Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って 作:とke
森から村に戻った俺は、アルロさんから貰い受けたキュアリーフをいま暮らしているギルドの新人寮に運び保存した。
後で食事の礼に診療所に持っていくもよしだが、今日はとりあえず必要ないので置いておく。
そして俺は、診療所を尋ねるための準備を始める。
今日使うのは――木の表面から削ったこの苔と花と……。
「それと……あれも持っていくか」
などと色々と準備をしていると空が暗くなり始めた。
「すっかり暗くなっちゃったな」
夜の帳が折り始めたのを見届けながら、俺は仮住まいから外に出る。
早晩の道を再び診療所に向かって歩き始めた。
リーウィル村の夜道は目を凝らさないと足元が危うい暗さだった。
王都では魔法技術の灯りが、夜を明るく照らしている。
それと対象的に――魔力の明かりもない夜は闇に落ちるのが早い。足元に気をつけながら坂を登っていくと、やがて診療所の前にたどり着いた。
俺は診療所の扉をノックした。
「はいどちら様でしょう?」
扉の向こうからリルカの声が帰ってくる。
「こんばんわ。レイルです」
「レイルさん? 今開けますね。どうぞ」
扉が開いた。
その奥から夜着に着替えたリルカが現れた。
眠る準備のためだろうか? リルカは髪を後ろでまとめ――昼とは違う空気をまとっている。
俺の顔を見てリルカは扉を大きく開いた。
「夜分遅くにすみません……お邪魔します」
迎え入れられた俺は診療所の扉をくぐった。
「カルダス先生は奥ですか?」
「ええ。診療室で雑務をしてます」
ランプを掲げたリルカが手招きで案内してくれる。俺は後ろについて奥へと足を進めた。
「お父さん。レイルさんがいらっしゃいました」
リルカはノックをしてカルダスに呼びかけ――部屋に入る。俺もそれに続いた。
「おお。こんばんわ……昼はどうもお構いもせずに」
奥の机で何事か書物をしていたカルダスが立ち上がり俺を迎えてくれる。
忙しいだろうに来客への律儀な応対に感服しつつ俺は頭を下げた。
「すいません、急なお話にも関わらず対応していただいて」
唐突な提案にも快く対応してもらったことの礼を言う。
昨日の今日で、矢継ぎ早に訪問したことに少し申し訳なさがある。
だがそれを押しても話したいことがあった。
「改めて私に話があるそうで……」
「ええ。少し込み入った話になりますので診療所が落ち着いてから時間をいただこうと思いまして」
「ふむ? ……リルカには外してもらった良いですかな?」
カルダスは俺の様子にうなずいてリルカに視線を送る。
戸惑うようにリルカは俺を見返してきた。
俺はそれを安心させるように微笑で返し――続きを口にする。
「いえ。居ていただいたほうがいい話です。なぜなら――リルカさんのご病気についての話をさせていただくつもりだからです」
「……!?」
「その話の前に、準備をしなければならないものがありまして、非情に不躾なのですが……調合台をお貸しいただきたいのですが、よろしいですか?」
「それは……なかなか、重いことをいうね。レイルくん」
カルダスは俺の提案に眉を吊り上げた。
調合はかなり専門的な技術が必要な作業であり、薬品は体を害するような危険なものが数多く存在する。
そこに素人を入れろと言われれば当たり前の反応である。
「……これを御覧ください」
俺は懐に手を入れ、準備をしてきたものを取り出した。
それは――一枚の紙面であり、今後使うことはないだろうと思っていたものだった。
カルダスはそれを受け取り、しげしげと読み込んだ。
その顔色が――徐々に変わっていく。
「これは……ギルドの書面だね? ……Sランクパーティ在籍証明書!?」
カルダスはその紙に書かれた内容を読み終え、目を見開いた。
そうこれは俺がパーティを退団した時にもらった、Sランクに在籍していた証明書である。
二度と使うことはないと思っていたが、こうして使い所がきてしまった。
「Sランク……!? 伝説上の魔物と戦う冒険者の最高位! レイルさんが……!?」
リルカも信じられないと言った表情で見る。
