Y.U.I.~都市伝説ファイル~   作:ドラ麦茶

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夜の学校にて

 夜。お風呂に入り、ご飯も食べ、さあこれから寝るまでの間、まったりゆったりのんびりタイム……と、なるのだけれど、今日はそういうわけにはいかない。残念なことに、英語の宿題があるのだ。それも、結構大量に。これを、今からやらなければいけない。さもないと、明日、恐ろしい目に遭う。

 

 あたしたちの高校の英語の先生は、なんとなく陰気な感じの、ちょっと好感が持てない人物だ。宿題を忘れた、なんて言ったら、大変なことになる。まあ、体育会系の人ではないから、怒鳴り散らしたり、「校庭10週!」とかになるわけではない。ただ、ネチネチクドクドとイヤミを言われるのだ。その陰湿さは超1級品。怒鳴られたり体罰受けた方が何倍もマシって感じ。あのストレスにさらされるくらいなら、睡眠前の貴重なリラックスタイムを潰すくらい、何でも無いのだ。

 

 机に向かう。時間は8時半。今からやれば、12時前には終わるだろう。あたしは、カバンから英語の教科書とノートを取り出そうとする。

 

 が。

 

 …………。

 

 ……ない。

 

 どんなにカバンをがさごそしても、英語の教科書とノートが見つからない。カバンを全開にし、中身をすべて机の上にぶちまけるけど、やっぱり無い。

 

 これはどういうことだ? 考える。まさか、学校帰りにスリにあったのか? それとも、ご飯を食べている間に空き巣が入ったのか? どちらにしても、英語の教科書とノートを盗んでいくなんて、マニアックな泥棒だ。

 

 ……そんな訳はない。

 

 考えられることはただ1つ。学校に忘れてきたんだ!

 

 ぐはぁ! 何と言うミス! どうする? どうするの? 結衣? ノートはともかく、教科書が無いと宿題はできない。恵梨香に電話して、内容を訊こうか? ダメだ。あの娘がそんなことに付き合ってくれるはずもないし、何より、そんな伝言ゲームみたいなの、あたし自身、めんどくさくてやりたくない。

 

 ならば、残された手段は2つ。

 

 今から学校まで取りに行くか、宿題のことなんて忘れてこのまま寝るか、である。双方ともにメリットデメリットがあり、難しい選択になりそうだ。

 

 前者のメリットは、何と言っても、宿題に取り掛かれることだろう。デメリットは、言うまでもなく、今から学校まで行くのがめんどくさいことだ。すでにお風呂にも入ってしまった。外出なんて勘弁してもらいたい。

 

 後者のメリットは、宿題をしなくてもいいということだ。これからの時間、まったりゆったりと過ごすことができる。デメリットは、明日先生にイヤミをタラタラ言われることだ。

 

 2つを秤にかけ、傾いたのは前者だった。すなわち、今から学校に行って教科書とノートを回収し、家に帰って宿題に取り掛かる。非常に面倒ではあるが、あの先生にネチネチイヤミを言われるよりは100倍マシだろう。よし。行くか。

 

 あたしは素早く着替えを済ますと、お母さんに事情を説明し、学校へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 学校に着いてから、あたしはその大問題に気が付いた。考えてみたら当たり前のことで、何故ここに至るまでに気付かなかったのか不思議でしょうがないんだけど。

 

 高校の門は、固く閉ざされていた。押せども引けどもびくともしない。

 

 当たり前だ。時刻はすでに9時を回っている。こんな時間まで学校に残っている人がいるとは思えない。

 

 まあ、中学時代は旧校舎辺りでよく肝試しをしたから、夜中に学校に忍び込む、なんてことはお茶の子さいさいなんだけど、校舎や教室に鍵がかかっていたら、さすがにどうしようもない。ガラスを割ってまで入るほどワルではないし、そんなことをしたら警備会社の人がすぐに駆けつけて来て、あたしはブタ箱行きだ。

 

 つまり。

 

 風呂上りに外出して学校まで来たけれど、結局中には入れず、すごすごと家に帰り、翌日宿題を忘れて先生に怒られるという、最悪の展開となったわけだ。ははは。ウケるな。

 

 …………。

 

 笑ってる場合じゃない! 何とかしなければ! でも、どうする? 考えろ、考えるんだ、結衣! きっと何か方法があるはずだ!

