Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って   作:とke

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23 混迷

 リルカの居た病室を出た俺はこらえきれずにため息を付いた。

 まさか口論に成るとは想像もしていなかった。

 ここに来て半年――リルカと意見が食い違ったのさえ初めての経験だ。

 温厚で、控えめなリルカとの関係は順風満帆にすぎた。その揺り戻し――と言えるかもしれない。

 

「……まずかった。ナーバスになっているのもあるのだろうけど……ああいう怒りを想像していなかった」

 

 自身の未熟を痛感し、胃が痛くなる。

 その理由は、リルカを怒らせてしまったというものではない。

 

「どう言うのが正しかったのかな……」

 

 感情的になり怒鳴ってしまったことが強い後悔になっていた。

 もっと他に言い方があったのではないか……そんな思いが胸中をぐるぐると駆け巡る。

 

「……気分を変えなきゃな」

 

 そういう事情は、しかし当人同士の問題ということで、他の人との対話に持ち込んで良いものでもなかった。

 アルロさんが目覚めたという話はめでたくあり、沈痛な面持ちで入室するのは良くない。

 それに――リルカから逃げたという結果をそのまま持ち込みたくはなかった。

 

「アルロさん。入りますよ」

 

 俺は努めて明るい声をあげ、扉をノックした。

 一呼吸あってから返答が帰ってくる。

 

「あ、ああ。レイルくんかい? どうぞ」

 

 しんどそうな声色だが、元気な声で返答が来る。

 俺は部屋に入った。

 部屋の向こうには全身のいたる所に包帯を巻き、足を吊られたアルロさんがベッドに寝そべっていた。

 

「良かった。目が覚めましたか……」

 

 俺は元気そうなアルロを見て、他のことを忘れて心底安堵した。

 アルロさんは怪我を気にするようにぎこちなく腕を振り、それでも嬉しそうに笑った。

 

「いやあ俺って運がいいからね。うっ、いてて……」

 

 案の定振った腕を抑えてしかめっ面をするアルロの、いつもどおりのテンションに俺は安心を覚える。

 

「その様子だと後遺症が残ったりして無いようですね」

 

「うんうん。健康すぎて先生に驚かれたよ」

 

 運び込まれた惨状から鑑みれば今のアルロの状態は奇跡的と言っていい。

 

「とは言っても全身骨折に手術の痕もありますから、あんまり長時間はしゃべれませんよね」

 

 ほおっておけば一生喋り続けそうなアルロに俺は苦笑しながらたしなめる。

 

「あはは。先生にも言われた。……あれ、こんなこと前にもレイルくんに言ったね」

 

 その言葉にふと懐かしさがこみ上げた。

 

「昔、ギルドで聞きましたね」

 

「ああそうだ。リルカちゃんが倒れちゃった日か……」

 

 そう。今から半年くらい前になるだろう。俺がこのリーウィルに流れ着き、右も左も分からない頃だ。

 アルロさんの怪我を見て、軽重の見立てをした時――素朴にそう驚かれて慌ててごまかした。

 今や忘れかけていた記憶だが、アルロさんは律儀に覚えてくれていたらしい。

 

「初めて会った時――レイルくんは落ちついてるっていうか……妙に可愛がない感じだったねえ。覚えてる? あの時――」

 

 だから――感動して、顔をまじまじと見てしまったからこそ気づいてしまった。

 

(アルロさん、なにか焦ってる?)

 

 アルロさんの表情が少しこわばって、何かに焦っている。

 そして俺は気づいてしまう。

 この人は――時間を稼ぎたがっているから、口を閉じずに話している。

 聞かれたくないことを話す流れにしたくないから、こうやって口数が多くなっている。

 気づいてしまったから――聞くしか無かった。

 

「……少し、良いですか?」

 

 俺はアルロの言葉を遮った。語気を強くしたことが功を奏し、アルロは口を閉じることになった。

 

「事故があった日、何があったんですか?」

 

 そのまま問う。

 俺の問いに――アルロさんは無理な笑顔のまま、硬直した。

 

「――――」

 

 想像は当たっていることに確信が持てた。

 アルロさんはあの事故のことを隠したがっている。だが――なぜ?

