金曜の夜。あたしは明奈のアパートにいた。いつものようにお喋りしたりテレビを見たりゲームをしたりで、気が付けば、あっという間に日付は変わっている。今夜はこのままお泊りコースだ。普段は門限にうるさいお母さんも、次の日が休みで、泊まるのが明奈のアパートなら、あまりうるさく言われない。こんな時間にか弱い女の子が1人で家に帰る方が危ないしね。
眠気覚ましのコーヒーをすすりながら、2人でテレビを見る。ホッケーマスクを被った殺人鬼が、キャンプ場で次々と人々を襲っていく。あたしたちが子供のころ流行ったB級ホラー映画だ。ストーリーなんてあってないようなもので、殺人鬼が人を襲うシーンだけが見どころのみたいなもんだ。昔はこんなものでもキャーキャー言いながら見ていたものだけど、今見ると不自然なところだらけで、「なんでわざわざ人のいない方へ逃げるの」だの、「なんで1人でシャワーを浴びるの」だの、「なんでそこでエッチするの」だの、さっきから明奈のツッコミが止まらない。これが大人になるということなのか。
やがて、主人公が殺人鬼を倒す。でも本当に死んだのかは判らない、みたいなラストで、映画は終了。あからさまに続編を意識した終わり方だ。実際この映画はパート6だか7だかまで作られたはずだ。最近では別のホラー映画の殺人鬼とのコラボ作品まで登場している。
時計を見ると1時45分。そろそろ放送自体が終わる時間だ。
と、明奈が。
「――ねえ、『マヨナカテレビ』って、覚えてる?」
突然、真剣な表情になってそう言った。
「へ? マヨナカテレビ? 何、突然」
「ほら、中学生のころ、ウワサになったじゃない」
あたしは記憶を探る。確かに、聞いたことがあるような気がする。確か、こんな内容だったはずだ。
13日の金曜日、午前2時に、放送終了後の砂嵐の画面を見つめていると、運命の人が映るという。でも、もし自分の姿が映ったら、そのときは……。
「――って感じだったよね。なんか、なつかしいな」あたしはしみじみとした口調でそう言った。当時はこんなくだらないウワサ話で、大いに盛り上がったものである。
「うん。なんか、そのウワサ、最近ネットでまた話題になってるみたいなんだよね」
明奈はそう言うと、パソコンの電源を入れた。慣れた手つきで操作し、画面には、オカルト好きが集まるサイトが表示された。カシマさんとかひきこさんとか口裂け女とか、聞き覚えのある話の中に、マヨナカテレビの話題はあった。内容は、あたしたちの時代とほとんど変わっていない。
「で、これがどうしたの?」あたしは明奈に訊いた。
「だからほら、今日なのよ、これ」
そう言われ、あたしは壁に掛けられているカレンダーを見た。13日の金曜日、時間は1時50分。もうすぐだ。
まあ、正確にはすでに14日の土曜だが、この辺りは地方によって解釈が異なる。あたしたちの間でウワサになったときは、14日土曜の午前2時が、その時間とされた。
「……って、あんたまさか、いい年して、こんなの信じてるの?」
「うーん、そういうわけじゃないんだけど、何と言うか、気になるのよね、この話」なんだか歯切れの悪い明奈。
明奈は昔からこのテのオカルト話が大好きだった。この「マヨナカテレビ」の話も、あたしたちの周囲に広めたのは明奈だったと思う。まあ、この辺の性格は今でもあまり変わっていない。よく怖い話とか胡散臭い話とかをどこからか仕入れてきては、みんなに披露している。しかし、あたしも明奈もワリと本気で信じていた中学時代と違い、今は、大人の分別をつけて話をしている。要するに、話として面白いから話すだけで、その内容を信じているわけではないのだ。
でも、今日の明奈はなんかいつもと様子が違う。何かあったのだろうか? 訊いてみると。
「……うん。実はあの当時、こんなことがあったんだよね」
そう言って、明奈は重い口調で話し始めた。
このウワサが流れ始めた中学当時、明奈は事の真相を確かめようとしたそうだ。13日の金曜の深夜、部屋から抜け出し、テレビのある居間へ向かう。当時の明奈は父親と2人暮らしで、土曜も仕事だった父親が起きているはずはない、と思っていたそうなのだが。
