その日、大学で朝一から講義があり、あたしは眠い目をこすりつつ家を出た。今日もいつものように早めにロビーに入り、眠気覚ましの紙カップのコーヒーを飲みながら理名亜美とお喋りをし、バッチリ目を覚ましたところで講義に出よう。そんなことを考えつつ大学へと向かっていたけれど。
……しまった。ケータイ忘れてきたんじゃないか?
ふと気になって、バックの中を探る。思った通り、ケータイは見つからない。やっぱり。記憶を巡り、昨日の夜明奈に電話して、机の上に置いた後そのままだったことを思い出す。
まあ、まだ家を出て数分。講義の時間までは十分に余裕があるし、早めに気付いてよかった。あたしは家に戻った。
ガチャリと鍵を開け、靴を脱ごうとすると。
ルルル。家の電話が鳴っている。
今日はお母さんは出かけている。家にはあたししかいない。誰だろう? こんな朝っぱらから。変な勧誘とかセールスとかだったら面倒だな。まだ時間に余裕があるとはいえ、そんなことで時間をつぶしたくはない。幸いうちはナンバーディスプレイのサービスを利用している。番号を確認して、出なくてもよさそうな相手だったらスルーしよう。本来なら、すでに家には誰もいない時間だ。問題ないだろう。
靴を脱いで家に上がる。電話の液晶画面を確認すると。
『結衣』
そう表示されてあった。
…………。
……はい?
結衣って、あたし?
まあ、あたしの家の電話に登録されている『結衣』という名前が、あたし以外ということもあり得ないだろうけど。
でも、何で?
『結衣』とは、もちろん、あたしのケータイから、ということである。しかし、ケータイは部屋にある。当然、部屋には誰もいない。
あたしは少し迷い、電話を取ろうとした。
けれど。
受話器に触れる寸前に、呼び出し音は切れた。
ディスプレイには、なおもはっきりと、『結衣』の文字が残っている。
……どういうことだろう? 考える。可能性として考えられるのは、ケータイは部屋に忘れたのではなく、持って出かけたけど、外で落とした、ということ。それを誰かが拾って、知らせるために、家にかけた――うん。これはあり得る話だ。
しかし、問題はある。
あたしが家を出てから、まだ5分と経ってない。その間にケータイを落とし、そして誰かが拾って、あたしの家に連絡する。あまりにも早すぎるタイミングだ。
そのまま電話の前でじっとしていてもしょうがないので、あたしは2階の部屋に向かった。
机の上に、ケータイはあった。やっぱり落としたわけではない。
ケータイを取り、発信履歴を確認する。最後の発信は、昨夜の明奈への電話だ。家への履歴は無い。
…………。
あたしはケータイを閉じ、1階に降りた。
もう1度、家の電話を確認する。『結衣』と表示されている。あたしは受話器を取り、そして、折り返し発信をしてみた。
しばらくして。
プルプル。ケータイが鳴った。
静かに、受話器を置く。ケータイの着信も切れた。
間違いない。さっきの電話は、あたしのケータイからかかっている。
しかし、ケータイに発信履歴は無い。
あたしはじっと、2階の部屋を見つめる。
…………。
おっと、そろそろ行かないと、遅刻してしまう。
あたしは、そのまま家を出た。
(都市伝説「ナンバーディスプレイ」より)