Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って 作:とke
ラークス・ルケインは、レイルから腕を凍らされて家に戻って以降――自室に鍵をかけて閉じこもっていた。
自室の暖炉で腕についたを溶かし、応急処置を行った。幸いにも凍傷などの後遺症の心配は無さそうだった。
しかし――それが、逆にラークスを苛立たせた。
大魔法を人間に撃って、この程度の威力なはずがない。
Bランクの魔物――一つ目巨人(サイクロプス)や、吸血鬼(ブラッドサッカー)に撃つレベルの火力が上級魔法なのだ。
直撃すれば腕が千切れ飛ぶどころでは済まない。
本来――人間などに向けて放てば、全身が瞬時に凍りつき、精巧な氷像のような姿になるほどの火力がある。
――上級魔法に見せかけた下級の魔法だったのかもしれないと思い込もうとしたが、それは無理だった。
(……家に帰って火に当てろ。そうすれば凍傷にならずにすむ)
その声は淡々と確信に満ちていて、手加減をされたことを如実に示していた。
かつて父に修業を受け、淡々と身体に木剣の一撃を当てられた時にかけられた言葉と同じような響きがあった。
哀れみのような、不出来を嘆くような……ラークスの言葉にすれば見下すような響きだ。
「くそっ……くそくそくそくそっ!」
部屋中に散乱した酒瓶から、中身の入っているものを取り寄せ、ラークスは飲み干す。
酒精を楽しむ素振りのない、酔うための暴飲だ。
「……アルロは死んだか? 死んでくれたか? リルカが回復魔法など使えるはずがない。死んだはずだ」
酒に逃げるのは恐ろしいからだ。
先日、憂さ晴らしに迂闊な行動を取り――馬車を横転させてしまった。
その事故を隠蔽しようとラークスはアルロを瓦礫で押しつぶし、埋めてしまった。
だが――念入りに埋めたが、結局発見されてしまった。
これが知れれば身の破滅だ。
どう見ても助からないような怪我だった。
アルロが死ねばすべて丸く収まるはずだった。
――しかし、リルカが回復魔法を使えるようになっているという、ラークスにとっては寝耳に水の事実が、アルロを生かしてしまう可能性を産んだ。
「もしもアルロが起きれば、犯罪者として俺は裁かれるのか? なんで……なんでこんなことになってるんだよ」
このままバレれば自分が背負っているルケイン家の歴史にも大きな汚点を残してしまう。
焦燥感が心を蝕み――すり減った心が憎しみという摩擦を生む。
「うおおおおおっ!!!」
ラークスは激情に駆られ、ベッドの足を叩いた。
バギリ、という嫌な音をたてて頑丈な樫の木で作られたベッドの足が折れ飛ぶ。
尋常ならざる膂力を実現したのは、戦士系の職業が扱う“戦技”と呼ばれる能力を用いたからだ。
生命力をコントロールし、身体能力の増幅を行うことができる。
轍よりも硬い皮膚や鱗に覆われた魔物を仕留めるために必須の技であった。
見事な錬度であるその技も今や八つ当たりの道具となるほどに、ラークスは進退窮まっていた。
「アルロが……あのゴミ野郎がおとなしく死ねば……覚えているやつは誰も居なかったんだ」
憎しみが徐々にラークスの心を支配していく。追い詰められていく自分を守るために、周囲の人間を悪にしようとする。
「そもそも元はと言えばあのEランクが村に来てからおかしくなったんだ。いつの間にかシドリ家に入り込み、カルダスをそそのかして、親父によけいなことを吹き込ませた」
そして、一対一で立ち会い、自分の腕を凍らせたレイルへと――その憎しみは収束していく。
もはや元々、リルカへ届けるエクスマジックベリーを後回しにしたことが原因であるという因果関係は、思考にさえ登ってこない。
「あの、ラークスさん? 起きてますか?」
酒で霞がかった脳で同じ悩みをループしていると、不意に扉がノックされ――女性の声がした。
義母、ラスティア・ルケインの声だとすぐに分かった。
「馬車の事故のことで、監督役のあなたが責任を感じるのはわかるけど……もう3日もこもりっきりで、シリウス様も心配していらっしゃいますよ」
裏表のない優しげな声音だが、それ故にラークスにとっては耳障りだった。
煩わしく感じて無視を決め込んでいると、ラスティアの言葉が続く。
「もう気に病まなくて大丈夫ですよ――アルロさんも、グリルさんも無事に手術が成功したそうですから」
「なっ……!?」
義母の言葉にラークスは手にした酒瓶を取り落した。
心臓が痛む。
(助かった……? じゃあアルロがあの事故の真相をしゃべれば……あ……ああ……だめだ……もう終わりだ)
ラークスの脳裏に様々な思考が浮かぶ。
感情が高ぶりすぎて、目から大量の涙が溢れた。
(親父にバレて、いやもう身内の話じゃない……通報されて、出頭……裁判……投獄? この俺が?)
