Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って 作:とke
ラークスが来居した日の夜、カルダスが仰々しい荷物を持って俺に話しかけてきた。
「レイルくん。すまないが少しついて来て欲しい所がある」
夜半、俺は仰々しい荷物を持ったカルダスにそう言われた。
医薬品が入った薬箱だ。
誰かを診療に行くのだろうと当たりをつけ、俺は頷いた。
「はい。いいですよ。あ――荷物持ちます」
「うん頼むよ」
薬箱を持って向かったのは、診療所からさらに村の奥へ入る。
そしてその奥には更に上へと上る坂があった。
「……村の天辺への道……ですね」
「そうだね」
宵闇が周囲を包んでおり足元がおぼつかない。
足元に気をつければ、自然と言葉数が少なくなり、俺とカルダスは黙々坂を登ることになった。
高いところに住むのは権力者が多いという話を聞いたことがある。
魔物に襲われることが一番の確率が高い災害であるこの世界において、高いところにあるほど魔物に攻め込まれる確率が減る。
それ故に高いところに住む人程、代えの効かない人になるという。
納得はある。
そんな想像をしていると坂を登りきり――そしてそこには、大きな邸宅が構えられていた。
カルダスはその門につかつかと歩み寄り少し右にずれた場所へ行く。
そこには小さな勝手口が備わっていた。
勝手口に備えられた布のようなものを引くと、屋敷の奥でカラコロと音が鳴る。
そうやって来客を知らせる作りらしい。
王都の高級住宅で来客を知らせるのは魔法工学によって、チャイムが鳴る仕組みだ。こうしたアナログを見ると驚きがある。
やがて屋敷の奥から人の気配がして扉が空いた。
「はい。あら……カルダス先生。どうぞお待ちしておりました」
着物を着た美しい女性であった。30代前後であろうか。
カルダスは知り合いのようで会釈をした。
「奥方……夜分遅くにすまないね」
カルダスの言葉に俺は驚いた。
奥方ということはこの屋敷の主の妻ということだろう。それにしては若いように感じられた。
「……ご当主に変わりはないかね?」
俺が戸惑っている間に話が進む。
「ええ。今日は大分お加減も良いようで落ち着いておられます。ささどうぞ……」
奥方が迎え入れるように扉を大きく開いた。
カルダスは扉をくぐりながら俺を促した。
「レイルくん。行こう」
門をくぐると、さらに屋敷は広大だった。
「カルダスさん。ここは一体……」
「ああそうか。伝えてなかったね。ここはルケイン家の邸宅だよ。ラークスくんの実家ということになるね」
その言葉に納得がいった。
これだけの広大な屋敷だ。住む人も只者ではないと思っていたが、やはり住むのは大物だった。
村のまとめ役の家らしい長大な邸宅だった。
「当主様が病気で診察をしていると伺ってましたが、時々夜に出られてたのはこういうことだったんですね」
「ああ。3日に1回くらいはこうして問診に赴いている。今日の用事はそれだけではないが、ね」
「それはどういう……」
俺に説明をし終えたカルダスが最後につぶやくように放った言葉。
聞きとがめた俺は慌てて問うがカルダスからの応答はなかった。
屋敷に入り、奥へ奥へと通される。歴史を感じる屋敷だった。
大理石の床に、高そうな絨毯。
インテリアなのだろうか、傷のある甲冑や趣のある絵画が並んでいる。
俺は奥方の先導のもと、屋敷の最奥にある一つの部屋の前にたどり着いた。
「失礼します」
奥方はしずしずとノックをしてその扉を開いた。
その部屋はまず大きなベッドがあった。奥方は無言でそのベッドの後ろに立った。
ベッドには眠る人影がある。
そして――ベッドから声がした。
「よく来たなカルダス……」
しゃがれた男の声だった。
ベッドに横たわる男が発した声であった。
「シリウス。元気そうだな」
カルダスが答えた。その名前に聞き覚えがあった。
(シリウス・ルケイン。ラークスの父……代々の冒険者で現ルケイン家の当主)
男は白髪で初老の気配をまとっていた。さらに――加齢による衰えだけでなく、病に身を蝕まれてやつれていた。。
だがその眼光は病身とは思えないほど鋭かった。
(病気をする前はさぞかし強かったんだろうなこの人……)
そう感じるだけの戦闘の気配をまとっていた。
「飯も食えない状態からはだいぶ回復したさ」
「はは。だが念の為だ。脈を取らせてもらうぞ、シリウス」
ひとしきり談笑して、カルダスはそう告げた。おとなしくシリウスはそれに従い腕をまくりあげた。
「薬もしっかり効いているようで本当に大丈夫そうだな。また奥様に薬を渡しておくよ」
「酒も断ってるんだ。治ってもらわにゃ困る」
口では悪態をついたものの、流石にシリウスは予後の結果がよく安心した様子だった。
