Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って   作:とke

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プロローグ

 

 

 朽ち果てた塔の屋上から見える空は、嵐の前兆のような曇天に覆われていた。

 死砂漠と呼ばれる不毛の大地にこの塔は立っている。

 なにもない砂漠でありながら、この地は常に嵐のような暴風が吹き荒れている。 

 昼になると身を焦がすほど熱が立ち込め、夜は氷点下の命を寄せ付けぬ気候でありながら、謎の暴風が視界さえも阻むように吹き荒れているのである。

 そんな過酷な大地に人は疎(おろ)かほとんど生物らしきものは住んでいない。

 だからこそこの場所は「死砂漠」と呼ばれていた。

 そんな命を拒絶する大地に屹立するこの塔は、明らかな人工物でありながら誰が作ったものであるか分かっていない。

 ――そんな数多の謎を秘めた人類未踏の地を踏破するのが俺たちのような「冒険者」の仕事であった。

 死砂漠の塔――。その最奥にいま俺たちは立っている。

 

「グルァァァァァァァァァァァ!」

 

 屋上に立ち、吹き荒れる砂塵に顔を覆った次の瞬間であった。

 俺――レイルは、砂塵の暴風の奥から身の毛がよだつような恐ろしい咆哮を聞いた。

 凄まじい威容を放つ咆哮は、物理的な衝撃を伴って漂う砂塵を吹き払い――視界を明らかにした。

 咆哮のその先に翼が翻った。

 曇天に紛れるような黒い鱗が、雷光に照り返され不気味に輝く。

 ルビーのような真紅の瞳がらんらんと輝き、鋭い牙が咆哮に合わせてむき出しになる。

 

「タナトス・ドラゴン……!」

 

 知らず知らずのうちに俺はその存在の名を口にしていた。

 緊張する俺を、黒鱗に身を包み、城なみの質量持った竜が空から睥睨している。

 希少なる古代文献に細々と記された――死毒竜、タナトスドラゴン。

 伝説上の存在に俺は、いや――“俺たち”は対峙していた。

 異形たるドラゴンに対抗する俺たちは4人組のパーティの冒険者だ。

 秘境の地を踏破し、魔物を狩ることを正業にした者。それが――冒険者だ。

 そして俺たちはその中でも、最上位と言われるSランク冒険者パーティだった。

 俺たちは怯むこと無くタナトスドラゴンの咆哮を受け、武器を構える。

 ――消えるなら今だぞと言わんばかりの威嚇行動は、タナトスドラゴンがこの空域の絶対的な王である何よりの証明だった。

 だが、ここまで来た俺達はその程度で尻尾を巻いて逃げ出すほどやわではない。

 

「……来る!」

 

 逃げない俺たちを見たタナトスドラゴンは咆哮を収め、空中で身を回転させ――その両翼を扇ぐように俺たちに突き出した。

 瞬間であった。翼の先から異臭を放つ液体が放射される。

 

「タナトスドラゴンの毒液だ! 触れたら腐り落ちるぞ! 下がれ!」

 

 戦闘開始であった。

 俺はまっさきに声を上げた。

 パーティ4人全員が即座に各々の最適な行動を取る。

 

「主に願います――害あるもの妨げ、健やかな戦を! 極天障壁(セイントフィールド)!!!」

 

 まず動いたのは純白の僧衣(カソック)に身を包み、豊穣の太古の神をかたどった黄金の杖を構えた女性だった。

 僧侶ラーナ。回復・補助呪文のエキスパートである。

 ラーナの詠唱とともに光の壁がパーティ全体を覆うよう展開し、ドラゴンの放つ毒液を弾き飛ばした。

 

「いい補助だぜラーナ! くらいなァトカゲ野郎!」

 

 次に動いたのは、真紅の鎧兜を纏った筋骨隆々の屈曲な男だった。

 戦士グレッグ・レグオン。自分の身長より遥かに巨大な大剣を自在に操る剣士である。

 

 グレッグは地を蹴り凄まじい跳躍で、宙空のドラゴンに肉薄する。その勢いのまま手にした大ぶりの大剣を振りかざす。

 毒を撒く動作に隙を晒したドラゴンはその一撃を避けれない。

 

「極武技――武神断(ぶしんだん)!」」

 