 

「アルロさん。あの事故があった当日、リルカの治療が間に合って意識を取り戻しかけた貴方は、うわ言であの事故のことを言っていました」

 

 俺はさらに続ける。

 言いづらいならば、言いやすいように促すことをする。

 

「……それは、本当かい? 診療所の人は全員聞いたの?」

 

 アルロさんは目を細め――慌てたように声を潜めてそう問いかけてきた。

 

「いいえ。リルカは回復魔法を使って気絶して先生は手術――聞いたのは俺だけです」

 

「なるほど……」

 

 アルロさんはあからさまにほっとした顔をした。

 そして取り繕うに――慌てて続きを話はじめた。

 

「あはは――うん。『覚えてない』んだ全く」

 

「アルロさん……」

 

「……いやあ、凄い事故だった。うん、本当にもう一生に一度あるかないかの体験だ。だから兎に角必死で――記憶が曖昧だ」

 

 アルロのまぶたがプルプルと揺れる。

 震えている。事故当時のことを思い出して。

 覚えていないというのは明らかに嘘だ。しかし嘘を付く理由はどこにあるか。

 

「ラークスの報復を恐れていますか?  カルダス先生から、シリウスさんに直接言ってもらうことができます。だから安心してください」

 

 想像できる理由としてはやはり、報復だろう。村のギルドを仕切っている名士に睨まれれば厄介なことになるのは間違いない。

 ――何かあったのは確実なのだ。

 俺は息を吹き返したアルロさんが口に出した言葉を聞いている。

 

(うぐっ……ラークスさん……なんで俺を置いて……逃げるんですか)

 

 アルロさんがあの時――何を見たかを。

 それは凄惨な事故の『告発』だった。

 

「貴方の治療をラークスが妨害してきました。――ラークスはリルカにひどいことを言って魔法を使えないように追い込んだんです。彼は焦って、追い詰められて……ひどく手段を選ばなくなっています」

 

「リルカちゃんを……? そんな、何かの間違いだよ。だってラークスさんは将来、リルカちゃんと結婚するんだよ? そんなひどいことを……」

 

「……リルカとの婚約は数日前、正式に破棄されました」

 

「え、えっ?」

 

「様々な変化がラークスを焦らせている。だから……危険なんです」

 

 俺はそう告げた。

 尋常ではなかったラークスの様子を思い出し、俺は諭すようにアルロに話すことを促す。

 

「そんな……馬鹿な……」

 

 アルロは冷水を浴びせられたような顔をして――顔をひきつらせながら、負傷した包帯だらけの手で顔を覆った。

 しばらく逡巡するように黙りこくり――そして意を決したように、震えるようにつぶやいた。

 

「わ、わかった。言うよ。……あの事故は、ラークスさんが馬を限界を超えて走らせたから起こったんだ」

 

 アルロさんはぽつぽつと事故で何があったかを話し始めた。

 恐るべき事件の全貌を俺は聞いた。

 発端は苛立っていたラークスが気晴らしに馬を走らせたこと。

 そのときのスピード違反が元で馬車が横転する事故に発展した。

 

「ラークスさんは、事故の責任をなすりつけるために、俺を生き埋めにしようとした……」

 

 かたかた、とベッドが揺れた。

 アルロの身体が震えていた。顔が青ざめ、目がうつろになっていく。そのまま言葉がどんどんせき止められられないように……溢れてくる。

 

「馬車の一部の下敷きになった俺は、たしかにラークスさんと目があった。……助かると思った。でも……ラークスさん瓦礫を拾い上げて、俺の上に……落とした……そして『アルロは見つからない』って言ったんだ……死人に口は無いと思って……」

 

 生々しい体験に俺は息を呑む。あまりに悪辣なラークスの行動に俺は目がくらむほどの怒りを覚えた。

 

「酷い……! それはもう人殺しだ……!」

 

 目撃者であるアルロを始末し、さらに自分の犯した罪まで被せようとする。

 決定的な事実である。

 しかしアルロは慌てたように首を振って続ける。

 

「……でも、本当に見つからなかったのかも。だってそんなことをする必要がないじゃないか。確かにラークスさんは馬車を暴走させて、失敗したけど……それを隠すのに俺を……こ、殺すほどなのかい?」

 

 アルロの身体は今や、極寒の空の下にいるように強く震えていた。

 ……俺の視点から見れば、ラークスならやる。

 リルカへの手段を選ばない暴言といい、良心によるブレーキはもう壊れていると言っていい。

 だが、その殺意を向けられて、受け止められるかという話は別になるだろう。

 魔物ならばそういうものとして誂むことができる。

 しかし、同じ人間に殺されるかもしれないという想像を、現実のものとして受け止めるのは難しい。

 

「それは……」

 

 殺意があると断言するのは、病身のアルロを追い詰めてしまい、身体への悪影響を出す可能性がある。

 俺がどうしようもなく黙りこくってしまうと、アルロは震える声で言葉を続ける。

 

