Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って 作:とke
暗闇の中で頭痛がした。
ひどく慣れ親しんだ、頭の内側を握りつぶされるような鈍痛に、私は自分が何をしたのかを自覚する。
(魔力を使いすぎたんだ……)
私は――リルカ・シドリは、その心の声と共に悔恨をいだきながら――重いまぶたを開いた。
回復魔法を使いすぎて気を失っていたという事実が同時に思い出され、後悔と恥ずかしさが胸に沸き起こる。
「あっ……リルカ。起きたね」
そんな私の耳に届く声。
泣き出したそうな気持ちに、ぴんと芯が通る。
いま一番聞きたくて、いま一番聞きたくなかった声。
レイル先生の声だ。
私はおそるおそる声の方を向くと、そこには困ったような――それでいて安心したような、複雑に揺れる表情を浮かべたレイル先生の顔があった。
「どのくらい……私、寝てましたか?」
私はふらつく頭に手を当てながら、問いを発する。
「……リルカはあれからまる1日半眠っていた」
レイル先生の答えにくらっとした。
それは眠り続けるにはあまりに長い時間だった。
外を見れば昼過ぎ頃だ。
お父さんがここにいないのは診療所に出ているからだろう。
「そんなに……」
ひどく申し訳ない気持ちと同時に、気まずさがあった。
間違いなく心配させてしまったという負い目がある。
命に関わるような無茶苦茶な魔法の使い方をしてしまったのだ。
「ちょっと熱測るよ――」
「ふえ? あっ」
気まずさにうつむいている私にレイル先生の影が近寄る。
そして先生の手が――額に当てられる。
温かい感触が額に触れる。心地の良い――人のぬくもり。
熱を測るために額に手を当てられたのだ。
「ん……よし、熱がある。魔力枯渇による体温低下はなし、と」
先生は、熱を測りながら魔力を使いすぎると生命力が落ちて体温が低下することを教えてくれた。
納得して聞いていると――ふと、額に当てられた先生の手が小さく震えているのを感じた。
どきりとする。
「本当に良かった……もう目を覚まさないかと思った」
先生の手と一緒にぬくもりが離れていく。
それに名残おしさを感じながら――はっきりとし始めた頭が、気を失う直前までの記憶を掘り起こし始めて、私は焦りから声を上げた。
「そうだ! アルロさんは……どうなりましたか?」
そうだ。気を失う前まで私は瀕死の重傷を負ったアルロさんを治療していた。
あの時は必死過ぎて――アルロさんの治療が成功したかすらも記憶にない。
先生は下げた頭をおこし、苦笑するような表情で堪えた。
「アルロさんも、その前に手術したグリルさんも両方とも無事だよ。ふたりともまだ目が覚めてないけど命に別条はない」
「良かった……!」
その言葉に私はほっとした。
だが先生はその報告を終えた後、大きくため息を付いた。
「患者の無事を喜ぶのは素晴らしいことだが、自分の状態を忘れるのは良くないな」
先生の放った言葉は明確に怒気を含んでいた。
その意味に私は気づく。
(あ……。私は先生を心配させてたんだ)
そんな認識が胸に去来した。
怒っているのではないかとばかり思っていた。
でもそうじゃない、先生は私を心配してくれていたのだ。
私がこうして体調を崩すのは当たり前で、何度も人の手を借りて迷惑をかけていた。
ある意味それは、日常的なことで――命にいかに関わることであろうと「またか」と思われているところがあった。
だから、こんなに真剣に心配してくれるという経験が……念頭から抜け落ちていた。
「アルロさんが助かったのは間違いなくリルカのおかげだ。でも、結果だけで褒めて終わるわけに行かないのはわかってるよね?」
肩に手が置かれる。
私は驚いてうつむていた目を上げた。
その目を――真っ直ぐに覗き込まれた。
ひどく真剣な目だった。
「あのときの魔法は、集中に失敗して擦り傷さえ治せない威力しか無い未完成の魔法だった。――なのに、それを何百と発動することで普通の威力にしようとしたね?」
「……発動が失敗しても魔力は消費されているんですよね」
「そうだ。これを見てみなさい」
先生は懐に手を入れ、何かを差し出した。
それを見た私は背筋が凍りついた。
「あ――」
魔力に反応して色を赤に変えていく押し花の飾りだ。それが――炭のように真っ黒になってしまっている。
「花の色が危険域の真紅を通り越して黒になっている……魔力を使ったことを示す赤の発色が濃くなりすぎて黒になったんだ。これはもう、いつ命を失ってもおかしくなかった」
先生の言葉に背筋がぞっとした。
色はを濃くなればなるほど原色の黒に近づいていく。
相当危険な状態に陥っていたのだろう。話を聞く限り――倒れてから目を覚まさなかった可能性は十分にあるみたいだった。
「…………」
あまりのことに言葉を失う私を見つめた先生は唐突にじっと私の目を見た。
そして噛みしめるように大きく息を吸い、重々しく口を開く。
「本当に死ぬところだったんだ……冗談じゃすまされないことを君はした」