 

 と、そのとき。

 

 あたしは、正面の校舎の3階、あたしの教室がある階なんだけど、廊下の明かりが点いていることに気が付いた。

 

 それはまさに、暗闇の中にさしこんだ、わずかな希望の光だった。

 

 あれは、先生が消し忘れたのだろうか? その可能性が高いけれど、でも、もしかしたら……?

 

 期待が膨らむ。そして数分後、それは現実となった。

 

 3階の廊下に、人影が見えたのだ。

 

 良かった! まだ誰か残ってた!

 

 あたしは、ぴょんぴょん飛び跳ねて両手を振った。お願い! あたしに気づいて! その一心。気付いてくれたら、お願いして教室に入れてもらい、教科書とノートを回収できる。お礼を言って、急いで家に戻り、宿題を始めれば、なんとか1時までには終わるだろう。睡眠時間も十分に取れる。よしよし。明るい未来が見えてきたぞ。

 

 あたしは、とにかく3階の人に気づいてもらうべく、大きく手を振り続けた。

 

 しかし。

 

 その手を、止めてしまう。

 

 その廊下の人は、英語の先生だった。

 

 もちろん、それだけなら問題はない。忘れ物を取りに来た、と言ったら、それだけでイヤミを言われそうではあるけれど、適当に謝って、後は訊く耳を持たずさっさと退散すればいい。

 

 問題なのは……先生が、背中に、何かを背負っていることだ。

 

 いや、誰か、と言った方が正しいだろうか。

 

 校門から3階の廊下までは結構離れている。あたしは視力が良い方ではないから、あんまりはっきりとは見えないんだけど。

 

 それは、人のように見えた。

 

 ブレザーにプリーツのスカート。女子生徒の制服だ。

 

 英語の先生が、夜に1人で女生徒を背負って廊下を歩いている。これだけでも十分不審だけれど。

 

 最大の問題は。

 

 その背負われている女生徒と思わしき娘の首は、ちょっと、常識では考えられないほどの角度に折れ曲がっていた。

 

 普通の人は、首が曲がったとしても、せいぜい90度くらいのものだろう。

 

 しかし、その背負われている娘の首は、だらんと、だらしなく、後ろに垂れ下がっている。

 

 普通に考えると、あの状態では首の骨が折れている。そして、さらに普通に考えると、首の骨が折れている人間は、死んでいる。

 

 …………。

 

 心臓が縮み上がるのが判る。これはつまり、見てはいけないものを見てしまったのではないだろうか?

 

 と。

 

 先生が、こちらを見た。

 

 素早く身をかがめ、校門の陰に隠れる。

 

 顔を見られただろうか? 判らないけれど、この距離だ。あの一瞬で、あたしだとバレた可能性は低い。

 

 ただ、誰かに見られたと思った先生が降りてくる可能性は非常に高い。このままここにじっとしていると見つかってしまうだろう。あたしは身をかがめたまま、小走りでその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 で。

 

 それからどうしようかは、さんざん迷った。

 

 あれが本当に、首の骨が折れた女子生徒を背負った先生が校内を徘徊していたのなら、真っ先に交番に駆け込むべきなんだろうけど。

 

 残念ながら、学校から離れれば離れるほど、自分が見たものに、自信が持てなくなってきたのだ。

 

 何せ、夜だし、3階は明かりが点いていたとはいえ薄暗かったし、かなり距離が離れていたし、あたしも視力が良いわけではない。見間違いの可能性も十分にある。と言うより、考えれば考えるほど、見間違いの可能性しか浮かんでこない。

 

 悩んだ挙句、あたしはそのまま家に帰った。警察に駆け込む勇気はなかった。明日、登校し、しっかりと調べて、あれが見間違いでないという確信が持てたら、その時は、警察に通報しよう。そう、自分に言い聞かす。もちろん、あたしなんかが何をどう調べるのかなんて判らない。何もしないことへの言い訳だということは十分判っている。

 

