Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って 作:とke
シリウスさんの家にいってリルカの婚約を破談してから、1週間ほど経過したあくる日のことであった。
その日、村全体が朝から騒がしかった。
アルロさんが言っていた、村の外からの荷をつんだ馬車が到着する当日であった。
嗜好品から衣料などの生活必需品まであらゆる「新しもの」が到着する日である。村全体がワクワクとした空気に包まれていた。
少し、そんな日に――綻びが見えた。
「……馬車が到着しないねえ?」
診療を受ける村の老人の一言に、少しざわつきが起こった。
到着予定の時間を結構に過ぎていた。
「イノシシでも出たかね」
最初は軽い空気だった。しかし――徐々に時間が経ち、1時間――2時間と遅れが重なっていき、どんどんと軽口が減っていった。
「何かあったかの?」
「護衛にラークス坊っちゃんが付いてらしゃるそうだ。万が一もあるまいて」
「しかしこんなに遅れたことはここ数年ないぞえ……?」
老人たちも徐々に不安そうになってきていた。
ラークスが護衛についているのは初めて知った情報だが、仮にもBランク冒険者。実力に不足はない。
安全に疑念はないが、しかし異様な状況が起こっている――という不安が徐々にリーウィルに広がり始めていた
「……流石に遅いな。心配だ」
3時間断っても音沙汰がなく、いよいよカルダスも不安そうにつぶやいた。
流石にただ事ではないのかと周囲もざわつき始めた。
(アルロさん……大丈夫か?)
俺は診療所の手伝いをしながら、徐々に心配になってきていた。
最初はアルロがドジを踏んだのかと失礼なことを考えていたが――いくらなんでも無視できる時間ではない。
夜までに到着しなければ村の外域は魔物が出て相当危険である。
俺が不安になり、窓から外を見る。
丘の上に在る診療所の窓からは村を一望できる。外の空気を肺に取り入れていると、何か村の入口に人だかりができているのが見える。
俺の耳に、ひどく慌てたような喧騒が飛び込んできた。
「大変だ! 先生!」
次の瞬間、診療所の扉が乱暴に開かれ、切羽詰まった若者の大声が響きわたった。
血相を変えた若者が息を切らせて診療所に飛び込んできていた。
「何事だ」
カルダスがその異様な空気を察して入り口まで赴いた。
俺もその後についていく。
「先生! 外からの荷を積んだ馬車が横転しちまって! 運転してたやつと人夫の2人が、その下敷きになっちまったらしい……」
(運転……!? アルロさんは確か御者だって!?)
俺はその言葉に背筋から血の気が引いた。
「なんだと!? 意識はあるのか?」
「いや……もう血がすごくて……話せるような状態じゃとても……」
「……いかんな。患者はもう来てるのか?」
「いえっ。いま、ラークスさんが運んでます。準備が必要だろうからって俺が先に……」
(ラークスが来るのか……)
俺はその報告にドキリとした。
護衛についていたのだから当然の流れではある。
しかし数日前、道端でラークスと会った時、恨みがましい目を向けられたことを思い出し会いたくない気持ちが胸をかすめたのだ。
しかし今は非常時である。俺は無理矢理にでも気持ちを切り替える。
「意識がない状況なのか? まずいな……」
カルダスの声が今まで聞いたことがないほど緊迫していた。
俺もその話を聞いて即座に行動を開始した。
次の行動をカルダスに提案する。
「カルダスさん。ポーションを用意しますか?」
「うん。応急処置に必要だ。リルカも呼んで、奥から回復ポーションをあるだけ出してくれ」
「はい!」
カルダスから薬品室の鍵を手渡され、俺はすぐさま行動に移った。
ポーションを取りに薬室に移動する後ろで、手広くするためにカルダスが患者に呼びかける声が響いた。
「すみませんが皆さん。手術が必要な急患が来る可能性があるので、大丈夫そうな人は後日に診療を回していいですか?」
「おう。カルダス先生……じゃあ俺等は帰るよってな」
診察に来た老人たちがただならぬ空気を感じて診療所から出ようとした時、入り口にどかどかと無遠慮な足音が響いた。
「おら! どけよ! けが人だ!」
尊大な声を上げ、ラークスとその常に一緒にいる取り巻きが3人連れ立ち担架を抱えて入ってくる。
担架の数は――2つあった。
その担架を見た俺は思わず叫んでしまった。
「アルロさん!? どうして!?」
担架に横たわった重傷者の一人は、言い切れぬほど世話になったアルロ・モーンその人に間違いなかった。
全身押しつぶされたような怪我で、血みどろに染まっている。
正視に耐えない姿だった。
「酷い……」
リルカもその惨状にうめき声を上げた。
「おらよ!」
そんな重傷者を載せた担架をラークスは荷物のように雑に地面に投げ下ろした。
あまりの扱いに俺はラークスを思わずにらみつける。
ラークスは何か苛立っているような顔をしていた。
「Eランク……何見てんだよ」
俺の視線に気づいたラークスは振り向いて目で威圧してくる。
「ラークスくん! 重症の怪我人なんだよ。もっと優しく扱ってくれないか」
患者のことをまるで考えていないように担架を荒く扱うラークスにカルダスは思わず注意を飛ばす。
ラークスは咎められたことを露骨に不満に鼻を鳴らした。
叱られてなおラークスは変わっていないようだった。
「ふん。一刻も早くと思ったものですからね」
「……奥に入れる時間が惜しい。ここで診断する」
ラークスの不遜な態度にカルダスはため息を付きながら、優先順位を崩さずに患者の様子を見る。
カルダスが診断が終わるのを待つ俺を見て――ラークスが舌打ちをした。
心底邪魔そうな顔で俺を見ている。
(アルロさん……! 馬車から落ちただけじゃここまでならないぞ。倒れた馬車の下敷きになったんだ……!)
