Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って 作:とke
ネクタルを3つほど飲み干した俺は呼吸を整え、診療所にいる人々に話しかけた。
一刻の猶予もないが、この診療所はリルカが帰ってくる場所だ。何かまたあっては困る。
「じゃあ行ってきます。この賊たちはこの地方の領主様に連絡して騎士団に処置してもらってください」
「ああ。リルカを頼む」
カルダスは後ろ髪を引かれるような顔をしながら頭を下げた。
「アルロさん。それにグリルさんも……診療所を頼みます」
俺は横のアルロと疲れたようにぐったりと机に突っ伏すグリルにそう告げた。
「は、はい」
グリルは慌てて起き上がり、緊張気味に返答する。
そしてアルロが、俺の手をとって握手するように握りしめながら大きく頷いた。
「任せてよレイルくん! またラークスの手下が来ても撃退してやるさ!」
「え? いやアルロさんがそんな無理をしたら危なくないッスか……」
「ギルドから応援が来るから大丈夫だ」
気負いを感じるセリフにグリルさんが動揺するが、カルダスから補足が入る。
「ハハ……お酒飲む約束ありますから、無理しないでください」
アルロさんだってもう少し遅れていれば命がなかったかもしれないのだ。
そう考えると、こうして今笑っていられるのは本当に紙一重である。だからこそ……もう無茶はしてほしくない。
なんだかんだと、この村はもう俺の新しい居場所になっているのだから。
「ああそんな約束してたね。んじゃお酒のむとき、なんでそんなに強いのか聞かせてもらうよ!」
「ええ。いくらでも話しますよ」
アルロさんになら過去のことを話すのは良いと思った。ついでに酔った振りをして、昔の職場の愚痴を言ってやろう。……それはとても魅力的だ。
そういえばアーレイン戦団にいたときは、そうやって愚痴を言うなんてこと出来なかった。団長に――妹に心情を吐露したのはもう随分昔の話だ。
陰惨な事件でささくれだった心が、少しだけ軽くなり前向きになれた。
「いってらっしゃい」
「頑張ってねレイルくん」
「リルカを頼む」
「いってきます!」
俺は友人と家族の見送りを受け、外に出た。
俺はラークスの屋敷へと来ていた。
屋敷の前は静まり返っており、何事もない日常に帰ってきたのような雰囲気だったが、よく観察すればすぐに違和感がある状態だった。
「入り口が……開いたままだ」
屋敷の入口が開け放たれたままだ。
そして、点々と――屋敷の中へと血が続いている。
肉食獣が咀嚼した得物の血が、その顎(あきごと)から漏れるように。
俺は扉をくぐり、屋敷の中に入った。
血痕は奥の屋敷の中ではなく、脇道に続いている。
「こっちだ……」
俺は血をたどりその方向へとゆく。その先には、屋敷と違う小ぶりながら数十人は入れそうな――建物があった。
建物の周囲には、巻藁や木人が備え付けられており、戦技の修練場であるようだった。
ルケイン家は狩りを生業とする武断の家だったという話を聞いた。訓練施設があるのは自然なことだろう。
近づいて修練場を伺うが、その中は静まり返っていた。。
「リルカっ! ラークス! いるのか!」
俺が呼びかけた瞬間、建物の中から女性の声が響いた。
「いや、ああああああああああっ!」
間違いない、リルカの声だ。
苦悶の声であった。
一刻の猶予もない。
「くそおっ!」
俺は建物の扉を開け放った。
そこは広々とした空間だった。
地面は砂であったが、雨風をしのげるように屋根がついているような場所だ。
そして奥にある、武技の礼を司る祭壇に――人影が見えた。
「リルカ……? 一人……か? 無事に……ああっ!?」
祭壇の上には、目を覆うような惨状がおこっていた。
まず両手を無骨な鉄条のワイヤーで縛られ、全身を細切れに切り裂かれたリルカの姿があった。
目立った外傷はない。しかし、その足元に、貼り付けられた壁におびただしい量の血痕が飛び散っていた。
回復呪文で回復する先から、削り――えぐられるように切り裂かれたのだ。
血の気を失ったリルカは目を伏せ、肩を痛みのショックで痙攣させながら、うめき声とも鳴き声ともつかない声を上げている。
――それは、罪人の処刑のようであった。
「まるで磔だ……! くそっ、息はあるか! リルカ……今助けるから!」
晒し者のように吊るされたリルカを見るにしのびなく、俺はただちに助け出そうとする。
リルカの腕に巻き付けられたワイヤーに手を伸ばす。風魔法でワイヤーを切断するか……。