居間に行くと、父親が、テレビを見ていた。
しかし。
放送は終了し、モニターに映っていたのは、放送終了後の砂嵐だった。
父親は、じっと、その画面を見つめていたという。
テレビを見ているうちにうっかり眠ってしまった、というわけではない。
父親は確かに起きていて、ただじっと、砂嵐の画面を見つめていたそうなのだ。
明奈が声をかけると、父親は「ああ、何でもない」と、低い声で答えただけで、テレビを消し、そのまま寝室へ姿を消した。
明奈はなんだか気味が悪くなり、そのまま部屋へ戻ったそうだ。
「――それ以来、お父さんの様子が、なんだかよそよそしくなったのよね。今思うと、その頃からお父さんとうまくいかなくなったような気がするの」
明奈の両親は、明奈が小学生のころ離婚した。以来、父親は男手ひとつで明奈を育ててきたが、最近になって、再婚を考える相手ができたのだ。由里子さん、という。あたしも何度か会ったことはあるが、なんと、あたしたちと同じ年頃の若い女の人だ。しかも、夜のお仕事関係の人らしい。だからと言って由里子さんの人柄を否定するわけではない。ないけど、中年と、派手な格好の若い女の組み合わせは、はたから見て決していいものではない。明奈も二人の仲をどうしても認めることができず、父親との関係がこじれ、同じ街に住みながら、こうして一人暮らしをしているのだ。
「明奈のお父さんが、そのとき、『マヨナカテレビ』を見てたってこと?」あたしは言った。
「わかんない。お父さんはあんなウワサを信じるような人じゃないけど……でも、あのときお父さんが、何も映ってない砂嵐のテレビを見ていたのは確かなのよ」
明奈の父親は、砂嵐の中に何か見たのだろうか?
マヨナカテレビの結末は様々だ。運命の人が現れる、という点は大体共通していたけれど、もし、自分の姿が映ったら、の後には、いろんなバージョンがある。一生運命の人とは出会えない、とか、1週間以内に死ぬ、とか、大体ネガティブなものが多い。砂嵐の中からもう1人の自分が出てきて、本人と入れ替わり、自分はテレビに閉じ込められる、というのもあった。
「……まさかあんた、『マヨナカテレビ』のせいで、お父さんが別の人と入れ替わった、とか思ってんの?」
「そうじゃないよ。そうじゃないけど……あのときお父さんが何を見たのか、知りたいの」
いつになく真剣な表情の明奈。普段こういう話をするときは、心底嬉しそうな顔なのだが、今回は、いつもと違う。
時計を見る。1時55分。テレビの放送は、もう終わっている。映っているのは砂嵐の画面だ。あと5分で、何かが起こるのだろうか?
「ま、どうせ何も起こんないだろうから、別にいいけど」あたしは、明奈に付き合うことにした。
「……ありがと。結衣が一緒だと、心強いよ」明奈は笑った。
そして。
2人、じっと、テレビを見つめる。
壁掛け時計の針が、コチコチと、ゆっくり時を刻む。1時56分。普段お喋りしていると5分なんてあっという間だけど、今の5分は永遠とも思えるほど、長い時間のように感じる。
あたしたちもすでに二十歳を超え、立派な大人だ。マヨナカテレビなんてウワサを本気で信じているわけではないけれど、でも、いざそれを確かめようとなると、少しずつ怖くなってくる。まあ、それも仕方がない。あたしはこれまで、ありえないウワサ話の真偽を確かめようとして、何度も怖い目に逢ってきたのだ。命の危険にさらされたことも1度や2度ではない。今回も、恐ろしいことが起こらない保証は、どこにも無いのだから。
時計の針は進む。少しずつ、しかし、確実に。1時57分。
やっぱやめようか……そう思う。怖い思いをしたくないなら、怖い真似をしないのが1番だ。こんなことやめて、お喋りしたりゲームをしていれば、気づかないうちに2時なんて過ぎているだろう。
でも。
明奈を見る。真剣な表情は変わらない。単なる好奇心で言い出したことではないことが伝わってくる。いまさら止めようなんて言えない。
1時58分。
掌に、じんわりと汗をかいているのが判る。背中を冷たい汗が流れ落ちていくのが判る。
1時59分。