知らず知らずのうちに涙がこぼれていた。
どうしようもなく迫る破滅に、心が悲鳴を上げていた。
殺意で目がくらむ。
そして――その乱れた思考があるひらめきに収束した。
「そうだ。もう殺す――しか――」
アルロを瓦礫に押しつぶした時に感じた、開放感。
死人に口なし。
それはあまりに強烈な実感だった。
「そうだ、消しちまえばいい。あんな奴ら……リルカも、カルダスも、アルロも、グリルも……俺なら殺れる」
――一度、手を汚すことをしてしまえば、もはやその決断があり得ることになってしまう。
暴力に寄る解決はひどく自然なこととしている異様さをもはや気づくことはない。
「あのEランクだけは……厄介だな……」
ラークスの目が座り、そうつぶやかれた。
自身に打ち込まれた大魔法、認めたくないが今まで戦ったことがない強敵だった。
「そうだ! ……“あれ”があった! “あれ”を使えばいい!」
ラークスは何かをひらめいたような顔で跳ね起きた。そしてベッドのすぐ脇に立て掛けられた戦闘用装備の裏側を探った。
鎧の内側の――心臓の部分にちょうど窪みがあり、そこから金でできた鍵が出てきた。爪で引っかきそれを取る。
落ちるようにこぼれた鍵を両手で包み込むように取って、ラークスは立ち上がった。
目がギラギラと輝いている。
そして勢いよく部屋から外に出て、廊下を移動する。
向かった先は家の最奥にある、厳重に鍵がかけられた扉だ。
いかにも重厚そうな錠前であり、魔術的な防備がかけられている証の奇妙な紋様がびっしりと刻まれていた。
ラークスは手に握った金の鍵をその錠前に入れる。
――カチャリ、という小さな音共に錠前が外れた。
ニィ、とラークスはその音に満足そうに笑い、その扉を開け放った。
そこは薄暗く埃が充満していた。
中には様々な武器が無造作に置かれていた。この部屋は武具庫であるらしい。
入り口近くにある武器はあまり質が良くない、使い切りのものが見て取れる。取ってが割れていたり、刀身にヒビが入って、廃棄されているようなものも多い。
だが――その、一番奥。
そこにある“もの”は明らかに他の者とは一線を画するほどの存在感を放っていた。
「“鎧”……!」
ラークスのつぶやきはその存在を一言で表すには十分すぎた。
そう、それはまさしく戦士用の鎧であり、闇に溶け込むような漆黒の鎧であった。
「ハハハ……ハハハハ……これだ、これさえあれば」
武具庫の扉を興奮して大きく開け放ち、廊下の証明が奥にある鎧を照らす。
日光を受け、ぎらりと黒曜石のような黒きフルメイルが瞬いた。
その輝きに魅せられるようにラークスは武具庫を進む。
そして――鎧に手を伸ばし手に触れようとしたその瞬間。
「……ラークスっ!」
後ろから男の声が響く。その声にラークスはびくりと体を震わせた。
「親父……」
ラークスが振り向いた先に居たのは、壁に手を付き足をふらつかせながら肩で息をする――父、シリウス・ルケインの姿であった。
「武具庫で妙な物音がするから来てみれば……おちおち寝ても居られんな。なぜ勝手にここに入った? みだりに入るのは許さんと言ったはずだが」
さっとラークスの顔色が変わる。酔いが覚めるように、今までの強気が消えていく。
父の威厳――それは、ラークスに取って逃れ得ない過去だ。
「そ、それは……」
ばつが悪くなったラークスは思わず弾かれたように鎧に伸ばした手を離してしまう。
それがシリウスの目を引いた。
「“鎧”を使うのか? ……確かに、お前にここの鍵を預けたが、わしに断り無く使うなと言ったはずだ」
口ごもるラークスに、険しい顔でシリウスは問い詰める。
「対処できない敵が出ました。だから使うのです」
「ギルドからの報告はワシに上がることにもなっとる。そんな報告はまだ受けとらんぞ」
とっさのごまかしも通じない。ラークスは黙りこくってしまう。
「……」
「その鎧は優れた装備だ。しかし、装備である以上、みだりに使えば劣化する。この辺境では治す鍛冶師もおらんゆえに、大切に使うしかない……よほどの敵でなければ使えぬのだ」
宝物庫の鍵をくれる時に言われた条件だ。
ラークスは唇を噛み締めながら下を向きめをつぶった。殴り飛ばされる。
――それが、今までの経験から導き出される未来だった。
しかし、痛みは来ない。
恐る恐る目を開けたラークスが見たシリウスの顔は柔和で――優しげな微笑が浮かんでいた。
「あと1月もすれば、この村を出て王都に行くことになる。そこで様々なことを学べば、その鎧にふさわしい男になる……だから今は辛抱せい」
それは記憶にある厳しい父の顔とはまるで違うものだった。
病に身を侵された故に、怒りを発し続けるのは辛かったのかも知れない。
だがその仏心――あるいは見せた隙が今のラークスには決定的なものに見えた。
「クク……クククク」
低く唸るようにラークスは笑った。
「何がおかしい?」
シリウスは動揺したようにラークスを見た。
