Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って 作:とke
手術室に患者の片方を運んだ俺はすぐに引き返した。
リルカの初めての大仕事であり、失敗が許されない場だ。
せめてそばにいてあげたかった。
だが――帰ってきた俺はラークスがリルカの手をひねり上げ、ずっとリルカを貶め、心の傷を抉るような言葉を言い続るのを見た。
それにリルカが顔を青ざめさせ――呆然と地面に崩れ落ちた。
慌てて駆け寄る俺の耳に聞こえたのは――。
「そこでお前を助けるために、お前のお母さんはさあ――」
痛罵と、悪意の言葉。
それを聞いた瞬間、俺は頭に熱湯をぶっかけられたような怒りを覚えた。
衝動的にまっすぐにラークスに近づきその顔を思い切り殴り飛ばした。
時と場合も考えず、ましてや大切な教え子をこうまで侮辱された。許せるものではない。
「ごぉっ!? 俺を殴った……? Eランクが……?」
俺の拳の直撃でラークスはたたらをふみ、2.3歩後退した。
俺はその隙にラークスとリルカの間に入り込んだ。
ラークスの声に含まれる驚愕は、俺に殴られたという結果だけではない。
俺のパンチが――B、C、D、Eと3階級も下の冒険者の一撃が、たたらを踏ませるほど効いた――という事実がだ。
「ラークス。何をやってる! リルカはアルロさんを助ける大事な仕事があるんだ。手を離せ!」
「はぁ? こいつに魔法が使えるわけ無いだろ。見栄をはってるに決まってる!」
ラークスの言葉は心底の見下しがあり、それがあまりに自然だ。他の人間をずっとそういう風に見ているのだろう。
そういう性根なのは仕方がない。しかし今この場面で発揮していいものではない。
「リルカは回復魔法を使える! いいからここから消えろ! 今は人を治す力が必要なんだ!」
「うるせえ! お前が消えろよ。Eランク!」
俺の言葉に逆上してラークスは激昂した。
「そうだよ……親父にチクりやがって! そのせいで俺は……面子を失って、この村をしばらく出なきゃいけないんだぞ!」
「……何?」
「リルカとの結婚はどうでもいい。こんな、いくら修行しても魔法が使えないカスみたいな奴の面倒を見るなんて御免だった! けど俺が村を追い出されるってのはなんだよ!」
ラークスは叫んだ。
話が――まるで噛み合わない。
「お前みたいな、Eランクの……力がないくせに俺の顔を潰すようなやつのほうが……この村から消えるべきだろうがよ!」
時と場所をわきまえず――どこまでも自分の世界、自分の論理をまだラークスは続ける。
こいつにとって親の跡を継ぎ冒険者でBランクなのは、自分の人生の全てであり、それだけが支えなのだろう。
自分の都合が世界で一番優先されるべきだと信じている。
こいつは分かっていない。
本当に、追放されるということは、帰る場所を奪われるということはどういうことなのか。
何もかも全て奪われて、家族のように思っていた人にも見下され、背中を預けた仲間にも邪魔者扱いされる。
本当に追放されたら、戻ってこいなんて言われない。
そんな経験をしたことが……。
(……何を考えてる。アルロさんが死にそうなんだぞ! 今はこんな言い争いをしている場合じゃない!)
