Y.U.I.~都市伝説ファイル~   作:ドラ麦茶

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紅いクレヨン

 県外の大学への進学が決まった奈々の引越しの日がやってきた。あたしは奈々の引越しの片づけを手伝うため、彼女の新居へまでやってきた。ま、引越しの手伝いなんてオマケ。本当は、残り少ない奈々との時間を(なんて大げさな物ではないけれど)少しでも一緒にいたかったのだ。

 

「それにしても、こんな広い部屋、よく借りられたね」

 

 あたしは部屋を見回して言った。奈々1人には広すぎる2LDK。ここで気ままな1人暮らしができるなんて、うう、うらやましい。

 

「あたしもよくこんな部屋があったなぁって思う。なんせ、駅から徒歩10分。築10年。6階建ての6階でエレベーター付き。エアコン完備で、月4万4千よ! 他の同じような条件のとこなんか、倍くらいするんだから!」

 

 奈々、かなり誇らしげ。なんだか悔しくなってきた。そこであたし、少しイジワル心が芽生えてくる。

 

「でも、いくらなんでも安すぎるよね。何か理由があるんじゃないの」

 

「何かって、何が?」

 

「例えば……毎晩出るとか……」

 

「やめてよ、縁起でもない」

 

「前の住人が殺されたとか、借金背負って自殺したとか……実は大家にナイショでゴキブリの養殖業をやってたとか、もしかしたら、欠陥住宅で、毎晩1ミリずつ傾いてるとか!」

 

「あんたねぇ。そういうこと言うなら、もう帰って」奈々、呆れ顔。

 

「あはは、ゴメンゴメン」あたし、ぺロッと舌を出して笑う。奈々もつられて笑った。

 

 ま、少なくとも幽霊は出そうに無い。そういう部屋って、あたし、何となく判るもの。この部屋は大丈夫。ゴキブリの養殖や欠陥住宅は判らないけどね。

 

「ふう、疲れちゃった。ちょっと休憩にしない?」

 

 奈々が中身を取り出したダンボールをつぶしながら言う。あたし、もちろん大賛成。

 

「ゴメン、ヤカンもティーカップもまだ用意してないから、ジュース買ってくるよ。下に自販機あったから。何がいい?」

 

「んー、なんでもいいよ」

 

「じゃ、ちょっと待ってて」

 

 奈々は山積みされている荷物の間を器用にすり抜け、外に出て行った。あたしはタンスに服を入れ終わると、服が入っていたダンボールをたたみ、ふう、と一息ついた。そしてキッチンの方へ向かう。キッチンの整理は午前中に終えたので、散らかったあっちの部屋とは違い、ここはのびのびできる。

 

 開け放たれた窓から涼しい風が吹き込んできた。3月だからまだまだ肌寒い日が続くけど、少し動くと汗ばんでくる。熱くなった体を冷やしてくれる風が気持ちいい。

 

「おまたせー」

 

 奈々が戻って来た。またまた積み上げられた荷物の間を器用にすり抜け、キッチンへ来る。あたしは奈々からペットボトルのお茶を受取り、それを飲んだ。うー。しみわたる。しばらくあたし、風とお茶の冷たさに浸る。

 

「あれ? 何だろう?」

 

 そのとき、あたしは床に何か落ちているのに気がついた。5センチくらいの長さの細い棒のような物。先端が赤くなっている。拾い上げてみると、それはクレヨンだった。

 

「奈々、クレヨンが落ちてるよ?」

 

「え? クレヨン? なんでそんな物が?」

 

 奈々、不思議そうな声で言う。奈々の物じゃないのかな?

 

「ほら、これ」あたしは奈々に拾ったクレヨンを見せた。「奈々のじゃないの?」

 

「違う。あたしクレヨンなんて持ってない」

 

 確かに。絵を描くのが趣味と言うのなら別だけど、クレヨンで絵を描くのって、普通幼稚園か、せいぜい小学生の低学年までだろう。奈々が絵を描くなんて話は聞いたことが無い。

 

「うーん、じゃあ、誰の?」

 

「さあ。まあ、引越し業者の人が落としたか、前の住人の物とかじゃないのかな。いいよ。捨てといて」

 

 と、奈々が言うので、あたしも別段気にすることなく、それをゴミ箱に捨てようとした。そのとき、あたしはクレヨンの落ちていた辺りの床が、他と違うことに気がついた。取っ手のようなものがついていて、開くようになっているみたい。

 

「あれ、奈々、これって?」

 

 あたしは床を指差して聞く。

 

「ああ、それ。いいでしょ? 床下収納ってやつ」奈々、また誇らしげに言う。

 

「へぇー。なかなかオシャレじゃない」

 

 あたしはその場にしゃがみ、まじまじと見る。床下収納なんて、テレビなんかでしか見たことが無い。しかもそれは、縦横1メートルくらいで、結構大きい。子供1人くらいなら、十分入りそうな大きさだ。

 

「ねえ、開けてもいい?」

 

「うん、いいよ。まだ何も入れてないけど」

 

 あたしは取っ手に手をかけ、引っ張った。フタを開けた瞬間、カビくさい臭いがする。うわ、結構使ってないみたい。使うなら、しっかり掃除しないとね。なんて思いながら、フタを横に置く。そして中を見て、

 

「――――!」

 

 あたし、絶句。

 

「ん? どうしたの、結衣――」

 

 奈々もそれを見て、言葉を失った。

 

 収納庫の中には、赤いクレヨンで落書きがされてあった。普通の落書きなら、前の住人の子供のいたずらだろう、と、特に気にもしない。でも、そこにあるのは違った。なんだか、呪いでもかかっているような、そんな雰囲気。だって、壁にも床にも、そしてフタの裏にも、一面びっしり、書かれてあるんだもの。

 

 

 

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいお母さんごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいもう2度としませんごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいゆるしてくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいもういやですごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……

 

 

 

 大家さんに話を聞くと、以前この部屋には、6歳の男の子が母親と2人で暮らしていたのだそうだ。母親は厳しい人で、男の子が何かいけないことをすると、人前で叱ったりすることも多かったらしい。その叱り方は、周りの人が心配するほど、厳しいものだったと言う。

 

 果たしてこの部屋で何があったのか、今のあたしたちには判らない。ただ、この話を聞いた奈々は、逃げるように引っ越した

 

 

 

 ……りはせず、

 

「ま、別に殺人事件があったってわけでもないし、安いからいいんじゃない?」

 

 そう言って、何事も無かったようにフタを閉めたのだった。

 

 

 

 

 

 

(都市伝説「赤いクレヨン」より)

 

 

 

 

 

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