「あれ? またリモコンがどこかに行っちゃった」
部屋をぐるりと見回し、明奈は呆れたような声で言った。
日曜日、ヒマだったあたしは、明奈の部屋に遊びに来ていた。いつものようにお茶を飲みながら適当におしゃべりをして、それに飽きた明奈がテレビをつけようとしたときだった。
「ごめん、結衣、ちょっとリモコン探してくれる?」明奈は部屋の中央のテーブルの下を探りながらそう言った。
リモコンを探す――それは、想像を絶する苦行になるだろう。
今さら言うまでも無いが、明奈の部屋は汚い。もう何度言ったか判らないけれど、ここはごみ溜め――いや、その言い方はごみに失礼なほどに、とにかく、めっちゃくちゃのぐっちゃぐちゃなのである。この部屋に入って自分の座る場所を確保するだけでも大変なのに、この部屋の中からリモコンを探す? 太平洋に逃げたメダカを捕まえるようなものだぞ?
「いいから探してよ。もうすぐ見たいドラマがあるんだから」
テーブルの下を探り終え、今度はテレビ台の中を探る明奈。あたしは反対側を探す。ごそごそ。すぐにリモコンは見つかった。
「あったよ、明奈」
振り返る明奈。でも。
「ん。違う。それはエアコンのリモコン」
なんだ、そうか。ま、テレビのリモコンにしてはボタンが少ないと思った。あたしはエアコンのリモコンをテーブルの上に置き、またごそごそする。
「あったよ。これ?」
「違うってば。それは扇風機のリモコン」
またごそごそして。「じゃあ、これ?」
「それは箱○のリモコン」
「これ?」
「それはレコーダー」
「これ?」
「それはPS3」
「これ?」
「それはPS2」
「これ?」
「それはラジコン」
「これ?」
「もうひとつのレコーダー」
「これ?」
「ビデオデッキ」
「これ?」
「ビデオカメラ」
「これ?」
「それはケータイ」
「これ?」
「それは電卓」
「これ?」
「それは核ミサイルの発射スイッチ」
「……てかさ、なんでこんなにリモコンがあるのよ」
テーブルの上に山のように積み上げられたリモコンを見て、呆れるしかないあたし。
「しょうがないでしょ? リモコンで動くものがたくさんあるんだから。文句なら進化した文明に言ってちょうだい」
文明に文句を言えとは……話が大きいな。
「ああ、もう。ドラマ始まっちゃうじゃん。いいや。レコーダーのリモコン貸して」
「えーっと……はい」
「だから……それはパソコンのリモコンだってば」
もどかしげにそう言うと、明奈はリモコンの山の中からレコーダーのものを取り出し、赤いボタンを押した。ぽちっと、テレビが点く。幸い、まだドラマは始まっていない。
「ああ、良かった。間に合ったよ。見逃したら大参事だもんね」
そう言って、明奈はレコーダーのリモコンをポイっと投げ捨てた。
「……そうやって適当に放るから、後で見つからなくなるんでしょ? ちゃんと置く場所決めたら?」
「決めてるわよ、ちゃんと。レコーダーのリモコンの置き場所はここなの」
どう見てもちゃんと置いたようには思えないけどな。やれやれ。あたしはため息とともに、レコーダーのリモコンを拾い、その他大勢のリモコンと一緒にひとまとめにしておいた。「全部ここに置いとくね」
「ん。サンキュー。しかし、最近おかしいんだよね」
「おかしいって、何が?」
「なんだかこの部屋、物がよく無くなるのよ。この前は部屋の鍵が無くなったし、その前は財布。レンタルしてきたDVDも見つからなくて、延滞料金払うハメになったこともあったし……何でこんな頻繁に物が無くなるんだろ? 不思議だわ」
