キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴る。今日の授業はここまで。ふう。今日も長い1日だったな。
「よっしゃぁ! 授業終わり! 結衣、今日これからヒマでしょ? ちょっと買い物付き合ってよ」
いきなりスイッチが入ってハイテンションなのは恵梨香だ。勝手にヒマだと決めつけられるのは心外だな。まあ、ヒマではあるけど。
「いいけど、何買うの?」
「冬物のコートが欲しいの。かわゆいやつを買って、この冬こそは、水嶋先輩のハートをずっきゅんしないといけないから」
両手を組み、神に祈るようなポーズでうっとりとする恵梨香。コートなんかで水嶋先輩のハートをずっきゅんできるとは思えないけどな。まあ、この娘にそんなことを言ってもムダだろうし、ちょうどあたしもマフラーが欲しかったところだ。
「じゃ、行こうか」
ささっと帰り支度を整え、教室を後にする。校門を出て、そのまま駅前のショッピングセンターに向かうかと思いきや。
「違うよ。こっちこっち」
と、恵梨香は駅とは反対の方向へ。うちの高校の近くで買い物と言えば、駅前のショッピングセンターが定番なんだけど、どこに行く気かな? あたしは恵梨香について行く。10分ほど歩くと、小さな商店街の、小さなスーパーに着いた。
「へ? ここで買い物するの?」
あたしはスーパーの建物を見上げる。2階建ての、いかにも近所のスーパーという感じの小さなお店だ。広さもお客さんの数も、そして、中に入ってないから判らないけれど恐らく品ぞろえも、駅前のショッピングセンターとは比べ物にならない。
「ふっふーん。大きければいいってもんじゃないの。駅前のショッピングセンターは、広くて商品が多いのはいいんだけど、見てるうちに疲れてきて、購入意欲が無くなってしまうのが欠点なのよね。その点このお店はそんなことは無いし、品数は少なくても意外といいのが揃ってるし、何より安いのよ。さあ、あたしのコートちゃん、待っててね」
スキップしながらお店に入る恵梨香。ホントにこんな小さなお店に安くていいのが揃っているのかな? ま、いいや。広いお店は疲れるというのは、あたしも同感だ。たまにはこういうお店もいいだろう。あたしは恵梨香に続いて中に入った。
1階は食品売り場で、夕方の買い物主婦で溢れていた。目当ての衣料品売り場は2階だ。エスカレーターで上がると、1階とは対照的に、ほとんどお客さんはいなかった。売り場の3分の2ほどを衣料品売り場が占めているけど、ほとんどはおばちゃん向けの服ばかり。でも、申し訳なさげに隅の方に陳列された若者向けの服は、なるほど恵梨香の言う通り、それなりにいいものが揃っている。値段も駅前のショッピングセンターと比べると1~2割ほど安い。これは盲点だった。大きい店=良い店と思いがちだけど、こういう小さなお店も捨てたもんじゃないんだねぇ。
「でしょ? あたし、服買うときは、まずこのスーパーをチェックするようにしてるのよ」
得意げな恵梨香。その後、グレーのダッフルコートとホワイトのモコモコパーカーはどっちが水嶋先輩とにゃごにゃごするのに適しているかという意味不明な恵梨香の質問に適当に相槌を打ちながら、あたしもマフラーを見る。ふむ。あみあみの赤も温かそうだけど、定番のチェック柄も捨てがたい。どうしようか。
と、悩んでいると。
プルプル。ケータイが鳴った。メールが来たようだ。誰からだろう? 見ると……誰だこれ? 知らないアドレスだった。件名は……『ショッピングセンターのトイレで幼児被害』? なんだろう? あたしは本文を開いた。
『ショッピングセンターで幼児をトイレに連れ込んでイタズラするという事件が、市内で相次いでいます。先日も、男児がおしりにボールペンを突っ込まれた状態で見つかりました。子宮を摘出せざるを得なくなった女の子もいます。私の友人も、上半身裸で泣きじゃくった男の子を抱いたお母さんが、警備員に連れられ事務所に入るのを見たそうです。いずれの事件も、母親が買い物中、子供が1人でトイレに行った隙を狙って行われています。買い物時は注意してください。また、少しでも多くの人にこのことを知ってもらいたいので、なるべくたくさんの人にこのメールを回してください。どうかお願いします』
