Y.U.I.~都市伝説ファイル~   作:ドラ麦茶

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真夜中の帰り道4

 高校を卒業し、県外の大学へ進学した奈々が、休日を利用して久しぶりに帰って来たので、あたしたちは車で市川まで遊びに行った。これはその帰りに起こった話だ。

 

「ふあぁ。それにしても、今日は楽しかったなぁ。ありがとうね、結衣」助手席で大きく伸びをする奈々。

 

「ううん、あたしこそありがとう、こんな遅くまで付き合ってもらって」ハンドルを握りながら、あたしは答えた。

 

 時計を見ると、すでに深夜2時を回っている。眠気も襲ってくるところだけど、楽しかった1日を思えば、ちっとも眠くはない。2人で遊ぶなんてひと月ぶりのこと。しかも奈々は明日には帰るというので、今日は思いっきり遊んだ。買い物はもちろん、食事にカラオケ、ボウリングからゲームセンターまでめぐりめぐった。このひと月の間、会えずにたまった思いを、今日1日にぶつけた。そんな感じ。そうしているうちに、すっかり遅くなってしまったので、普段は通らない山道を通って帰ることにした。あたしの住んでいる堀北の街から市川の街へ行くには、普通、海沿いの道を使う。道幅が狭く、街灯などほとんど無いこの山道を、この時間に使う人はほとんどいない。しかし、ここを通れば、海沿いの道路を使うよりもはるかに早いのだ。

 

「そう言えばさ、この道じゃなかったっけ?」奈々が思い出したように言った。

 

「ん? 何が?」

 

「ほら、中学のとき噂になったじゃない」奈々、突然意地の悪そうな顔になる。「この道、白いドレスの女の幽霊が出るって」

 

「ああ、そういえばそんな話もあったわね」

 

 奈々に言われ、あたしは当時のことを思い出した。

 

 中学時代、この道には白いドレスの女の幽霊が出る、と噂になったことがあった。友達の友達から聞いただの、知り合いの親が見ただの、どこどこのタクシーの運転手が見ただの、出所のはっきりとしない、今思えばうさんくさい話ではあったけど、あの頃はこのような話題で盛り上がったものである。あたしは当時を思い出し、懐かしさのあまり笑みをこぼした。

 

「あれ? 全然怖がってないね」奈々が少しつまらなそうに言った。

 

「そりゃそうでしょ。この歳になって、そんな話で怖がらないよ」

 

「ま、そうだよねー。今思えば、何であんな話で盛り上がってたんだか」

 

「あれってどんな話だったかな?」

 

「さぁ……白いドレスを着た女の幽霊、っていうのは覚えているけど、何だっけ、忘れちゃった」

 

「結局ホントに見た人って、いなかったよね。なんだったのかなぁ、あの噂」

 

「でも、ホントに出たらどうする?」

 

「どーするー?」

 

 ふたりで見詰め合い、しばしの沈黙。それがたまらなくおかしくて、大声で笑いあった。

 

 ――と、奈々の顔が凍りつく。

 

「結衣! 前!」

 

 弾かれたように、あたしは前を見る。

 

 道路の真ん中に、女の人が立っていたのだ!

 

 反射的にブレーキを踏むけど、気付くのが遅すぎた。車はそんなに簡単には止まってくれない。タイヤがロックされても、車体は無情にも滑っていく。

 

 だめだ! 間に合わない!

 

 あたしは目を閉じた。

 

 人をはね飛ばす鈍い衝撃がハンドルから伝わってくる――はずであった。

 

 しかし、何故だろう? ハンドルから衝撃は伝わってこなかった。タイヤとアスファルトが擦れる、ガリガリという振動のみ。やがてその振動も緩やかになり、ようやく車が止まる。恐る恐る目を開ける。奈々と目が合った。どうなったの? 目が問いかけている。あたしの目も同じように奈々を見ていることだろう。確認するのが怖かった。しかし、確かめないわけにはいかない。恐る恐る前を見る。

 

 ヘッドライトに照らされた女の人が、車の数センチ手前に立っていた。

 

 良かった! 間に合った!

 

 全身の力が抜けた。同時に、どっと汗が吹き出した。危うく人をはねてしまうところだった。奈々も、大きく安堵の息を吐き出した。

 

 あたしはウィンドウを開け、

 

「すみません! 大丈夫ですか!?」

 

 顔を出し、女の人に問いかけた。

 

 女の人は何も言わず、小さく頷いただけだった。

 

 その顔には、何の表情も浮かんでいなかった。はねられかけたことに対する怒りや恐怖も、はねられなかったことに対する安堵も、何も無い。ただじっと、冷たい目で車を見つめているだけだった。

 

 たかぶった気分が落ち着いてくると、今度は、女の人の不自然さが気になってきた。

 

 この人は、一体何をしているのだろうか?

