Y.U.I.~都市伝説ファイル~   作:ドラ麦茶

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開く扉

 最近、中学校の教室で、怪奇現象が起こっている。

 

 と、言っても、旧校舎に幽霊が出るとか、生徒が行方不明になったとか、そんな大げさな話ではない。

 

 あたしたちの教室の後ろにある掃除用具入れのドアが、勝手に開くのだ。

 

 もちろん、それだけでは怪奇現象とは言えない。ドアの留金が壊れただけの話だ。誰もがそう思うだろう。あたしも、クラスの他の子も、みんな、そう思っていた。最初は。

 

 しかし、その現象が確認され始めてから1ヶ月ほどして、これはどう考えてもおかしい、と、みんな少しずつ気が付き始めた。

 

 その掃除用具入れのドアが開く瞬間を見た人が、誰もいないのである。

 

 いつも、気が付くと開いている。

 

 朝一番に登校してきた子が、教室に入ると、開いている。

 

 昼前、体育の授業を終え、更衣室で着替えて教室に戻ると、開いている。

 

 午後、授業を受けていて、誰かがふと後ろを見ると、開いている。

 

 夕方、下校時刻になったので帰ろうとしたが、忘れ物に気づき、教室に戻ってくると、開いている。

 

 そんな感じで、いつも、気が付くと開いているのだ。

 

 開く瞬間を見た子はいない。クラスメイト35人、だれも見ていない。それだけでなく、担任の先生、授業を担当する先生、よくうちの教室に遊びに来る他のクラスの生徒、その他、誰に訊いても、開く瞬間を見たという人は、いないのだ。

 

 これは、どう考えてもおかしい。

 

 現象自体は恐ろしいことではないが、さすがにみんな、不気味な何かを感じ始めた。

 

 

 

「そこで、この怪奇現象の謎を暴くため、我らが心霊探偵・北沢明奈と、オトボケ助手の2人が立ち上がったのである!」

 

 教卓に立ち、勝手にナレーションをし始めた明奈を、あたしと梓は冷めた目で見つめる。誰が心霊探偵だ、まったく。

 

 まあ、つまりはそういうことだ。この謎の現象を解明しよう、と、いつものように明奈が言い出し、放課後、あたしと梓が無理矢理付き合わされたのである。

 

「……と、これで良し」明奈は、わざわざ家から持ってきたビデオカメラを三脚にセットし、掃除用具入れの前にセットして、満足げに頷いた。「定点カメラセッティングOK。さあ、決定的瞬間を、バッチリ撮影してやるわ」

 

 ピ。録画のボタンを押し、ワクワクした表情で、用具入れの前のイスに座る明奈。やる気マンマンである。はぁ。あたしと梓はめ息をついた。

 

 明奈は、こういう不思議な現象とか怪談話などが大好きで、何かと首を突っ込みたがる性格だ。百物語をしよう、とか、旧校舎にオバケが出るらしいから見に行こう、とか言い出すのは、いつも明奈である。そして、いつもそれに無理矢理付き合わされるあたし。毎度のことながら、いい迷惑である。

 

 梓を見る。やれやれ、という表情で、明奈を見ている。梓はどちらかといえば明奈側の人間で、怖い話とかが大好きな人間だ。明奈が肝試しや百物語などのイベントを提案すると、いつもなら、喜んで付き合う娘である。しかし、今回はいまいちテンションが上がらないらしい。ま、それも当然だろう。なんせ、起こっている怪奇現象というのが、ただ掃除用具入れのドアが勝手に開く、というだけのことなのだ。クラスの中には不気味に思っている子がいるのも確かだけど、大半の子はそんなに気にしていない。あたしも、不思議だとは思うけど、別に何か被害が出ているわけでもないし、貴重な放課後の時間をつぶしてまで謎を解明しようとは思わない。

 

 明奈を見る。すっかり心霊探偵とやらのスイッチが入ってしまったようで、目をキラキラさせ、瞬きひとつ惜しんで、じっと用具入れを見つめている。何がこの娘をここまで突き動かすのだろう? 謎である。

 

 まあ、こうなってしまっては仕方がない。どうせすぐ飽きるだろう。あたしは諦め、梓と一緒に適当な椅子に座った。

 

