Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って   作:とke

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12 レイル先生!?

「レイルさん……」

 

 近い。

 リルカの顔が――近い。

 女性特有の柔らかな体が押し付けられ、熱を帯びた柔らかくて……すべらかな感触が……俺の胸板に伝わってくる。

 丹精の顔立ちをしたリルカのその瞳が、今や熱に浮かれたように潤んで――視界全てを埋めるくらいに近くにあった。

 

「本当にありがとうございます。私は貴方に救われました」

 

 そしてそのままリルカは俺の胸に顔を押し付け、なお強く――抱きついてくる。

 今度は髪が鼻先にきて――そこから、ふわりと香る花の匂いと――そして女性の甘い匂いがする。

 意識してみれば、年頃の女性にこんな近くで触れたことは初めてだ。

 王都にいたころは腕を磨くことに必死で全く縁がなかった。

 

(な、なんでこんなことに……)

 

 俺は混乱しながらこんな状態になった理由を思い出そうとした。

 だがさっぱり頭が働かない。

 リルカの暖かく、柔らかい体に思考が吸い込まれるようにまとまらなかった。

 

(とにかく……そうだ! リルカさんは今まで苦労してきた分、テンションが上ってるだけ! 落ち着け俺!)

 

 俺はつとめて自分に言い聞かせる。

 そう、抱きつかれている程度で何……を……。

 

「だから。あの……私、レイルさんに――私の、全てを」

 

 思考が現実に引き戻されるほど、目の前の光景が変化した。

 先程より近く、リルカの顔が近くにある。

 吐息が絡みつくように近い。

 

「はぁっ!? あのっ!?」

 

 本当に頭が混乱している。

 これはどういう状況。あれそもそも、俺――リルカさんの体調の説明した後、寮に戻った――?

 

「レイル!!!」

 

 後ろから別の少女の声がした。

 

「え、あ? ミリア――団長?」

 

 振り向くとそこには――懐かしい顔がいた。

 離れてまだ一月も経っていないがなにか懐かしさを覚える。

 

「なんでここに――?」

 

 戸惑う暇もなくミリアもものすごい近くによってくる。

 

「何を考えてるの、リルカさんはね……リルカさんにはね。婚約者が居るでしょ?」

 

 ――――そう、だ。

 何を考えていたんだ俺は、リルカ・シドリには幼い頃からの許嫁がいる。

 ラークス・ルケインという婚約者が。

 頭の奥がふっと冷えた。

 そうだ、リルカさんには婚約者が居て、この先俺と無関係に幸せになる人なのだ。

 こんなことを“想像”するのはとても全く不埒なことだ。

 いやでも大丈夫。

 大丈夫なんだミリア。

 ――そう別にこれは。

 

「夢なんだしさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なんつー夢」

 

 ちゅんちゅんと朝を告げる鳥のさえずりで俺は体を起こした。

 同時に抱きしめていた女の子の体のぬくもりがきえ――安い布団の肌触りに包まれるリアリティが、半覚醒の脳に飛び込んでくる。

 

「あ。レイルさん」

 

 ……あれ、まだ夢か。

 何かリルカさんの声が聞こえる。

 あーよくあるよね。起きたと思ったらまた夢だったって。

 

「おはようございます。もう朝ですよ」

 

 声が続く。

 

「……夢じゃない!?」

 

 俺は飛び起きた。

 目の前に――記憶に新しいリルカの顔が飛び込んできた。

 

「え、ええ? リルカさんなんでここに……?」

 

 脳が急速に起き始める。血が引いていくような衝撃に苛まれながら俺はリルカと向き合う。

 

「他所から来られる方が泊まる場所、ここしかないですから」

 

 この名産も鉱山もないリーウィルに外泊施設があるのは、国営ギルドの寮くらいなものだ。急な来客の宿泊施設も兼ねているらしい。俺の泊まっている場所はすぐにわかるのは当然だった。

 いや別にリルカさんが近くにいるのは良いのだが、先程まで見ていた夢の内容があまりに……ピンポイントだ。

 気恥ずかしい。寝顔を見られるのってこんなに恥ずかしいものなのか……。

 そして何より寝言で変なことを言ってないだろうか。

 

「いやそんなことより、どういう意図で俺を起こしにきてるんです――!?」

 

 ツッコミが追いつかない。

 俺は寝起きの頭を掻きながら、状況を整理するために脳に浮かんだ疑問を思わず声に出してしまう。

 

「昨晩すぐにお帰りになられて、お礼を言えませんでしたので……」

 