 宿題なんてする気になれず(そもそも教科書が無いからやりようがないんだけれど)、あたしは布団を頭からかぶってベッドに横になった。もちろん全然眠気は襲ってこず、ほとんど一睡もできないまま朝になった。当然、こんな心境と寝不足全開の体調で学校に行きたくはないけれど、それをお母さんが許してくれるはずもなく、ご飯を食べ、身支度を整え、あたしは学校へ向かった。

 

「おっはよー、結衣。ねえ聞いてよ。朝ね、家の前で、たまたま水島先輩と会ったの! すごい偶然だよね? あ、家の前っていうのはあたしの家じゃなくて、水島先輩の家の前なんだけどね。それでもすごい偶然だよね? これってやっぱり、あたしと水島先輩が、運命の赤い糸で結ばれてるってことだよね?」

 

 教室に入ると、隣の席の恵梨香が、水島先輩ギアをいきなりトップに入れて話しかけてくる。早朝から水島先輩の家の前で待ち伏せして、それを偶然と言う恵梨香の思考回路にツッコミを入れるような気力は、もちろん無い。

 

「……って、結衣、大丈夫? 死人みたいな顔してるよ?」

 

「大丈夫じゃないから死人みたいな顔してるの。ゴメン。水島先輩トークは、ちょっと遠慮してくれるとありがたいんだけど。今のあたしには、耐性が無いから」

 

「あたしの水島先輩LOVEトークを毒まんじゅうみたいに言うのね。まあ、いいけど。で、どうしたの? 宿題徹夜でやったとか?」

 

「ううん。教科書持って帰るの忘れたから、何にもできなかった」

 

「あはは。そうなんだ。あたしもやってこなかったよ。良かった、仲間がいて。あーあ。絶対あいつ、ネチネチとイヤミを言いまくるよね。めんどくさいなぁ。病気か怪我でもして休まないかな」

 

 恵梨香、両手を頭に置いて天井を見上げる。普段なら「物騒なこと言わないの」と注意するところだけど、今日ばっかりは恵梨香の意見に同意する。ホント、先生が休んでくれたらどれだけ気が楽か。

 

 なんて祈りが、天に届いたのかどうかは判らないけれど。

 

 キーンコーンカーンコーン。チャイムが鳴り、教室に入ってきたのは、英語の先生ではなく、数学の先生だった。なんだろう? と、教室内はざわめく。

 

 数学の先生は生徒を静かにさせると。

 

「英語の先生は、本日病気のためにお休みです。1時間目は自習とします」

 

 と告げた。

 

 その瞬間。

 

「よっしゃぁぁぁ!」

 

 と、勝利の雄たけびを上げる恵梨香を筆頭に、湧き上がる教室。「せっかく宿題やってきたのに」と、嘆く人は1人もいなかった。

 

 あたしも、ひとまずほっと胸をなでおろす。問題が先送りにされただけで、何の解決にもなっていないけれど、とりあえずは良かった。明日になったらまたどうなるかは判らないけれど、それはまた明日考えよう。

 

 とりあえずあたしと恵梨香は、自習時間を利用して他の子から宿題を丸写しし、それで1時間目は終了。その後も何事もなく、1日は過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 次の日、事態は急転――しなかった。

 

 英語の先生は体調が回復せず、その日も休んだのだ。

 

 そして、それが3日になり、5日になり、1週間になり、10日になり、20日になり、1ヶ月になったところで、先生は学校を辞めた、と知らされた。

 

 結局あの日、あたしが見たものが何だったのか、確かめる手段は無くなった。

 

 首の骨が折れた女生徒を背負って夜の校舎を徘徊している――あのときは確かにそう見えたけれど、今となってはかなり曖昧な記憶になってしまった。

 

 校内で女生徒の死体が見つかった、なんて話は無い。行方不明になった生徒もいない。

 

 もちろん、あの背負われた女生徒がこの学校の生徒だったという確証もないけれど。

 

 何にしても、真相を確かめる術は無い。あたしは、この一件は忘れることにした。そうするしかなかった。

 

 

 

(都市伝説「夜の校舎にて」より)

 

 

 

 

 

 

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