「ラークスさんは……ずっと俺の憧れだったんだ」

 

 アルロは目を細めて、感慨深くそうつぶやいた。

 

「俺はさぁ……冒険者としても落ちこぼれだよ。狩りも満足にできない。冒険者ランクを同じ年のやつどころか、年下にも何回もランクで抜かれて、ずっとDランク止まりだ。でもラークスさんは違う……俺が兎にもおっかなびっくりだった頃、もうクラッシュボアみたいな魔物を狩ってた」

 

「アルロさん……」

 

「わかってる。ラークスさんはもう、後戻りできないくらい、一線を越えたんだって……でも、なんであんな強い人が……一度や二度の失敗で……追い詰められちまったのかなあ」

 

 尊敬と――畏怖が入り混じる感情も、信じたくない気持ちに拍車をかけているのだろう。

 眉をひくつかせて笑うアルロの顔は、奇妙な――泣き笑いになっていた。

 そんなアルロの様子を見れば、これ以上問い詰めるわけにも行かない。

 

「話してもらってありがとうございます。カルダス先生に伝えますから安心してください」

 

 兎も角、カルダス先生に報告はする決意は固め――話を切り上げた。

 アルロは疲労困憊といった様子で、肩で息をしていた。

 

「そろそろ行きます。ゆっくり休んでください」

 

 話を切り上げようとする俺にアルロはほっとしたようにため息を付いた。

 それに気づかないふりをして俺は踵を返す。

 不意に後ろにアルロの声が続いた。

 

「……ねえ、レイルくん。リルカちゃんとケンカしたのかい?」

 

 内容に虚をつかれた。

 

「えっ?」

 

「病室すぐとなりだから聞こえてきたよ」

 

 バツが悪くなって振り向く。

 

「……ちょっとした行き違いですよ」

 

「そうなの? ううん……レイルくんと一緒にいたリルカちゃんは、今までじゃ考えられないほど楽しそうに笑ってたからさ。また悲しそうな顔になるのは嫌だなあ」

 

「アルロさん……」

 

「俺、2人が一緒にいるところ見てるの好きだよ。しっくり来るっていうか」

 

 そう言ったアルロはうつむきながらも笑っていた。

 

「……やっぱりケンカは良くない。こっちから許してあげなよ。みんな笑ってるのが一番じゃないか……ねえ」

 

 その言葉は真摯だった。

 そういう優しさを持った人だから、ラークスの害意に怯えるのだろう。

 

「そうですね。そうです……」

 

 リルカの笑顔が脳裏に浮かんで、俺は反射的にそう頷いていた。

 自分もその反応は思考を動かすより早く出た自然なものだった。

 それが、リルカをどう思っているか――自分で気づくきっかけになった。

 

「謝ろう。リルカには笑っていて欲しいな……」

 

 その言葉がするりと口から出た。

 教え導く責任というだけではない、もっと根本的にリルカのことを大切に思っているのが納得できて妙な気持ちだった。

 切実に、彼女と仲直りしたい、と思ったのだ。

 

「うん。それが良いよ」

 

 安心したのかアルロの口からあくびが漏れた。

 その様子に安心して、俺はアルロにぺこりと首を下げてから部屋から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、俺はカルダスさんにアルロさんから聞き出した事の次第を報告した。

 話し終えた内容に、カルダスは絶句して暫し言葉を失った。

 やったことで気持ちの整理をつけ、放たれた言葉はため息交じりのものだった。

 

「ラークスくんが自分の起こした事故の責任をなすりつけるため、アルロくんを亡き者にしようとするとは……信じられないな……」

 

 さすがの話に戸惑いを隠せないカルダスに俺は説明を続ける。

 

「俺が見た限りだと、やりかねないと思いました。この診療所で揉め事を起こした件で村の外に出されるということで荒れていたようですし……アルロさんの治療に向かう直前のリルカを問い詰めたのも冷静さを失っている」

 

「その話はリルカからも聞いた。……どんどん自分の立場が揺らいでいくことに焦っていたのだろうな。しかし……こんなことになるとは」

 

 重苦しい空気が部屋に立ち込めた。

 俺は意を決して持論を述べた。

 

「兎も角、これは立派な殺人未遂です。しかもターゲットにしたアルロさんは生きている……何か起こるかもしれないことも考え、シリウスさんに伝えてラークスに罪を償ってもらうのが良いでしょう」

 

 然るべき処置、それは王国の裁判に則った実刑ということになるだろう。

 

