Y.U.I.~都市伝説ファイル~   作:ドラ麦茶

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お経は効かない

「堀北から市川へ向かう山道に、トンネルがあるじゃない? 最近あそこに、新しい幽霊が出るらしいから、ちょっと行ってみない?」

 

 ある日、明奈にそう言われ、よせばいいのに、あたしたちは夜中に車でそのトンネルまで出かけて行った。苔むした古いそのトンネルは、いかにも出そうな感じの作りだ。トンネルの手前でスピードを落とし、ゆっくりと走行する。真ん中に差し掛かったあたりで、ゾクゾクゾク、と、背筋を冷たいものが走った。あたしの霊感が働くサインだ。ああ、やっぱ来るんじゃなかったな。後悔しても遅い。突然エンジンが停止し、車は、ゆっくりと停まった。鍵を回しても、ウンともスンとも言わない。原因は判らない。

 

 そして、車の前に。

 

 白いドレスを着た女の人が、現れた。

 

 ゆっくりと、こっちに近づいてくる。

 

 ああ、ゴメンなさい。こんな、興味本位で遊びに来て、本当にゴメンなさい。

 

 謝っても、許してもらえない。女の幽霊は、どんどん近づいてくる。

 

 あたしは目を閉じ、手を合わせ、そして。

 

「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」

 

 お経を唱えた。

 

 お経。さまよえる魂を成仏させることができる言葉だ。あたしは明奈と一緒に、ひたすら南無阿弥陀仏と唱え、手を合わせ続けた。

 

 と、耳元で。

 

 女の人の声が聞こえた。

 

 かすれそうな……でも、はっきりとした声で、こう聞こえた。

 

 

 

「そんなの唱えても無駄だよ――」

 

 

 

  ☆

 

 

 

「――ま、確かにあの幽霊の言う通りだよね。お経なんて、唱えたって意味ないよ」

 

 帰り道、明奈は納得したようにそう言った。

 

「なんでよ? 昔からお経と言えば、魂を成仏させるためのものでしょ? 何でそれが効かないのよ?」

 

「じゃあ、結衣、あんた、お葬式とかでお経を聞いてて、どう思う?」

 

 そう言われ、返答に困ってしまう。お経を聞いて、どう思うか。まあ、答えはひとつなのだが。

 

「どう……と言われても。別にどうも思わないかな」

 

「そう。つまりはそういうことなのよ。お経には何らかの意味があるんだろうし、聞く人が聞けばありがたいもので、昔の人にはそのありがたさが判っていたんだろうけど、今は違う。あたしも結衣も、そしてあの幽霊も、お経の意味が判らない。そのありがたさが判らない。だから、お経は効かない、ってこと」

 

 なるほど。確かにそうだな。あたしは心の底から納得した。

 

「じゃあ、今どきの幽霊を成仏させるには、どうしたらいいわけ?」訊いてみる。

 

「うーん、そうだなぁ。今どきのありがたい言葉と言えば……泣ける歌、とか?」

 

 泣ける歌? 幽霊を前にしてトイレの神様でも歌えと言うのか? それで幽霊が退散するのか? まったくもって疑問だ。

 

 そんなくだらないことを話しながら、あたしたちは夜道を帰った。

 

 

 

 で。

 

 明奈をアパートまで送り届け、あたしが家に帰ってきたのは、深夜の2時前。幸いお母さんは仕事でしばらく家を空けているから、怒られる心配はない。家に上がる。のどが渇いたな。あたしは、キッチンへ向かい、冷蔵庫の中からお茶を取り出し、コップに入れてひと口ゴクリ。ああ、この一杯のために生きてる。

 

 なんてオヤジ臭いことを言ってたら。

 

 プツリ、と、電気が消えた。

 

 何? 停電?

 

 そう思った瞬間。

 

 ゾクゾクゾクゾク!

 

 本日2回目の悪寒。あたしの、霊感が働くサイン。

 

 まさか?

 

 恐る恐る振り返ると、そこには。

 

「――――!」

 

 さっきトンネルで見た、白いドレスの女の人がいた。

 

 あちゃー。ついてきちゃったよ。困ったな。まあ、さっき会ったときは特に何もされなかったから、別に悪い幽霊ってわけじゃないんだろうけど、もしこの先毎日出てこられたら、ちょっと迷惑かな。

 

 女の人の幽霊は、トンネル内と同じく、ゆっくりと、こちらに向かってくる。

 

 さて、どうするか?

