Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って 作:とke
ラークスが踏み込んできた。
ダマスカスアーマーは、驚異的な防御力をほこりながら非常に軽い。全身鎧のはずなのに、擦れ合うような音も立てず全身をしっかりと守っている。
「早いっ……!?」
そのフルメイル・アーマーとは思えないほどの軽妙な動きに、俺は出鼻をくじかれた。
「炎よ! 火球(ファイアーボール)!」
ラークスの前に炎の初級魔法の弾幕を張り、壁を作ろうとする。
「おらぁっ!」
しかし、それは真っ向から打ち砕かれた。
「魔法が鎧に防がれる……!」
リルカが、驚愕の声を上げる。
ラークスはその弾幕を真正面からすべて受けた。初級魔法とはあれだけの数なら、やけどではすまない威力はあるが、鎧の防御性能はそよ風に吹かれたかのようにすべてを霧散させる。
弾幕によって突進力を削ぎ、後ろに逃れようと思ったが、全て真っ向から突破された。
「小細工だなあ! ぶちぬいてやるよ!」
そしてその年に見合わない、恐るべき練度でラークスから剣撃が放たれる。
「くううっ!?」
俺はあわやというところでそれを回避し、後方へと飛ぶ。
真っ向から胸部を突き抜くように放たれる刺突だ。
リーチの遠い外からの攻撃だからこそ、突き技にする巧妙さは、近距離戦の経験をまがりもなりにつんだBランクの手わざである。
あさく、脇腹をかすめ、その痛みに唇を噛むが、悶絶すればその時点で追撃による死がふりかかる。
「当たらない!? まぐれかァ!」
ラークスはそう言いながら次の動作に入っていた。
それはもう、俺に攻撃が避けられる――と、理解している動作である。
Eランクと蔑みながらも俺がこの程度は避ける人間だと理性の部分では認めているらしい。
だからこそ、厄介だ!
「このっ! 天より来るもの――雷よ! 雷打(サンダーブロウ)!」
距離を取りながら俺は、弾速の早い雷の中級魔法を解き放つ。
中級にしては単発の高威力魔法だ。ダマスカスアーマーによってダメージはないが、突進の勢いを必ず削げる。
「馬鹿が!」
しかし、ラークスは前進の途中で突然、ステップし前に出る軌道を変えた。
斜め前への角度をつけた踏み込みに、直線にしか飛ばない雷打(サンダーブロウ)はラークスに当たらない。
釣られた――巧妙なフェイントだ。
「は、はずれた!? いえ、避けられた!?」
リルカには俺が見当違いの方向に魔法を撃ったように見えただろう。
魔法の軌道が確定したあとに、身体をその外にラークスが持っていったから傍から見るとそう見える。
「鎧に物を言わせるんだろうって――訳知り顔してたぜお前ェ!」
「くっ……」
俺は舌打ちをした。雷打(サンダーブロウ)は高威力な分、撃ったあと次の行動へと移れない。
思い切り距離を詰められるのを止められない。
迎撃をしようとするが、ラークスは左右へと交互に踏み込みを行いながら、直線的な魔法が当たらないように緩急をつけている。
こうすることで、魔術師側の標的が定まらない。
武技側の魔法への典型的にして最も効果的な対策――。
伊達でBランクなのではない。魔法対策――言うは容易いが、軽妙な足さばきは地道な訓練なくしては身につかないものだ。
「……それくらいはやってくると思ってたさ」
そう――最も大切なことは、相手がどの程度まで裏をかいてくるかを、想像し得ることである。
「あん? なんだ!? 足が――っ!?」
ラークスの突進が止まった。
ラークスの鎧越しの頭が――“下”を向く。
そこには、
「氷よ――氷芽(アイスニードル)――ッ!」
氷の初級魔法で作った氷の足かせが――ラークスの足を絡め取っていた。
雷打(サンダーブロウ)は威力が高く、雷魔法らしい閃光を放つ“派手な技”だ。
ゆえにその視覚的インパクトの影へと――地味な罠を隠すのにうってつけの魔法なのだ。
「こんな枷で止められるかよ!」
(そうだよな……!)
だが初級魔法で作ったゆえに、その枷はあまりに脆い。即効性と隠密性を重視した檻は、だからこそ耐久力に難がある。ラークスの戦技によってブーストされた膂力の前には、紙切れのように引きちぎられるものでしかない。
(……氷を振り払うのに――脚を上げるよな!)
そう、氷を引きちぎるのに足をあげるしか無い。
ラークスは一瞬、片足で立っている。
俺は片足でラークスが経たざるを得なくなった瞬間にあわせて、さらに構えていた魔法を解き放った。
「風よ――風波(ウィンドアロー)っ!」
風の初級魔法だ。鋭利な勢いで突風をふかせ、相手の身体を切り裂く技だ。
魔法を弾くダマスカスアーマーにはつむじ風に吹かれたような衝撃しか与えられないだろう。
だが――勢いよく身体を動かしながら――不安定な状態で立つ人間に、その程度でも衝撃を与えれば。
身体は――バランスを崩して転ぶ!