 

 

 観測を始めて5分経過。用具入れのドアに異常無し。

 

 

 

 観測を始めて10分経過。用具入れには異常無し

 

 

 

 観測を始めて30分経過。異常無し。

 

 

 

 観測を始めて1時間経過。依然、異常無し。

 

 

 

 観測を始めて2時間経過。やっぱり異常無し。

 

 

 

「……ねえ、明奈。まだ続けるの?」精一杯やる気のない声で言うあたし。この2時間、ただ掃除用具入れを眺めていただけだ。人生ムダ遣いとは、こういうことを言うのだろう。

 

「当たり前でしょ? 謎を解明するまで、何時間でも、何日でも、何週間でも、ねばってやるわ」明奈は観測を始めた時と同じキラキラした目で用具入れを見つめている。いったい何が彼女のテンションを支えているのだろう? わからん。

 

 時計を見る。すでに6時を回っている。下校時間は7時。後1時間も、ここでただじっと掃除用具入れを眺めているのだろうか? 気が滅入る。いや、1時間で終わればまだいい方だろう。明奈のことだ。下校時間になったから素直に解散、とはいかないはずだ。このまま何も起こらなければ、先生には内緒で教室に残ると言い出すに違いない。もちろん校則違反だし、ヘタすりゃ不法侵入で警察沙汰にもなりかねないけど、それくらいのことは平気でやるのが明奈だ。今までも、夜中にこっそりと旧校舎に忍び込んだことは、何度もある。だから、あと1時間でこの苦痛から解放されるという保証はどこにも無く、9時10時、ヘタすりゃ日付変わって午前0時を過ぎても、明奈のテンション次第では、そのまま朝までこんなことを続けかねないのだ。

 

 ……って、さすがにそれはマズイぞ。今日は9時から見たいドラマがあるし、門限を過ぎたらお母さんにすごく怒られる。まして学校にお泊りなんてもってのほかだ。なにより、何が悲しくてコイツと一晩中掃除用具入れを眺めなければいけないのか。これは早いうちに帰る方法を考えなければ。しかし、今の明奈に「もう帰ろう」と言って、素直に受け入れるとは思えない。どうする? 何か帰る方法は無いのか? 考えろ、考えるんだ、結衣。

 

「……ねぇ、結衣」

 

 あたしが脳をフル回転させて帰る手段を考えていると、隣の梓が小さな声で言った。明奈の方を気にしながら、教室の隅を指さす。何か明奈に聞かれたくない話があるような感じだ。明奈を見る。じっと、掃除用具入れを見ている。観測を始めて2時間、1秒たりとも目を放していない。あたしたちのことなど気にしていないだろう。あたしたちはそっと席を立ち、教室の隅へ行った。

 

「……どうしたの? 梓」明奈に聞こえないように小声で訊く。

 

「……あたし、思ったんだけど」

 

「うん」

 

「この事件、犯人は、明奈じゃないかと思うの」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……やっぱり、梓もそう思う?」

 

「……ということは、結衣も思ってたのね」

 

「まあ、ね。あの娘との付き合いも長いから」

 

 そう。実はあたしも、梓と同じことを考えていた。事件の陰に明奈あり――これは、小学生のころから明奈と付き合ってきて、身に染みて学んだことだ。何か不思議な現象や怪奇現象が起こった場合、多かれ少なかれ、何かしら明奈が絡んでいるのだ。

 

 つまり、あたしたちの推理はこうだ。

 

