Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って 作:とke
――起き抜けから、嫌な気分だった。
リルカは重くきしむ頭を奮いながら目をこすった。
どうもここ数日体調が悪い。その理由は心当たりのあるものだった。
(魔力を使いすぎた影響……だよね)
アルロを助けるために命を顧みず魔法を使った代償。
母を失ったあの日から、ずっと付き合い続けていた感覚だ。
体中から命の熱が抜けて、頭の奥から冷たさが染み出して全身を覆っていくような……冷たい、感覚。
「先生の言うこと……やっぱり正しいんだ」
ぽつりとつぶやかれた言葉は、心の中にあるわだかまりが生むものだった。
「起きなきゃ」
口から出た言葉は自分でも分かるほど元気がなく。
リルカは思い至ったように立ち上がり、足早に部屋を出て廊下の窓から外を見て驚いた。
「あ、もうお昼だ……」
窓の外に見える太陽は朝もやをとっくに払って、中天にさしかかっていた。
リルカは気まずい思いを抱えながらキッチンへと向かうと、そこには食事の用意がされていた。
「おお、リルカ。おはよう」
「ご飯作ってくれたの?」
「ん……いや、レイルくんが作ってくれた。美味いぞ?」
「先生が……」
「リルカの好きなものをやけにじっくり聞いてきたよ。大事にされているな?」
「え、あ……いただきます」
後ろめたさのようなものを真っ向から刺激してくるような情報にリルカは戸惑いつつも、食卓へと座った。
材料は知っているから想像を超えるようなメニューはなかったが、しっかりと下準備をされ、男料理とは思えない出来だった。
リルカはおそるおそるフォークを伸ばし、そして口を抑えて思わず感嘆した。
「おいしい!」
冷えたからだに染み込むようなスープやソテーの暖かさにリルカは無心で食事を楽しんだ。
父が言っていた通り、リルカの好みに非常にあった取り合わせ、味付けで――その気配りに感動できる料理だった。
食べ終わり、一息ついたリルカは例を言おうとして周囲を見渡し、そこにレイルの姿がないことを見咎めた。
「あれ、そういえば先生は……?」
「使い切ったポーションの材料を集めに森に行ってくれているよ。教師として居てもらっているのに、執事のような仕事をさせている。頭が下がるよ」
一度だけ母の実家に行った時、執事を見たことがある。その服装に身を包んだレイルを想像すると、とても似合っているように感じた。
「先生いないんだ……昨日のこと謝りたかったんだけど」
この食事は、先日の言い争いにおけたしがらみを溶かす勢いを与えてくれていたから、その礼を言えないことでリルカはしょんぼりと肩を落とした。
単純な自分を感じながら、食事にこめられた手間暇がレイルも決して自分を悪く思っていないと信じられたのだ。
だとしたら、きっかけを作るのは先に遇された自分だと思ったのである。
「そうか。うん、それがいいな」
そんなリルカの一言に、父が露骨にどこか硬かった相好を崩したのをリルカは見た。
――心配をかけていた。
そういう父の気遣いを今はっきりと意識したことで、自分は周りを見渡す余裕が今の今まで無くなっていたことを感じて、リルカはショックを受けた。
「……お父さん。今まで色々ごめんね。ありがとう」
だからそういう言葉が口に出せたのである。それは思っていた以上にリルカの心の一部を軽くした。
「どうしたんだ今日は」
カルダスは驚いたような照れたような表情を浮かべリルカを見た。
「うん、なんだか色々わかったことがあったかも……」
リルカはそう言って目を伏せた。
それから少しだけ沈黙が続く。
だからこそ――聞き取れた音があった。
「……うん? なんだ? 騒がしいな」