我に返った俺は患者を見た。
死に瀕した患者はもはやうめき声さえ上げることも叶わず、呼吸を示す胸の動きも弱まっている。
ラークスに悪評を撒かれているときでもアルロさんは俺のことを色眼鏡なしで見てくれた。
助かって欲しい。命に区別も優劣もないけど、それでも俺はこの人に助かって欲しい……。
いま一番優先すべきことを一瞬でも忘れかけていた自身の弱さに活を入れつつ、俺は静かに立ち上がり――そして、ラークスを睨みつけた。
「もういい。叩き出す」
俺は最終的な決断をした。
「なんだてめえ、お前ごときが力づくで俺をどかそうっていうのかよ」
ラークスは犬歯をむき出しにして俺を威嚇する。
それを俺は冷ややかに見つめた。話が通じないなら――もはや話す必要はない。
「……警告はしたぞ! ラークス・ルケインッ!」
怒りと、敵意をもって俺は――精神を集中させる。
闘志。
敵意。
殺意。
様々な闘争心が攻撃魔法の本領だ。
回復魔法が人を慈しむ心なら、攻撃魔法は誰かを倒したいと願う心。
「――凍てつけ、停止しろ、氷よ」
魔法とは心だ。
だから、何か意見があれば相手を理解するのではなく、わからせようと思ってしまう俺に回復魔法は使えない。
こうやって詰め寄るラークスに結局、暴力で対応してしまうのが俺の本質だ。
人を救うことも出来ない俺は――それなのに魔法を極めることもできなかった半端者だ。
そんな半端な俺でも、ラークス・ルケイン程度の、Bランクを名乗りながらCランクの魔物に多勢を頼むような――その程度の輩ならば。
――子供の手をひねるように一蹴できる。
「魔法……!? ハッタリを……!?」
ラークスは過信した。どんな状況でも未知の奥の手を警戒するのが冒険者だ。
しかし彼はEランクが上級魔法を使えないという決めつけ、思い込みから悠然と――と本人が思っているような余裕の態度を守ろうとした。
それが、結局、冒険者としては2流。
ありえるかもしれないと考えることのできない想像力の欠落が、ラークスの最大の敗因だ。
「――大氷花(ブリザード)!」
ラークスの腕のまわりに青白い光がまとわりつくと同時に、つんざくような音が響き渡る。
急速に冷凍された空気中の水が凍りつく音だ。
氷の大魔法――大氷花(ブリザード)。
魔法の発動を完治したときにはもう遅い。
反応できない速度で、ラークスの腕を覆い尽くすように氷がまとわりついた。
「ガッ……ガァアアアアッ!」
大魔法はBランク以上の魔物に攻撃するレベルの火力がある。
ラークスの半身を氷漬けにしてなお収まらない余波は、天井と地面に氷の花を咲かせていた。
「つ、冷てえ……くそぉっ。手が動かねえ」
利き腕から脇腹までを完全に凍結させた。
これでもなお手加減はした。 開きっぱなしだった窓の外に威力の大半を逃すようにコントロールした。
この気温なら氷は……じき、溶けるだろう。
「……家に帰って火に当てろ。そうすれば凍傷にならずにすむ」
「なんなんだよ……! てめえ魔法……しかも大魔法なんぞ使えたのか! Eランクのくせになんで――!」
ラークスの腰が引けている。そして俺に向ける目の色が今までの道端の石ころを見るような目から、魔物でも見ているかのような怯えに染まっている。
なおも自分の倫理を優先しようとするラークスに俺は我慢ができなかった。
「いいかげんにしろ! ここは人を救うための技を持った人が必要な場所だ! 戦闘技術自慢なら他所でやれ!」
俺は一喝した。同時に悲しかった。
今はこんなことをしている時間など一時もありはしないのだ。
死にそうな人が目の前にいる状況で、喧嘩などしている場合であるはずがない。
そんなことも分からないで自分のエゴを通そうとする人間が居ることが悲しかった。
「ぐ……うおおお! てめえ、絶対許さねえからな、次に会ったら殺してやろ!」
ラークスは後ずさりながら、片方の手で俺を指さし、そして足を引きずりながら診療所から出ていった。
俺を指差した動く方の手は震えていた。
「人が死ぬって本当に悲しいことだってわからないのかよ……」
遠ざかっていくラークスをみて、俺は堪えられない気持ちを口に出した。
そして、言葉が口をつくことで我に返る。
「そうだ。リルカっ……!」
「わ、私……私……」
ぜいぜいと洗い呼吸をし、汗を浮かべたリルカがまるで地の底を見るように顔を落としていた。
(まずい……胸の花が……凄まじい色だ。罪悪感で……魔法が発動してる)
――尋常な状態ではなかった。
リルカの胸につけた魔力の暴発を図る花は、まるで全身の血液を吸い出したかのような黒ずんだ真紅に染まっている。
いまのラークスの揺さぶりで一体どれだけの悔恨がリルカを襲い、その結果として魔法を暴発させたのだろう。
「リルカ。……しっかり。大丈夫か? 俺がわかるか?」
「せ、先生……」
焦点を合わさない瞳でぼんやりとリルカが俺を見つめた。
先程の大魔法を放った轟音さえ聞こえていなかったようだった。
「ラークスは……?」
(近距離で大魔法が発動してて聞こえてなかったのか……?)
