Y.U.I.~都市伝説ファイル~   作:ドラ麦茶

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ツイてない日

 日曜日。休日は割とのんびり過ごすことが多いあたしにしては珍しく、今日は予定がぎっしりだ。まずは美容院に行って髪を切り、その後、クリーニング店で先日出したスーツを受け取り、どこか適当なところで着替えたら、さらに写真屋さんに行って証明写真を撮り、その後すぐに家に帰って履歴書を書かなければいけない。

 

 そう。明日は、夕方から大事な大事な面接があるのだ。

 

 と、言っても、就職面接ではなく、バイトの面接なんだけどね。もうすぐ夏休み。有り余るほどの時間を無駄に過ごすのも考えものなので、お小遣いでも稼ごうと思いついたってわけ。

 

 たかがバイトの面接にスーツを着て写真屋さんで証明写真。何もそこまで気合を入れなくてもいいんじゃないか、と、自分でも思うけれど、そこはそれ、あたしも大学3年生。そろそろ就職活動のことを考えなければいけない時期だ(理名なんかはとっくに始めてるみたいだし)。たかがアルバイトの面接と言えど、真剣に取り組めば、十分就職面接の練習となるはずだ。それに、アルバイトは社会勉強にもなる。何もせずに2ヶ月近くもボーっとしているよりははるかにマシだろう。うん。

 

 と、言うわけで、朝は早くに起きてゆっくり朝食をとり、お昼前に余裕を持って出かける……つもりだったんだけど。

 

 目が覚めたら、すでにお昼過ぎだった。

 

 …………。

 

 いきなり出鼻をくじかれた。でも、焦ってもしょうがない。大丈夫。今からでも、予定は十分こなせるだろう。あたしは慌てることなく身支度を整え、適当にお昼ごはんを食べ、そして出かける。美容院、クリーニング店、写真屋、順調に巡り、4時前には、外での予定をすべて終えた。ふむ。なかなか順調だ。後は家に帰って履歴書を書き、面接の対策を立てるだけ。十分余裕のある時間だ。でも、早く帰るにこしたことは無い。あたしは少し早足で家路を急ぐ。

 

 しかし、家まであと3分、というところで、重大なことを思い出した。

 

 しまった。履歴書が無い。

 

 すっかり忘れていたよ。くっそー。あと少しで我が家、というところなのに、引き返さないといけない。なんてツイてない。

 

 いや、家に帰るまでに気が付いて良かったと思うべきだろうか。5分ほど戻ればコンビニがある。そこで買えば、時間のロスは最小限で済む。

 

 しかし、それには1つ、問題があった。

 

 そのコンビニは、牛乳瓶の看板でおなじみの、ノーソンだ。あそこではダメなのだ。

 

 別にノーソンがキライってわけではない。あそこのからあげさんや揚げタコ焼きは絶品で、学校帰りにはよくお世話になっている。

 

 でも、履歴書に関しては、10分ほど戻ったところにあるセブンエイトでなければいけない。

 

 もちろんノーソンでも履歴書は買える。買えるけど、履歴書は自分にあった物を選ぶのが鉄則だ。アピールしたいことがあっても、履歴書に書く欄が無かったり、書くスペースが少なかったりしたら、アピールすることができない。しかし、そうそう自分に合った履歴書なんて売ってないのが現状だ。そこであたしは、昨夜、パソコンを使い、徹夜で自分用の履歴書を作成したのだ。

 

 ……もちろん、これらは理名に教えてもらったのだけれど。

 

 で、その自作履歴書をプリントしなければいけないんだけど、家のプリンターはA4の用紙までしか対応していないし、何より古くて綺麗にプリントできない。そこで活躍するのが、コンビニの高性能プリンタだ。最近は便利になった物で、文書データをネット上に保存しておき、コンビニでプリントアウトするという、ネットプリントサービスというのがある(これは明奈に教えてもらった)。そのサービスを行っているのがセブンエイトというわけ。だから、履歴書入手するには、どうしてもセブンエイトに行かなければいけないのだ。

 

 しょうがない。あたしは踵を返し、早足でノーソンの前を通り抜けた。10分かけてセブンエイトまで戻る。ピロリンピロリン。おなじみの音を鳴らして店内に入った。入ってすぐ左にコピー機が。早速タッチパネルで操作しようとするけれど。

 

 …………。

 

 画面が、真っ暗だ。

 

 なんだ? 壊れてるのか?