 明奈は、常に怪奇現象に飢えている。しかし、怪奇現象なんて、そうそう起こるものではない。明奈は思う。起こらねば、起こしてしまえ、怪奇現象。明奈は、勝手に開くドア、という怪奇現象を演出しはじめた。みんなが見ていない時を見計らって、こっそりと、なんらかの方法で、掃除用具入れを開けるのである。極めて地味な怪奇現象ではあるけど、ずっと続ければ、やがて話題になるかもしれない。そんなことをして一体何が面白いのか? 当然沸きあがる疑問だけど、これは愚問でもある。明奈はみんなが騒ぐのを見るのが楽しいのだ。あたしたち常人には理解できないが、明奈とはそういう生き物である。そんな訳で、明奈はみんなの見ていない所で用具入れのドアを開けるという活動を続けた。しかし、予想外のことが起こった。みんな、怖がらないのである。少しは話題になってはいるものの、どこか、「だから何?」という空気が流れている。まあ、当然と言えば当然である。みんな、勉強に部活に遊びに忙しい。掃除用具入れが勝手に開くなんてこと、気にしているヒマはないのだ。明奈は思う。作戦は失敗か? いや、諦めるのはまだ早い。みんなが気にしないのなら、気になるまでやり続けるだけだ。明奈は活動を続ける。やがて、少しずつだが、話題になってきた。怖がる子も出て来た。よし。ここらで、ドアが開く瞬間のビデオ撮影に成功となったら、一気に話題になること間違いなしだ。しかし、どうやって撮影する? 1人で撮影するのは簡単だ。でも、それでは説得力に欠ける。「何かトリックがあるんじゃない?」と言われたら、反論するのは難しい。撮影に立ち会う人が必要だ。うってつけのヤツがいる。結衣と梓。2人に協力を要請し、撮影に立ち会ってもらおう。後は、2人のスキを付いてドアを開け、撮影に成功したと言えばいい。2人が証人になってくれるだろう。完璧だ。完璧な作戦だ。イッヒッヒ。

 

「――と、まあ、こんな所だと思うんだけど」あたしは、梓に考えを説明した。

 

「うん。あたしも、そんな感じだと思うわ」梓も同意する。「でも、どうする? 明奈に、『あんたが犯人でしょ?』なんて言っても、素直に認めるとは思えないけど」

 

「任せて。考えがあるわ」

 

 あたしは、熱心に掃除用具入れを観察する(フリをしている)明奈に向かって言う。「――ねえ、明奈、あたしたち、ちょっと、トイレに行ってくるね」

 

「はいよ」明奈は振り返ることも無く、手を上げてそう言った。

 

 あたしと梓は教室を出る。しかし、トイレには向かわず、出入口の陰に身を潜めた。

 

「どうするの?」小声で訊く梓。

 

「明奈を1人にしておけば、きっと、すぐに行動を起こすはずだよ。そこを、押さえるの」

 

 息をひそめ、あたしと梓は明奈の様子を窺った。しばらくして、明奈はキョロキョロと教室の中を見回し始める。誰もいないことを確認したのだろう。カメラのボタンを押した。恐らく、一時停止のボタンだ。そして椅子から立ち上がり、掃除用具入れに近づく明奈。手を伸ばし、ドアを開ける。開いた用具入れをしばらく満足げな顔で見つめた明奈は、ふたたび椅子に座り、カメラの一時停止を解除した。

 

「……やっぱり、思った通りだね」呆れ声で言うあたし。「さ、行こう」

 

 あたしは、梓と一緒に教室に入った。

 

「あ! 結衣! 梓!」明奈は、興奮した様子で掃除用具入れを指さした。「見て! 掃除用具入れのドア、開いたよ! ああ、あんた達、決定的瞬間を見逃して、残念だったね。でも、安心して。バッチリカメラで撮影したから!」

 

 あたしと梓は顔を見合わせる。よくもまあ、ぬけぬけとそんなことが言えるもんだ。

 

「そんなこと言っても、ムダだよ」と、あたし。

 

「へ? ムダって、何が?」

 

「あたしたち、トイレに行くフリをして、隠れてこっそり見てたんだから。明奈が、カメラを停めてドアを開ける所」

 

「はぁ? 何言ってんの? そんなこと、するわけないじゃん」

 

「とぼけたってダメだよ。ちゃんと見てたんだから。ねぇ? 梓」あたしは梓に同意を求めた。

 

「そうそう」梓は頷いた。「まあ、明奈がしょーもないイタズラをするのはいつものことだけどさ、今回のは、ちょっとしょーもなさすぎるよね? 何と言うか、おもしろくもなんともないよ?」

 

「だから、2人とも何言ってるのよ? あたしがこんなイタズラ、するワケがないじゃん」明奈、あくまでもシラを切り通す。いったいどの口がそんなことを言うのか。

 

「はいはい。もう判ったから」あたしは適当にあしらう感じで言い、明奈が開けた掃除用具入れのドアを、パタンと閉めた。「さ、これ以上は時間の無駄だから、もう帰ろ?」

 