カルダスが眉根を潜め、そう言った。
最初はかすかな物音だった。しかしそれはどんどん近づいてきて、足音だということが分かる。
多くの人の気配が診療所の前に集っている気配がある。
(嫌な気配が……)
父の声に誘われるようにしてその喧騒に意識を移したリルカが、直感的にそう感じた次の瞬間だった。
診療所の扉が荒々しく開け放たれ、無遠慮な靴音が10人近く雪崩を打って入ってきた。
一番異様なのは、用事を伝える声がその闖入者たちにはないことだ。
「ここだ! 一番奥だ!」
「いました! カルダスとリルカです!」
殺気だった声が重なった。
闖入してきた男たちは手に武器を携えていた。どう見ても尋常な様子ではない。
「何事か!?」
流石に異変を感じたカルダスが立ち上がり、リルカをかばうように前に出た。
「――邪魔するぜ」
集団の後ろから、影が一歩進み出た。
最初は誰だかわからなかった。
フードの付いた雨具用のローブを着た男だった。
それを見たカルダスは知らない人間が現れたように見えた。
だがその声と、傲岸に口の端を歪める笑い方から、リルカは見当がついた。
「ラークス……?」
リルカはその名前を呼ぶ。
呼ばれた男は頭にかかるフードを脱いだ。
第一印象は荒んだ――という言葉に尽きた。
ギラギラと血走った目は不気味なほど輝いており、まるで得物を前にした獣を思わせた。
いけ好かないが華のある優等生の面影はなく、まるで別人に見えた。
「お前ら、グリルとアルロを連れてこい」
「はいラークスさん!」
ラークスは冷徹な声音で周囲に指示を出す。配下の男たちはそれに唯々諾々と従った。
男たちが出ていくのを確認して、ラークスはリルカたちを射すくめるように見た。
「ラークスくん……? これは一体どういうことだ?」
ラークスの放つ鬼気と呼ぶべき雰囲気に飲まれそうになりながら、カルダスはなんとか口を開いた。
「クク……ククク……」
「何がおかしいのかね?」
「いや失敬。あまりにも当たり前のことを効かれるのでつい。1+1=2を聞かれた大人の気持ちはこういうものかと」
「君は一体何を言って……?」
尋常ではないラークスの様子に背筋をあわだてながらカルダスは問いかけた。
「先生はありますかね? ある日突然――思い悩んでたことが嘘みたいにスッキリするような変化ってやつが」
もはやラークスの目はカルダスを向いていなかった。星を探すように宙を見上げ、含むような笑いを浮かべ、朗々と言葉を続ける。
「そうだな。例えるなら――小さい頃に集めていたセミの抜け殻、ですよ……馬鹿みたいに大事に思っていたのに、ある日、急に興味が失せたんですよ。そう、意味があると思っていたものは、“思いこんでいただけ”に過ぎなかった……」
(いつも私を見る時にだけしていた……侮蔑の目、それをお父さんにも向けている!?)
リルカは唐突に不吉なものを感じた。違和感が突き抜けるように脳裏を駆け巡る。
その衝動に突き動かされ、声を上げようとして――その前にラークスが動いた。
「お父さん! 逃げて!」
一瞬リルカの声のほうが遅かった。
「俺の時代だ。――死ね」
白刃がきらめいた。武術の心得などまるでないカルダスは避けることができなかった。
袈裟懸けにカルダスの身体は切り裂かれ――そこから鮮血が舞い飛んだ。
「い、いやああああああああああああっ!」
リルカの悲痛な叫びを上げ、父に駆け寄った。
同時に扉が開く。
「ラークスさん。グリルとアルロを連れてきましたよ。へえ……」
「ぐう……うぐっ……」
「うう……」
部屋を出ていったラークスの部下たちが戻ってくる。
遅れて、顔を腫れ上がらせ、剣を喉元に突きつけられたアルロとグリルがふらついた身体で入ってくる。
「早かったな」