 

 その通りだった。コピー機には、でかでかと、『故障中』という張り紙がされてある。

 

 …………。

 

 なんでこんなときに故障中なんだよ!

 

 キッ! レジの店員さんを睨む。店員さん、何事かと一瞬戸惑った表情。

 

 ……落ち着け、結衣。別に店員さんが悪いわけじゃない。深呼吸し、心を鎮める。……ふう。少し落ち着いた。ゴメンね、店員さん。

 

 しかし、こんなときに故障中とは、ツイてないな。どうしよう? 困ったぞ。この近くに、他にセブンエイト、あったかな? 少し考えて思い出した。この先の角を曲がって少し歩いたところに、先月、新しくオープンしてたっけ。

 

 店を飛び出すあたし。これ以上時間をロスするわけにはいかない。さらに早足で急ぐ。角を曲がり、3分ほど歩くと、おなじみの看板が見えて来た。何でこんな近くに同じ会社のコンビニがあるのか疑問だけど、今は助かった。

 

 ピロリンピロリン。おなじみのメロディで入店する。入って正面がコピー機だ。

 

 が。

 

 その前には、セーラー服の集団が。

 

 みんなでキャッキャキャッキャ言いながら、コピー機に群がっている。どうやら、ノートをコピーしているらしい。

 

 しまった。そう言えばここは、堀北東高校の近くだ。しかも今は、期末テストが近い時期。この時期の学校近くのコンビニのコピー機は、どうしてもこうなってしまう。くっそー。なんてツイてない。

 

 ……落ち着けあたし。あたしもこの時期は、高校近くのコンビニのコピー機を利用してたじゃないか。しょうがない。あたしは女子高生の後ろに立ち、しばらく待つことにした。

 

 しかし。

 

 …………。

 

 …………。

 

 …………。

 

 5分経っても、10分経っても、20分経っても、女子高生どもは、どく気配を見せない。たかがコピーの何が楽しいのかは判らないけれど、相変わらずキャッキャキャッキャはしゃぎながら、コピーを取り続けている。こっちがずっと待っているのにすら、気付いていない。

 

 …………。

 

 ぬがああああぁぁぁ!! 心の中で叫び声を上げる。もし今ここにチェーン・ソーがあれば、あたしは迷うことなくコイツらを切り刻んでいることだろう。

 

 ……何明奈みたいなこと言ったんだ。あたし最近、あの娘に似て来たな。部屋も散らかってきたし。気をつけないと。

 

 いや、今はそんなことはどうでもいい。何か他の手を考えないと。また別のセブンエイトに行こうか? しかし、この近くに他にセブンエイトがあっただろうか? 考えても、思い出せない。

 

 そうだ。こんなときは文明の利器だ。あたしはケータイを取り出し、検索サイトでこの近くのセブンエイトを検索。

 

 …………。

 

 しめた! ここからさらに500メートルほど行ったところにあるようだ。少し遠いけど、このまま待っていても、このコギャルどもがいつコピー機を譲ってくれるかは判らないし、あと5分も待たされたら、本当に物騒な行動に出てしまうかもしれない。あたしは再び外に飛び出し、今度は駆け足で目的地に急ぐ。交差点を渡り、歩道橋を越え、公園を通り抜け、5分ほどで、目的地に着いた。

 

 が。

 

 が!!