 

 ここは人気の無い山道。数キロに渡って、人家も何も無い。その上深夜の2時だ。女の人が1人で出歩くような場所ではない。

 

「あの……こんな所で、何をしているんですか?」

 

 訊いてはいけないことを訊くような気分だ。ためらいもあったけど、あたしは思い切って訊いてみた。

 

 女の人は……何も応えなかった。

 

「1人ですか?」さらに問う。

 

 しかし、女の人は何も応えない。

 

 あたしと奈々は顔を見合わせる。言いしれぬ不安が胸を覆うけど、「じゃあ、お気をつけて」と、そのまま行ってしまうことはできなかった。あたしは仕方なく、

 

「……良かったら、送っていきましょうか?」

 

 そう言った。奈々が少し不安げな顔をしたけど、さすがに文句は言わなかった。普通に考えたら、こんな時間、こんな寂しい通りに、女の人を1人残して行くわけにはいかないだろう。ましてこちらには、事故を起こしかけた負い目もある。

 

 女の人は、やはり、何の反応も見せなかった。必要無い、ということだろうか? だったら、無理に乗ってもらうことは無いだろう。もしかしたらこの近くに家があるのかもしれないし。そう考え、車を走らせようとしたとき。

 

 女の人が、スッと動き。

 

 そして、後部座席のドアの前に立った。

 

 乗る、ということだろうか。

 

 女の人は、じっと、車の中を見つめている。

 

 あたしは、後部座席のロックを外した。女の人はドアを開け、静かに乗ってきた。

 

 本当に、静かだった。

 

 ドアを開ける音と閉める音、それだけだった。車に乗り込む足音、シートに座る音、そういった音が、全くしなかったのだ。

 

 まるで、そこに誰も存在しないかのような感じ。

 

 …………。

 

 何言ってんだ。バカバカしい。あたしは考えを頭から追い出した。

 

「堀北に向かいますけど、いいですか?」

 

 あたしの問いかけに、女の人は応えない。しかし、わずかに頷いた気がした。あたしはそのまま車を走らせた。

 

 …………。

 

 車の中を、重苦しい沈黙が支配する。さっきまでの楽しい空気は消え去ってしまった。女の人の雰囲気に圧されて、あたしも奈々も、何も話すことができない。

 

 ときどき、ルームミラーで女の人の姿を確認する。うつむいたまま、微塵も動かず、ただ座っている。

 

 そのまま10分ほど走っただろうか。突然女の人が、

 

「……右へ」

 

 と、言った。聞こえるか聞こえないかの、本当に小さな声だった。

 

 右? あたしは思わず首をかしげた。右へ。もちろん、右へ曲がってくれ、ということだろう。しかし、この道はずっと1本道のはずだ。まだしばらく分かれ道は無いと思ったけど……。

 

 スピードを落とし、慎重に進む。よく見ると、右手側に細い道があった。

 

「あの道、ですか?」

 

 ミラー越しに問いかける。女の人は、相変わらず応えない。あたしは仕方なく、ハンドルを右に切った。

 

 車1台がやっと通れるほどの、細い道だった。左右を崖に挟まれた道は圧迫感があり、それがさらに窮屈さを感じさせる。舗装こそされているものの、状態はあまり良くないらしく、がたがたと揺れて走りにくかった。あたしはスピードを落とし、慎重に進んだ。

 

 しかし、こんな所に道があっただろうか? この山道は何度か通っているけど、今まで気付かなかった。もちろん、どこに出るのかも判らない。知らない道、しかも、街灯も何も無い山道を、こんな夜中に走るのは、ひどく不安だった。心細いヘッドライトに照らされる道は、闇の中へと消えている。決して引き返すことのできない、そして、決して出ることのできない闇の道を進んでいるように思えてくる。

 

 そのまま5分ほど進んだだろうか。

 

 ふと、ルームミラーを見ると。

 

 ――誰もいない。

 

「え!?」

 

 思わず声を上げる。何事か、と、奈々があたしの方を見る。

 

 見間違えか? 車を停め、後部座席を振り返った。

 

 しかし、やはり誰もいない。

 

 まさかシートの下に倒れているのか。そう思って確認したけれど、もちろんそんなことは無い。

 

 ようやく奈々も、女の人がいなくなったことに気が付いた。後部座席とあたしの顔を、交互に見つめる。

 