それはそうだろう。俺程度がSランクだと想像するのは無理だろう。極天魔法もろくに使えない魔術師なのだから。
「この書類……王都ギルドの押印に間違いない。本物……?」
カルダスは目を白黒させ、何度も書面を見返した。
王都ギルドの押印は偽造が難しい技術が使われた本物だ。
全ギルドで共有される押印でもあるため、ランドルド王国の勢力圏ならどこでも通じる権威でもある。
調合台を貸してもらう理由には証書畑違いだろうが、素人ではない証明になれば多少説得力もあるだろう。
同時にこれから行う話も、信じてもらいやすくなるだろう。
使える手札は惜しまず切っておく。
「冒険者の一流(プロ)として、調合は危険なことだと知っています。誓って危険な薬を作ったりはしません」
俺はそんなカルダスを見ても折れずに踏み込んだ。それにただならぬ気配を感じたか、聞く耳を貸してくれた。
「……何を調合するか教えてもらってもいいかね?」
「はい。こういったものを……」
俺は何をしたいかをカルダス医師に耳打ちする。
「……ふむ? それならば……そんなことでいいのかい?」
俺が伝えた内容を聞き終わって、カルダス医師は首を傾げた。。
「わかった。調合台を貸そう。ただ念の為同席させてもらって良いかね?」
「もちろんです。こちらからお願いさせていただきたいくらいです」
俺だって素材の知識があるとはいえ薬の知識は本職ではない。危険な薬品に手を触れてしまうのは怖いから家主に居てもらったほうが良い。
「よし。リルカ。ランプを借りるよ。ここで待っていてくれ」
リルカから照明用のランプを受け取ったカルダス医師は、俺を連れ立って診療所の奥にどんどん進んでいく。
たどり着いた部屋は最奥。部屋の扉には丈夫な南京錠で隔てられていた。
薬品を扱うべく細心の注意を図られている部屋の鍵をあけ、カルダス医師と俺は入室する。
ランプの光が部屋の中に向けられ――照らされた時、俺はほうと小さく歓声を上げた。
「これは……良い設備が揃ってますね」
辺境の診療所とは思えないような設備が整っていた。
「妻のお陰でね。良い家柄の人だったから伝手があった」
その言葉に納得する。この規模の村落には似つかわしくない高級な器具もあったからだ。
「なるほど……。ではこのビーカーとお願いした溶液と、あと火をお借りしますね」
「ああ。待ってくれ。いま溶液を出す」
俺は適当な容器を借り受け、穴などないかを確認する。
その間にカルダスさんは奥の棚から俺の支持したものを取り出してくれた。……この溶液でいいかい?」
「ええ。間違いないです。よし、これで準備は完了……と」
カルダスさんから溶液を受け取った俺は、ポーチから採集した苔を取り出した。
俺はその苔をビーカーにいれる。次に、カルダス医師が差し出してくれた溶液もビーカーに入れ――苔と溶液のはいったビーカーが用意できた。
溶液を熱するための火元にランプがある。それに三脚と網を取り付け――火を付けるのだが少し横着をする。
「――火よ。火球(ファイアーボール)」
火の初級魔法。時間節約になる。
「魔法……!? そうか魔術師だったのか」
だがその様子を初めて見たカルダスは驚いたように声を上げる。
そういえばカルダスさんに見せるのは初めてだ。
「ええ。まあもう隠す理由もないですし、一応前職は魔術師でした」
「……エクスマジックベリーの処置から只者ではないと思っていたが、まさかSランク冒険者だったとは」
「はは……まあ人間、色々とありますね」
静かに納得を深めるカルダスのそれ以上踏み込んでこない好意に感謝しつつ、俺はビーカーにランプの火を近づけた。
後は沸騰するまで、じっと待つ。
「……一体何を作ろうというんだい? 薬効がある素材ではないようだけど」
「そうですね。薬ではないのですが、ちょっと調べ物をするのに必要でして」
やがて水が沸騰を始めた。
苔からじわりと――色が溶け出してくる。
熱せられた溶液にどんどんと色がさし、その濃度を変えていく。
熱によって溶け出した苔の成分が、溶液を紫色に染めた。
「そろそろ……かな」
俺は火を止めて、完成した溶液を見た。
ちょうどいい塩梅の色になっていた。