背筋がひやりとする。どれほど危険な状態だったのだろうか。
「帰ったよ。もう大丈夫だ」
俺のその言葉を聞いた瞬間、リルカは大きく息を吐きだした。
そして次の瞬間、リルカの全身に震えが走った。
極度の緊張で呼吸すらままならなかったのだろう。
「せ、せんせい……良かった……来てくれて」
「……大変だったね」
リルカはそのままぐったりとそばにいる俺にしなだれかかるように身を預けてきた。
それを抱きとめ――。手を握った。
握った手が冷たい。血が全身から引いてしまったようだった。
だが俺は――リルカの手を引き、立ち上がらせた。
俺は背後の患者を見た。
一刻を争う事態だ。呼吸は弱々しく、今にも止まりそうだ。
「……ごめんねリルカ。アルロさんの命が掛かっている。時間がない。治療を頼めるかい?」
それはリルカにとって酷なことだとわかっていた。
「そ、そうだ。治療……や、やります……助けなきゃ……私が助けなきゃ」
今のリルカは正常とは言い難い。
精神力の集中が必要な魔法を使わせるのは危険だと感じるほどだ。
止めたかった。
しかし……今は人の命が掛かっているのだ。
「アルロさんの命を救えるのはリルカしか居ない。やれるね?」
そう、今はリルカしか――命を救うことが出来る人しか居ない。
少しでも励みになるように、強い言葉をあえて使う。
問うのではない。
今やるべきことを言う。
「は、はい」
俺の言葉を受けたリルカは身体をふらつかせながら、しっかり自分の足で立った。
その顔は青ざめていて、正直まだ不安が残る。
さらに――胸の真紅の花が示すとおり、膨大な魔力を暴走で放出している状態だ。
だがそれでも――やるしか、ない。
「やり、ます」
リルカは唇を噛み締めながら――患者の前にたち、そして膝を地につけた。
アルロの傷から……血がごぼりとあふれる。
(アルロさんごめんよ……俺がもう少し早ければラークスに好き放題させなかったのに……)
俺は悔しさに目を硬く閉じた。
リルカはアルロをを見て――震える唇を懸命に動かす。
「癒やし、立ち上がらせし……光よ」
俺は目を見開いて、倒れ込みそうなリルカのすぐ後ろに立つ。
いつでもその体を受け止められるように目を凝らした俺は――リルカのまとう、魔力の作用光を見て背筋が凍った。
「リルカ……集中が弱い!?」
それは明らかに完成した魔法の出力ではなかった。
「主癒光(パワーヒール)!」
放たれた魔法はかろうじて現実に作用したときに発生する光を伴う。
患者の傷口に光が纏い、血の流れが緩やかになる。
しかし、それは初級魔法にも満たない――光。
「だめ……! 威力が……!」
集中が足りていない。
ラークスの言葉に乱された心は、リルカのコントロールを超えている。
リルカの魔法出力が弱いとはいえ、上級魔法の呪文を唱えておきながら起こる効力ではない。
魔法発動の失敗だ。
「もう一度……癒やし――立ち上がらせし光よ。主癒光(パワーヒール)……!」
だめだ。ラークスが打ち込んだ心の楔はリルカから力を奪っている。
俺は叫んだ。高い集中力が必要な上級魔法は、雑念に支配された今のリルカでは発生できない。
負の感情を魔法発動のトリガーにしていたのは、あくまでも初級魔法の段階だ。
正式な集中を持って条件付けした上級魔法ではそれは通じない。
「だめだ。だめだ。アルロさんが死んじゃう。もっと、もっと魔法を。もっと……」
光、光、光。
断続的に魔力発生光が起こる。それは凄まじい速度で明滅しては消えてを繰り返す。
「……リルカ!? 使いすぎだ! 魔法の失敗は魔力を大きく消耗させる! 落ち着いて!」
「だめ、ここで止めたら……魔法……もっと……お願い!」
おびただしい低出力の魔法が連続している。集中力のない千地にちぎれた精神をより集めて何度も何度も……。
だがそれは、底が抜けた水の入った容器に、コップで水を注ぐようなものだ。
凄まじい魔力容量をもつリルカにしかできない無茶苦茶な魔法行使だ。
だが地理も積もれば山となるように、威力の弱い魔法が集中することで効力が……発生し始めている。
だがそんなことをしていては、限界が来る。
患者も死に、そしてリルカも無事ではすまない。
「何をやっているんだ!? 数で補おうとするなんて……こんなのは魔力の無駄遣いだ! リルカが持たないぞ!」
俺の叫びはリルカに聞こえない。
光、光、光――。
さらに小さな光の数が多くなる。
何回、初級魔法にも満たない光を使ったのだろう。100、200?
