「それではこれより、恒例の新入生歓迎肝試し会を始めようと思います。ぱちぱち」
1人で盛り上がって拍手までする明奈を、あたしは冷めた目で見つめる。
「恒例も何も、あたしたちまだ2年だから、新入生歓迎は今回が初めてでしょうが」冷静に突っ込む。
「ま、細かいことは気にしないの。こうしてあたしたち心霊研究部に、梓と未来という新入部員ができたんだから、喜ばしい限りじゃない」
「あのー」明奈の言葉に、未来が小声で手を上げる。「あたしたち、そんな部に入った覚えはないですよ。演劇部の活動だって、終わったわけじゃないですし」
その隣で、梓もうんうんと頷いた。
さっきから、何を言っているのかと言うと。
9月。市川で行われた演劇大会は、惜しくも優勝こそ逃したものの、部員全員、自分の演技をやりきり、無事、終了となった。そして、3年生は引退。部は一応一区切りついたということで、あたしと明奈はひとまず退部。梓と未来の練習もかなり少なくなったので、明奈が、「今度はあたしたちの部を手伝ってよ」と、夜中にこの2人を呼び出したのだ。もちろん心霊研究部なんて部が学校に認められているわけもなく、いま思いついたでっち上げだ。
ま、要するに、いつものように明奈が肝試しをしようと言い出したわけである。場所はいつもの通り、中学校の旧校舎。
「ここはね、夜な夜な幽霊が出るという、いわくつきの校舎なんだよ」明奈、声のトーンを落として話す。「首のない男子生徒が徘徊しているとか、足の無い女生徒がうろついているとか――」
後、節操の無い女生徒もよく出入りしているな。
「結衣、なんか言った?」
「ん、別に何も。まあ、要するに、ヒマだから肝試しをしよう、ってことでしょ?」
「まあ、早く言えばそういうことね」
「……どうする? イヤなら断ってもいいよ?」
あたしは梓と未来に訊いた。部が一段落したとはいえ、演劇命のこの2人が、こんなしょーもないことに付き合うわけがない。さぞ迷惑だろう……と思ったんだけど。
「あたし、別にいいよ。こういうの、キライじゃないし」
意外なことに、目をキラキラさせながら、梓が言った。
「え!? 梓先輩、そうなんですか? 実はあたしもなんです!」
と、未来も同意する。
おっとっと。これは予想外の展開だ。まさか明奈の仲間が増えるとは。それも、同時に2人も。
「うむ。いい返事だわ。なかなか有望な新入部員ね。じゃあ、さっそく行きましょう!」
明奈の声に、梓と未来は、「おー!!」と拳を突き上げる。超ノリノリだ。これじゃあ、あたしも断るわけにはいかなくなった。
でも、こういうの、あたしあんまり好きじゃないんだよね。
と、言うのも。
「そう言えば、聞きましたよ! 結衣先輩って、霊感があるんですよね!?」テンション高めに未来が言う。
「うん、まあ、そうね」あたしはテンション低めに答えた。
そうなのだ。あたしには、子供のころから人には見えないものが見えたり、聞こえない声が聞こえたりと言った、いわゆる霊感というものがある。だから、こういう、いわゆる心霊スポットというところに行って、怖い目に遭うとすれば、まず真っ先にあたしなのだ。怖いものを見たくてしょうがない明奈たちには見えず、怖いものを見たくないあたしに見えるのだから、こんな迷惑な話は無い。
「すごいです結衣先輩! あたし、尊敬します!」と、未来。こんなことで尊敬されても嬉しくもなんともないのだけどね。
懐中電灯を持つ明奈を先頭に、梓、未来、そしてあたしが続き、旧校舎へと入った。正面には2階へ続く階段。左右には廊下があり、その先にはいくつか教室がある。
「さて、どこから行きますか?」
ワクワク感丸出しの明奈。廊下、階段、廊下、と、順番に懐中電灯の明かりを当てて行く。
と。
「……せ、先輩?」
未来が、階段を指さした。
「あれ、何ですか?」
声と手が震えている。
あたしは階段の方を見た。
そこには――。
…………。
何もなかった。
「もう。脅かさないでよ。何もないじゃ――」
ない、という言葉を飲み込む。
明奈と梓が、階段の方を見て、恐怖の表情を浮かべている。
「何? あれ?」と、梓。
「あ……あたしに判るわけないでしょ」明奈の声も震えている。
え? 何?