だって。
……怪しい。怪しすぎるよこのメール。そんな事件が起こったなんて話は聞いてないし、何より、最後の「なるべくたくさんの人に回してほしい」って一文が怪しすぎる。これは多分、新手のチェーンメールだろう。中学時代に流行ったっけ。5人に回さないと不幸になるだの、このメールを止めた人を友達を殺した犯人とみなし殺しに行くだの、メールを止めた人がパケ料金何十万を払わないといけないだの、今考えれば何の根拠も無い内容に、当時は振り回されたものだ。
しかし、このチェーンメールはちょっと悪質だな。子持ちのママさんには見過ごすことはできない情報だし、ママさんだけにコミュニティも広いから、あっという間に広がるだろう。何より、他人に不幸をなすりつけるタイプのチェーンメールと違い、これは広めることに罪悪感が無い。なんせ、子供を護ろうと思ってのことなんだから。しかし、お店側にしてみれば迷惑この上ないだろう。営業妨害にもなりかねない。ピッ。あたしはためらうことなくメールを削除した。
と、いきなり恵梨香が。
「えっ! そんな事件が起きてるの!?」
ケータイを開いて、大声を上げた。
まさか、あたしと同じメールが届いたのか? 登録者に一斉送信したメールなら、その可能性は十分考えられる。案の定恵梨香は。
「結衣、大変よ! 駅前のショッピングセンターのトイレで、小さな子供に暴行する事件が相次いでるって! ヒドイ話よね!」
おいおい。駅前のショッピングセンターとはどこにも書いてないだろ。ダメだ、この娘は。完全にこういうメールに流されるタイプだ。早いとこ止めないと、アドレス登録している人全員に送信しかねないぞ。
「恵梨香、ちょっと落ち着いて。どこにも駅前のショッピングセンターだなんて、書いてないでしょ? それに、ニュースでもそんな事件は取り扱ってないし」
「そう言えばそうね……テレビでも新聞でも、そんな事件は取り扱ってないわ」
良かった。どうやらメールが怪しいことに気付いてくれたようだ。
と、思ったら恵梨香、とんでもないことを言い出す。
「まさか、お店側が事件を隠蔽しているの!?」
おおっと。話がとんでもなく飛躍したぞ?
「……許せないわね。そりゃあ、お店側にしてみりゃ、こんな事件が起こると客足が遠のくでしょうけど、それを伏せておくなんて……。犯行を黙認しているも同然よ!」
「うん、恵梨香、ちょっと落ち着こうか。お店側が事件を隠すなんて、あり得ないから。そんなことがバレたら、それこそお店のイメージダウンに――」
あたしが説明しても、もはや恵梨香は聞く耳を持たず。
「このスーパーは大丈夫かな? あたし、ちょっと聞いてくるね!」
ダッ! っと、恵梨香は駆け出し、近くにいた店員さんを捕まえた。止めるヒマも無い。
「ちょっと、最近この辺りのショッピングセンターのトイレで、小さな子供を狙った暴行事件が起こってるみたいだけど、このお店は大丈夫でしょうね?」
胸ぐらをつかんで締め上げそうな勢いの恵梨香。あーあ。もう、知らない。
恵梨香に詰め寄られた店員さん。いきなりの理不尽な言葉にも、にっこりと笑顔で対応する。
「はい。当店では、そのような事件は一切起こっておりません。ご安心して、お買い物をお楽しみください」
しかし、恵梨香は納得しないようだ。「本当ですか? まさか、隠してるんじゃありませんか?」
おいおい。そろそろやめておいた方がいいんじゃないか? ヘタすりゃ名誉棄損で訴えられるぞ?
しかし店員さんは、気分を害した様子も無く。
「ご安心ください。当店は万全のセキュリティを備えておりますから」
笑顔で応える。さすがは接客のプロだ。あたし、感心する。
「万全のセキュリティって、どんなのですか?」
ほとんどクレーマーと化している恵梨香に対し、店員さんは、自信に満ちた口調で言った。
「はい。当店では、全てのトイレの個室に、監視カメラを設置しており、私自ら、常にチェックをしております。そのような事件があれば、すぐに判るようになっております」
「…………」
「…………」
あたしはケータイを取り出すと、ためらうことなく110を押した。
その後、この店員の姿を見た者はいない――。
(都市伝説「ショッピングセンター女児暴行事件」より)