Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って 作:とke
詰め寄られるようにリルカに村を出ることを問われた俺は、苦笑しながらそれに答えた。
「ええ。まあ……仕事にあぶれ始めたもので、村を出ようかと」
暗い話に立ち戻ってしまうことにしまったと思ったが後の祭りだった。
「あの、もしかしてラークスがなにか……」
リルカの察しの良さに俺は少し驚く。
まさに原因をズバリと言い当てられたからだ。
ラークスが俺に仕事を回すまえに独占して、仕事にあぶれている状態である。
「診察に来た人たちの間でもレイルさんの採ってきてくださったエクスマジックベリーは、ラークスが任せたものであるという話になっていまして」
リルカの察しの良さは、ここが診療所であり、村中の噂がある程度把握できる場所だからというのもあるようだった。
同時に、ラークスの予想を超えた影響力の強さに俺は驚いた。ギルド以外にも影響があるのだ。
「……違うと言っておきましたが、根も葉もないそのような話になっているのに妙な違和感を感じていました。もしかして……ラークスに何か悪く言われているのですか?」
仮定から想像するスピードが早い。リルカの地頭の良さを感じつつ、俺は問いに答える。
「どうやらあの件で嫌われてしまったようです」
「そんな……。私のせいで」
リルカがショックを受けたような顔になった。俺は慌ててそれを否定する。
「いえいえ! リルカさんを責めたいわけではなくてですね」
リルカさんは俺のフォローにも浮かない顔を続ける。
そして――思いつめたような顔つきでリルカは口を開いた。
「あの、お食事ならいつでも来ていただいて大丈夫です。依頼が必要ならレイルさんに診療所の薬草依頼を全ておまかせするよう父に頼んでもらっても」
「それはいけません」
俺はその言葉に……即座に首を振った。
それは良くないと感じていた。
リルカなりの精一杯の感謝の気持ちだとわかっていたのだが、それは危険に感じた。
「……それは、リルカさんやカルダスさんがまずいことになるでしょう」
ラークスの影響力は絶大だ。
俺はラークスに嫌われている。そんな俺をかばってラークスに睨まれれば、リルカたちの立場が悪くなるだろう。
「後は俺がもらう利益が大きすぎます。そういう、片方が与えるだけの関係になるとどこかで歪みがでます。それは互いを不幸にしますから……」
俺はアーレイン戦団の魔術師として努めていたことを思い出した。
戦闘で足を引っ張り、強大になっていく魔物相手に手も足も出なくなっていった俺のぶんが、やはりパーティの負担になっていたのだろう。
その結果として、俺は罵声を浴びせられるようにアーレイン戦団を追われた。
妹同然のミリア・アーレインさえも、俺を突き放さざるを得ないほど……負担をかけていた。
もう一度、そういうことを繰り返すのは辛かった。
「あ……」
リルカは悲しそうに唇を噛み――黙り込んだ。
俺の言葉に実感がこもっていたからだろう。それ以上何も言えなくなかったようだ。
食卓に微妙な空気が流れる。
全く嫌な流れである。そんな悲しい空気にしようと思ったわけではなかったのだ。
俺は慌てて言葉を続けた。
「湿っぽい話になってしまったけど……。いや、俺は今回のことは満足してるんですよ。リルカさんの命を救えただけで俺は満足です」
これは正直な気持ちだった。
「色々あってこれまで積み上げてきたものが無意味だと思っていたけど、人の役に立てた。ようやく……人生の節目に一段落ついた気がしてるんです」
魔力欠乏症にいち早く気づけたのは、文献を読んでいた経験に寄るものだし、エクスマジックベリーを見つけられたのはパーティのアイテム係をしていたからだ。
アーレイン戦団を追放されてしまったけど、決して無駄な時間を過ごしているわけではなかった。
そのときの経験によって人の命を救うことが出来たのだから。
俺の言葉をうけ――リルカはうつむいて、じっと考え込んでいた。
そして、次の瞬間、リルカの瞳から――ぽろりと一つしずくが落ちた。
(な、泣かせた!?)
