Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って 作:とke
その日、アルロは森で怪我をした。
ギルドの依頼で兎を追う最中、枝で腕をひっかきその痛みで転んで足を擦りむいてしまったのだ。
「……いちち。うーん、診療所に行くか」
獲物はなんとか手に入れたものの、痛みが気になる。
村に戻るとじわじわ痛みが強くなってきている気がして、悩んだ末にアルロは診療所へと向かった。
坂を登り、診療所の扉をくぐると、この前依頼を出された近所の農家の爺さんに話しかけられた。
「おうモーンの三男坊よ。鹿肉ありがとうなあ」
「いやあ、あれ苦労したんスよ。間違いなくてよかったです」
午睡の時間、特に老人が診療所には増える。
この爺さんは実家のご近所で、小さい頃から知っている仲だ。
朴訥なアルロは頼りにされるということはないにしろ、それなりに老人たちに可愛がられていた。
診療所にいくと話し相手に困ることはない。しばらく老人たちと談笑する。
「そういえば最近……リルカちゃん元気になったんじゃないかしら?」
近隣に住む老婆がふとそんなことを口にした。
リルカ・シドリ――この診療所の一人娘だ。
長い黒髪に自分たち農家とは次元の違う――清楚、といえばいいのだろうかそういう雰囲気をまとった少女だ。
記憶の中にあるリルカは青白い肌に、いつも不安げな色味を帯びていた。
「そうですかね?」
宴会以降リルカと会う機会がなく、イメージが沸かずに首をひねったアルロだが、そんなことを考えていると後ろから呼び出しをされた。
「次の方、アルロさんどうぞ」
呼び出しを受けて奥に入ったアルロは、そこで診療所の手伝いをしているリルカを見た。
(……あれ? この娘、本当にリルカちゃん?)
アルロの視線の先にいるリルカは、そんな過去蓄積したイメージよりあまりにかけ離れていた。
真っ白だった肌に赤みがさし、仕草の一つ一つが活発だった。
これまでの儚い空気が影を潜め、花盛りの少女の美しさが満開になったような華やぎがリルカの周りにあった。
「リルカちゃん、なんか……元気になった?」
「え、そうですか? ふふ。そうかもしれませんね」
気になってリルカにアルロは話しかけ、それにはにかむように笑いながらリルカは返答する。
そんな初々しく、少し艶めいたリルカにアルロは目が釘付けになっていた。
まるで性質の違う美しさだが、今のリルカは前よりもぐっと美しくなっているように思われた。
「あっ、その胸につけた青い花の飾り……すごく可愛いねえ」
その可愛さにつられ、アルロは何でも良いから褒め称えたい衝動を抑えきれずに話しかける。
「本当ですか!? これ……えへへ。お気に入りなんですよ」
それを褒められた瞬間、ふと遠い目をしてリルカは誰かを思い描いているかのようであった。
こころなしか顔を赤らめて口元を抑えるリルカは一層艶めいて、美しかった。
それを見てアルロは二の句を繋げずぼーっと見惚れるだけになる。
「気をつけてな」
カルダスの言葉に我に返る。
気づけば治療が終わっていた。
リルカは次の患者の呼び出しにもう居なくなっていた。
狐につままれたような気分になったアルロは診療所から外に出た。
のれんをくぐり、診療所の外に出て外に空気を吸った時、白昼夢を見せられたような気分がたいぶん落ち着いた。
「はぁ~なんか、今日のリルカちゃん確かにいつもと違ったよなぁ」
診療所からひさしの向こうに見える裏庭に人影を見つけた。
「……あれ? レイルくん?」
診療所の裏側は花畑になっている。リルカが趣味で育てている花だというのは、ギルドの噂で聞いている。
そんな畑に――リルカにしては大きな上背の人影を見つけ目を凝らしたアルロの視界にはレイルの姿が飛び込んできた。
汗を流しながら花の手入れをしながら、白い花を何束かつんでいる。
間違いなくその姿は、最近ギルドで姿を見ないレイル・アーレインの姿であった。
「なんで診療所に? 村を出たとかラークスさんが言ってたような」
アルロは戸惑った。
最近レイルはギルドに姿を表さない。
首をひねったが、わからなかった。
「うーん……わかんないけど、診療所でアルバイトしてるとかかなあ」
リルカといいレイルといい今日はわからないことだらけだ。
わからないことは深く考えないようにしよう、とアルロは思い直し診療所の有る坂を下り――ギルドへとやってきた。
「はっはっはっ! ウィンドラビットがこいつの顔を蹴ってさあ」
「ラークスさぁん……それは言わない約束ですよ」
ギルドに入ると、待合所のど真ん中を占拠して数人の若者が話していた。