「調子がいいようで良かったよシリウス」
カルダスは微笑しながら立ち上がり――大きく、1つ息をついた。
どことなく張り詰めた空気を醸し出す吐息であった。
「今日は……病身に悪い話をしに来たからね」
シリウスの目が細まった。カルダスの発した空気がただごとではないと感じたのだろう。
「……今日は見ない顔を連れてるが、その人に関係有る話かい?」
そしてカルダスの後ろに隠れ、様子をうかがっていた俺をシリウス・ルケインの瞳が捉えた。
警戒を感じる視線に俺は居住まいを正した。
「ああ、彼は……」
「レイル・アーレインと言います」
紹介しようと口を開いたカルダスより先に俺は名乗っていた。
測られるような状況で、受けに回るわけにはいかない。――そういう経験を積んできた。
俺の名前を聞き、シリウスはほうと口中でため息をついた。
「お前さんがリルカちゃんの病気を直したっていう魔術師かい。カルダスから聞いてるよ」
「そのご縁もありまして……カルダス先生の所でお世話になっています」
俺は頭を下げた。
シリウス・ルケインの俺を見る瞳が細まった。
「……ふうむ。只者じゃないね。あんたに問題があったとしても自力で解決しそうだが」
測られている、と感じる視線であった。
「シリウス。今日話たいのは主にラークスくんのことだ。私もレイルくんも君の息子から……迷惑を被った。」
俺を見つめるシリウスに、カルダスが一歩進み出て話し始めた。
その内容に俺は驚いた。
ラークスが診療所に襲来し、トラブルを起こしたのは今日の昼のことである。
ここがラークスの実家であると聞いた時からそういう話になるだろうと予測はしていた。だが、温厚で控えめなカルダス医師がここまで一言目ではっきりと切り込むとは思っても見なかった。
長い年月をかけて培った関係があるからなのだろうか。
「……続けてくれ」
カルダスは即座に神妙な顔になった。
それは責任感をもって誂む村の顔役としての側面なのだろう。
「まずこのレイルくんはEランクとしてギルドに登録をしているのだが、ラークスくんの指示でその仕事を軒並み奪われてしまった」
シリウスの顔色が変わった。
俺も驚く。娘の命を救ったとはいえ、カルダスにここまでしてもらえるのは法外だった。
「事の始まりはリルカの薬の材料の採集依頼の件だ」
カルダスはその後、ラークスがエクスマジックベリーの依頼を後回しにしてリルカが命の危機に陥ったことの顛末を話した。
「レイルくんはいち早くリルカの体調に気づいて薬草採集に向かってくれた。ラークスくんの顔を立てて、彼が採ってきたということにしてくれさえしたのだ。しかし、ラークスくんはそれを侮辱と取った」
俺はラークスの顔を潰したいという意図はまったくなかった。ただ、魔力枯渇によって命が奪われるのを見るのは嫌という個人的な動機があるだけだった。
「……あの、馬鹿」
シリウスは事の顛末を噛みしめるように聞き顔を落とした。
「私はそれをリルカから聞いたが、それはリルカの魔法の教師としてレイルくんが家に居着いてもらってからだった。すまないねレイルくん……知らないような態度を取ってしまった」
「仕方ないです。冒険者ギルドの中のことですから……」
本来、冒険者と全く絡みのないカルダスにとってできることはそう多くはないだろう。
こうしてそのラインを超えてシリウスに直談判しているのはカルダスにとってもリスクがあることだ。
カルダスは話を続ける。
「だがラークスくんは、そうして冒険者からある程度身を引いたレイルくんに危害を加えようと、今日――私の診療所に来た」
「あいつが、そんなことを?」
「リルカに怒鳴り散らし、レイルくんを足蹴にし跪かせ、ギルドの真ん中でも土下座させようとしていた。……さすがに、看過できないと感じた次第だ」
沈黙が落ちた。シリウスはうつむいたまま――時を奪われたように硬直していた。自由に外を歩けないほど衰弱している状態だ。本当に知らされてなかったのだろう。
やがてシリウスは重々しく身体を上げ、後ろを後ろに佇む奥方へと話しかけた。
「お前、知っていたか?」
ラークスの母になるのだろう。全く気配を感じさせず後ろに立っていた女性は困ったように目を伏せて応える。
「冒険者ギルドに入ってからあの子のことは全く……」
「今はお前があいつの母親なんだぞ! 知らないではすまされないだろう! ……ゴホッ! ゴホッ!」
「シリウス様……!」
怒りの気でシリウスは咳き込んだ。奥方が慌てて駆け寄り、その背を撫でる。
“今はお前がラークスの母”とシリウスは言った。ということはこの人は後添えで、ラークスの母はいまここに居ないことになる。
自分の夫であるシリウスを「様」付で呼ぶ当たり事情がありそうだが、今は踏み込める状況でもない。