「強くなければ規範を示せない……そう言って散々ガキの頃から殴り飛ばしてくれたよな?」
ラークスは口の端を歪めて、顔を上げた。
その瞳はらんらんと狂気じみた輝きを放っている。
「お、お前は……!?」
シリウスはそのラークスの異様な様相に顔色を変えた。
しかしそれは、遅かった。
身をかばうよりも早く、ラークスの容赦のない蹴りが、シリウスを襲った。
「ガァッ!?」
「おい! 弱えええなあ! 親父ぃ!」
シリウスの意識は反応していた。しかしその体はラークスの攻撃を凌ぐだけの気力が残されていなかった。
「痩せこけて、杖もなきゃまともに動けない病人が……そのザマで――その言葉もういっぺん言えるのかよぉ!」
蹴り倒され、うずくまるシリウスにラークスの蹴りが容赦なく叩き込まれる。
一撃をくれていくごとに、縮こまった背が伸び――ラークスの目の異様な輝きが増していく。
「俺を邪魔者にする権利が……今の……衰えたあんたにあるのかよ!」
「がっ……ぐあっ……」
「ど、どうしたんですか! この騒ぎは!? ひっ!?」
「く、来るな! ラスティア!」
流石に騒ぎを聞きつけたラスティア・ルケインがやってきて鬼のような形相のラークスを見て、射すくめられたように硬直する。
ギロリ――とラークスは義母を見た。
そして、シリウスを路傍の石のように壁へと蹴り飛ばした。
ラスティアはそんなシリウスに駆け寄って、抱き起こそうとする。
「ラークス坊っちゃん……なんてことを! 旦那様っ……! しっかり!」
「馬鹿者……ワシのことは良い。逃げ……」
そんな二人の様子を――虫でも見るかのように一瞥しながら――ラークスは近づいた。
「ぼ、坊ちゃま! やめてください! 旦那様はご病気なのですよ!」
ラスティアはシリウスをかばうように身を乗り出す。
ラークスはその様子を見下ろし、――ラスティアをも蹴り飛ばした。
「きゃあっ!?」
「うるせえぞ売女! 卑しい家の出のくせに、お袋が出ていったあと親父をたぶらかして! お前みたいなクズをお袋と呼ぶなんてごめんだったんだよ!」
「あ……ぐ……ゴホッ。ウ……」
ラスティアの口から血が滴り落ちた。
ラークスの一撃はベッドをひねり倒した時のように戦技がこめられていた。
心得のあるシリウスはともかく、ラスティアの体はそれを受け止めることなどできようはずもない。
「……ラークス! お前は……母を足蹴にするのか!」
「誰も、このこの家には――この村にはまともなやつは居ない! 親父が倒れてから、俺が……俺だけが村を守ってきたんだ! 1人だけBランクで! ずっと!」
ラークスは雄叫びを上げた。
「やめい! この馬鹿者が……!」
シリウスが立ち上がり、大声を上げた。
病人の声ではない、朗々とした威厳ある声であった。
「うっ……」
その声にラークスはびくりと身をすくませた。
幼い頃から積み上げられたものが反射的にラークスを圧していた。
「性根を……叩き直してやる!」
「ひっ!」
シリウスは手のひらを振り上げた。
ラークスは小さく悲鳴を上げ、身をすくませた。
だが――その手は、振り下ろされることはなかった。
「ガヒュッ……ゴホッ……ぐぅぅ……」
気力の限界か、蹴られたことに寄る体の不調か、シリウスは身を震わせながら足を折ることになった。
その姿を呆然と見つめたラークスは暫し呆けたような顔をして――次の瞬間、悪鬼のごとき様相になった。
「このクソジジィがっ! ビビらせやがって! もういいよ……殺してやるよ!」
ラークスの足元には豊富な武器があった。その中から剣を拾い上げたラークスは崩れ落ちたシリウスを思い切り斬りつけた。
「ぐ、ガァァァァ……」
鮮血が宝物庫に飛び散った。
シリウスは獣のような唸り声をあげ、倒れ伏した。
ラークスはその後、蹴りによって悶絶させたラスティアを見た。目の光を失い、そのまま倒れ伏している。
この部屋はもうラークス以外誰も動かない。
「……この家の当主は俺だ。鎧は、俺が使う権利がある」
ラークスはいびつな笑みを浮かべながら、鎧へと手を伸ばした。
鎧を着たラークスは武器庫の扉を締め、施錠した。
――そして、屋敷の外に出る。
「今日もラークスさんギルドに来ないのかねえ」
「おい出てたぞ!?」
「ラークスさん! ……その鎧は?」
屋敷の外にはいつも一緒にいる取り巻きが待ち構えていた。
何も知らず、ギルドに出なくなったラークスに誘いをかけるべく訪れていた。
ラークスはそんな取り巻きを一瞥し――口を開いた。
「……おい、分家の奴らを全員集めろ。今から少し大事をやる」
どよめきと共に取り巻きたちは顔を見合わせた。
荒れていたラークスは知っていたが、妙に肝が座っているためだ。
「俺に逆らうやつを全員、始末する」
ラークスは鎧の下で満面の笑みを浮かべながら――そう告げた。
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