「うん。終わったら、メールするよ。結衣も、気を付けてね。明奈にもよろしく」
ベッドの上で、梓はにっこりと笑い、手を振った。あたしも手を振り返す。
「ん。じゃあね」
「うん、ホント、今日はありがとう」
そしてあたしは、高級ホテルのスイートルームのような病室を後にした。
ここは東京の病院。超売れっ子女優となった中学の同級生・梓のお見舞いにやってきたあたし。テレビのワイドショーでは、連日梓の重病説を報じていたけれど、面会した梓は、病人とは思えないほど元気だった。実際病状も心配するほどのものではないらしく、明日、簡単な手術を行えば、数日で退院できるらしい。ホント、大したことが無くて良かった。
長い廊下を進み、エレベーターのあるホールへ。さすがは日本でもトップレベルの大病院。エレベーターは4台も設置されている。15階建てのこの入院棟には、多くの人が出入りしている。4台でも少ないくらいだろう。
あたしはエレベーターを呼ぶボタンを押した。
しばらくして、ピンポーン、というチャイムの音とともに、ドアが開いた。数人の人が乗っていたけど、全員この階で降りた。まあ、最上階だから当たり前だけど。あたしはエレベーターに乗り、1階のボタンを押す。乗ったのはあたし1人だけだ。ドアが閉まり、静かに下降し始める。
大きな病院だから、途中で誰か乗って来るだろうな、と思っていたんだけど、エレベーターは停まることなく、14……13……12……11……10……と、スムーズに進んでいった。
しかし、4階で。
ピンポーン。
チャイムの音ともにエレベーターが停止した。
そして、ドアが開く。
誰かが乗ってくる。そう思った。でも。
開いたドアの前には、誰もいなかった。
ただ、薄暗い廊下が続いているだけ。
誰もいないのかな? あたしは念のため外に出て、左右を確認してみる。やっぱり、誰もいない。
じゃあ、何でこの階で停まったんだろう? 考えられるのは、誰かがエレベーターのボタンを押して、そのままいなくなったということだ。急いでいて、エレベーターが来るのを待ちきれず、階段を使ったのか、忘れ物を取りに帰ったのか、もしくはただのイタズラか。
まあ、何にしても特に気にするようなことではないだろう。あたしは再びエレベーターに乗り、『閉じる』のボタンを押そうとした。
ところが。
エレベーターに乗った瞬間、室内に、ブザーが鳴り響いた。
何? と、一瞬状況が理解できず、きょろきょろと辺りを見回す。少し考えて、それは、エレベーターが定員オーバーのときに鳴るブザーだと気が付いた。
しかし、今、このエレベーターには、あたししか乗っていない。
なのに、ブザーが鳴っている。ずっと、鳴り続けている。
この病院のエレベーターは、一般的なものよりも少し広いタイプだ。10人以上は軽く乗れるだろう。あたし1人で重量オーバーになるはずはない。自慢じゃないが、これでも比較的痩せている方だ……と思っている。
故障かな? そう思った。
エレベーターを降りてみる。すると、ブザーは、ピタリと鳴りやんだ。
何? 故障じゃないの?
しかし、もう1度乗ると。
またもや、ブザーが鳴り響く。
何度試しても同じだった。あたしが乗るとブザーが鳴り、降りると鳴りやむ。
やっぱり故障かな? あたしは諦め、エレベーターを降りた。故障の可能性があるエレベーターに乗るのは、なんか怖いし、第一、ブザーが鳴っている状態では動かないだろう。
あたしが降りると、ブザーは鳴りやみ、しばらくしてドアが閉まる。
そして、エレベーターは静かに下降していった。
さて、どうしようかな? ここは4階。階段で降りるのは少し面倒だ。エレベーターは他に3台あるから、他のを呼ぼう。あたしは、エレベーターを呼ぶボタンを押しかけて。
ふと、誰かに見られているような、そんな気配を感じた。
後ろを振り返る。
薄暗い廊下が、フロアの奥まで続いている。人がいる気配は無い。
気のせいかな。そう思った。
しかし。
このフロアの、この雰囲気は、何だろう?
梓の病室がある15階は、窓から陽の光が差し込みまた、照明も明るいものが取り付けられていて、病院とは思えない、健康的な雰囲気だった。
しかし、このフロアは。
カーテンが閉め切られているのか、それともそもそも窓が無いのか、頼りない蛍光灯が数本点灯しているだけで、ものすごく不健康な雰囲気だ。薄気味悪さすら感じる。
入院棟がこんな雰囲気でいいのだろうか? こんなフロアにいたら、気分がめいって病状が悪化しそうな気がする。
ま、いいや。あたしは改めてエレベーター呼ぶボタンを押そうとして。
ふと、天井から吊り下げられてある、フロアの案内板が目に入った。
そこには、廊下の奥を指す矢印と一緒に。
『霊安室』
そう、書かれてあった。
あたしはじっと、その文字を見つめる。
その間も、誰かに見られているような気配は消えない。
…………。
あたしはボタンを押すのをやめ、階段を使うことにした――。
(作者オリジナル)