だがもはやラークスを見ている余裕はなかった。
アルロの人の良さそうな顔と、今の惨状が重なり合い俺は唇を噛み締めた。
王都の冒険者時代、同輩として魔物に挑んだ若者が、こうしてひどい姿になって死ぬ姿を何度も見てきた。その記憶と合わせてもこれは致命傷のたぐいだ。
「これは……ひどいな……2人とも相当な重症だ。すぐにでも手術をしなければまずい」
「……助かりそうですか?」
俺は思わず益体もないことを聞いてしまった。そんなこと神にしかわからないというのに。
俺の無礼な質問に、カルダスは少し無理をするように笑顔を作り――それでもはっきりと答えた。
「助けるさ。助けてみせる……しかし」
一瞬喜んだ。しかし――カルダスの言葉が妙に歯切れが悪い。
「何か問題が?」
「2人いるのが問題だ。手術には恐らく予後も含めて2時間はかかる。もう片方の人は、その時間……持たんかもしれない」
「そんな……! 助かるのは片方だけ……なんですか?」
重苦しい空気が俺たちの間に流れた。
医者が一人しか居ない状況がここに来て響いている。
王都ならば何十人も医師を抱え、さらに治療の対価をまかなえる市民も多い。
だがここ辺境……、それは難しいのはわかる。しかし……。
そんな時、唐突に後ろから無遠慮な声が響いた。
「ねえカルダス先生……人夫のグリルを先に手術してやってくださいませんか?」
「ラークスくん?」
ラークスは片方の患者を指差しながらそう言った。
それは、アルロではない若者だった。
俺は背筋が総毛立った。
今ここでどちらかの命を選ばなければならないという状況だということが否が応でもわからせられた。
「グリル……こいつは、親が年をとって生まれた子でね。こいつが倒れちまったら、その人達の面倒を見るやつが居なくなる」
俺たちの空気とはまるで正反対にどこか他人事のようにラークスは言った。
「一方このアルロは、冒険者で、三男で……体力があるんですよ。体力が有る方が後回しで助かる可能性も高い、そうでしょ?」
ラークスの言葉は合理的を装いながら、どこか自分の命令――都合が尊重されて当然という響きを背負っていた。
だからといって、現実として洗濯をしなければならない局面だった。誰の意見がどうということはともかく、時間を無駄にすることがこの場合一番悪い。
「……グリルくんを先に手術する」
「……っ!?」
だからこそ――重々しくカルダスがそう言った時、俺はどこか納得できない気分が通り過ぎながら、何も言えなかった。
しかしその後に、カルダスは隣に立つリルカの肩に手を起き、頭を下げて――言葉を続けた。
「だが、見捨てるということではない。アルロくんは、リルカ……任せたよ」
カルダスの判断に俺は手を叩く。
「そうか、回復魔法ならば……!」
リルカの使える魔法は、等級が1つ下がるため、一発で完治とはいかないまでも手術の間、命を永らえさせるならばできるはずだ。
ふたりとも助かる。
感激に涙ぐむ俺だったが、ふと横から異様な雰囲気を感じ取る。
「……リルカが回復魔法を……!?」
ラークスが露骨に目を見開きながら、リルカを凝視していた。
「わかりました。私必ず、アルロさんの命を守ります」
リルカはそんなカルダスの要求に、しっかりまっすぐと答えた。
そんなリルカを見て、一瞬冷厳なプロフェッショナルとしてのカルダス医師は鳴りを潜め、娘を心配する親の顔になる。
「リルカ。指示を出したのは私だ。だからどんな結果になっても……その責任は私にあるんだ。それを忘れないでくれ。いいね?」
このような死が隣り合わせの治療にまだリルカは携わっていない。そんな新人の彼女に、直接命に関わるような責任を預けなければならない――。
娘をそんな過酷な状況に追い込む今、医師として、そして親としての情の落とし所がここなのだろう。
「レイルくん……一緒に患者を手術室に運んでくれるか?」
「はい。行きましょう」
担架を持ち上げ、顔を近づけた時――カルダスは俺に耳打ちをした。
「患者を運び終えたら、リルカのそばにいってやってくれ。頼む……」
ふた月前まで魔法の行使は命に関わっていたリルカに、治療のためといえ魔法を使って欲しいと言わなければならない親の苦衷。
リルカの性格からも、自分のみを顧みず人を救おうとしてしまうかもしれない。
だからこそ、その不安を振り切って、託すために俺にそう言わざるを得なかった思いを感じ取って、俺も力強く頷いた。
「病室を2つ掃除しておきます……」
俺の万感の思いを込めた言葉にカルダスは納得したように頷いて、俺たちは担架を持ち上げた。
「リルカ! 戻るまで回復魔法を頼む!」
「はい!」
リルカは力強く頷いた。
その言葉を受けて俺とカルダスさんは患者を連れて手術室に向かう。
――残ったのはリルカとラークスだけだった。
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