「よし、これで冷ましたら完成」
準備が整った俺は火を吹き消した。
焦げ臭い匂いだけが調合室に残る。
「ありがとうございますカルダスさん。もう少し容器お借りしてもいいですか? 今日中に返せると思いますので」
「ああ。かまわないが……」
俺の行動が読めないようで、カルダスは困惑を浮かべる。
「それじゃ、リルカさんのところに戻りましょう」
俺は少し申し訳なく思いながら、その溶液を持って、リルカのいる部屋に戻るべく歩き出す。
カルダス医師は鍵をかけてから慌ててついてくる。
俺たちは最初に話をした診療室兼客間に戻ってきていた。
「またせたねリルカ」
「お父さん、レイルさん」
リルカが立ち上がって迎えてくれた。
準備は万全だ。
俺たち全員は座って向かい合った。
「……さて、レイルくん。そろそろ説明してもらっていいかな。調合した溶液の使用法と私達への話とはなにかを」
「そうですね。……では今から、本日こうしてお時間を作っていただいた目的をお話しようと思います」
カルダスが流石に促してくる。
俺はこれから行う話を始めるために一つ大きく息を吸った。
長い話になるだろう――そう決意を固めて俺は話し始めた。
「今日お話をさせていただくのはリルカさんの病気についてです」
「えっ……?」
場の空気が変わった。2人の目が見開かれる。
魔力欠乏症とは非常に珍しい病気だ。さらにその知識を持つのは専門的な魔法の研究をしているような人間に限られる。
それを知っている人間は非常に珍しいと言っていい。
だが2人はまだ信じきれてないようだ。無理もない。急にこんなことを言われても信じられないだろう。
「魔力欠乏症――非常に珍しい病気ですが、俺はSランクパーティに所属していた時に、偶然それを知る機会がありました」
その時の記憶は思い出すには苦々しい。魔法の才能の限界に悩み、わらにでもすがる思いで文献に解答を求めようとしていた時期だ。
結局それは――実ることはなかった。
「パーティに所属していた時、俺は魔力についての文献を読み漁っていた時期がありました。その文献に、魔力欠乏症のことが書かれていたんです」
魔力を研究する上で、魔力とはなんなのか、人間はなぜ魔力を持つのかという疑問は避けて通れないものだ。
その派生として、保有する魔力が異常な事例の研究もまたされていた。
話が核心に迫っていく。今や2人は咳払いさえせず俺の話に耳を傾けている。
「その内容から申し上げると、リルカさんは魔力欠乏症“ではない”という可能性があります」
「な――っ!?」
カルダス医師、リルカともに目を見開いて驚きの表情を浮かべた。
医術が専門であるカルダス医師でも知り得ないのは何故か。
王都には世界最先端の情報が集中する。早馬で何日……下手すれば何十日もかかる辺境に、情報が浸透するのは難しい。
だからこそ、リルカの現状について――確認を深めるという手順を負えなかったのだと思う。
「で、でも私は実際に魔力欠乏症としての症状があります! ネクタルがないと倒れてしまうような体なんです!」
リルカは立ち上がり声を荒げた。病状で苦しむ当人からすれば看過できない問題だろう。
だが俺は定義が厳密ではない――といった先の見通しがない話をするつもりではない。
「まてリルカ。レイルくんの話の続きを聞こう」
リルカの言う通り、世の中に絶対はない。それに魔力欠乏症は珍しい病気だ。観測できていなかった新しい症例という可能性も十分にある。
その理解はあるが、それを経由していては話が進まない。カルダスはその意図を汲み取ってくれ――リルカを手で制した。
俺は――カルダス先生に頭を下げる。
「なぜ魔力欠乏症と断定できないか、それはこの病気が“生まれつき”の病気だからです。魔力という才能の性質がそういうものだからです」
「生まれ持った瞬間に、その人間が保有できる魔力量は決まっている。魔力の限界は“成長しない”が“減少もしない”」
痛いほど実感した現実を言葉にすると心がささくれ立つ。魔力の限界は才能によって決まっている。これは紛れもない事実だ。
「つまり、魔力の総量がある日突然落ちた――ということもありません。だから生まれつき以外でに魔力欠乏症になった、というのはありえないはずなんです。そこに疑問を持ちました」
