Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って 作:とke
「む、むむむむ。ううう」
腕組みをした肘を指で叩きながら――グレッグ・レグオンは唸り声を上げていた。
王都ランドルドの中心街にあるアーレイン戦団共有のセーフティハウスの一室に、4人の影が見合っている。
急に叫び声を上げたグレッグに全員の目が集中する。
グレッグはその中で――中央の執務机に座る、団長ミリア・アーレインに視線を合わせて口を開いた。
「なあ団長~まだ出撃できないの~? 暇なんだけど~暇ぁ~」
グレッグの独り言じみた問いに――端整なため息を付きながら、団長ミリア・アーレインは言葉を返す。
「言ったでしょうグレッグ。アイテム供給が間に合ってないのよ、あと3ヶ月は準備に時間がかかるわ」
「3ヶ月後ぉ!? 今まで1月も準備に掛かってなかったじゃねえか。急になんなんだよ。体がなまっちまうよ!」
現状、アーレイン戦団は、空白期間だった。その理由はミリアが口に出したとおり――団の利用するポーション類が供給されていないためだった。
そのためにミリアは書類とにらめっこをしていたのだが、全く無配慮のグレッグについため息を付いてしまったというわけだ。
タナトス・ドラゴンを討伐したクエストから1ヶ月ほど時が経過していた。その間、アーレイン戦団は1度も依頼をうけていない。
そんな休止期間が長いため、活動的なグレッグは最近フラストレーションが溜まっているようだった。
「あのねグレッグ。アイテムは――今までレイルがいたから……」
「グレッグさん……私達はSランクになったのですから、今までより準備に慎重にならなくてはなりません。ミリアを攻めるのは筋違いですよ」
フラストレーションが溜まっているのはミリアも同じだ。
ミリアは眉間にシワを寄せてグレッグに応じようとするが、ミリアの隣に座る僧侶ラーナが言葉を遮った。
その言葉にミリアはなにか言いたげに口を動かそうとするが――結局飲み込むように口を閉じた。
「準備つっても、俺たち……“前の”と違って極天級も使える、期待の新人のおかげで戦力は上がってるじゃん? そんなガチガチに準備しなくてもさあ……いけんじゃねえ?」
グレッグはそんなミリアの苛立ちに気づかないようで、自分の隣に座る――小さな影の肩に手を置いた。
「なー。“魔法学院の怪物”くん?」
「俗称よりスレイ・アルディって名前で読んで欲しいんですけどね」
グレッグの気安いスキンシップをうっとおしげに払いながら――小さい上背の少年が混ぜっ返した。
あどけない体躯からも少年なのは間違いないが、全身にその幼さを否定するようにつけられた宝飾品(サークレット)や護符(アミュレット)に身を包み、只者ではない風格があった。
「でも団長、僕も早くSランクの初陣を飾りたいですね。……僕なら極天魔法でも4~5発はネクタルを飲まなくても撃てますよ?」
少年魔術師スレイ・アルディは――その年齢相応に自信あふれる笑みを浮かべ胸をそらす。
「まあ頼もしい。さすがは魔法の神童と名高いスレイ・アルディですわね」
「当然ですよ。僕は口先だけの魔術師とは違うんです」
ふふんと鼻息を荒くしながら、テーブルに置かれた砂糖の粒が浮かぶほど甘ったるい紅茶を得意げに飲み干す。
「飲み物の趣味はおこちゃまだけどな?」
グレッグが邪険にされた恨みを晴らすべくいたずらっぽい笑みでスレイの味覚をいじる。
「ふん。頭を使わないグレッグさんと違って糖分がいるんですよ」
「なにおう!?」
口論になりかけるがふたりとも本気ではない。じゃれ合いの範囲で言葉をキャッチボールするスレイは戦団に馴染んでいるようであった。
そんな二人を見てラーナが口に手を当てながらころころと笑う。
それを見てミリアは一瞬複雑そうに眉を落としたが、頭を振って笑顔でそれを見た。
だが――そんな和やかな空気が次の一言で、凍りついた。
「なあ団長。足手まといのあいつが居たときに比べて、戦力は上がってるんだ。びくびくしなくてもさ」
グレッグの言葉を受けたミリアの動きが止まる。