ラークス・ルケインと、そのパーティを組んでいる若手の3人だ。
ラークスの隣りにいる若者はルケイン家の分家で、幼い頃から親しい関係にある。
幼い頃から生粋の戦闘訓練を受けてきた村のエリートで、農家の三男坊であるアルロからすれば雲の上の存在というやつだ。
「クッハハハハハ! その顔じゃ飲めねえだろ。俺が代わりに飲んでやるよ!」
つんとアルコールの匂いがする。昼からの飲酒とはいかにもといったところで、受付のシリンさんも頭を抱えている。
景気が良いことだし、機嫌がいいなと思ったアルロは絡み酒をされないようにとこそこそとしていた時、ふとラークスの声が耳に飛び込んでくる。
「あの恩知らずで阿呆のEランクが村を出ていって助かったぜ! なあ!」
出ていった……とはどういうことだろう。
Eランクといえばレイルくんだけだったはずだが、レイルくんは診療所で花壇の手入れをしていた……。
アルロは興味を惹かれて恐る恐る近くにいって聞き耳を立て始めた。
「そうっすねラークスさん。あのEランク、最近めっきり顔を見ませんからね」
「ふん! 俺が採れば一日で終る薬草採りを任せてたのに、ずーっとあいつがサボってたんだ。その御蔭で俺の婚約者が命の危機だ。たまらんぜ!」
間違いなくレイルくんのことを言っているようだった。
アルロはうっかりと小さく口に出してしまう。
「あれえ、レイルくんは診療所にいたんだけどな」
自分ではぽつりとつぶやいたつもりだったのだが、その言葉は結構な大きさでギルド中に反響した。
そのはずで、アルロが口にした瞬間、ラークスが鋭敏にそれを聞き取り黙り込んだからだ。
ラークスが重苦しく言葉を控えれば、取り巻きも同じように言葉を控える。
何かまずいことをしたか――とアルロは口に手を当てた。
「……アルロ。ちょっとこっちに来いよ」
優しい、それ故にあまり聞いたことのないラークスの声がする。
アルロは聞こえないふりをしようかと一瞬迷ったが後が怖すぎて、その声に従った。
「どうもラークスさん。コンニチワ……」
「まあまあこっちに来て一杯やれよ」
何か怒鳴り散らされると覚悟したアルロだったが、ラークスはにこやかになんと盃を差し出してきた。
良い酒の濁りのない香りがする。
こんな酒は貧乏な下級冒険者には祭りくらいしか手の出ないもので、いきなり降って湧いたご馳走にアルロは目を白黒させる。
「……? ラークスさん?」
取り巻きもそれには驚いている。
「へ、へえ? 俺なんかが貰っても……」
「いいから飲みなよ」
なにか裏を疑うが、これほど上質の酒を飲めるチャンスをふいにするのもバカバカしい。
恐る恐る盃を受け取り、口にする。
(うめえ)
辛くて薄い安酒と違い、ラークスの飲む酒は美味かった。
つい2杯3杯と重ね、ほろよい気分になる。
「そういやよ、お前さっき面白い話をしてたな。Eランクがシドリ家に居るとか。本当か?」
それを見計らってラークスがささやくように問いを発してきた。
「ええ。ええそうですね」
酒に夢中になったアルロは何も考えずに覚えていることをそのまま言う。
「実際に見たのか?」
「そうっすよ。怪我したんで診療所にいったら、レイルくんが裏の花畑で世話をしていたのを見まして」
「……何ィ?」
ラークスはそれに顔を歪めた。全くそのことを知らぬ様子であった。
「診療所に住んでるのか?」
「いや、そこまでは……ひっ」
「あの恥知らずの……ギルドの序列も知らないような奴が! 村を出てないっていうのかよ!」
アルロの酒を飲む手を掴み、ラークスは怒気をこめて問い詰めた。
「ひ、ひぃ。本当にちょっと見ただけで、俺は何も知らないんです! 」
アルロはそれに目を白黒させ、ラークスの方を見た。
その要領を得ない答えに舌打ちして、ラークスはアルロから手を離す。
「ちっ……ふん。……アルロ。今日のお前の話結構面白かったぜ」
ラークスは犬歯を剥き出しにしながらにやりと笑って、酒の入った容器を持って立ち上がった。
アルロは自分の目の前から消えていく極上の酒を恨めしそうに見つめながら、不承不承頷いた。
「えっ。あ、はい」
そんなアルロを振り返ることなくラークスは踵を返した。
「おいてめえら引き上げるぞ!」
「は、はい」
「待ってくださいよラークスさん」
ラークスは突然のお開きに驚く取り巻きをどやしつけ、ギルドの出口へとあるきだす。
「……Eランクが村を出ずに診療所に?」
取り巻きが追いつく前、誰にも聞こえない声でラークスは一人つぶやいた。
「一度確かめてるか」
その目は、酒気に煽られぎらぎらと淀んだ怒りに燃えていた。
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