 

『セブンエイト堀北東1丁目店は、6月30日をもちまして閉店し、セブンエイト堀北東2丁目店へ移転しました。この先500メートル』

 

 …………。

 

 人の気配の無い寂しい建物の入口の貼り紙を前に、あたしは呆然と立ち尽くす。

 

 怒りをぶつける先は、情報を更新していない検索サイトか、それともほんのわずかな距離なのにわざわざ移転したコンビニか、はたまたこのコンビニに向かうことにした自分自身か。

 

 なんにしても、失った時間と、失った体力は、戻って来ない。なんてツイてない……。

 

 ひゅるり~、と、風が駆け抜けた。

 

 このままここに立っていても仕方が無い。戻ろう。それしかない。さすがにあのアバズレどももいなくなっているかもしれない。もしまだコピー機を占拠していたら、お願いして、少しだけ使わせてもらおう。30分以上も占拠してるんだ。あたしのプリントなんて、1分もかからない。良識のある人間ならば、使わせてくれるだろう。

 

 ……良識あるかな、アイツらに。

 

 まあ、いい。良識が無ければ、ショットガンをぶっ放すだけだ。ヒッヒッヒ。

 

 …………。

 

 ますます明奈に似て来たことに気を落とす。鉛のように重い足を引きずり、行きは5分だった道のりを、10分かけて引き返し、ようやくさっきのセブンエイトの前にたどりつく。

 

 ――――!!

 

 喜びのあまり、思わず声を上げそうになる。

 

 入口の正面、コピー機の前に、あのうっとうしいガキどもの姿は無かった。

 

 ああ、神様! あなたに感謝します!!

 

 十字を切り、天に祈る。

 

 ……んなことしてる場合じゃない。この間に、誰かに先越されたら大変だ。あたしは残る体力の全てを使い、コンビニに駆け込む。幸い、誰にも先を越されなかった。よし! ガッツポーズをとり、タッチパネルで操作しようとするけれど。

 

 …………。

 

 画面が、真っ暗だ。

 

 イヤな予感がする。おそるおそる、コピー機本体の方を見ると、どこかで見たような貼り紙。

 

『故障中』

 

 デジャ・ヴュか? それともフラッシュバックか? ぱちぱちとまばたきをし、何度も目をこする。

 

 しかし。

 

「すみません、さっきのお客様の紙が詰まってしまったようでして……修理には、少々時間がかかります」

 

 店員の言葉が、現実の厳しさを教えてくれた。

 

 …………。

 

 ぬがああああああぁぁぁぁぁ!! あのジャリども! さんざんコピー機を占拠したあげく、紙詰まりだと!? 

 

 もしこの場にBFG9000があれば、あたしは迷うことなく東高に乗り込み、1人残らず肉片に変えていたことだろう。

 

 …………。

 

 仕方が無い。これはもう、万策尽きた。人間諦めが肝心だ。

 

 あたしは文具売り場に行き、履歴書を手に取った。昨夜寝ずに作った愛着のある履歴書ちゃんのことを思い、涙が出そうになった。これは、我が子に対する裏切りだ。許しがたい行為。でも、このまま手ぶらで帰るわけにはいかない。背に腹は代えられぬ。

 

 あたしは涙を拭いた。それが、我が子に対する別れの合図。

 

 ピ。レジで支払いを済ませ、外に出る。くっそー。こんなことなら、最初からノーソンで買っておけば良かった。何という時間と体力のロス。ホント、今日はツイてない。

 

 まあ、もう終わったことだ。ここからは、気持ちの切り替えが必要だ。いつまでもこのイヤな気持ちを引きずるわけにはいかない。今から履歴書を書いて、明日の面接に備えなければいけないのだから。

 

 しかし、できるだろうか?

 

 あたしの残された体力はわずかだ。家に帰りつくことすら難しいだろう。

 

 いや、あたしならできる。

 

 だってあたしは、今日1日の試練を乗り越えたのだから!

 

 そう! 苦難の時代は終わった。これからは、希望にあふれた未来が待っている。さあ、あの夕陽に向かって走ろう!

 

 …………。

 

 ……あれ?

 

 目指すべき夕日は、どんよりとした黒い雲に覆われていた。

 

 あんな雲、いつの間に出てきたんだ? さっきまで晴れてたと思ったけど。

 

 なんて思っているうちに。

 

 ザー。

 

 空が、涙を流し始めた。

 

 …………!

 

 落ち着いてる場合か! 夕立だ!!