流れがそういう空気だったと言え、涙を見るのはショックだった。
リルカも流石にそれは自分でもわかっているのだろう。涙を慌てて袖で拭って、すすりあげながら口を開いた。
「ご、ごめんなさい……で、でもなんだか、レイルさんに……共感してしまって。わ、私……私も……病気だからって、ずっと誰かに寄りかかって生きてきて……すごく申し訳なかったから」
リルカの言葉は自身の経験を背負った重いものだった。
だがリルカは気丈にも、そのひとしずくの後涙を流すのを止めた。
(そういえばリルカさんはずっと病気だもんな。誰かに頼らざるを得ない生活をずっとしてきたリルカさんに……なんてひどいことを言ったんだ俺は)
俺はショックを受けた。リルカさんが母を亡くしていたのはつい先程聞いていたし、そのことで苦労もあったはずなのだ。
知らず知らずのうちにそれに刺さる話をしてしまったというのは……悲しかった。
想像力のない自分が恨めしい。
「私……ダメな人間なんです。お母さんと違って、魔法を使えないんです。お母さんはあんなに凄かったのに」
リルカの言葉に、カルダス医師が感傷深く語っていた内容を思い出す。
「お母様は回復魔術師だったと……」
「そうなんです……私はお母さんに憧れて回復術師になりたかったんです。ずっと練習して……でも一番簡単な初級魔法さえも使えるようにならなかった」
それは不運なことだ。
統計的にはやはり、魔術師の子供が魔法を使える可能性が高いと聞く。
魔術師の才能と遺伝の関連性は立証されていないが、遺伝すると主張する文献が多い。
だが確実にとはいかないらしく、魔術師の親を持ちながら魔法を使えない子供が産まれることはあるらしい。
「幼馴染のラークスは、親のシリウスさんの才能を濃く受け継いでいて、幼い頃から大人顔負けの戦闘力を見せていました。なのに私は全く魔法が使えない。それが恥ずかしくて……毎日魔法の練習をしていました」
ラークスの態度にはどこか挫折を知らないものにありがちな周囲を舐めているようなところがある。
ラークスの横暴はそれは有り余る才によって周囲を屈服させるほどの結果を出してきたのもあるのだろう。
リルカの口調がさらに――震える。
なにか大きな――胸のつかえを、彼女は口に出そうとしているようだった。
「ある日、私は森に魔法の勉強をするために行ったんです」
「一人で森に!?」
「それは……いえ、そうです。そこで私は魔物に襲われて……すごくひどい怪我を負ってしまいました」
ぞくりとするような話だ。
遺伝とは呪いでもある。偉大なる親、才能ある親を持つ子供は必然――期待されることになる。
期待に答えられるならそれは祝福と誇りになる。しかし答えられないものには、呪いだろう。
それは表裏である。
ラークスのように強烈な自負心を手に入れ、生きることに曇りを持たないように有ることも。
リルカのように期待に押しつぶされ、自分を傷つけてしまうこともある。
「助けられた時、私の怪我は酷い状態だったそうです。ほとんど助からない怪我だった私のために母は……三日三晩ずっと回復魔法を使い続けてくれたんです」
――子を思う親として。
――回復術師として。
それはあまりに立派なことだ。
しかし、魔法を三日三晩。それが本当に言葉通りの意味ならば。
「そ……れ、は」
察した俺の言葉を受け取り、リルカは手を拳に――固く握りしめた。
「そんな無茶は……いくら一人前の回復術師でもできません……母は、それが元で……亡くなりました」
俺は、言葉を失った。
壮絶だった。
それは――そのような無茶をした人の生き様にもそうだし。そして――遺された人たちにとっても、あまりにも重い出来事だろう。
「回復魔法もできない、ダメな私の代わりに……母は命をかけてくれたんです……私はその時に思いました。母のように自分の命さえ顧みず人を救える。そんな立派な回復術師になりたいって。でも……」
その先は、言わないでもわかる。
しかし俺は遮ることができなかった。押し黙ってその話を聞くしか無かった。
「……ずっと、ずっと、寝る時間も削って魔法を使えるように頑張ってきたのに。いまだに初級の魔法さえ使えません。だから診療所の手伝いは雑用みたいなことくらいしか出来ないんです」
――魔法を使えないから、自分を責めて、苦しんでいる。
それは、俺の過去に起こったことと重なりすぎていたから。
だから何も言えない。
魔法が使えず苦しむ気持ちは痛いほど分かるからだ。
「その後遺症なのか、その後から……薬で魔力を補わないとすぐ倒れるようになってしまいました」
そんな過去を背負う彼女はどれほどの重荷をいままで背負ってきたのだろう。
「母を犠牲にして、魔法も使えず――不完全な体で生きる私は……本当にお荷物ですね……」
重苦しい沈黙が食卓を支配した。
壮絶な過去だ。
半端な言葉をかけた所で、それは無意味だろう。言葉で過去を聞いたとして、実際にそれを見たわけでもない俺の言葉は薄っぺらい同情にしかならない。
一週間前にこの村にやってきた俺が何も言ったところで、彼女の苦悩に何を言ってあげられるだろう。
――そう、理屈では……わかっているはずなのに。
「偉いな……」
ただ、ひどく素直に言葉が口をついでてた。
「え?」
「俺は元いた場所から……妹にも……何も言わずに背を向けて逃げてきたのに。リルカさんはずっとその答えに向き合って、逃げずに戦ってるんだなって……」
後悔もあるだろう。ただ母を尊敬している彼女は逃げずにずっと――戦っているのだ。
俺はアーレイン戦団を追い出される時に自分の意見を言わず、そしてあの場にいなかった団長の……妹同然に育ったミリアに本当のところを聞くでもなく、逃げるように辞めてしまった。
リルカは、そんな母の思いを忘れず、1人でその重たい過去と向き合い――少しでも診療所のために自分のできることをやっている。
それはきっと、逃げ出すよりも――立派なことだ。
俺は少なくとも心の底からそう思った。
「そんなこと、ないですよ……」
リルカさんはうつむいて唇をかみしめていた。
「あ、あの食器……片付けますね」
リルカははっと立ち上がりながら皿を片付け始めた。
だが――片付けに動く手は、なにか強い感情をせき止めるように震えていた。
せきとめていた何かが溢れ出して、止められないようだった。
「じゃあ俺は外で景色を見ています」
これ以上深入りしては危険だろう。
俺はそのひたむきな姿を見るにたえず――食卓を後にした。
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