そう考えたとき。
「せ、せん……せ……」
リルカの声がした。苦悶の声を上げ続けたことで、声が掠れていた。
だが声が出るということは生きているということだ。その証を感じたことで少しだけ安堵が生まれる。
「大丈夫だ。もう安心して」
しかしリルカの表情には助けられた安堵はなく、震える指を動かし――。
「う、うしろ――!」
リルカは力を振り絞るように目を見開き――叫んだ。
「死ねよッ! Eランク――!!!」
「安心して、リルカ」
俺は後ろを振り向かずに微笑んだ。
リルカの姿しかなかったことで、大方の予想はついていた。
ラークスがどこかに隠れているということが。
「もう、詠唱は完了しているから」
暗がりの隠しきれていない殺気に向けて俺は――完了していた詠唱を解き放った。
「――雷槍(サンダースピア)」
瞬間、空気中に帯電による閃光がほとばしった。
薄暗い道場の中を照らし尽くすような強烈な閃光が殺気の主ごと空間を薙ぎ払った。
焦げ臭い空気とともに、俺の向けて剣を振ってきた殺気の主が後ろに大きく吹き飛ばされる気配を感じる。
「すご……い。これが攻撃の大魔法……」
リルカは眼前の光景を見て、息をつまらせるようにそう言った。
俺はその間に、リルカの手首のワイヤーの壁とつながっている部分を炎魔法で焼き切り、リルカを戒めから解き放つ。
「ワイヤーはこれで取れた……。大丈夫?」
戒めを解かれた瞬間、立ち上がる気力もないリルカがしなだれかかるように体重を預けてきた。
俺は慌てて抱きとめる。
抱きとめた身体は小刻みに震え、こらえきれない嗚咽がリルカの口から漏れ出ていた。
俺はリルカを抱きしめた。
「せん……せい……怖かった。斬られるの痛くて、辛くて……私もう……ダメかと思いました」
回復魔法は傷を直しても、脳裏に刻まれた痛みまで消え去るわけではない。戦闘の経験がないリルカにははるかに過酷な体験だっただろう。
――ずっと苦しんでいたリルカに、さらに心の傷を刻むラークスを許せない気持ちが強まるが、裁く権利は俺にはない。
「よく……頑張った」
想像を絶する苦痛だったのだろう。子供のように泣きじゃくるリルカを俺はきつく抱きしめた。
「帰ろう」
俺がそう告げたときだった。
「……雷魔法の閃光は、ちゃんと目を瞑らないといけないな。勉強になったよ」
――後ろから、地のそこから吹き上げてくるような、どろりとした声がした。
手応えからして確実に大魔法の直撃を受けたはずのラークスが立ち上がる気配がした。
俺は慌てて振り向いた。
ありえない事が起こっているからだ。
「な――っ!? なぜ動ける!?」
「ククク……予想外だ! お前はいつだって予想外だよEランク! でもな――もう確信したよ!」
黒い影だった。
この薄暗い道場に溶け込むような――黒い、フォルム。
身につけたローブが雷魔法により焼ききれており、その中身に着込んだ――「なにか」が、姿を表しつつあった。
声を聞いても俺は一瞬、ラークスであるかどうか自信をもてなかった。
なぜならその影は肌を一切露出していない黒の全身鎧を身にまとった姿だったからだ。
「お前はもう俺には勝てない。お前は俺より――弱い!!!!」
「魔法が効いてないのか? その黒い鎧……まさか!」
「この鎧を畏れているか? そうだ、ルケイン家の当主だけが身につけられる秘蔵の鎧だよ!」
「ダマスカス・アーマー!?」
大魔法をももろともしない黒き鎧、それは最高級の武具素材である黒鉱石ダマスカスを使った鎧に間違いなかった。
魔素が濃い深部の洞穴系ダンジョンで極小数しかとれないレア素材を使った、最高級武具だ。
「そうだ。――この鎧に使われる金属は、“魔法を弾く”! お前の自慢の大魔法もこれなら怖くねえんだよ! Eランクのお前がどんな卑怯な手を使って大魔法を使ってるのかは知らねえが、これで対等だなあ?」
鎧の奥からでもわかる強烈な眼光が俺を射抜く。
殺意と、それをたぎらせることで生まれる狂気がないまぜになった気迫をうけ、俺はリルカをゆっくりと床に横たえ、ラークスに向かい合った。
「……リルカ。ここでじっとしててくれ」
「せんせい……」
射殺すような敵意を受け、俺はラークスと相対する。
「終わらせて、一緒に帰ろう」
「てめえらが行くのはあの世だ!」
黒い影が膨張するように伸びた。
それが戦闘開始の合図だった。
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