最高値は努力で上がらないし、最低値も変化しない。
才能がないものは決して高みに登れず、才能があるものはその才能とずっと向き合うことを望まれる。
これが魔術師の世界だ。
「じゃあ私は一体なんなんですか? 魔力が無くなって倒れてしまう私の身体は一体どういうものなんです?」
リルカの体が震えている。無理もない、俺の発言は彼女が信じていた常識を破壊するものだ。
俺はさらに言葉を続ける。
「……最初に成長途中で魔力欠乏症になった、という話を聞いたとき、文献にない新しい症例なのかもしれないと思いました。しかし、この家を案内してもらった時感じた――ある一つの違和感において、俺の中に一つの仮説が生まれたんです」
俺はポーチに手を入れた。
そこには、このために用意してきた物証が入っている。
「この花をご存知ですか?」
俺が取り出したのは、森で採集した黄色い花だった。
「……その黄色い花は道端でよく見かけるな」
「月光花、ですよね?」
カルダスが常識的な反応を返す。
リルカはさすがに花畑を世話しているだけあって名前も当てた。
2人の反応からも、見慣れたものを見るそうこの花はどこにでも生えている珍しくもない花だ。
「ええ。月の光に似ている花弁の色から月光花と呼ばれる花で、幻想的な名前と裏腹に珍しくもない花です。――この花は、この家の花壇にも生えていますね?」
俺はごく自然にそう問いかけた。
だが、その問いにリルカは――眉根を潜め、困惑の表情を浮かべた。
「……? そんな花、花壇に無かったと思います。私は花壇のことを隅々まで知っていますけど、その色でそんな形の花は……」
そう、昼間見せてもらった時、黄色い花弁でこの形の花は――花壇になかった。
しかし、月光花はあの花壇に生えている。
そしてそれこそが――この話の中核なのだ。
「いえ、あるはずですよ。――俺は実際に一輪頂いたんですから」
俺はポーチの中からもう一輪、花を取り出した。
「えっ……でも、形は似ているけど色が……」
俺が取り出したのは、この家の花壇で貰った紫色の花弁の花だった。
リルカはその2つをしげしげと見比べ、疑問符を浮かべる。
「この2つは同じ花です。月光花は、とある特殊な条件で生育すると――花弁の色が紫になるんですよ」
そう、月光花にはある特殊な生態がある。
話が核心に近づいてきた。回りくどく、迂回を重ねた話だったがこの花の話はどうしても重要な要素だった。
「つまり……どういうことなんです? 月光花が紫に咲くことが私に関係があるんですか!」
ついにリルカがこらえきれないように声を荒げた。
だがもうすぐだ。
俺は言い間違いがないように一度大きく息継ぎをして――つとめてはっきりとした発生を心がけ、結論のために口を開いた。
「月光花が紫色の花弁になる条件は――生育途中に“魔力に触れること”です。……戯れで魔術師が紫色の月光花を育てることもあります」
しん――と、診療所中が静まり返った。
リルカとカルダス、2人の親子はその衝撃的な内容に我を忘れて呆然としていた。
話したとおり、月光花はその生育途中に魔力に触れると、花弁が紫色に変化する。
そんな特殊な生態に、研究が進むまでこの2つは別の種類の花だと思われていた歴史さえある。
紫色の花弁をつけたものはかつて「宵闇花」と呼ばれていた。
だが今は――どちらも「月光花」という名前で呼ばれる。
「魔力……? えっ。あれ……。そんなもの、どこで」
我に返ったリルカが、疑問の声を上げる。
そうだ。
この家に魔術師はいない。リルカもカルダスも魔法を使えない。
可能性があるとするなら、回復魔術師だったリルカの母君の影響だが、月光花は1年で生え変わる。亡くなった時期を考えるとその可能性も無い。
魔術師の居ない家に、紫色の月光花が咲く。
それは本来ありえない事が起きている。
だとするなら前提が間違っている――。
「なぜこんな現象が起こっているか、答えは1つ。――花を育てているリルカさんに魔法の才能があるということになります」
そう。