 ドアを開けて出て行った様子も無いけれど、一応、外に出て、車の周りも確認してみる。奈々も外に出てきた。2人できょろきょろするけど、やはり、どこにもいない。

 

 まるで煙のように消えてしまった。

 

 呆然と立ち尽くすあたし。何が起こったのか、全く判らない。

 

「――――!」

 

 奈々が、何かに気付いたようだった。言葉を失い、わなわなと震える指で、道端を指した。

 

 見ると。

 

 山肌に、たくさんの岩が並んでいる。そう見えた。でもそれは、岩にしては綺麗だった。長方形で、とても自然にできたものとは思えない。それも、ひとつやふたつではなく、その場所に並んでいる全ての岩が、人の手で丁寧に削られ、磨かれているかのようだった。

 

 ――いや。

 

 あれは、岩ではない。

 

 あたしはようやく気が付いた。

 

 お墓だ。

 

 左右の山肌に、お墓が並んでいるのだ!

 

 お墓――亡くなった人を納骨し、供養する物。

 

 あの石の下には、亡くなった人が眠っている。

 

 墓石の数だけ――いや、それ以上の数の亡くなった人が、あの下には眠っている。

 

 山肌に身を寄せ合うように並んだお墓は、はるか上の方にまで続いている。

 

 それはまるで、無数の死者に見下ろされているかのような、異様な光景だった。

 

 あたしと奈々は顔を見合わせ。

 

 そして、どちらともなく、悲鳴を上げた。

 

 それが合図だった。慌てて車に戻り、シートベルトを締めるのももどかしく、車を走らせた。

 

 何が起こったのかは判らない。ただ、一刻も早く、この場から去りたかった。逃げ出したかった。すぐにお墓は見えなくなったけど、それでもアクセルを踏み続ける。やがて大きな通りに出た。そこで車を停め、また奈々と顔を合わす。

 

 一体、何が起こったのだろう?

 

 いくらか冷静になった頭で考える。

 

 夜道に1人たたずむ女。

 

 車に乗せ、言われるままに車を走らせると、辿り着いたのは墓地。

 

 そして、消えた女。

 

 あの女は、一体なんだったのだろう?

 

 考えるまでも無い。あれは――。

 

 プルプル。突然ケータイが鳴り、あたしはビクッと身体を大きくふるわせた。

 

 ……落ち着けあたし。ただケータイが鳴っただけだ。

 

 大きく息を吐き出し、ケータイを取る。明奈からだった。ほっと胸をなでおろし、通話ボタンを押した。

 

「結衣? あんた、今どこにいるの?」いつも聞いているはずだけど、なぜかすごく懐かしく感じる、明奈の声。

 

「明奈? 奈々と市川に遊びに行って、今その帰りなんだけど、聞いてよ! あたし、見たのよ! 幽霊!!」興奮を抑えられず、思わず大きな声が出てしまう。

 

 それに対し、意外にも明奈は冷静だった。

 

「……はあ? あんた、何言ってんの?」

 

 反応が鈍い。

 

「ホントだって! 市川から堀北に帰る近道があるでしょ? 白いドレスを着た幽霊が出るって、中学のときウワサになった、あの山道! そこで、ぽつんと1人、道に立ってる女の人がいたの。こんな時間にこんな所で1人、危ないなぁ、って思って、車に乗せたのよ。で、その女の人の言う通り車を走らせたら、その女の人、消えたの! そしたらその場所が、お墓だったのよ! あたしも奈々も、もうビックリ!!」

 

 早口で、たった今起こった出来事を話す。明奈はこういうたぐいの怪談話が大好物のはずだ。当然食いついて来るかと思ったんだけど。

 

「だから結衣、何言ってんの?」

 

 どういうわけか、明奈は話に乗って来ない。それどころか、少し機嫌が悪くなったかのような口調。まさか、あたしの話を疑っているのだろうか?

 

「ホントだってば! あたしも奈々も、ちゃんと見たんだから!」

 

「結衣! いい加減にして!」

 

 声を上げる明奈。

 

 ……何怒ってるんだろう? ガチガチの現実主義者の理名ならともかく、明奈にこの手の話をして、怒られるとは思わなかった。

 

「……何よ、怒鳴ることないでしょ? あたし何か、気に障ること言った? あ、もしかして、あたしと奈々が2人きりで遊びに行ったから怒ってるの? ゴメンゴメン。今度は明奈も誘うからさ」

 

 謝るあたし。確かに、明奈を誘わなかったのは悪かったな。せっかくだから、3人で遊べば良かった。怒るのもムリは無い。

 

 しかし。

 

「結衣……あなた、本気で言ってるの……?」

 

