「……でもさ、人間だって、幽霊が見える人と、見えない人がいるじゃない? もしかしたらカメラにだって、幽霊が見えるカメラと、見えないカメラがあるかもしれないじゃん」あたしは、なおも理名に食い下がる。
「だから、そもそも幽霊なんてものが存在しないの。存在しないものが、どうやって見えたり、写ったりするのよ?」頑として認めようとしない理名。
何をしているのかというと。
朝の大学内のロビー。ふとしたことから、あたしと理名は、心霊写真は存在するか? というテーマで、大激論中なのだ。あたしは昔から霊感体質だから、幽霊とかしょっちゅう見ている。だから、心霊写真も存在するだろうと思う。
対して理名は、がちがちの現実主義者だ。幽霊なんて信じていないし、心霊写真も、カメラの構造まで引っ張り出して、その存在を否定している。どちらも譲りはしないから、まさしく平行線の議論になってしまう。
「……なに2人で熱くなってるの?」
あたしたちが舌戦を繰り広げていると、亜美がやって来た。あたしの隣に座る。
「あ、亜美。おはよ。聞いてよ! 理名ったら、心霊写真は存在しないっていうのよ!?」
あたしは今までのことを亜美に話した。
人の目とカメラの構造はほぼ同じらしい。ゆえに、人に見えるものはカメラにも写るし、人に見えないものはカメラには写らない。カメラの構造上、人に見えないものがカメラに写るなんてことは、絶対にあり得ない。だから、心霊写真なんてものは存在しない。これが、理名の言い分だ。
「……ナルホド。確かに理名の言う通り、カメラの構造上、人に見えないものがカメラに映る、ってことはあり得ないだろうね」
むう。助けを求めたつもりだったけど、亜美も、理名の説には賛成のようだ。ね? という表情であたしを見る理名。勝ち誇った顔が癪にさわるけど、2人にそう言われると、あたしは黙るしかない。
「でもね――」亜美は理名の方に視線を移した。「必ずしも、そうだとも言えないわ」
「どういうことよ?」まさか反論されるとは思っていなかったのか、理名、いかにも心外だ、という顔で、亜美を見返す。
「確かに人の目とカメラの構造は同じ。人に見えるものはカメラにも写るし、見えないものは写らない。でもね、人の場合、目で見えていても、脳が認識しないことがあるの」
……見えていても、脳が認識しない? どういうことだろう?
「例えば……そうね、『サブリミナル効果』って、知ってる?」亜美はあたしの方を見た。
サブリミナル効果? 少し前にテレビとかで話題になったな。人が気付かないところで、潜在意識に訴えかける、とかどうとかいうやつだ。
亜美は続ける。「例えば、こんな話がある。1957年、アメリカニュージャージー州の映画館で、上映中5分ごとに、『ポップコーンとコーラを買え』というメッセージを、ほんの一瞬だけ挿入したの。その結果、その日の売店のポップコーンとコーラの売り上げがアップした」
あ、その話は、なんか聞いたことがある。表示されたメッセージは一瞬で、普通の人は認識することができない。でも、潜在意識では理解していて、無意識のうちにそのメッセージに従ってしまうって話だ。
「ちょっと待って。その話には異議があるわ」理名が口をはさむ。「その実験は、どのような形で行ったのか、きちんとしたデータが無いから、信頼性が低いと言われている。実験そのものが無かったんじゃないかと指摘する人もいるわ。そもそもサブリミナル効果自体、確かな効果は証明されていないじゃないの」
理名の反論を聞いても、亜美は表情を変えない。「そうね、その通り。でも、同じような実験は近年も頻繁に行われているし、ここで重要なのは、サブリミナルの効果があるのかないのか、ってことじゃなくて、実際に、スクリーンに映っていても、それがほんのわずかな時間の場合、人はそのことに気付かない、ということよ。つまり、0コンマ何秒という短い時間挿入されたメッセージは、基本的に、人は気付かないの。でも、カメラは違う」
……なんとなく、亜美の言いたいことが判ってきたぞ。
「つまり、その0コンマ何秒の瞬間にシャッターを切れば、そのメッセージを写すことができるのね?」あたしは言った。
「そう。その通り」よくできました、という表情の亜美。「人の目とカメラが同じ構造だと言っても、必ずしも、人に見えないものはカメラにも写らない、とは言えないの」
さすが亜美だ。目の付け所が違う。理名も、今の亜美の説明には、納得せざるを得ないようだ。
「でも、だからって、心霊写真が存在するってことにはならないでしょ?」それでも理名は認めようとしない。まだ反論を試みる。
「確かにそうね。今の話は、あくまでも人の目とカメラの構造の違いの話であって、幽霊が存在するしないの話ではないわ」亜美は、理名の言うことを否定しなかった。「でも、説明のつかない不思議な写真がたくさんあるというのも事実よ。例えば……」亜美はケータイを取り出し、少し操作して、あたしたちに見せた。「この前来日した韓国の人気俳優を撮ったんだけどね」
それは、数年前に日本でも大ヒットした韓流ドラマに出演していた、イケメン俳優の写真だった。映画の宣伝のために来日し、トークショーを行ったのを、亜美は見に行ったのだ。ステージ上から手を振り、ファンの声援に応えている。そんな写真だ。
あ……でもこの人、確か。
あたしは思い出す。さっきのテレビのワイドショーの、韓国人俳優が自宅で首つり自殺をしたって報道。確か、この人だ。
「これ、よく見て。ステージの下から声援を送っているみんなを」
亜美がそう言うので、あたしはじっと見る。
みんな、ステージに登場した俳優を、待ってましたとばかりに、拍手で迎えている。これが一体、何だと言うのだろう?
――――。
しばらくその写真を見つめ、あたしは、その異常な状態に気が付いた。
拍手をしている人の手が、みんな、閉じられているのだ。
そこには、何十人、何百人と、ファンが写っている。その全ての人の手が、閉じられている。
つまり、みんなが手を叩いた瞬間に、写真が撮られているのだ。
そんなことがありうるだろうか?
拍手なんてものは、みんなバラバラにするものだ。手拍子や、一本締め、三本締めじゃないんだ。みんなが揃うわけがない。それらにしたって、1人残らず揃うなんてことは、あり得ない。
それなのに、この写真は、みんながみんな、手を閉じている。
それはまるで、みんなその韓国人俳優に、合掌しているように見えた。
そしてその直後、この俳優は自殺した――。
これは一体、何を意味するのだろうか?
「なんでこんな写真が撮れたのかはあたしにも判らない。狙って撮ったわけじゃないし、そもそも狙って撮れるような写真でもないしね」パチン、と、亜美はケータイを閉じ、そして、バッグにしまった。
亜美が撮った写真は、はたして心霊写真なのか――それは、あたしにも判らない。
理名は、単なる偶然で撮れた写真だと言う。それを自殺と結びつけるから、不気味な写真に見えるのだ、と。
亜美も、そのことは否定していない――。
(都市伝説「心霊写真」より)