もうすぐだ。もう、何も考えられない。
そして――。
2時。
…………。
…………。
…………。
……何も、起きなかった。
テレビの画面には、運命の相手も、自分の姿も、何も映らなかった。相変わらずの砂嵐だ。
「……ほら、やっぱり何も起きないじゃない」ふう、と、大きく息を吐くあたし。知らない間に息を止めていたようだ。
「……ま、それもそうか。あたしも何も起こらないと思ってたけどね」笑う明奈。
でも、その顔には。
明らかに、落胆した様子が浮かんでいる。
何も起こらないと思っていた。それはきっと、本当のことだろう。
明奈はきっと。
きっかけを、探しているのだ。
父親と、仲直りをするきっかけを。
明奈の父親は、これまで男手ひとつで、明奈を育ててきた。それがどれだけ大変なことか、きっと、誰よりも明奈本人が判っているだろう。
明奈の父親と、由里子さん。どんなに歳が離れていようとも、2人が真剣に交際しているのならば、いい歳をした娘が口をはさむべきではない――そのことは、明奈自身も判っているのだろうけど。
1度こじれた仲は、なかなか戻らないこともある。それが身内ならば、なおのこと。
仲直りしたくても、きっかけが見つけられず、だから、マヨナカテレビなんてウワサ話にも、しがみつきたくなるのだろう。
…………。
「ねえ、明奈。最近なんか、面白いゲームないの? あたしにでもできるような」暗い気分を吹き飛ばすため、あたしは必要以上にテンションを上げ、そう言った。
「うん? 結衣にできるゲームねぇ。そうだ。いいのがあるよ」明奈も、それに応えてくれる。
くよくよ考えたって、何にもならない。
なんだかんだ言っても、2人は父娘だ。こういう問題はきっと、時間が解決してくれるに違いない。
と。
ピコーン。突然の電子音。点けっぱなしにしていた明奈のパソコンだ。
「ん? 岡部からだ。なんだろ、こんな時間に」
明奈がパソコンを操作すると、画面に、岡部君の顔が現れた。今話題のインターネットテレビ電話だ。
岡部君は、小学校時代からの幼馴染だ。昔はいじめっ子で、特に明奈とは当時よく喧嘩をしていたけれど、驚いたことに、最近この2人、どうやら付き合っているようなのだ。
「付き合ってないっつーの」すぐさま否定する明奈。心の声にまで反応して否定するのが、ますます怪しい。
「ん? なんだ、宮崎もいるのか?」と、岡部君。あたしは明奈の後ろから顔を出し、手を振った。
明奈は、ひっこめ、と言わんばかりに、あたしを後ろに追いやる。「で、何の用?」
「いや、別に用はないけど、何してるのかと思ってな」
用もないのにこんな真夜中に電話してくるのに、付き合っていないとはどういう了見なのか。
「別に。2人でマヨナカテレビの真相を究明してたところ」
「マヨナカテレビ? そういえばそんな話、中学の頃にしてたな。お前まさか、今でもその話、信じてるのか?」
「そんなわけないでしょ。ちょっと事情があるのよ」
そう言って、明奈は話し始めた
中学の時、マヨナカテレビの真相を確かめようとしたこと。
夜中に居間に行ったら、父親が放送終了後の砂嵐の画面を、じっと見つめていたこと。
声をかけると、「何でもない」と言って、寝室に消えたこと。
それ以来、父親との仲がぎくしゃくしていること。
そして――。
明奈は、知ってしまう。
一連の出来事の、真相を。
世の中には。
知らない方がいいことがある。
知ってはいけないことがある。
たとえそれが、どんなに知りたかったことでも。
知ってしまうと、より、不幸になってしまうことがある。
知らない方が幸せだった、と、どんなに後悔しても、知ってしまった以上、もう元には戻れない。
岡部君は。
明奈には、決して教えるべきではなかった、この出来事の真相を、話してしまったのだ。
「……夜中にアダルトビデオ見てて、急に誰か来て、ヤバイ! と思って停止ボタンを押したら、その状態になるんじゃないか?」
「…………」
「…………」
「…………」
ぶち。明奈は無言でパソコンの電源を切った。
その後、明奈と父親の仲は、ますます悪化したらしい――。
(都市伝説「放送終了後の砂嵐」より)