一流の冒険者であっても意識を失うだろう。
だがリルカはその常識はずれをやってのけた。
「もっと、もっと! もっと!! もっと!!!!」
リルカは魔力を振り絞る苦痛に叫び声を上げた。
さらに小さな光が無数に患者を包む。
――そんな膨大な光は……塵も積もれば山となるように効果を発揮し始めていた。
「なんて……ことを……」
アルロさんの流れ落ちる血が止まった。続いて青白い死人のような肌に生気が戻ってくる。
その体中はいまや小さな粒のような光に覆われていた。
異様といって差し支えない。
通常の回復魔法は大きな光が体を包むように発動する
冒険者は特殊な訓練を受け、通常人より内在する体力が大きい。
その冒険者を初級魔法にも満たない威力の魔法を連打することで、瀕死の致命傷から――“健康体”になろうとしている。
何百という数の魔法がいまここで発動している。
「終わりだ! リルカ! もう完治した!」
俺はわれを失ったように固まって魔法を撃ち続けるリルカを強引に身体を自分の方に向けさせる。
「…………め、です」
「え?」
「だめ、です先生――」
――俺の手にも無数の回復光が舞った。
目がくらむほどの数だ。
「魔法が止まらないんです……!」
リルカと瞳が会う。もはや意識が朦朧としているような目で、焦点があっていない。
そのままリルカは体を支える力さえ失って俺の方に倒れ込んできた。
そしてすがりつくように腕を掴まれる。
――俺の手に無数の回復光が舞った。
目がくらむほどの数だ。
「う、ああああああ……っ!」
腕の中でリルカの苦痛の声が響く。
身を捩るように頭を抑え、リルカが悶絶する。生命力を魔法に注ぎ込むのは死に近づく苦痛を味わう。
リルカは魔法の発動のコントロールを完全に失っていた。
「リルカ。もういいんだ……よく頑張った。少し休んで」
俺は暴走する回復エネルギーを腕に受けながら――リルカの手を握った。
そして、呪文を口にする。
「安らかなる眠りの包容よ――夢眠霧(スリープクラウド)」
睡眠効果のある補助魔法だ。催眠効果を帯びた霧がリルカの周りに発生し、それを吸い込んだリルカは――ぐらりと身体を揺らがせる。
無制限に魔力を放出したリルカは相応に体力を消耗している。
抵抗する暇もなく眠りに落ちた。
「リルカの状況は尋常じゃなかった。ラークスめ……! なんでこんなことを……!」
俺は眠りについたリルカの瞳に浮かぶ涙を指で拭いながら――感情を吐き捨てた。
話していた内容は明らかにリルカを傷つける目的であり、そして圧があった。
俺は疲労と回復超過症で痛む身体を休めるために座りこみ息を整えていると――声が聞こえた。
眠っているリルカ以外にこの場所にいるのは一人しか居ない。
「アルロさん……良かっ」
それはアルロから聞こえてきた言葉だった。
そしてそれは……俺をさらに混迷へと落とし込んだ。
「うぐっ……ラークスさん……なんで俺を置いて……逃げるんですか」
――はっきりと聞こえたその言葉は、聞き捨てならない恐ろしい内容だった。
評価や感想いただけましたら非常に励みになりますので、よろしければぜひともお願いします。
書き溜めなので毎日 20:00更新します。よろしければ見ていってください。