 明奈、今度は一転、憐れむような、悲しむような、そんな声。

 

「どうしたのよ、明奈。あんた、なんか変だよ?」

 

「変なのはあなたよ……お願いだから、しっかりしてちょうだい……」

 

 明奈の声から、力が無くなる。泣いているのだろうか? そんな風に思った。一体なんだというのだろう? さっぱり意味が判らない。

 

「落ち着きなよ、明奈。一体、どうしたって言うの?」

 

 あたしがそう言うと、明奈は大きく息を吐き、そして、叫ぶように言った。

 

 

 

「奈々は……奈々は、もういないのよ!!」

 

 

 

 ――――。

 

 

 

 その言葉が。

 

 あたしの胸に、突き刺さった。

 

 まるで、時間が止まったような感覚。

 

 奈々が……もういない?

 

 突き刺さった言葉を繰り返す。

 

 何を言ってるんだろう、明奈は。判らない。

 

 判らないけれど。

 

 明奈は言う。

 

「奈々はもう死んだの! 先月、旧校舎の屋上から飛び降りたの。自殺したのよ……」

 

 ……奈々が……自殺?

 

 旧校舎の屋上から……飛び降りた?

 

 奈々が……死んだ!?

 

 助手席を見る。

 

 にっこりとほほ笑んだ奈々がいる――はずだった。

 

 しかし。

 

 そこには、誰もいなかった。

 

 もちろん、後部座席にも誰もいない。

 

 車の中にいるのは、あたし1人だった。

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 何かが……見える。

 

 建物だ。随分古い、壊れかけの建物。

 

 あれは……旧校舎?

 

 そうだ。中学校の、旧校舎だ。幽霊が出ると噂の。

 

 その屋上に、誰かいる。

 

 フェンスの外側に、誰かいる。

 

 奈々だ。

 

 あんなところで、何をしているのだろうか?

 

 奈々を呼ぶ。

 

 その声は届かず。

 

 一歩、踏み出す奈々。

 

 そして、その姿は、地面に吸い込まれるように消え、残ったのは、なんだかよく判らない、黒い塊と、赤い、ドロッとした液体。

 

 そして、誰かの泣き叫ぶ声。

 

 あたしを抱きしめる理名。

 

 誰かの泣き叫ぶ声。

 

 泣き叫ぶ声。

 

 叫ぶ声。

 

 声。

 

 声。

 

 声。

 

 …………。

 

 ……奈々が……死……。

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 …………。

 

 …………。

 

 ……だめだ。

 

 これは、思い出してはいけない。

 

 思い出してはいけない。

 

 ……いや。

 

 そんなことはあるわけが無いんだ。

 

 そうだ。あるわけが無いんだよ。

 

 だから……。

 

 

 

「どうしたの? 結衣?」

 

 不意に、声をかけられた。

 

 電話ではない。

 

 助手席だ。見ると。

 

 奈々が、微笑んでいた。

 

「――――?」

 

 無邪気な笑顔。屈託の無い笑顔。いつもの、奈々の笑顔。

 

 …………。

 

 ピッ。あたしは、ケータイを切った。

 

「何でもない。なんか、明奈がまた変なこと言ってるの。多分、あたしと奈々が2人だけで遊びに行ったことを、怒ってるんだろうね」

 

「あはは。あの娘らしいね」

 

「うん。もうほっとこう。ねえ、それよりさ。なんだかあたし、帰りたくなくなってきちゃった。もう少し、どこかで遊んで行かない?」

 

「んー? 別にいいけど、でも、どこに行くの? こんな時間だよ?」

 

「大丈夫大丈夫。さ、行こう」

 

 あたしは再び車を走らせる。市川に戻れば、こんな時間でもまだまだ遊ぶところはいくらでもあるだろう。24時間営業のカラオケ、ボウリング、インターネットカフェ、ファミレス、ハンバーガーショップ。なんなら、このまま一晩中ドライブしたって構わない。このままずっと、奈々と一緒にいられるのなら。

 

 プルプル。ケータイが鳴る。明奈からだろう。うるさいなぁ。あたしはケータイを取り出すと、窓を開け、そのまま外に投げ捨てた。これでもう、2度と電話は鳴らない。明奈なんて、どうでもいい。あたしには奈々がいる。奈々さえいてくれれば、それでいい。

 

 

 

 

 

 

 そう――。

 

 

 

 

 

 

 あたしはずっと、このまま、奈々と一緒にいるんだ。

 

 ずっとずっと、一緒にいるんだ――。

 

 

 

(作者オリジナル)

 

 

 

 

 

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