「――だから、あの『1年生になったら』って童謡、絶対におかしいんだって。友達100人作って、富士山の上でおにぎり食べるのなら、正確には101人でしょ? あとの1人はどこに行ったのよ?」あたしは、新発売のジャーマンソーセージバーガーを頬張りながら力説する。
「……いっつも思うけど、あんたの発想には、ホント、感心するわ。もちろん、良い意味じゃないから、勘違いしないでね」理名、シャカシャカチキンをシャカシャカ振りながら、呆れた声。
大学が終わった後、あたしと理名と亜美との3人での、恒例のおしゃべりタイム。今日の舞台はおなじみの公園前のハンバーガーショップだ。テーマは『ホントは怖い童謡』。中学時代、明奈たちと盛り上がった話の1つだ。
「あたしが思うにね……」あたしは声のトーンを落とした。少しでも雰囲気を出そうとしての演出だ。「……101人で富士山に行ったんだけど、1人、山頂に着く前に、はぐれてしまったのよ。その1人は必死にみんなを探したけど、見つからない。そうしているうちに、その子は富士の樹海に迷い込んでしまった。1度入ったら決して抜け出すことのできないと言われる魔の樹海。そしてそのまま、命を落としてしまったの!」
最後は少し大きな声で行ってみたけれど、まあ、理名と亜美のがこの程度で怖がるはずもない。特に理名は、あからさまな呆れ顔で、一言。
「却下」
「えー、何で?」
「当たり前でしょ? どうしてそう何でもかんでも怖い話に持って行こうとするかね」
「じゃあ理名は、どう思うわけ?」
「作詞家が深く考えずに作ったか、もしくは、『101人で食べたいな』じゃ、あまりにも歌として語呂が悪いから、あえて100人にしたか、の、どちらかよ」
理名、予想通り真面目なことを言う。ま、確かにそう考えるのが普通だけど、それじゃあ面白くもなんともない。
「判らないわよ? ホントはそんな単純なものじゃないかもしれない」亜美が言う。「古来より日本では、たくさんの数を表すときに、100という数字を用いたの。昔の人にとって100は、ぴったり正確に厳密に100ってわけじゃなく、かなり曖昧なものだったのよ。つまりこの歌で言う100人の友達は、たくさんの友達、という意味。正確な数を表しているわけじゃないんじゃない?」
……うーん。この説も面白みに欠けるな。そういうのじゃなくて、その1人は座敷童だったとか、おにぎりとは名ばかりで、実は人肉のことだとか、無いのかな。
「しかしまあ、結衣ってホント、くだらない話をたくさん知ってるわよね。あんたでしょ? 童謡のシャボン玉が、台風のときの歌だ、とか言ってたの」理名が言った。
「ああ、知ってる。『シャボン玉飛んだ。屋根“まで”飛んだって』やつね。それも中学時代には話題になったなぁ。他にも、『赤い靴』は誘拐の歌だとか、『いろはにほへと』は無実の罪で処刑された人が残したものだとか。後は……あ、そうそう。童謡じゃないけど、聞いた人が自殺しちゃうって歌も、話題になったよ」
理名、はあ、と、大きくため息をつく。また始まったか、という表情。根っからの現実主義者である理名は、こういう話になると、決まってこの表情になる。最近あたしは理名のこの顔を見るのが密かに楽しみになりつつある。
ん? なんだろう。亜美、なぜか目を輝かせている。
「自殺ソングって、あれでしょ? 『暗い日曜日』」嬉しそうな声。
「そうそう、それ。亜美、よく知ってるね」
「まあね。あれはなかなか興味深い歌だもの。1933年にハンガリーで発表された歌。あまりに暗い歌詞と曲で、ハンガリー国内で数百人が自殺して、各国で放送禁止になったんだよね」
「バカなこと言わないで」と、理名。「そんな歌で人が死ぬんだったら、それ、核にも匹敵する危険な兵器になるじゃない。そんなの、あり得ないわ。それに、そのハンガリーの一件はあたしも知ってるけど、自殺者の数とその歌の関係は、一切明らかにされてないじゃないの。要するに、その歌が発表された年に、これだけの自殺者が出ました、ってだけの話でしょ?」
「もちろんその通り。でもね、興味深いのは、なぜその年に、そんな暗い歌を出したか、ってこと。その当時のヨーロッパと言えば、ナチス・ドイツの軍事侵攻がウワサされていた時代。暗い世相を嘆いて、自殺を考える人も多かったはず。そんなときに、なぜ自殺を促すような歌を発表する必要があるの?」
「だから、自殺を促す歌、というのが、そもそも後付けじゃないの。歌を聞いて自殺するなんて、バカげてるわ」
「そんなこと無いわよ。自殺を考えている人の心理は、ものすごく難しいの。ちょっとのことでも死を決意するし、逆に死を思いとどまることもある。自殺しようとしていた人が、国営放送の古い人形劇の歌を聞いて自殺を思いとどまったって話、知らない?」
ああ。聞いたことあるな。歌の内容は確か、今日がダメなら明日がある、明日がダメなら明後日がある、明後日がダメなら明々後日がある、明日は何度もやってくる……って感じだった。