ラークスは血糊を拭いながら、口の端を歪めてそちらへ振り向く。
手下のうち一人が倒れたカルダスを一瞥し、感嘆するような声を上げた。
「……カルダス、自分で殺ったんすね。てっきり俺らにやらせるのかと思いました」
「なんだ、不服か?」
「いや、意外と度胸あるなって見直しましたよ。他人に手を汚させるより信用できる」
「ふん……」
ラークスは手下との会話でほんの少し意識を削がれた。
そうして目を離した刹那――後ろで光が舞い、慌てて振り向いた。
「お父さん……今助ける! 癒やし、立ち上がらせ――光よ! 主癒光(パワーヒール)!」
カルダスの身体に光がまとわりつき傷が消えていく。
その様子を舌打ちと共に見据えたラークスはリルカに近寄り、思い切り足を振り上げ――リルカを蹴りつけた。
「このアマ! 何やってんだ!」
「きゃあっ!?」
「くそっ回復魔法か……うぜえなこいつ」
傷が消え、体を起こしつつあるカルダスをみやり、ラークスは大きな舌打ちをした。
「てめえが先に死ぬかよ! リルカ!」
ラークスは怒気を叩きつけるように剣をリルカへと振り下ろす。
身を翻した避けたリルカは腕を切り裂かれる。
「くうっ……主癒光(パワーヒール)っ!」
しかし、それは次の瞬間、回復を始めた。
「……もう、誰も死なせない。私が守るんだ!」
リルカの目は決意に満ちていた。
「り、リルカ……」
血に倒れ伏すカルダスは胸を抑えながら娘を見上げた。傷は治っても、切り裂かれた痛みが払拭し難い精神的ダメージを与える。冒険者のように経験を積まなければ死に瀕する傷を受けたショックで行動不能になる。
「なんつう回復力だ……! まずいですよラークスさん。下で診療所までの道を封鎖させてますけど、さすがに時間がかかれば騒ぎ出されるかも」
だがカルダスの回復を見た取り巻きたちが焦り始めた。
「チッ……!」
ラークスは舌打ちをして逡巡する。そして、リルカの方へ恐るべき勢いで身体を向け――手を伸ばした。
その手はリルカの喉元へと食い込んだ。そしてそのまま握りつぶすように圧力をかけながら――リルカの華奢な体をラークスは持ち上げた。
「かハッ……うぐっ……」
リルカはラークスの手を掴み、抵抗する。
しかし――なおもカルダスの傷の修復は続く。
「こいつ喉を潰してもまだ魔法を……! 畜生が!」
ラークスは吠えるようにリルカを持ち上げ、そのままリルカの喉を握りつぶそうとする。だが、リルカはラークスを真正面から睨みつけながら――瞳にこめた意思を揺るがそうともしない。
「や、やめろ! ラークス!」
カルダスは悲痛な声を上げてラークスに追いすがった。
「リルカは関係ない! シドリの役職がほしいならそんなものはくれてやる。リルカは……リルカだけはやめろ」
そんな親が子を思う悲痛な叫びを受けてもラークスは、カルダスを一瞥することさえなかった。
「……そうやって娘だけ守ってたからこういうことになるんだぜ先生? ――力が無かったな。どけよッ!」
そう言い捨てたラークスはカルダスを蹴り飛ばす。吹き飛ばされたラークスは床に叩きつけられうめき声を上げた。
その隙にラークスはリルカを部屋から運び出すために扉へと向かう。
「この女は屋敷に移して殺(ばら)す! 余りはお前らで殺せ!」
「やめろ! ラークス! リルカを離せ! ラークスッッ!!! 待てぇっ!」
カルダスの必死の静止を振り切り、リルカを連れてラークスは外へと出ていった。
残りの十数人のラークス派の取り巻き冒険者たちは、出ていったラークスを見遣ってから――残りのカルダス、アルロ、グリルに視線を戻し世間話でもするように話し始めた。
「ちぇっ。連れて行っちまった。殺す前に犯そうと思ったのに……最後に楽しむつもりかあ?」