 避けれないと分かってグレッグの斬撃をドラゴンは真っ向から受け止めた。

 金属同士がぶつかり合う音が空中に響く。タナトスドラゴンはそれを受けても、最初は余裕を見せた。

 長い時を生きた竜のうろこは鋼に匹敵する強度になる。

 しかしグレッグが構えるのは世界最硬であるランドルド鋼で鍛鉄された大剣だ。それが熟練の剣技で振るわれることで、常識はずれの威力を発揮した。

 

「ギュルォォォォォォ!」

 

 その一撃は竜の鱗を切り裂き、傷をその身に残した。

 タナトスドラゴンはたまらず体を翻す。

 グレッグの攻撃から逃れるように体をよじり、後ろに飛ぶタナトスドラゴンとの距離が開く。

 ――俺の、出番だ。

 魔術師である俺の。

 

「知恵と繁栄をもたらす者――炎よ! 大炎爆(エクスプロード)!!!」

 

 俺は精神を集中させ、術式を完成させる。

 手に熱が触れる。俺の手には巨大な火球が乗っていた。

 思い切り手を突き出すことでその火球がタナトスドラゴンへと向かう。

 着弾――爆炎の花が咲く。

 だが。

 グレッグやラーナのはなった技と違い、タナトスドラゴンは怯まなかった。

 俺の炎の大魔法――大炎爆(エクスプロード)を受けてもタナトスドラゴンはまるで意に返した様子はなく、初撃をくれたグレッグにのみ注意を向けている。

 俺のことなど視界にも入っていない。

 

「もう一度……! ぐっ……!?」

 

 追撃しようと身構えた瞬間、ありえない異変が起きた。

 ぐらりと脳が揺れた。

 体から力が抜ける。

 ――魔力が枯渇しかかっている時の症状だ。

 ここまで来るのに魔術を2回使ってこれで3発。

 ……だめだ。

 この程度の魔法行使で疲れ果てているなどと――。

 魔術師では絶対起こってはならない状況が起こっている。

 

「ちぃっ! 大魔法程度じゃそうなるよな!」

 

「せめて天級ならば……」

 

 グレッグとラーナの失望とため息が聞こえる。

 2人の勢いが削がれた。

 

「……まだまだ!」

 

 しかし俺の後ろから響く声は闘志に満ちあふれていた。

 

「これ空より来たりて全てを裁くもの。世界の咆哮――」

 

 魔力がとぐろを巻くように渦になり、俺の魔法とは比べ物にならないほどの恐るべき力が吹き荒れる。

 

「団長!」

 

 グレッグの快哉と、

 

「ミリア!」

 

 ラーナの安心した声。

 

「神罰にて天の鉄槌、其は威光、その名は雷なり――現われよ天意――極天雷(エンドボルトブレイカー)!」

 

 詠唱が終わった瞬間、俺の大炎爆(エクスプロード)とは比べ物にもならない大雷轟が天より降り注ぐ。

 魔法として最高レベルの極天魔法を苦もなく扱ったその主こそ、近遠万能の『魔法騎士(ブレイザー)』、団長ミリア・アーレインだ。

 長い金の髪が揺れる。

 純白の刺突剣を構え、心臓をカバーしたハーフメイルに、防御魔法を何重にもまとわせたスカートを翻すミリアは、まるで吟遊詩人に語られる英雄のような威容を誇っていた。

 

「さすがは極天魔法……!」

 

 ミリアの感心した声に、俺は胸中複雑な気分になるが今はそれどころではない。

 

「グォォォォ……」

 

 タナトスドラゴンは凄まじい豪雷に撃ち抜かれ、今度こそ苦悶の声を上げ――地上へと堕ちた。

 だが、誰もそれに不用意に近づくことはしない。

 竜の眼はまだ生きている。そして――今までとは違う光を帯びていた。

 これまでが、体につくハエを振りほどいて追い払うような動作ならば、この瞳はようやく来客を油断なき「敵」として見た――殺意の瞳である。

 

「油断しないで。これからが……本番よ!」

 

 ミリアの声でパーティ全員が構える。

 本当の竜との戦いが、始まった。

 まさしく死闘であった。

 タナトスドラゴンは毒を司るドラゴンであり、その爪には即死級の猛毒がある。その威力は掠めただけでも処置が遅れれば肉が腐り落ちてしまう。

 それが縦横無尽に空を飛びながら、攻撃を仕掛けてくるのだ。

 竜の猛攻に俺は早々に魔術を使うことを諦め、パーティ全体の補助に回ることを決意した。

 

「グレッグ! エリクサーを!」

 

 俺は飛翔からの突進に被弾したグレッグに、体力回復役を塗布する。

 