花壇の持ち主――リルカ・シドリが、魔力を持っているならこの状況は発生する。
「ば、馬鹿な! 娘は……初級の呪文を使えない。それでずっと苦しんでいるのです! 命の恩人の貴方と言えどそんな与太話を……」
これまで黙して話を聞いていたカルダスもついに声を荒げた。
当然だ。
俺はリルカの過去を聞いた。
回復魔法を使えず苦しみ――その結果として先走り、母がなくなる原因を作ってしまった話を。
だが、俺は知っている。
魔法の才能とはなにかということを、骨の髄から理解させられ、認められずにあがき、そして痛感させられたからだ。
「呪文が使えない状態というのは、厳密に言うと2つあるんです。1つは、呪文を発動するエネルギーとなる、魔力容量(MP)の不足」
魔法の才能とは――2つの軸がある。
俺が足りないのはこの、保有する魔力の総量だ。
このMPが先天的に極端に低い人間が魔力欠乏症を発症する。
「そしてもう一つは――発動していても気づかないほど、その効力が低い状態です。魔法出力(int)、この才能が弱すぎると……魔法が発生してないように見えることがあるんです」
「あ―――!?」
そう、見えていないだけで魔法を使っている――という可能性。
それがまだ残っている。
「調合台で作らせてもらったこの溶液は、どんな微細な魔力でも検知する溶液です。リルカさん。この溶液に、魔術を使ってください。初級でも大丈夫です。もし魔力が有るならこれは色を変えます」
俺が調合して用意した溶液は、魔力と呼べるほど力はないが、同じ性質を持った微細な力――魔素と呼ばれる力の濃度を判定するものだ。
あの苔は成長に魔素を取り込み、その量によって色を変える。
その成分を溶液に希釈することで、魔力の有無を判定する試薬になる。
「わ、私……私……」
「恐れないで」
俺は微笑んでリルカを促した。
失敗したらというためらいがあるのだろう。
だが俺には確信がある。彼女は必ず、魔法が使える。
「わかりました」
リルカは意を決したように大きく深呼吸をして、そして――手を溶液へ突き出した。
それを見て俺は目を細める。
リルカは呪文を唱える。
「――――光よ――癒光(ヒール)」
回復の初級魔法の呪文がリルカの口から唱えられる。
しかし――呪文を唱え終わっても、リルカの手からは魔法がこの世界に発生した時に起こる作用光も発生しない。もちろん現象として発生もしない。
外から見れば不発に見える状態だ。
「うん……やっぱり。色が変わっている」
だが――俺の手にある溶液の色がたしかに変わっていた。
溶液の初期状態である青色から――紫に色を変化させたていた。この試薬は赤に近づくほど魔力濃度が高いことになる。
これでわかった。リルカは魔法が使える。
「あ……ああ……」
「間違いない。リルカさん……貴女は魔法を使えないんじゃない。出力が弱くて、初級の術式では魔法として現出しないだけなんです」
反魔性(はんませい)の青色である溶液が、魔力反応で中性の紫に戻っている。
魔力が発生した確かな証だ。
「……こんな……ことが……」
崩れ落ちるようにカルダス医師は顔を覆った。
「リルカさん……貴女は、生活している間、ずっと無力感と後悔を引きずっていましたよね?」
リルカが手を伸ばした瞬間から、試薬反応が起こっていた。
――呪文を使うよりも早く魔法が発動していたことに俺は気づいていた。
「はい……私……ずっと、お父さんや気を使ってくれる他の人たちに申し訳ないって思ってました」
「魔法を発動するためのプロセスは意識の集中です。リルカさんは強い悔恨によって、意識が自罰的な考え一色になっていたのでしょう」
カルダスはそんな俺の分析にはっとした表情でリルカを見た。
娘の心に秘められた傷が、自分の予想以上に深いものだと感じたのだろう。それほどまでにリルカは自分を完璧に抑え込めていた。
「どんな方向性でも、意識が一点に集中した形は、魔法発動時の状態に極めて似ています」
強い願いは魔法を発動させるキーになる。
リルカはずっと、形にならない癒やしの魔法を発動させ続けていたのだ。
おそらくそれは母を失った悲しみと、その原因が自分に思い込んだ無力感が原因だろう。