「馬鹿野郎。分家の俺らが、シドリの令嬢つれてうろつけるか。一発で村中で噂になる」
「ああ?」
残忍で人を人とも思わないその会話にカルダスは背筋に冷たいものが走る。
「ラークスさんに言われたとおり、さっさとこのジジィとザコどもを殺して埋めに行くぞ。森に墓穴ができてる頃だろうよ」
「貴様ら……貴様らは人間ではない。けだものだ。魔物以下だ!」
「あの世で言いなよ。じゃあな」
情動のまま叫ぶカルダスに剣を振り下ろされようとしたその時。
「う、うわあああああああああ!」
唐突に叫び声が上がり、後ろから人影が飛び出し、カルダスを刺そうとした男を弾き飛ばした。
「ぐえっ。なんだっ!?」
全く想定外の攻撃を受けて、カルダスにふるわれるはずの剣は空を切った。
驚いて男が振り向くとそこにはさんざん叩きのめされ、動けなくなっていたはずのアルロがいた。
「や、やめろっ……お前らっ……!」
肩で息をしながら、アルロはカルダスの前に立ち叫んだ。
「アルロくん……!」
「このおおおおおおおっ!」
驚くラークスの手下たちの後ろでさらにもう一つ声が響く。
「くそっ! グリルもか!? くそっ、なんで急に……何やってやがる! 病人一人バラせねえのか!」
「す、すいませんこいつ急に暴れて……クソが! があっ!?」
想定外の攻撃に、集団に乱れが現れた。
アルロはそのまま、手近な椅子を掴んで思い切り男に叩きつけた。
「くそっ。てめえらなんで動ける! あれだけ痛めつけたのに!」
「リルカちゃんが治してくれたんだ! 喉を潰されても俺たちに回復魔法をかけてくれた!」
「いつの間に……!」
勢いづくアルロたちに集団は膠着し、攻めあぐねた。
そんな中、一番前に立つ男が叫んだ。
「馬鹿が! 何ビビってやがる! 向こうはジジィ入れても3人。こっちは11人もいるんだ! Cランクだって居るんだぞ! 囲んで一斉にやるんだよ!」
冷静な判断だ。ぐっとアルロとグリルは息を飲んだ。
個別に殴りかかってくるなら対応できるが数人同時でしのげるだけの腕の冴えはない。
「ひ、ひぃ……なんでこんなことに……」
冒険者でもないグリルはそれに完全に勢いを削がれた。
そんな様子を見たカルダスは唇を噛みながら叫ぶ。
「私は良い! ……ふたりとも逃げるんだ」
「も、もうこんなに囲まれちゃ逃げられませんって」
アルロはカルダスの前に立つことを辞めなかった。
「なら最後くらいリルカちゃんの恩返しにがんばりますよ」
気弱な――しかし、決然と覚悟を決めたアルロの言葉に、カルダスは目を伏せ無力感を噛み締めた。
(暴力になすすべもない……私は……無力だな……)
「やっちまえ!」
集団は完全に獲物を囲み終え、そして号令が下った。
多勢に無勢。もはや――。
「あ……? 寒い……?」
飛びかかろうとした瞬間。
集団のうちの一人が不意に宙に目を凝らし、小さな声でつぶやいた。
「凍てつけ、停止しろ――氷よ!」
空気が律動する。
ここにあるはずのない、異様なる空気の流れが、まるで夢でも見ているかのように現れる。
「大氷花(ブリザード)!!!」
誰かの声とともに、極寒の吹雪が唐突に室内に吹き荒れた。
「なにぃ!?」
「ま、魔法!? う、うわああああああっ!?」
それは狙いすましたかのように闖入者の男たちへと襲いかかった。
男たちはまるで想定していなかったその一撃に身を捩った。
「レイルくん!」
カルダスが快哉を上げた。
「間に合った……!」
大魔法の低音が生み出した霜の奥から、影が飛び出した。
全力疾走をしたためか息を切らせ、汗を額に浮かべるレイル・アーレインは、右手の魔法の発動光を煌めかせながら安堵の声を上げた。
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