「こんなごみ溜めの中で物が無くなったところで何ら不思議ではないと思うけどね。大体、物が無くなるわけないでしょ? 『物が無くなる』じゃなくて、明奈が『物を無くしてる』の。ちゃんと部屋を整理しないあんたが悪いのよ」
「してるでしょ? ちゃんと」
誇らしげに部屋を見回す明奈。彼女曰く、この部屋は散らかっているのではなく、必要な物を手の届くところに置いた結果なのだそうだ。つまり、散らかっているように見えて、自分の使いやすいように整理されているらしい。あたしにはついて行けない理論だ。
「整理された部屋なのに、物が無くなる。これはきっと、妖精の仕業ね」明奈、またワケの判らないことを言い出す。
「妖精?」
「そ。イタズラ好きの妖精。物を隠して、あたしが困ってウロウロしてるのを見て、楽しんでいるのよ。イヤなヤツだわ」
仮にそういう妖精がこの世界のどこかに存在したとしても、この部屋で物が無くなる責任を負わされたんじゃ、妖精もたまったもんじゃないな。
ま、いいや。今さらこの娘に部屋を綺麗にしろ、なんて言ってもムダだろう。そんなことより、ドラマが始まった。あたしもこのドラマは毎回楽しみにしてたんだ。
その後、ドラマを見終え、また適当におしゃべりをし、だいぶ夜も更けて来たので、その日は家に帰った。
で、あっという間に1週間が経ち、また日曜日。
やっぱりヒマを持て余したあたしは、先週と同じく明奈の部屋へ。トントンとノックし、
「明奈、いる?」
返事を待たずにドアを開ける。
と、明奈は。
「……ロケス・ピラトス・ゾトアス・トリタス・クリサタニトス……ロケス・ピラトス・ゾトアス・トリタス・クリサタニトス……」
そう呟きながら、部屋を徘徊していた。
……ついに狂ったか、それとも怪しい宗教に入信したのか。どちらにしても近づかない方が良さそうだ。そっと立ち去ろうとしたけど。
「ああ、結衣、ちょうど良かった」呼び止められた。
「あ……あたし、宗教とか神様とかよく判らないし、今、幸せだし。うん。誘うなら、他の人にして」
「……何言ってんの?」
「怪しい宗教に目覚めたんでしょ?」
「違うわよ。探し物。今度はケータイが無くなったの」
「……探し物するのに、なんで復活の呪文みたいなのを唱えてるの?」
「だから、違うてっば。これは探し物が見つかるおまじない。ロケス・ピラトス・ゾトアス・トリタス・クリサタニトス、っていうのは、ヨーロッパに伝わる妖精の名前でね、無くしたものを見つけてくれる優しい妖精なの。結衣もやってよ」
「そんな長い名前、覚えられるわけないでしょ」
「じゃあ、ニンニク、ニンニク、でもいいからさ」
「……それは何?」
「物を隠す妖精は、ニンニクが嫌いなんだって」
「……んなバカなこと言ってるよりね」
あたしは自分のケータイを取り出し、明奈のケータイに発信した。ピピピピ。部屋の隅で鳴る電子音。
「お? 結衣、意外と頭いいじゃん」
音がする周辺をがさごそする明奈。しばらくして、ようやくケータイを見つけ出した。
「あったあった。サンキュー」
「別にいいけど。やっぱ、部屋を片付けた方がいいんじゃない?」
「だから、片付いてるってば。物が無くなるのは、妖精の仕業なの。だって、おかしいでしょ? あたし、あの場所何度も探したんだよ? なのに、見つからなかったんだから」
それはただ注意力が足りなかっただけじゃないかと思うけどな。
「あ、そうだ」
明奈、イタズラを思い付いた子供のような顔。そして部屋の隅で何やらごそごそし始める。何やってるんだ?