 リルカの答えに俺はの状況の整理が進んだ。

 そう、診療所でいろいろなことを話した昨晩、リルカが涙をながしそれを抱きとめた後――、全員性も根も尽き果てた状態になった。

 そんな状態で、今後のことを話す余裕もなく、俺はあのあとすぐにこのギルド寮に帰ったのである。

 

「あ。ああ……そうですか。しかし、ギルドで待っていただいても良かったのに」

 

「レイルさん、村を出るとおっしゃっていたでしょう? 間に合わなくなるかもと思ったものですから」

 

 ぎくりと俺は背筋をこわばらせる。

 俺は明朝に村を出ようと思っていた。

 ちらりと、纏められた荷物をリルカは見やる。

 察されているようだった。

 昨晩を経て、この村でやることはすべて終わったと思ったし。ラークスの依頼封鎖もある。

 Sランクパーティに在籍した過去もばらしてしまったし、広まってしまえばどっちにしろ仕事がないという事情もあった。

 人目のつかない間に消えてしまおうと思っていたのだが、まさかの村を出る前に捕まってしまった。

 

「まいったな……いや、そうです。お察しの通り村を今日出ようと思っていました」

 

 俺は堪忍した。

 挨拶もなしに出ていこうとした負い目もあった。

 

「……最後にもう一度だけ、私と父と話をしていただけませんか? 一生かかえっても返しきれない恩を受けておきながら、何もできずにお別れするのは、辛いです」

 

 そうまで言われると弱い。

 実際、救われた立場なのに礼を言う前に消えられてしまえば立つ瀬がないといえばそうなのだろう。

 

「そうですね。では診療所に行きましょうか」

 

 折れた俺を見てリルカはガッツポーズをした。そんなに嬉しいかな……?

 首をひねりながら俺はリルカと連れだち診療所へと向かう。

 

「う、ううん……どうしよう、あのこと」

 

 その道の最中、リルカが何かを話したそうに口をぱくぱくさせているのを見て俺は首をひねる。

 

「何か?」

 

 つい気になって話しかけてしまう。

 

「え、ええっと。ミリアって誰なんです?」

 

 質問が凄い所から飛んできた。

 

「……なんでその名前を?」

 

「寝言で言ってました。女の人の名前……ですよね? あの、恋人さんとか?」

 

 そこはかとなくプレッシャーを感じ、俺は慌てて返答する。

 

「いやその。妹です。一緒に冒険者をやっていたんですけどね」

 

 血の繋がりはないので正確には妹ではない。

 しかし家族同然に育った女の子だ。妹のように大切に思っている。

 実質妹というやつだ。

 

「妹さん……! そうでしたか」

 

 なぜか安心したようにリルカの顔色が華やいだ。何かいかがわしい関係だと思われていたのだろうか。

 自慢ではないが俺は女性と付き合ったこともなければ、特に浮いた話が1つもなかった。

 

「ははは。俺に女の子と縁があるように見えますか? 大丈夫、モテとか経験したことないですし、男女問わずそんな仲いい人居なかったですから」

 

 まあ当然だろう。だって王都にいる間ほとんど縁故採用だの寄生虫だの言われて、陰口叩かれてたし。ふふ、悲しい。

 

「れ、レイルさんお気を確かに。そろそろ家につきますよ」

 

 俺の様子を見て何かを感じ取ったか。リルカが心配してくれる。

 ありがたさを感じつつ遠い目をしながら俺は坂を登り、三度目になる診療所にたどり着いた。

 

「すぐ入っても大丈夫ですか?」

 

「どうぞ、父もお待ちしてますよ」

 

 俺は診療所の暖簾をくぐった。

 中に入ると入口付近はしんとしていたが、屋敷の奥から音がして、数分後にカルダスが出てくる。

 身につけた白衣が汚れている。

 

「おお。レイルさん……よくいらっしゃっいました。私が呼びに行っても良かったのですが、娘がどうしても自分で行きたいと聞かずに」

 

「ちょっと! お父さん!」

 

 俺は思わずリルカの方を見てしまい、その顔が真っ赤になっているのを見かけて、慌てて目をそらす。

 なんか気まずい。

 

「ははは。そういえば。朝食はまだですか?」

 

 俺たちの反応にカルダスは闊達に笑い、奥へと手を差し出した。

 

「え、ええ? それはまあ」

 

「よければ召し上がっていかれてください」

 

(ぐっ……遠慮したほうが良いかも知れないけど、空腹に抗えない)

 