「――足出まとい? 兄さんが?」
今まで余裕のある微笑をしていた顔が真顔になり、その際に――隣に座るラーナにしか聞こえないような声で、そうつぶやいた。
明確な怒りの色がミリアの表情に現れた、
「あ……」
その冷え冷えとした声にラーナは顔色を変える。
異変を感じたグレッグは、スレイに絡むのをやめミリアの方を見た。
つられてスレイもミリアの方を見る。
「グレッグ。アーレイン団の行動を決めるのは誰の役目かしら?」
全員の視線を受けながらミリアは――底冷えのするような声で、問いを発した。
問いかけられたグレッグは言葉に詰まりながら返答する。
「い、いやそれは……団長の、ミリア・アーレインの役目だけどよ」
なにか地雷を踏んでしまったのはグレッグにも分かったらしい。思わず姿勢を正した。
「出撃できないのは、薬がないからよ」
目を細め――射すくめるようにグレッグをにらみながらミリアは言葉を放つ。
「高ランク冒険者の使う薬は、高価すぎて普通の店頭に置いてない。オーダーメイドで注文するしかないから、発注にすごく時間がかかるの」
「……う、いや。薬のことなんかわかんねえし。今までそんな出撃に時間掛かってなかったじゃんかよ」
強靭な体を持つ高ランク冒険者が使う回復薬は、通常の人間にとっては過剰な回復をもたらす。
さらに強力な薬に使う材料は、専門的な素材知識が必要なため、採集を任せられる人材も限られてくる。
そのため日用品として店の軒先に並べるような量産ができない。採算が取れないのだ。
限定的な需要の高級品は、どうしても受注を先に受けてからの生産という形になってしまう。
採集専門の冒険者に下請けを出す――という構造があるのだが、優秀な下請けは当然引く手あまたなため、さらにこうした順番待ちが起こるのだ。
「もともと、薬の素材はレイルが採集をしてくれていたから――!」
ミリアが声を荒げる。
その言葉の通り、レイルは、このような専門団に戦闘職として所属している冒険者の中では、特異なほど採集の知識があった。
ゆえにアイテム供給は他戦団に比べも非常にスムーズで、この規模のSランク戦団では異例の出撃頻度を担保できていたのだがこのアーレイン戦団だった。
しかしレイルはもういない。
「グレッグさん。ミリアは私達のことを第一に考えてこのように慎重な計画を立ててくださっているのではないでしょうか?」
ミリアが熱くなり始めたその時、ラーナが再びミリアの話を遮った。
全員の目がラーナへと向く。
ラーナは手を組んで微笑んでいた。
ラーナの癖のようなもので、彼女が帰依するランドルド教が祈りを捧げるときのポーズだ。
「私の手が空いてない時はアイテムがパーティの生命線になります。それを軽視しては、前線で戦われるグレッグさんにもしものことがないと限りません。団長は私達の命を最優先に考えてくださっているのです」
グレッグは腕組みをして、ラーナの言葉をじっと聞いた。
そして戦闘の記憶を反芻しているのだろう、うめき声を上げて天井を見つめ――ぶんと顔を振ってうなずいた。
「……まあ、たしかにそうだ。すまねえ! 団長!」
グレッグは唸り声を上げ――やがてすっきりしとした表情になり、ミリアへと頭を下げた。
さっぱりとした笑みだった。
「いいえ。私の方こそごめんなさいグレッグ。少し仕事が立て込んででイライラしてたわ。」
そんなグレッグのさっぱりとした態度にミリアは表情を和らげ、こちらも頭を下げた。
「ただ、ラーナの言う通り私はみんなの命を最優先に考える義務がある。タナトスドラゴンのような強敵相手は油断すれば一瞬で全滅する可能性を秘めている。だからもう少し出撃は我慢してほしいの」
まとまった話の流れに、黙って趨勢を伺っていたスレイは追従した。
「……団長の意見は合理的です。僕は全く異論ありません」
「てめガキ……俺も団長がそこまで言うなら我慢するよ」
調子のいいスレイにグレッグはは舌打ちをしながら半眼で顔を覗き込んだ。
それを鼻歌を歌いながらスレイは受け流す。