 

 これはマズイ! マズ過ぎる!! 今日1日のあたしの行動が、すべて無駄になってしまう! 美容院でセットした髪も、クリーニングしたスーツも、苦労して手に入れた履歴書も、文字通り、すべて水に流れかねない。

 

 ダッシュ!! この疲れ切った身体の中のどこにそんな体力が残っていたのか、あたしは全力で駆けだした。どんくさいこのあたしが、100メートル9秒台で走っているような、そんなスピード。

 

 でも、それも無駄な努力で。

 

 突然降り出した雨は、容赦なくあたしに襲いかかり、わずか数分で、髪はびしょびしょ、スーツもぐしょぐしょ、履歴書も濡れ濡れの、哀れな濡れ鼠になってしまった。

 

 あたしは走るのをやめた。

 

 もう、何をしてもムダだ。履歴書を求めてさんざんコンビニを走り回ったあげく、目的の履歴書は入手できず、さらに雨にも降られて、全てがパーだ。もし、最初からノーソンで適当な履歴書を買って帰っていれば、こんなことにはならなかったはずなのに。はぁ。今日は最悪にツイていない日だ。こんなことなら、最初から何もしなけりゃよかった。頑張ってもムダだ。どうせ明日の面接もダメだろう。今から時間をかけて履歴書を書いても、どんなに面接の対策を立てても、どうせ不採用になるに決まってる。なら、やるだけムダだ。もう、どうでもいいや。どうせたかがバイトの面接だ。履歴書を書くのも、対策を立てるのもバカバカしい。このまますっぽかしたって構わないだろう。帰ってシャワー浴びて寝よう。ま、きっとシャワーが壊れて使えなかったりするんだろうけどね。

 

 雨はすぐに止んだけれど、あたしの心には、決して晴れることは無いであろう暗雲が立ち込め、夕立以上に激しい雨が降り続いていた。

 

 プルプル。ケータイが鳴る。

 

 誰だ? ケータイを取り出すと。

 

 …………。

 

 ゲ……明奈からのメールだ。こんなときに。どこまであたしはツイてないんだ。どうせまた、読むと不幸になる詩とかを送ってきたに違いない。ただでさえ不幸なあたしを、さらに不幸のどん底に叩き落とし、その姿を見てせせら笑おうというのだろう。そういう娘だ、アイツは。いいだろう。毒を食らわば皿まで、ということわざもある。こうなったら、どこまでこの不幸が続くか、この目で見届けてやろうじゃないの。ピッ。あたしはメールを開く。

 

 そこには、短い言葉が。

 

 

 

『虹が出たね』

 

 

 

 ――――。

 

 

 

 見上げると。

 

 どんよりとした暗雲は、いつの間にか散り散りになり、東の空に、七色のアーチが掛かっていた。

 

 その雄大な姿に、思わず見とれてしまう。

 

 虹を見るなんて、何年ぶりのことだろう? 子供の頃はよく見ていたような気がするけど、最近は、全然見た覚えが無い。

 

 ……いや。

 

 そんな訳は無い。

 

 夕立なんて、珍しくない。天気雨なんて、珍しくない。虹は、しょっちゅう出ていたはずだ。ただ、あたしが気付かなくなっただけ。

 

 ――そう。

 

 雨が降った。今日は運が悪い――そう思いこんで、下を向いて歩いていたら、虹が出たことにも気付かない。

 

 雨が降っても、上を向いている人だけが、虹が出たことに気付くんだ。

 

 あの美しい虹を、見ることができるんだ。

 

 …………。

 

 ぱしゃり。写メを撮る。よし、うまく撮れたぞ。理名と亜美メールしよう。ついでに、県外に住んでる梓や恵梨香にも送っちゃえ。なんだか今のこの気分を、みんなに教えたい。ピッ。みんなに一斉送信する。

 

 …………。

 

 よーし。

 

 履歴書、もう1度買いに行こう。そして、心を込めて、しっかりと書こう。面接の対策も立てないとね。どんなこと訊かれるかな? ま、何を訊かれても、ありのままの自分を表現すればいいか。自分を偽って採用になっても、しょうがないもんね。自分らしさをアピールして、それでダメだったら、そのときはしょうが無いよ。うん。

 

 よっしゃ! なんか、やる気出て来たぞ! 明日もいいことありそうだ! もうひとがんばりしちゃいますか!!

 

 あたしは、虹に向かって駆け出した。

 

 

 

(作者オリジナル)

 

 

 

 

 

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