 ふわりと奥から良いパンの香りがしてくる。

 ここ数日の食事状況からすると、ごちそうどころの騒ぎではない。

 お金を節約するために、山菜を潰して団子にした非常用の餅で食いつないでいたのだ。

 そんな状況から焼きたてのパンをいただけるとなれば断ることはできなかった。

 

「……いただきます」

 

「どうぞどうぞ」

 

 俺はあれよあれよという間に最奥の食堂へと上がりこんでしまっていた。

 

「今日も張り切って作りました」

 

 リルカが口に手を当てて微笑む。

 そして、リルカが指し示す先には――食卓に並べられた色とりどりの料理が並んでいる。

 

「おお。美味そう……」

 

 メニューは黒パンに干し肉を戻してソテーにしたもの、そしてサラダ。

 

「どうぞ召し上がってくださいね」

 

「うむ。いただこう。ささ、レイルさんどうぞ」

 

 俺はいちおう家主たちが手を付けるのを見て――料理に手を伸ばした。

 そして、止まらなくなる。

 

(う、うめえ……)

 

 しっかりと調理されていて本当に美味しい。

 俺は夢中で料理を食べ、完食してしまう。

 

「ごちそうさまでした」

 

 満腹感でまったりとした空気が流れる。最初は気兼ねしていた来訪も、良かったと感じ始めるのは現金である。

 

「さて。改めまして……昨日のお礼をさせてください」

 

 そんな中――カルダスさんが口火を切った。

 改まった口調で礼を言われ、俺は頭をかく。

 

「いや、そんな。昨晩のは知っていることをお話しただけですよ。実際になにかしたわけでは」

 

「知は財なり……ですよ。貴方が見つけた知識ではないにしろ、必要な場所にそれを届けるのは重要な仕事です」

 

「そういうものですか……」

 

 含蓄ある言葉をすらすらと用いることができるカルダスの知性……いや年の功こそ羨ましかったが、褒められてそれを受けないのは失礼だろう。

 

「ただ、レイルさんのおっしゃりたいこともわかります。昨晩は病状を説明しただけ、本質的な問題が解決してないと」

 

「そうですね。俺はリルカさんの病気の正確な状況を説明したものの、リルカさんの体は魔力コントロールを覚えない限りは衰弱してしまう」

 

 そう。リルカが魔法を暴発させてしまうという状況は、理由を知ったからといっても妥当ではない。

 となりで聞くリルカが自分の話にぴくりと反応する。

 

「なので、早急に魔術師に魔力コントロールの教師を探すのが良いかと」

 

 話の流れから――食卓にあった華やいだ空気がしんとしたものになる。そう改善点は見つかったものの問題はまだ解決していないのだ。

 その沈黙を――以外な所からの言葉が破った。

 

「私、教わるなら……レイルさんが良いです!」

 

 リルカの一声である。

 俺が……教える?

 

「リルカさん!? いや、俺は教えるとかそんな柄では……」

 

 俺は慌てた。想定していない言葉だった。

 王都を追われ、大成しなかった魔術師である俺に人を教える資格などないと勝手に思っていたからだ。

 俺のしどろもどろの弁解に、リルカが言葉を挟む。

 

「レイルさん。このリーウィルには、魔術師と呼べるほど魔術に精通した人はもういないんです」

 

「えっ? そんなことになってるんですか?」

 

 確かに、ギルドをうろついている冒険者の中で、まっとうな魔術師を見た記憶はないかもしれない。

 どちらかというと「猟師」くらいの感覚で冒険者をやっている人達が多いのが特徴だった気がする。

 依頼全体をざっと見た限りだと、高難易度の討伐依頼は無かったのも違和感があって覚えている。

 

「名産品も鉱山もない村ですから、何か才能がある若手は都会に出稼ぎに行ってしまうんです。お父さんも1度村を出て、そこでお母さんと知り合ったみたいです」

 

 なるほど。俺にも覚えがある。

 育ててもらった孤児院でも、有望な若者は都会へと出てもらい、人脈や利益を持ち帰ってもらいたい――という話を度々されていた。

 辺境の土地は生活ギリギリの余裕しか無く、それ故に都会へと出稼ぎに行くことを推奨される。

 それに周囲の魔物もせいぜいクラッシュボア程度で、あまり強くないのもますます才能を都会に送り出す風潮に拍車をかけているのだろう。

 

「お母さんが生きている頃は、お母さんが村唯一の魔術師だったみたいです……そんな状況なので、誰にも教われません」

 