グレッグはもうそれで出撃ののぞみが無くなったことを完全に理解し――それ以上話す興味が尽きたらしく、立ち上がった。
「よっしゃ、修練場で汗流してくらぁ。付き合いなよ新人!」
「ふふん。楽しみにしてる出撃できなくなっても知りませんよ?」
犬歯をうかべ、挑発するグレッグに、スレイも立ち上がり笑みを返す。
「言ってろ! 来いや!」
2人は立ち上がり、連れ立って部屋から出ていった。
残ったのはミリアとラーナの女性陣だけになる。
出ていった2人を見送ったあと――ミリアは額に手を当て、ソファにもたれかかるように座った。
「……はぁグレッグあれほどレイルに……アイテムに助けられておきながら、言い方がひどいわよ」
ため息を付いてミリアがつぶやく。
グレッグのそういう豪胆なところが長所と理解していても馬が合わないところはある。
「極天魔法にこだわる気持ちもわかるけど、正直、火力は足りてたと私は思うんだけどな」
正直な所、パーティの火力はミリアとグレッグだけで足りていた。
それよりも敵の攻撃が、タナトスドラゴンほど強力な場合――ミリア1人だけしか回復がいない方が困る場合がある。
レイルのラーナでもフォローしきれない負傷をアイテムで補う動きは、目立たないながら重要だと思っている。
先日のタナトスドラゴンの際にもレイルは際立った働きをしてくれたとミリアは考えていた。
特に最後の竜の息吹――あれはレイルが機転を利かせてくれなければパーティが全滅していたかもしれない。
(私はレイルが兄のような存在だからってだけで、パーティに居てもらったわけじゃない……)
個人的にもちろん居てほしい気持ちがなかったわけではない。でもそれ以上に、レイルはしっかり戦団に必要だと考えていたのである。
だからこそ、悪評が少しは耳に飛び込んできていても、レイルをパーティに留めた。
……悪態をついていても、グレッグもまたレイルの重要性を理解しているものだとミリアは信じていた。
グレッグが「役たたず」とレイルを罵った時――だから怒りもしたし、それ以上に悲しかった。
「でも兄さん……せめて、私に直接辞めるって一言ほしかったな。ずっと2人でやってきたのに……」
パーティの戦力判断とは違う、個人的な感情がミリアの胸の奥でわだかまっていた。
幼少期からずっと一緒に育ってきた兄が……今はそばに居ない。
近くにレイルがいないことが強い違和感となってミリアにまとわりついている。
レイルが魔力がないことをコンプレックスに思っていることは感づいていた。だけど、それでも一緒にずっといて、一緒の目的に向かい支えてくれた兄が、一言も自分に言葉も遺さず去っていくのはあまりに悲しかった。
「近いからこそ、言えないこともありますわ」
悶々とわだかまりを抱えていると、不意にラーナがミリアの手をとって語りかけてきた。
その優しい言葉がミリアには染みる。
兄妹だからお互いのことは何も言わなくても信頼している、とどこかで安心しきっていた。
それで互いに話すことを怠ったから、こうした結末になったのかも知れない。
グレッグが露骨にレイルを下に見始めたのは知っていて、しかしパーティ全体の不和を考えると、それを諌められなかった。
冒険者の論理である力を信奉する性質は、過酷な冒険者生活で身にしみて理解してきたからだ。
「ありがとうラーナ。貴女にはいつも助けられているわ……」
そんな殺伐とした世界の中でラーナは聖職者としての半生を生きてきた経験からか、パーティ全体の精神面をも支えてくれている。
ミリアはそんなラーナを心の底から信用していた。
だからこそラーナの手を強く握り返したミリアはその瞳をまっすぐ見据え、頭を下げた。
そんなミリアを慈母の微笑みで見返したラーナはいたわるように言葉を紡ぐ。
「何を言っているんです。私達――仲間ではないですか」
ラーナはミリアの頭を撫で、ミリアを抱きしめた。
「私は何があってもミリアを守りますよ」
そのままラーナは真剣な口調で、ささやきかけるようにミリアにそう告げた。
評価、非常に励みになります。ぜひともお願いします。
書き溜めなので毎日 20:00更新します。よろしければ見ていってください