Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って 作:とke
これは恐ろしい事故が起こった2時間前に遡る。
リーウィルに向けて上方(かみがた)より送られた荷物を運ぶ馬車の護衛としてラークスは参加していた。
馬車の荷台に座るラークスは不機嫌だった。
「おい、揺れるぞ」
馬車の車輪が小石かなにかに触れ、車体が揺れラークスの叱咤が飛んだ。
「は、はい。すいません」
御者席に座る、アルロ・モーンは手綱を握りながら戦々恐々としていた。
――面倒な仕事だなあ、とため息を付きたくなるような状況だ。
最初はラッキーな仕事だと思っていたが、今はその評価が180度変わっている。
馬車は小石程度のものに車輪が引っかかっても揺れるものだ。その構造上仕方がない所がある。地面の小石を全て取り除いて進むわけにも行かない。
つまるところこれは八つ当たりであった。
決してアルロの腕が悪いわけではない。
アルロは生家が酪農も行っており、その関係で馬の扱いの心得があるためこの任務に選ばれたのだ。むしろ馬の扱いは上手な方である。
それでも懸命にアルロはラークスの指示に答えようとして速度を落とそうとする。
「……遅いぞ。日が暮れちまう」
するとこうである。
アルロは肩をすくめて「はいすいません」と謝ることしか出来ない。
(ひぃ……ラークスさん機嫌悪いなあ)
ここ数日、ラークスが輪をかけて不機嫌であるということはギルド中公然の秘密となっていた。
噂では、最近の行き過ぎた乱行を父のシリウスに叱り飛ばされたせいらしい。
先程からラークスにこうやってネチネチと操縦を怒られていたアルロは、この仕事に選ばれてしまった自分の運命を呪った。
ただでさえ、腕を組み、神経質そうに肘を指でトントンと叩いている状態のラークスに気を使うのに、下手を打てば怒鳴られてるとあっては生きている心地はしない
アルロが辟易としていると、ラークスが腕組みをといた。そして肩を叩かれ、耳打ちされた。
「もういいアルロ、お前そこ変われ」
「ラークスさん!? 馬使えるんですか!?」
席を変われというのはすなわち、御者席を変われということだ。
アルロは流石にそこは即座にイエスを言うのをためらい聞き返した。
「当たり前だろ。ガキの頃に馬の操縦も習った」
帰ってきたラークスの答えは自信満々なものであった。
アルロは迷った。一応自分に与えられた任務であることと、ラークスの馬上技術を見たことがないという2つの理由による。
しかしラークスははるか格上の立場の人、断りきれるものではない。
ラークスの地位ならば、馬術の訓練を受けていても不思議ではない――とアルロは迷った末結論を下した。
「……それなら変わってください」
「よし」
それでも渋々といった形でアルロはラークスに手綱を渡す。ラークスは嬉々として御者席に座り、手綱を握った。
その手付きをそっと覗いたアルロから見て、ラークスは確かに馬術の確かに心得があるようだった。それにアルロは少し安心する。
ラークスは馬を御すことに集中し、アルロの方を見向きもしなくなった。
パワハラから解放されたことにあるロが気を抜いた次の瞬間、想定外のことが起こった。
「おらっ! 走れ!」
ラークスがかなり強めに馬に鞭を入れた。
止める間もない。
打ち据えられた馬は痛みの嘶きを上げ、そしてこれまでとは比べ物にならないスピードで必死に走り始めた。
「ははっ! やればできるじゃねえか!」
「ラークスさん! スピードが早すぎます!」
アルロは顔色を変えてラークスに懇願した。
重い荷物と10人前後の人夫を載せた馬車はそんなスピードに対応できるようには出来ていない。
「うるせえ! Dランクが俺に指図するなよ!」
ラークスはそんなアルロの懇願を怒鳴ってはねのけた。
気位が高いがゆえに狭量な部分があるのはあった。しかしここ最近のラークスはちと行き過ぎである。
アルロも今回ばかりは引けなかった。自分の命が危ないのである。
「後ろに荷物運びの人夫もいて重くなってるんです! このスピードだと危険が……」
アルロは勇気を振り絞って反論する。気弱なアルロの一世一代の口答えだった。
しかしラークスはもはや眼中にないとばかりにアルロを無視してさらに馬へと鞭を入れる。
「はははは! おらおら走れ!」
新しいおもちゃを手に入れた子供のようにラークスは哄笑する。
しかし、その馬の動かし方は荷馬車の馬を操る動きではなく、戦馬の操り方だった。
その認識のズレにアルロは気づいた。
しかし――もう、遅かった。
「ラークスさん前に!? 溝が――!!!」
道に、雨擦れか足跡か――なにかの拍子に出来た溝があった。
だが桁外れのスピードに酔いしれるラークスは、足元の段差を認識する見境をなくしていた。
アルロの指摘も虚しく、馬車は溝に乗り上げた。
最初は、どん! という凄まじい音がした。
