ではインターネットに触れる機会は多い。学校や会社にはパソコンは欠かせないし、最近はテレビゲーム機もネットに繋いで遊ぶことが当たり前になってきている。テレビやレコーダーもネットに繋いでいろいろできるって話だし。そう考えれば、普及率100%というのも、あり得ない話では無いような気もする。
「でも、よく5000人も調べたね? どうやったの? 電話? それとも、駅前アンケート?」
あたしが訊くと、明奈は人差し指を立て、ちっちっちという感じで振った。「今時そんな面倒なことするわけないでしょ? 時代は進歩しているのよ?」
「と、言うと?」
「今やアンケートは、パソコンを使えば、簡単に、大量に、迅速に集めることができるの。ネット上にアンケート専門のサイトがいくつもあってね。大手のサイトだと、1日何千、何万の人がアクセスしてるわ。そこに『あなたはインターネットを利用してますか?』って質問を出したの。そしたら、たった1日で5000人の回答が得られたわ」
明奈は高かに笑った。
…………。
……バカだコイツは。本物のバカだ。
(都市伝説「インターネット普及率」より)