「ラーナ、ハイネクタルだ!」

 

 癒やしの魔法の使いすぎで、魔力が切れそうなラーナに魔力回復薬を手渡す。

 

「ミリア! 万能薬を!」

 

 死毒をもつ爪を掠めたミリアに解毒の処置を行う。

 基本的な回復、補助は本職であるラーナにはかなわないが、彼女がカバーしきれない部分を俺が埋めていく。

 俺にとってそれは、パーティ全体にできる最善のことだ。

 各々が死力を尽くした攻撃を繰り返し、俺たちパーティはタナトスドラゴンに徐々にダメージを与えていく。

 グレッグの研ぎ澄まされた武技の一撃。

 ミリアの魔法と剣を使った凄まじい手数の攻撃。

 それを的確に守るラーナの回復魔術。

 俺のアイテムがその間を埋める。

 やがて永遠にも思える死闘の天秤は俺たちに傾き始める。

 

「――――――ガァッ!?」

 

 何百回めのヒットした攻撃に――、ついにタナトスドラゴンは宙に浮いた体を支えられなくなり、地上へと墜落した。

 それはタナトスドラゴンの瀕死を物語るものであり――パーティにとっては畳み掛ける好機であった。

 

「今だッ!」

 

「貰い受ける!」

 

 戦士グレッグと、続いて魔法騎士ミリアが突撃する。

 

「カバーは万全にします! ミリア! グレッグ! 行ってください!」

 

 僧侶ラーナが一足遅れてそれに続く。

 だが俺は――突撃する三人の遥か後方で――倒れたタナトスドラゴンをじっと見つめていた。

 臆病風に吹かれたわけではない。

 竜とは大陸全土に畏怖と恐怖をもって伝承される存在だ。

 まだなにかあるかもしれない。

 

「「「もらった!」」」

 

 俺を除く3人の声が重なり、思い思いの一撃が地上で死闘の跡に苦しむタナトスドラゴンへと迫る。

 

「……!」

 

 その瞬間――だった。俺はタナトスドラゴンの翼が奇妙に鳴動するのを見た。

 

「ルルルォォォォォォォ!」

 

 タナトスドラゴンは突如としてその口を大きく開いた。

 開いた口からは燐光のような光が瞬いている。

 

「竜の吐息(ドラゴン・ブレス)――だ!」

 

 俺は後方から叫んだ。

 竜の吐息(ドラゴン・ブレス)。それは竜が己の身に携えた膨大な魔力を凝縮し放つ一撃で、竜の奥の手――まさに必殺の一撃である。

 膨大な魔力を口腔に収束させ、それを圧縮し放つという、原理はシンプルなものだ。

 だが竜の魔力は人間とは比べ物にならない。

 伝説に語られる竜の吐息は、街を一つを竜の息吹(ドラゴン・ブレス)一吹きで破壊した――というものさえある。障壁や強力な防具をいくら纏おうとも、人間ごときが喰らえばこの世に肉片すら残ることを許されない。

 

「馬鹿が! Sランクの俺たちは何回も竜とは戦ってきたっての! その技は知ってるんだよ――!」

 

「口から距離をとって! 回り込むわよ!」

 

「余波は障壁が防御します!」

 

 だが、熟練の戦士団だ。竜の吐息を想定して即座に対応した。

 ドラゴンブレスには回避のために確実な方法がある。

 まず魔力を圧縮するのに少しの「ため」があること。

 次に口から直線上がその射線だということだ。口に魔力を圧縮させ、息吹とともに放つため、口と反対側に逃げてしまえば回避することが可能だ。

 俺も口の反対へと回り込みながら――なにか胸騒ぎを感じた。

 

(ドラゴンブレスを撃つにしては――口が下向きじゃないか?)

 

 その不安は的中した。

 タナトスドラゴンは――想定を超えた行動をとってきた。

 その吐息を、地面へと放射したのだ。

 

(普通のブレスとは――違う!?)