「作詞者にそういう意図があったのかは判らないけど、あの歌は、自殺を止めるのにはすごく効果的。自殺しようとしている人は、とにかく今の苦しい状況から逃れたい、と思っているの。よく、『死ぬ気があれば何でもできる』っていう人がいるけど、この言葉は、自殺を考えている人には何の意味も無い。だって、問題に立ち向かっていくより、死を選ぶ方が簡単だと思っているんですもの。そこまで状況に追い詰められ、状況に悲観してるってわけ。だから、『今日がダメなら明日にしましょう』という歌詞は、『苦しい状況は、いつまでも続くわけじゃない。今のあなたのままでいい』という、自殺願望を持つ人が一番言ってほしい言葉が込められているのよ。それに対して、『暗い日曜日』は、完全にその逆」
確かにそうだな。『暗い日曜日』は、彼氏にふられたから次の日曜に死のう、って歌だったはず。
「自殺願望がある人にとって、これは完全に負の効果。『今の状況から逃れるには、死ぬしかない』という、最も言ってはいけないメッセージが込められている。こんな歌を聞いたら、『自分も死ぬしかない』と思ってしまう。聞いたら自殺する歌というのは、あながちデタラメではないわ」
……うーむ。まさか自殺ソングの話に、心理学を持ちだしてくるとは思わなかった。あたしが明奈たちとこの話をしていたときは、「この歌は特殊な力で悪霊が集まるようになっている」とか言ってたっけ。亜美みたいに真面目に考えたりはしなかったな。
その後も、理名は亜美の話を一部認めつつも、やっぱりそれはありえないと否定し、その根拠を長々と説明する。亜美もさらに新しい話を持ち出す。もはやあたしにはさっぱりついて行けない。まあ、2人の論議もいつものことだ。あたしはジャーマンソーセージバーガーをもしゃもしゃと食べながら、ボーっと2人の様子を眺めていた。
プルプル。ケータイが鳴る。見ると、明奈からメールだった。何々?
『この前ネットで面白い詩を見つけたの。送るね』
……だって。
「……結衣って、メールとか本とか読むとき、声に出して読むクセがあるよね」
いつの間に論議を中断したのか、亜美がこっちを見て言った。
「へ? 今あたし、声に出して呼んでた?」
「うん、読んでた」理名も頷いた。
そうなのかな。知らなかった。完全に無意識に言ってたよ。気をつけないと。
あたしはメールに目を戻す。明奈が見つけたという詩が綴られていた。何々?
姉は血を吐く、妹は火吐く、可愛いトミノは宝玉を吐く。
ひとり地獄に落ちゆくトミノ、地獄くらやみ花も無き。
鞭で叩くはトミノの姉か、鞭の朱総が気にかかる。
叩けや叩けやれ叩かずとても、無間地獄はひとつみち。
暗い地獄へ案内をたのむ、金の羊に、鶯に。
皮の嚢にゃいくらほど入れよ、無間地獄の旅支度。
春が来て候林に谿に、くらい地獄谷七曲り。
籠にや鶯、車にゃ羊、可愛いトミノの眼にや涙。
啼けよ、鶯、林の雨に妹恋しと声かぎり。
啼けば反響が地獄にひびき、狐牡丹の花がさく。
地獄七山七谿めぐる、可愛いトミノのひとり旅。
地獄ござらばもて来てたもれ、針の御山の留針を。
赤い留針だてにはささぬ、可愛いトミノのめじるしに。
…………。
なんだこれ? 全然意味が判らん。これの、どこがおもしろいのだろう?
ん? この詩の下、まだ何か書いてあるのかな? だいぶ改行して、見えなくなってるけど。あたしはどんどんスクロールさせていく。やっと文字が出て来た。何々? 『ちなみにこの詩、声に出して読むと不吉なことが起こるらしいから、気をつけてね』だってさ。
…………。
顔を上げると。
理名と亜美、憐れんだ目で、あたしを見ている。
「もしかしてあたし、今、声に出して読んでた?」恐る恐る訊く。
2人とも、同時に頷いた。
…………。
なんですとぉ!!
どどど、どうしよう!! 読んじゃったよ! 声に出して読むと不幸になる詩、声に出して読んじゃったよ!! ヤバイ。何が起こるの? 不幸なことって何だ? 車にはねられて頭を打ち、ずっと植物人間状態で一生を終えるとか? だれか大切な人が自殺しちゃうとか? そんなのやだよ!!
「……ま、まあ、そんなの根も葉もないデタラメだから、気にしないで」と、亜美。
「そうそう。読んだら不幸になるなんて、あり得ないから」と、理名。
2人が言うには。
この詩は「トミノの地獄」という古い詩なのだそうだ。人は誰しも悪の感情を持っているが、同時に善の感情も持っている、ということを詩ったもので、不幸が訪れるとか、そういう詩ではないらしい。ホント、こういうことよく知ってるよな。でも良かった、不幸なんて訪れないんだ。ほっとひと安心。
しかし――。
メールや本を読むときに無意識に声に出して読むクセがあることを知りながら(付き合いのまだ短い理名や亜美が知ってるくらいだ。小学生から付き合っている明奈が知らないはずが無い)、声に出して読むと不幸になるという詩を送ってくる明奈。
こんな友達を持ってしまったあたしは、不幸以外の何物でもないだろう――。
(都市伝説「自殺ソング」より)
(トミノの地獄。西條八十、詩集「砂金」1919年所収)