同時に世界が反転するような衝撃が起こる。
「う、うわああああああああああっ!?」
「なんだっ!?」
「うおおおおおおおっ!?」
数人の悲鳴が交差した。
馬車が横転したのだ。
突き出されるように、馬車からラークスと数人かがはじき出された。
車内にはグリルという荷降ろしの人夫と、アルロの2人が残された。
「ま、待っ……」
衝撃に尻餅をついたアルロの上に――巨大な質量が――木造りの馬車が覆いかぶさってくる。
視界を染め上げるほどの質量――。
「ぎゃ、ぎゃあああああっ!?」
アルロは身体に凄まじい衝撃を感じた。
全身を激痛に襲われてアルロは叫んだ。
アルロを押しつぶしながら、横転した衝撃で馬車は粉々に四散し、足の折れた馬が数メートルほど走って横転する。
車輪がはじけ飛び、カラカラと地面をまわり――静寂が、場を一瞬支配した。
次の瞬間には人間の喧騒が爆発した。
「事故だあ!」
「スピードの出しすぎだろ!」
脱出に成功した人々が、次々と騒ぎ始める。
その一番うしろに立つラークスは呆然と倒壊した馬車を見つめていた。
「……なんで、上手く行かないんだ?」
ぽつりと誰の耳にも届かぬ声で一人つぶやくラークスだったが、後ろからかけられた声に我を取り戻した。
「ラークスさん! 無事ですか!」
「ああ。とっさに飛び出した」
とっさに取り繕いつつ、ラークスはその声に答える。
周囲の喧騒はよりひどくなっていた。
「アルロがいない! それに人夫のグリルも! 馬車の下か!」
「手分けして探せ!」
立ち直った者が救助に向かった。
瓦礫が退けられる。
ラークスもそれに参加し、瓦礫を掘り起こした。
そして――。
(あ……ラークス……さ……た……すけ……)
アルロを見つけた。
ラークスとアルロは目が合う。アルロは体中を潰され、全身血まみれの――もはや声さえ上げられない状態だった。
それでもまだ目はかすかに開いており、ラークスと視線が交錯した。
ほっとしたような表情に変わるアルロだったが、それを見たラークスはぴたりと身体を止め――目をそらした。
(えっ? なんで、目をそらし)
アルロの困惑が最高潮に達した次の瞬間、ラークスは手に持った瓦礫を――アルロの上に、落とした。
驚愕するアルロの視界が、暗黒に染まる。
ぐしゃりと顔がひしゃげる衝撃がきた。視界が赤く染まる。血が抜けていく。
(おれ、つぶされた?)
最初は混乱が飽和して、思考が停止する。しかし痛みが、瓦礫に空気の流れを遮断され、呼吸さえ出来ない息苦しさがアルロを正気に引き戻す。
(なんで!? なんでだ! ラークスさんは俺に気づいていた! 気づいていて、瓦礫を落としたぞ!?)
アルロが抗議しようとするが、あまりに損壊した身体がどこも動かない。
「ラークスさん! グリルは見つかったんですがアルロのやつがまだです!」
「わからん。俺もまだ見つけられてない……」
ラークスの言葉に、瓦礫の下のアルロは背筋が粟立った。
(違う、目があったよ! ……ラークスさん……俺は……ここに……っ!)
アルロは叫ぼうと思ったが、身体も口ももはや動かなくなっていた。
暗く閉ざされた瓦礫の下で、もはや祈ることしか出来ない状態。
「しかしすまなかったな」
ラークスは、気付かれないように、しかし明確な意思をもってあるロが埋まっている真上に立った。
その足には全体重がかけられており、アルロの埋まったところを地の底に押し込むように踏みつけながら、ラークスは声を上げた。
「えっ? すまなかったとは……」
「アルロの奴が急ぎの用があるといって、馬を急がせた。危険だと思ったんだが、信頼して許した俺の責任だ」
「そうだったんですか……」
部下の冒険者はなるほど、といった顔でラークスの話を聞いた。
根も葉もない嘘だ。しかしそれが通じ――そして、その瞬間ラークスの眉がうごき、口元が緩む。
ラークスの言葉を地の底で聞き止めたアルロは、瓦礫の下で絶望とともにラークスの行動の意図を理解する。
(ラークスさん……? 馬車を……操ったのは……あんただ……まさか……全部オレのせいにするつもりで)
興奮が覚め、脳が疲れを発して――麻痺した痛みが戻ってくる。全身を押し潰される激痛で、アルロの意識は閉ざされようとしていた。
血が抜けて冷たくなっていく身体。冬の夜に一人放り出されたような凍える感覚に、死という危機を現実のものと感じたアルロは焦燥に駆られる。
「助……けて……ここ……にいる……」
最後の力を振り絞り、奇跡的に放たれた声は――瓦礫を超えて地上に届くこともなく消える。
「…………消えろ。消えてしまえ。お前しか、知らない」
ラークスは誰にも聞こえない声でそうつぶやいた。
アルロを埋葬した瓦礫を、目を細めて注意深く見つめていた。
命の蠕動が消えるのを冷徹に見つめる狩人の目で。
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