先生の言葉は批判するだけのものではなく、花の色といい客観的な事実も入っている。だからこそより深く私の心を穿った。
「兎に角、一週間は魔法を使用禁止にする。アルロさんたちには入院してもらうことになるけど……リルカの失った魔力を取り戻すほうが優先だ。身体も安静にしてもらうよ」
その言葉を聞いた瞬間、私は反射的に口を開いていた。
「い、いやです!!!」
本当にそれは衝動的なものだった。それ故にとても感情的な口調になった。
「なっ……!?」
レイル先生は鼻白んだように私を見た。それに私は自分の迂闊さを悔やんだ。
それは唐突で感情的な言葉だったと自分で理解できるものだったからだ。
だけど止まらなかった。
「眠って回復してますし、魔力回復薬もあります。私は……明日からでも仕事に戻りたいです。せめてアルロさんたちを立ち上がれるくらいまでは魔法を……」
「何を……!? 今……リルカは魔力容量を使い尽くして、生命力まで使い込んでいる! ネクタルによる回復は身体に負担をかけるから……生命力を使ったその身体では万が一のことがあるんだ」
先生の心配する気持ちが痛いほど伝わってきた。
胸が締め付けられる。その気持は本当に嬉しかった。でも……。
「私……逃げたく……無いんです……」
思いもしなかったことが私の口から滑り落ちた。
言った自分が驚いてしまったが――すとんと腑に落ちる言葉だった。
「逃げるって……どうしてそうなるんだ」
先生が当惑した表情になる。
「わ、私はっ。アルロさんを治さなきゃいけない時、ラークスに――治せなければ私の責任になるって言われて……怖くなって、逃げ出したくなって……パニックになりました」
いま自分が出来ることの手を止めるのは、逃げ出すことのように思えた。
気絶するほど取り乱したあの時、私はラークスの言葉によって、アルロさんを助けるという自分の責任を放棄しかけてしまった。
あの思いをもう一度繰り返してしまうような気がして、とてもじゃないか呑気に休んでいられる気持ちではなかった。
「私のせいで迷惑をかけて……アルロさんの命も危うくしてしまった。その償いがしたいんです……今休むなんて、気持ちの収まりがつきません」
先生の声が険しくなった。
「リルカ……冷静になってくれ。君がそんな無理をして、もしものことがあれば、この村に回復魔法を使える人が永遠に居なくなってしまうんだぞ?」
回復魔法が貴重な才能のため、こんな辺境の地に居付いてくれることは滅多に無い。
報酬の問題で大都会に行くことがほとんどだと先生の座学で学んでいた。
だが、納得できない。
「でも……そのために、今怪我をした人に我慢してくれって言えないですよ! 私は……一度は大変なことをしてしまった。これ以上みんなに迷惑をかけたくない」
「馬鹿! リルカが死ぬかもしれないんだ! 自分の命を二の次にしていいわけがない!? アルロさんを治した時だって、自分の体を顧みずに魔法を使っただろう!」
何かがすれ違って、うまく言えないもどかしさがつのって、それが怒りになった。
「アルロさんを救うときの判断だって私は正しいことをしたと思っています!」
まともに魔法を発動できる状態じゃなかった。
魔法でしか救えない生命があった。
なら――、自分に差し出せるもの全てなげうってもそれをするしかない。
お母さんも、そうやって責任を果たしたのだから。
「あんな状態になることは未熟です。でも……それで救えなかったってアルロさんの家族に言えないですよ! 方法がそれしか無ければ、まず私の命から犠牲にするべきじゃないんですか!」
「そういう話をしているんじゃない!」
明確な怒りの声をレイル先生は出した。
なのにその顔は悲しそうで、とてもちぐはくで……つらそうな顔だ。
「俺は……君に……生きててほしいだけなんだ。どうして、そういう答えになる?」
先生が心配してくれていることが痛いほど伝わってきた。
私は自分の言い過ぎを自覚し、言葉を続けられなくなった。
「あ……」
「君に与えた未来は……そんなに軽いか? 俺は君を殺すために助けたわけじゃないぞ……」
沈黙が降りた。俺たちは互いに黙りこくった。
気まずい沈黙だった。私達は目を合わせることすらできなくなった。
そんな時、ドアがノックされた。
「はい! どうぞ!」
先生が慌ててハッとした様子で後ろのドアの方へ向く。
「レイルくん! アルロくんが目を覚ましたぞ」
先生の返事に応ずるように扉が開き、父カルダスが息を切らせながら入ってきた。
そして私と目が合う。
「リルカ……! お前も目が覚めたのか」
「お父さん……」
父の顔がほころぶ。
そちらに気を取られている間にレイル先生は立ち上がり、出口にいた。
「あっ」
思わず手を伸ばす。だがそんな私の複雑な心境を断ち切るように硬い声で先生は言葉を発した。
「……アルロさんの様子を見に行きます」
扉が閉まる。
――唇を噛んで、目を閉じる。
「先生……」
今まで感じたことのない種別の喪失感が、胸に去来した。
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