 しかし困った。

 ギルドを介して王都から魔術師を呼びつけるにしても、この辺境に来たいと願う、教えられるほどの魔術師はそう居ないだろう。

 無意識のうちに俺は腕組みをした。俺が教えるという答えをすっぽり検討から外していたのだ。

 悩んでいると――ふとリルカが俺をまっすぐ見ていることに気づく。

 

「そ、それに私は他に魔術師がいても教わるならレイルさんがいいです」

 

 覗き込まれるように視線を合わされ、そうお願いされた。

 あまりにまっすぐで、真剣な言葉に心臓が高鳴る。誰かに必要とされる――という記憶がここ数年ない俺にとってその言葉は予想にも上がっておらず、真後ろから頭を殴りつけられたような衝撃を与えた。

 

「私も娘をお預けするのはレイルさん以外にないと思っています。ここ数日の手並みを見ましても、貴方は魔法に関する造詣も深く、聡明であらせられる」

 

 うろたえる俺にカルダスさんも言葉を重ねてくる。

 流石に持ち上げられすぎて心がざわざわする。

 

「ほ。褒めすぎです……いやしかし、俺はそのう……受けられる仕事が減ってきたのでそろそろ村を出ようかと」

 

「ご教授していただけるのに無償というわけにはいきません。月500ゴールドの報酬をご用意します。それに発作の対応を考えると、うちに住み込みで居ていただきたいのですが……」

 

「!?!?!? いや、それは」

 

 とんでもなく美味しい条件だった。

 王都の貴族の家庭教師相場とほぼ条件は一緒で、住む所までついてきている。

 俺にその価値があるのか……? と身構えてしまう。

 

「貴方にならこの条件でも安いと考えていますが……どうか、娘のためにお受けいただけないでしょうか」

 

「お願いします。レイルさん……!」

 

 カルダスとリルカ両方に深々と頭を下げられる。

 進退窮まった。ここで逃げるほうが悪人といえる。

 

「あ、頭を上げてください……困りますよ……」

 

 恐縮極まった俺はどうしようかと頭を捻っていた時だった。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 頭を下げたリルカの息が少し早く……荒い。

 

(まずい!? 体調が……!? 魔法が無意識に発動している!?)

 

 目が少し虚ろになっており、体調悪化の兆しが見える。

 魔法を無意識に発動しているのだろう。

 俺は慌てて口を開く。

 

「リルカさん。大きく息を吸って、今日の朝食のメニューを1つずつ言ってください」

 

 リルカは戸惑ったが、自分の体調と照らし合わせ、何か意味があるのだと即座に理解したようでその言葉に応じてくれる。

 

「……えっと。黒パンと、ボア肉のソテーと……」

 

 リルカは目をしばたかせて言葉を続ける。俺は目を細める。その間にリルカの息が整っていく。

 

「それとサラダに……食後のミルクを。あ、胸のつかえが楽に……」

 

 俺は安堵の息を吐いた。

 

「思いつめて、魔法を発動していましたから。こういうときは日常的なことを思い出して気を楽にしてください」

 

 自罰的な感情が、魔法の発動に結び付けられているのだろうか。

 感情――精神エネルギーの集中、これが魔法発動のプロセスだ。

 リルカは我流で自罰心と発動を結びつけているようだ。

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 感嘆の吐息を吐きながらリルカは笑顔を浮かべる。

 

「……また、助けられましたな」

 

 カルダスさんは娘の発作に緊張したのか、こわばった顔を解きながら俺に笑いかけた。

 

(こんなちょっとしたことで魔法を発動していたんじゃ、そりゃすぐに魔力容量(MP)が枯渇するよな……)

 

 リルカの発作を目の当たりにした俺は、改めてこの問題が簡単なことではないという確信を得た。

 

「……わかりました。リルカさんが魔法をコントロールできるまで指導させていただきます」

 

 俺は決断した。村の状況とリルカの状況――双方を鑑みていまやれるのは俺しか居ない。

 

「ほ、本当ですか!」

 

「ありがたい。肩の荷が降りました……」

 

 歓迎されているようで俺は安堵した。

 

「レイル先生。今日からよろしくおねがいします!」

 

 リルカの呼び方が変わっている。

 

「本日からお世話になります」

 

 この数日間で怒涛のごとく変化した生活に思いを馳せながら――俺は立ち上がって礼をした。

 ここに住みて、彼女たちと一緒に生活をする意思を示す礼である。

 俺はこの診療所で暮らすことになったのだ。

 

 

 




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書き溜めなので毎日 20:00更新します。よろしければ見ていってください。

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