「シリウス。それに奥方――いえ、ラスティア殿。すまないがラークスくんとリルカの婚約を解消させて欲しい」
「カルダス……!」
シリウスは咳き込んだ顔を無理に上げ――なんとも言えない表情でカルダスを見た。
悲しい――顔をしていた。
「リルカともよく話し合った結果だ。彼とともに生きていくのは無理だと……そう言っていた」
シリウスは長く息を呑み――そして、呼吸を止めるようにそのまま黙り込んだ。
その顔は寂しげで、悲しい表情をしていた。
そんな姿をカルダスも唇を噛んで見つめていた。
シドリ家とルケイン家は村の重鎮として特別な地位にあるとカルダスは言っていた。その後継ぎである2人は当然幼馴染であるだろう。長い年月を通じた交流がこの2人にはあるはずだった。
約束の撤回は――軽くない。そしてそれは“あの時ああだった”と言われる元になる。それは互いにとってもリスクだから、人は約束を無碍に破れぬのである。
シリウスは、長い間止めた息を大きく――吐き出した。それはため息に似た吐息であった。
そしてシリウスは……深く、深くカルダスに頭を下げた。
「すまねえ。家の馬鹿息子が本当に迷惑をかけた。非は全面的にこちらにある」
それは勇気がいることだっただろう。歳を重ね、さらに高い地位にある人が自分の間違いを認めるのは難しい。
現にラークスはそれができなくてああなっているのだから。
「頭を上げてくれシリウス。こちらも勝手に破談を申し出ているんだ。私にも非が無いわけじゃない」
「相変わらずお前は損をするなカルダス……」
シリウスは苦笑気味にそう言って、今度は俺の方に向き合った。
「レイル・アーレインくんだったな。君にも本当に申し訳ないことをした。息子には俺がよくよく言っておく。今更ギルドに戻ろうという気はないかもしれないが、もし戻ることがあったら心配しないでくれ」
シリウスは年が二周りは離れているであろう俺に、まっすぐ頭を下げた。その真っ直ぐな本気の謝罪に胸が詰まった。
「頼めるか?」
「俺も若い頃は、息子のことを言えた義理じゃないくらい馬鹿だったさ……息子がそうなってるなら、叱ってやらにゃな」
ふっ、と大人たちは互いに苦笑いのような――感傷に浸るような――そんな、複雑な表情をした。
「すまないね。病床の君にこんな話をして」
カルダスもそうして頭を下げた。
「言うなよ。俺は……まだルケイン家の当主だからな」
シリウスもそう答えた。
「それじゃあ今日は失礼するよ」
「おう。俺が死んでなきゃ、また今度な」
張り詰めた空気の糸が切れたように弛緩した。
俺はいつの間にか呼吸が浅くなっていた自分を自覚して、慌てて深呼吸をした。
王都で活躍した戦団とは言え俺もこんなものだ。社会をやる前に結果だけを出し人間だった。
「お送りします」
診療器具を片付け、帰宅の準備をするカルダスと俺を先導するように奥方が移動し、寝室の扉を開けた。
年季の入った見事な作法であった。
「お気遣いなく。夜風に当たるくらいが丁度いい」
カルダスはやんわりと断りながら――奥方の耳に口を近づけ、そっと囁いた。
「ああ見えて、ラークスくんに期待していたんです……裏切られて応えているでしょうから、シリウスのそばに居てやってください」
奥方は微笑して、黙して頭を下げた。
「行こうか、レイルくん」
「は、はい」
俺とカルダスは2人で部屋から出た。
外に出ると、さらに夜が更けていた。
天を見上げると――綺麗な満月が出ていた。
「すまなかったね。急についてきてもらって」
「い、いえ。ギルドの件助かりました。カルダスさんにはお世話になりっぱなしで」
「ふふ。君はもう少し自分の凄さを自覚しても良い。君が元Sランクだと告げた時のシリウスの顔、あんなに驚いているのを見たのは何年ぶりだったか」
「……そんなに驚いてたんですか?」
「長い付き合いだからね。あいつは意地っ張りだから隠しててもわかる。私もリルカの病気を君があっという間に治したのを見て本当に心の底から驚いたものだ」
「偶然知ってただけですよ。俺、それよりシリウスさんみたいな……ああいう風に大人でも失敗を認められる人のほうが……凄いと思いました」
「君は良い子だねえ……」
俺の答えを聞いたカルダスは不意に俺から背を向けて、つぶやいた。
少しだけその声は震えていた。
「君の気が済むまでずっと家に居なさい。きっとリルカも喜ぶ」
「……はい。好きですよあの診療所」
俺は満月を見上げながらそう答えた。
胸の中に何か温かいものが湧き上がっていた。これから坂を下ってリルカの待つ診療所に帰る。
そのイメージが、なんだか足が浮き立つほど嬉しく感じられて。それがまた……心を暖かくした。
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