もう1度階段を見る。未来も、梓も、明奈も、そこを見て、何かに怯えている。
しかし。
やっぱりそこには何もない。
何? あたしをからかってんの?
そう言おうとしたけど。
「ヤバイ、こっちに来る!」梓が叫んだ。
「ど……どうするんですか!? 先輩!!」パニック状態の未来。
「どうするったって……逃げるしかないでしょ!!」
明奈の言葉で。
3人は、猛ダッシュで旧校舎を出た。
だから、一体なんなのよ!?
あたしはもう1度階段を見る。懐中電灯は無いけれど、月明りでそれなりに明るいから、見えないことは無い。
でも、やっぱりそこには何もない。念のため左右の廊下も確認するけど、やっぱり何もない。
「結衣! 何やってんの! 早く逃げなさい!!」
遠くで明奈が叫ぶので、あたしも仕方なく、旧校舎を出て、みんなの後を追った。
「ふう、良かった。追いかけてはこないみたいね」大きく肩で息をしながら、梓が言う。
「でも、あれ、いったいなんだったんですか?」と、未来。
「わかんない。あたしも、あんなの初めて見た。結衣、何だと思う?」明奈があたしに意見を求める。
そう言われても、困ってしまう。だって、なんにもいなかったのだから。
「あのさ……さっきから、何の話をしてるの?」
あたしがそう言うと、みんな、「はぁ?」という感じの目で、あたしを見た。
「なんの話って、さっきのヤツよ! 超ヤバかったでしょ!? あれ!!」明奈が答える。
「そうよ! あたし、幽霊自体見たの初めてだけど、あんなにすごいなんて、思ってもみなかったよ!」梓の興奮が収まらない。
「結衣先輩って、いっつもあんなのが見えてるんですか!? すごいですよ! あたし、あんなのがしょっちゅう見えてたら、とても生きてられません!」未来の瞳には尊敬の念すら感じられる。
「いや、なんにも見えなかったけど」正直に言った。
沈黙する3人。
何? 何でそんな顔すんのよ? だって、何もいなかったでしょうが。
「……ああ、そうかそうか。あたしたちを怖がらせないように、わざと言ってるんだね。ありがと。でも、あんなにはっきり見えたんだから、そんな気を使わなくて、大丈夫だよ」明奈、苦笑い。
「なんだぁ。そうだったんですか。結衣先輩、優しいですね」と、未来。
「そうだよね。あれが見えないなんてこと、無いもんね」と、梓。
ウソをついても何にもならなないから、あたしは正直に言ってしまうけれど。
「いや、なんにもいなかったってば」
すると。
しーん。
重苦しい沈黙が辺りを包み。
やがてそれは、重い重いため息に変わった
「先輩、あたし、ガッカリです」未来、落胆した口調。
「あーあ。なんだか興醒めしちゃった。あたし、そろそろ帰るね」そう言って、去っていく梓。
「あ、梓先輩、待ってくださいよ。ごめんなさい、結衣先輩、明奈先輩。あたしも帰りまーす」ぺこり、と頭を下げて、梓の後を追う未来。
ポンポン、と、あたしの肩を叩く明奈。「ま、そんな日もあるよ。気を落とさないでね」
同情の言葉を残して、明奈も去って行った。
月明りのみが照らす薄暗いグラウンドに残されたのは、あたし1人。
…………。
……何なんだよ! 一体!
だって、何もいなかったでしょうが! 絶対絶対、何もいなかったでしょうが! あたしが悪いのか? これ、あたしが悪いのか、おい!?
叫べども、その声は、もう誰にも届かなかった。
あたしは旧校舎へと戻り、もう1度階段を見たけど。
やっぱりそこには、何もいなかった。
…………。
……べ、別に悔しくなんかないんだからね!!
(作者オリジナル)