 

 お経は効かない。明奈の分析によると、泣ける歌を歌うといいらしい。でも、泣ける歌なんて、人それぞれ違うような。この幽霊さんが泣ける歌って、なんだろう? 判るわけもない。

 

 まあいい。とりあえず、定番の泣ける歌を歌ってみよう。

 

 まずは『粉雪』なんてどうだ?

 

 数年前、病気と闘う1人の少女を主人公にしたドラマの挿入歌として大ヒットした歌だ。ドラマのクライマックスに絶妙なタイミングで挿入されるこの歌に、あたしは何度も泣かされた。よし! ミンメイアタック発動!

 

 ♪~♪~♪~

 

 歌詞を書くとジャ○ラックがうるさいから、こんな感じで勘弁してほしい。

 

 自分ではうまく歌えたと思ったんだけど。

 

 幽霊さんは、口元に不敵な笑みを浮かべたまま、近づいてきている。

 

 だめだ。この歌は効かない。どうやら幽霊さん、あのドラマを見ていないようだ。結構名作だと思うんだけどな。

 

 ならば、これはどうだ?

 

 あたしは次に、『言葉にできない』をチョイスする。

 

 これも数年前、殺人を犯してしまった兄のせいで、人生を狂わされてしまった弟の姿を描いた映画の挿入歌だ。ラストの刑務所での漫才シーンは、原作の小説とは大きく異なるけれど、日本映画史に残る屈指の名シーンだ。あのタイミングで挿入されるこの歌は、もはや反則ともいえる技で、号泣した人は数多いはず。よし、行くぜ。

 

 らーらーらららーらららららーららーら。

 

 これは歌詞じゃないぞ。コーラスだからな。

 

 これもうまく歌えたと思ったんだけど。

 

 幽霊さんは、相変わらず口元に不敵な笑みを浮かべて、ゆっくりと近づいてくる。

 

 これもダメか。この人、ドラマも映画も見てないのか? 一体何が楽しみで生きてるんだ? ああ、死んでるのか。そんなことはどうでもいい。さてどうしようか? 後、泣ける歌って何がある? というか、そもそもこの泣ける歌で成仏作戦が失敗なのか?

 

 と、あれこれ考えていた時だった。

 

 幽霊さんの目が、かっ、と開いた。

 

 どうしたんだろ? なんか、震えている。

 

 もともと青白い幽霊さんだったけど、その顔が、さらに青ざめる。

 

 そして。

 

「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 悲鳴を上げたのは、幽霊さんだ。

 

 そのまま、逃げるように去って行った。

 

 同時に、ぱっと、電気が点く。

 

 何だ? いきなり。何かを見つけて、それで怖がって、逃げて行ったように見えたけど。

 

 カサコソ。

 

 背後に気配を感じた。

 

 ……この気配はもしや。

 

 あたしは振り返る。そこには。

 

 黒い、大型のG――ゴキブリ。

 

 なるほど、これを見て逃げたのか。

 

 どうやらあの幽霊さんは、ゴキブリが苦手だったらしい。まあ、あんまり得意な人はいないだろうけど。

 

 つまりは、そういうことなんだ。

 

 幽霊は、生前の性格を受け継いでいる。幽霊になったって、いきなり性格が変わるわけじゃない。だから、幽霊を退散させるには、その人が怖いものを見せればいい。ゴキブリなんて、女性の幽霊にはたいてい効きそうだな。

 

 何にしても、良かった良かった。これであの幽霊さんも、この家には近づかないだろう。一件落着だ。

 

 そして。

 

 カサコソ。ゴキブリが、冷蔵庫の陰に隠れようとする。

 

 その前に。

 

 バン!

 

 あたしは、ゴキブリを素手で叩き潰した。フン。このあたしから逃げられると思うなよ。

 

 あたしは死骸をポイッとごみ箱に捨てると、手を洗い、お風呂でシャワーを浴び、部屋に戻って、そして、その夜はスヤスヤと眠った。

 

 

 

 

 

 

 あの幽霊がどうなったのか。あたしは知らない。少なくとも、2度とあたしの前に現れることは無かった。

 

 

 

(都市伝説「お経は効かない」より)

 

 

 

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