 

 そしてそれは通常のものとは異なる――風のような性質を持つものだった。

 さらにタナトスドラゴンの竜の吐息は当然――毒の属性を持つ。

 

「!?」

 

 竜巻状のドラゴンブレスは塔の床に反射し、地面に弾かれ四方へと拡散した。

 それは毒の間欠泉となった。

 毒の竜の吐息(タナトスドラゴンブレス)は地面に弾かれて毒風の壁となり、俺たちの前に現出した。

 

「猛毒の大気で嵐の壁を!? ドラゴンブレスをそんなふうに――!」

 

 切り込んだミリアが悲痛な声を上げる。

 それは近接攻撃のために突撃する前衛のミリアとグレッグには回避不能な勢いで迫っていた。

 

「毒は障壁では防げません!? 突撃の中止を……! その位置では無理なのですか!?」

 

 俺は巻き込まれた塔の床が腐食して溶け落ちていることから瞬時にそのブレスの性質を理解した。

 その性質は猛毒の継続(スリップ)ダメージを発生させる空間を作り出す攻撃であるようだ。

 ラーナが構えるのは物理的な威力を減衰する障壁でしかなく、呼吸から体内に浸透する致死毒はそれでは防げない。被弾した前衛は臓腑を焼かれる苦しみとともに息絶えるだろう。

 随分後で文献によって知ったのだが、これがタナトスドラゴンの奥の手中の奥の手、「死毒の終末(タナトス・アポカリプス)」であるそうだ。

 ――全く、予感が悪い方向にばかり当たる。

 

「くうっ! 避けきれな――えっ!?」

 

 だが、前衛二人はその毒壁に触れても少し肌が焼けるだけで――何も起こらない。

 青色の煙が二人を包み込むように巻き起こっていた。

 

「解毒煙幕……! 間に合った」

 

 俺がアイテムポーチから取り出して投げた煙幕は、煙に解毒の作用がある特別性だ。

 吹き上がる煙幕全てに解毒作用があるそれは、毒を中和し、猛毒の壁をこじ開けていた。

 

「おらァァァァァ!」

 

 タナトスドラゴンの必殺技から身を守られたグレッグは即座に切りかかっていた。

 グレッグの一撃はタナトスドラゴンの翼を切り裂いた。

 これで空に逃げられない。

 

「ありがとうみんな。これで終わり――」

 

 そして、憎々しげに体をよじるタナトスドラゴンの眼前にミリアが迫っていた。

 

「喰らいなさい! 極雷――剣(エンドボルトブレイド)!」

 

 ミリアの手にしたレイピアが青白く発光する。その一撃は竜の鱗を穿ち、体内へと到達する。

 そして、体内に入ったレイピアから、凄まじい雷撃が発生した。

 

「決まった! 団長の魔法剣!」

 

 グレッグが剣の血振るいをしながら叫んだ。

 魔法騎士、ミリア・アーレインの秘技である魔法剣は、戦士の闘気をまとった一撃と、魔法の破壊力を重ね合わせることで――威力を何倍にもして攻撃する凄まじい技である。

 

「ギァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 タナトスドラゴンは身震いするほど苦しみの咆哮を上げた。

 ミスリル鋼なみに硬い鱗で守られた表皮を貫いた刺突剣から雷の極天魔法が放射され――竜の体内で荒れ狂っている。

 タナトスドラゴンはやがて、眼球を白濁させ、全身から黒煙を燻ぶらせ、地面へと倒れ伏した。

 完全にタナトスドラゴンが動かなくなったのを確信した前衛3人は――どっと沸いた。

 

「や、やりました……私達……誰も突破できなかった死砂漠を……踏破したんです!」

 

「ははッ! やったぜ! 俺たち伝説で語り継がれちゃうかもよ!」

 

 喜びの声を上げるラーナとグレッグを俺は後ろでぽつんと見ていた。

 皆すごかった。ラーナの補助、グレッグの翼を両断する剣技。して団長のトドメの一撃――。

 俺はアイテムを使っただけで……。

 そんな俺に近づいてくる足音がする。慌ててそちらを振り向いた。

 そこにはタナトスドラゴンの返り血を全身に浴びながら、その笑顔は宝石のようにまばゆい――団長ミリアが立っていた。

 

「ありがとレイル。アイテム助かったよ」

 

「いや、俺は……」

 

 何もしていないと言いかけて俺は口をつぐむ。礼を言われているのにそれを退けるのも礼儀に外れていると感じたのだ。

 しかし俺は、魔術でタナトスドラゴンを攻撃した際に、全く効いていなかったことを思い出して、決して無邪気に喜べなかった。

 任務終了を告げられながらも俺は素直に肩の荷を下ろせなかった。

 

 アーレイン戦団。Sランク特級任務――「死砂漠の塔を制覇せよ」をクリア。

 この快挙は王都にすぐに広まった。

 

 




評価、非常に励みになります。ぜひともお願いします。


書き溜めなので毎日 20:00更新します。よろしければ見ていってください

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