しばらくして。
「あーお腹空いた。結衣、ご飯食べに行こうか」
「へ? 何よ? 急に?」
「いいからいいから。さ、行こう」
明奈に腕を掴まれ、無理矢理部屋の外に連れ出される。時間は午後3時過ぎ。昼食には遅いし、夕食には早い時間だ。
「何なのよ、一体」
「ん。今、部屋にね、ビデオカメラを仕掛けたの」
「ビデオカメラ? 何のために?」
「もちろん、妖精の姿を撮るためよ」
目をキラキラ輝かせる明奈。
「……あんた、本気で言ってるの?」呆れるあたし。
「当たり前でしょ? あれは絶対、妖精の仕業。だってあたし、あの場所は絶対に探したんだから。それに、この前のテレビのリモコンだって、どこにあったと思う? 冷蔵庫の中よ? 冷蔵庫の中! あたし、絶対そんなところに置かないもん」
「……絶対あんたが置いたんだと思うけど」
「ふん。ま、見てなさい。帰ってビデオを見たら、絶対妖精が映ってるんだから。そうなったら、これは世紀の大発見よ!」
はあ。何を言ってもムダそうだ。そっとしておくのが一番だろう。
その後、あたしたちは近くのファミレスで適当に時間を潰し、夜になって再び部屋に戻った。
「たっだいまー。さーて、妖精ちゃん、今度は何を隠したのかな?」
明奈は部屋をぐるっと見回し、そして、「お? あそこに置いたはずのアンアンアンの今月号が無いぞ? フッフッフ、この角度、バッチリカメラに映ってるわね」
不気味な笑みを浮かべ、明奈は物陰に隠しておいたビデオカメラを取り出した。それをテレビに繋ぐ。ピッ、っと再生ボタンを押すと。
『あーお腹空いた。結衣、ご飯食べに行こうか』
『へ? 何よ? 急に?』
『いいからいいから。さ、行こう』
さっき部屋を出る前のあたしたちが、モニターに映し出された。そのまま部屋を出ていく。
無人の部屋を、カメラが映し出している。当然のことながら、何の変化も無い。
「……ホントにあったの? アンアンアン」疑惑の目を向けるあたし。
「あったわよ。ここ、映ってるじゃん」
明奈がモニターを指差す。でも、映りが悪くてよく判らない。
「ま、見てなさい。そのうち妖精が現れて、アンアンアンを隠すから」
はあ、ため息をつくあたし。この娘、どこまで本気なんだろ? ま、どうせ今日はヒマだったから、妖精探しに付き合ってあげてもいいんだけどさ。
5分、10分、と、変化の無い映像が流れていく。誰もいないんだから当然なんだけどね。
しかし、30分を過ぎたあたりだろうか。
「――――!」
あたしと明奈は、息を飲んだ。
部屋の奥にある押し入れのフスマが、スッと、開いたのだ。
もちろん、部屋の中には誰もいない。それなのに、勝手にフスマが……。
……いや。
誰もいないのに、勝手に開くはずはない。
そう――いたのだ。
押し入れの中から、のっそりと、その影は姿を現した。
男の人だ。ひょろっとした長身。ぼさぼさの髪の毛、伸ばし放題の髭。何年もの間漂流先の無人島で生活していたかのような姿だ。
男は、ゆっくりと部屋を見回した。何かを探している。何か面白いものは無いか。そんな目だ。やがて男は、床の上の雑誌を1冊取った。パラパラとめくり、にやりと笑う。
そしてそのまま、再び押し入れの中へ。
静かに閉まるフスマ。
ピシャリとフスマが閉められ、その後は、何事も無かったかのように、部屋は静寂に包まれた。
…………。
あたしも明奈も、言葉を発することができない。ただ、モニターを見つめ続ける。
今のは何? 誰?
少なくとも、妖精ではないだろう。
いや、それよりも問題は……。
振り返る。
今、モニターに映っていたフスマが、目の前にある。
部屋を徘徊した影が消えた押し入れが、目の前にある。
ゴクリ、と、喉の鳴る音が聞こえた。明奈が息を飲んだのか、それともあたし自身のものか、もはや判らない。背筋をつたう冷たい汗の音すら聞こえそうなほどの、息のつまる静寂。
永遠に続くのではないかと思ったその静寂を破ったのは、明奈の声だった。
『たっだいまー。さーて、妖精ちゃん、今度は何を隠したのかな?』
無論、本物の声ではない。
ビデオの中の明奈だ。
再びモニターを見る。モニターの中の明奈は部屋を見回し、『お? あそこに置いたはずのアンアンアンの今月号が無いぞ? フッフッフ、この角度、バッチリカメラに映ってるわね』
カメラに近づく明奈。
そこで、ブツリと映像は途絶えた。
後は、真っ青な画面が映るのみ。
押し入れに入った男は、出ていない。
その押し入れは、あたしたちのすぐ後ろにある。
そう。振り返れば、今モニターに映っていた、男が消えた押し入れが、すぐそこにあるのだ。
振り返ることができない。ただモニターを凝視する。振り返ってはいけない。そんな気がする。
なぜなら――。
さっきから、背後に人の気配を感じているから――。
(都市伝説「ビデオカメラ」より)