彼女はずっと……ずっと自分を責めてきたのだ。
自分が魔法をあの時使えていれば、こんなことは起こらなかった――。
母が命をかけてまで救ってくれた価値を証明しなければならないのに、魔法が使えない――。
「リルカさんは、自分を責めることで、日常的にずっと魔法を使い続けていたんです……だから体の魔力がどんどん無くなっていた。魔法を使い続けているなんて無茶ですから……これで魔力欠乏症のような状態になっていたんです」
魔法を発動するのは非常に高い精神コントロールが必要になる。魔法が無意識に発動するほど自分を責めさいなんでいた彼女の毎日は……地獄のような苦しみだっただろう。
いつかアルロが言っていた。
リルカが包帯を巻く時に痛みがまったくない――と。
あれは技術だけでなく、無意識に常時発動させていた微弱な回復魔法が作用していたのだろう。
リルカが庭で手入れをしていた時に見た、萎れた月光花を悲しげに見つめ――手を差し伸べた時。あのときも魔法が発動していたのだ。
花壇の花が立派に咲き誇っていたのは、リルカの魔法に守られていたからだ。
しかしそれを魔法だと思わず、何度も、何度もそれを癒やしたいと祈り……魔法を発動させ続けていたのだろう。
それは不幸な認識だ。
「で、では娘の体は? 治るんですか……?」
「治りますよ。魔力のコントロールを覚えれば、魔力欠乏症のような状態も解消できます。ネクタルを常用しないでも日常生活を送れるようになりますし、魔法も工夫すれば使えるようになります」
「私……治る……? 魔法も使えるの?」
リルカの目から一筋の涙がこぼれた。
それは飲み込まれた昼間のときとは違い……もはやこらえる必要はない。
溢れて――溢れて止まらない。それは病気によって迷惑をかけしまう他人に、せめて気を使わせないようにと気丈に……彼女の感情の蓋の中にしまわれた涙なのだろう。
「う、うわああああああああ……ああああああああああ……レイルさん……レイルさん」
ふわりと体が何かに包み込まれる。
すがりつくように体を預けてリルカが俺に抱きついてきていた。
「リルカさんは今まで頑張ったと思いますよ……」
俺はそんなリルカを受け止めて、その頭を撫でる。
「リルカ……ああ……良かった……本当に」
感極まったカルダスも涙を浮かべてた。
「レイルさん。本当にもはや、なんとお礼を言ったら良いか……」
「俺は何もしてないです。カルダスさん懸命にリルカさんの命を支えてきたからこそです」
すがりつくように俺に体を預けるリルカのぬくもりを感じながら、俺も目頭が熱くなる。
ネクタルは高価なポーションだ。
エクスマジックベリーは非常に希少な素材であり、危険な魔物が発生する土地にしか無い。当然素材を依頼する費用も高く、それを常用させていたとなればなまなかな出費ではなかっただろう。
(そうだ。魔力がないとか、そんなことで……居場所を失うとか……明日にも死ぬ命であるとか……そういうのは不自然なことなんだよ……)
それでもなお、娘に生きていてもらいたいと薬を作り、飲ませ続けたカルダス医師の愛情はあまりに素晴らしいことだ。
そして、そんな負担を受け取りながら、自由にならない体を少しでも診療所の手伝いに費やし、泣き言も恨み言も言わず懸命に生き続けたリルカも、今日救われて当然なほど辛苦を生きてきたことは想像に余りある。
「リルカさんが……諦めず、懸命に生きたから……今日を迎えられたんです」
リルカの耳元で俺はそうつぶやくことしかできなかった。
ぎゅっ――とリルカの抱きつく力がまた強くなった。
胸に感じるそのぬくもりに、俺は王都にいた時には随分と感じていなかった充足を感じていた。
――良い気持ちでリーウィルを出れるだろう。
俺はもらい泣きで溢れる涙を拭いながらそう思った。
「私は生涯……この日を忘れません……レイルさん」
リルカさんの言葉を耳元で聞きながら俺は――満足感を得ていた。
もうリーウィルでやることは終わった。明日、この村を出よう。
評価や感想いただけましたら非常に励みになりますので、よろしければぜひともお願いします。
書き溜めなので毎日 20:00更新します。よろしければ見ていってください。