「うむ……最もだ。それにルケイン家は元々この村の裁判も司っているし……兎にも角にも何を持ってしてもルケイン家に話をまず持っていかなければならない」

 

 カルダスは重々しくそう頷いた。

 決断をしてなお、カルダスの声には苦悩があった。

 俺に計り知れない関係があるだろう。

 それに口を挟むような野暮は出来ない。

 

「シリウスは身内にこそ、そういう者が出ることを許さないだろう。伝えてやるべき……なのだろうな」

 

 カルダスは疲れたように首を振った。

 その顔は随分と落ち込み……疲れ果てて見える。

 シリウスとカルダスは話し方からもかなり仲が良く見えた。

 そんな親友の息子が――このような外道の所業を行ったことに心底衝撃を受けているのだろう。

 ありありとカルダスの表情に苦悩が見える。

 哀れだった。

 俺はこの話題を続けても暗くなるだけだと考え、話題を変えた。

 

「ところでカルダス先生。リルカの件なのですが……」

 

「リルカがどうかしたかね?」

 

「健康上の問題は心配無さそうですけど、魔力を著しく消費したことが気にかかります。暫くは診療所の仕事にも出ないほうが良いかと」

 

 これも大切な話だ。

 リルカの休養の話だ。

 

「ううむ。そのことだが……私はリルカに出てもらおうと思う」

 

「カルダス先生……それは許可できません!」

 

 俺は驚いて大声をあげてしまった。

 その反応に苦い顔をして、カルダスは応じる。

 

「君の言うことはわかっているつもりだ。だが今は、入院患者が増えたのもあって人手がほしいんだ」

 

「……俺は反対です。健康上、大事を取るに越したことはない」

 

「魔法の使用を禁じて、あくまでも治療の手伝いという形ならば……どうかね?」

 

 カルダス先生の提案を熟考する。あくまで魔法力の枯渇が問題であるため、体力を使用するだけなら理屈上は問題ではない。

 だが、万が一ということを考えてしまう。ラークスに心を削られ、涙していたリルカを思い出せばあまりさせたくはないことだった。

 

「理屈では問題ないですが……彼女の性格なら回復魔法を頼まれて使ってしまう危険もあります」

 

「今まで我儘一つ言わなかったリルカ本人のたっての希望だ。……昔のリルカは明日にでも死ぬために、常に未練を残さないように、何事にもこだわらず生きているようだった」

 

 ――最初に会った頃のリルカを思い出す。

 エクスマジックベリーを求めてギルドに来た時、手に入らないと知っても薄く微笑むだけだった。

 ラークスに怒鳴られても、そっけなく受け入れるだけだった。

 怒りも、憎しみも――明日死ぬとわかれば執着になるから、持たないように抑えていたのだろう。

 そして彼女は命を救われた時――涙を、流した。

 

「今のリルカは、そういう人生の諦めを取り戻して、人として生きることを取り戻そうとしている。親として……出来る限り受け入れてあげたい」

 

 生きる意味、というものを持たないように生きてきた彼女は、命が永らえた今、改めて自分の存在意義に直面していると考えれば焦るのも無理はない。

 

(今までずっと、人に迷惑をかけて生きてきて……)

 

 そうやって泣いた彼女の独白が胸に残っている。

 思い当たってしまえばもはや強く言えなかった。

 甘いのだろう……俺は。

 

「……わかりました。業務に出るのは許可しますが、魔法の授業時間を休養に当てて少しでも休んでもらいましょう」

 

 結局折れる形になった。

 

「すまないな……」

 

 カルダスは俺の決断に頭を下げた。

 

「ただし本当に、回復魔法を使うのは一月は厳禁で。俺からも言いますが、カルダス先生からもリルカに厳命をお願いします」

 

 ただしこれだけは譲れない。俺はそこだけもう一度念押しする。

 

「約束するよ」

 

 そこで一旦話が途切れた。

 

「明日、診療所が終わってからシリウスの家に行ってみるよ……今日はもう休もう」

 

 やがて弛緩した空気が流れ――カルダスは疲れを癒やすために肩を回しながらそう告げた。

 

「はい。おやすみなさい」

 

 俺は部屋から出る。

 リルカの生きる意味を考えたなら……。

 その言葉に、俺はまだリルカと出会って半年であるという事実を思い出した。

 彼女がどう生き、何を感じてきたか。そういうことを何も知らないのだということを認識し、ため息を付いた。

 俺は勝手か?

 そういう疑問を抱くが答えは出ない。

 無性に寂しかった。

 

 

 




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