「ちょっと待ってよ。そんな風に疑われたままで、帰れるわけないでしょ?」明奈、ちょっと怒ったような口調。

 

「だから、疑うも何も、あたしたち、この目で見たんだから。明奈が、カメラを停めて、ドアを開けて、またカメラを回すところ」

 

「そんなことしていないって言ってるでしょ! カメラを見てみればわかるわ。ドアが勝手に開くところ、ちゃんと撮ったんだから!」

 

 明奈はカメラを停止させ、再生モードにする。本体の小型モニターに、閉まった状態の掃除用具入れが映し出された。

 

 しばらく映像を早送りする。そして、問題のシーンと思われる時間帯になったところで、ふたたび再生に。ドアは、相変わらず閉ざされている。

 

《ねえ、明奈、あたしたち、ちょっと、トイレに行ってくるね》

 

 あたしの声がした。トイレに行くために、教室から出たところだ。

 

「そろそろね。見てなさい。勝手に開くから」自信満々の口調の明奈。

 

 あたしはまたまた梓と顔を見合わせる。あたしたちは、ちゃんと明奈がドアを開ける所を見ていたのだ。なのに、明奈のこの自信は、一体どこから来るのだろう? 判らん。

 

 モニターのドアは閉ざされたままだ。そして、問題の時間になったが。

 

 プツリ、と、突然映像が途切れ、1秒もしないうちに、今度はドアが開いた状態の掃除用具入れが映し出された。

 

「え? 何で? 何でドアが開くところが映ってないの? ちゃんと撮ったはずなのに?」ワザとらしい口調で言い、映像を巻き戻す明奈。もう1度再生するが、やはりドアが開くところは映っていない。

 

 明奈は、訴えかけるような目であたしたちを見る。「ホントだよ? ホントに、勝手にドアが開いて、ちゃんとビデオにも撮ったんだから」

 

「だから、そんなこと言ってもムダだっての」さすがに腹が立ってきたあたし。思わず声が大きくなってしまう。「あたしたち、あんたがドアを開ける所、見てたんだから」

 

「しつこいわね! あたしはそんなことしてないって言ってるでしょ!」明奈も怒りだす。「もういい! あたし、帰る!!」

 

 明奈はカメラと三脚をカバンに入れると、ぷりぷりおこりながら教室を出て行った。

 

「何なの? あの態度。人をくだらないイタズラに巻き込んでおいて、それがバレたからって、なんであたしたちが怒られないといけないの? ねぇ?」あたしは梓に同意を求めた。逆ギレとは、まさにこのことだ。

 

「でも、なんだかちょっと変じゃない?」梓、少し心配そうな口調で言う。

 

「変って、何が?」

 

「いくら明奈でも、さすがにあの状況で言い逃れをするほどバカじゃないと思うけど」

 

「何言ってるの? だって、梓も見たでしょ? 明奈がドアを開けるところ」

 

「うん。そうなんだけど……もしかしたらあの娘、ドアを開けたの、ホントに覚えてないのかも? 無意識のうちにやっちゃったとか?」

 

「そんなわけないじゃん。イタズラがバレて、恥ずかしいからムキになって否定して、引っ込みがつかなくなっただけだよ」

 

「そうかなぁ?」

 

「そうだよ。明日になったら、何事も無かったようにケロッとしてるって」

 

「まあ、そうかもしれないね」

 

 あたしは大きく伸びをした。「あーあ、明奈のせいで、貴重な時間をムダにしたわ。あたしたちも帰りますか」

 

「そうだね」梓は笑った。

 

 バタン。あたしは掃除用具入れのドアを閉めると、帰り支度を整え、教室を出ようとした。

 

 …………。

 

 ……あれ? おかしいな。あたし、明奈と言い争う前も、ドアを閉めなかったっけ?

 

 振り返ると、掃除用具入れのドアは開いていた。

 

 

 

(原作不明)

 

 

 

 

 

 




むかし読んだ実話系怪談の本にあった一作を元に執筆しました。
新耳袋だと思っていたのですが、どうも違うようです。
現在調査中。判り次第原作名を追加しておきます。
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