「うおおおっ!?」
鍛え上げたラークスの体幹であっても片足が浮いた状態でバランスを保つのは難しい。
ラークスは尻餅をつくように倒れた。
「足払い!? 小賢しいんだよぉ! てめえ!」
ラークスが苛立たしげに叫んだ。
ダメージなどあるはずはない。全くそのとおりの小技だ。
そう、俺は才能の問題で威力のある魔法を使えない。だからこうして、魔法を組み合わせたコンビネーションを死ぬほど覚え込んだ。
氷魔法の足絡めからの、横転狙いの風魔法。
――強者に食らいつくため必死に投げ主体の武術から発想を得たコンビネーションだ。
(動けない間に武器を破壊する……!)
引き倒したラークスへと俺は前進する。鎧と違いラークスの剣はダマスカスではない。まず武器を無力化し有利にする。
「知恵と繁栄を生むもの――火よ!」
俺は大魔法の詠唱とともにラークスへと詰め寄る。
「大炎爆(エクスプロード)――!」
爆熱、轟音。
炎系魔法はその範囲、そして熱という攻撃への効率により魔法の中でも雷の次に威力を発揮する。
熱に触れた一定ランクの鉱物は――そのままひしゃげて使い物にならなくなるだろう。
煙の下からラークスが身じろぎをしながら現れる。
だがこれで少なくとも武器は――!
ラークスの腕に握られている剣を見やり、俺は――強烈な違和感を覚えた。
「先生――! 上です!!」
リルカの声が無ければ俺はいまごろ、即死していただろう。
上から来る白刃。
間一髪俺の頚椎に突き刺さるコースで上空に投げられた剣の襲撃を――俺は間一髪で躱す。
(剣を投げたのか……! くそっ、避けたことで体勢が……!)
だが、その代償は大きかった。剣を避けるのに体を大きく反らせたため、体勢を崩したのだ。
「ちっ。刺さんねえか。まあいい――武器はこの通り無事だ」
ラークスは立ち上がり、床に突き刺さった剣を掴み――抜き放ちざまに俺を切り裂いた。
俺は剣戟を放つラークスを、呆然と見つめることしか出来なかった。
剣を躱すために身を捩った俺は、足をその場に踏ん張るために――体勢を崩し大きな隙を晒していたからだ。
「お前を……殺すための武器がなあ?」
歯を食いしばり――なんとか離脱しようとする俺に黒い鎧が視界の先に広がる。
腹から、何かがせり上がるように――眼の前に赤い血が飛び散った。
俺の――血だ――。
「いやああああああああああああっ!?」
リルカの叫び声を――まるで他人事のように聞きながら俺は――胸部にはしる、ぞっとするような熱を帯びた衝撃を認識した。
「ガハッ!?」
喉奥から血反吐がこみ上げてきた。
これまでの経験からしても相当まずい状態になっていることを認識した。
――足に力が入らず、身体がふらつきたたらを踏む。
戦闘の緊張感でまだ痛みは感じないが――深出なのは間違いない。
「どうしたぁ! もう逃げないなら――このまま終いにするぞ!」
ラークスが哄笑を上げながら追撃を行ってくる。
(兎に角魔法で迎撃を――!)
俺はなんとか急所をかばうべく防御の体勢を取りながら。防衛のために考えた魔法のコンビネーションを、練習通りに解放し――少しでも身を守ろうとする。
「おらおらぁ!」
「ぐううっ! 雷よ! 氷よ! 炎よ! ……風よ!」
しかしそれらはことごとくダマスカスアーマーに阻まれ消し飛ばされる。
「ハハ、ハハハハ! なんだよそのカスみてえな魔法はさ! そんなのしか使えないのに俺を……この村から追い出そうとしたのかよ!」
ラークスの言葉はもはや狂気じみていた。
振るう剣は衝動的な怒りにより、武技として威力を発揮する形になる前に俺に振るわれる。
鉄の棒で幾度も身体をぶん殴られる衝撃。
内蔵がきしむ、刃の腹でぶっ叩かれ、血反吐が口から漏れた。
(つ、強い……鎧があるとはいえ……力も技も……Bランクになるだけのことはある)
魔法が通じなければ、ラークスは恐ろしいほどの強敵だった。
近接はラークスの専門であり、俄仕込みの俺では叶うべくもなく小手先の技だけでは覆せないほどに、技術がしっかりと身についている。
「弱い人間が強い人間に譲るべきなんだよ! 俺は強えよなあ! お前に負けないんだ! 俺はァ!」
哄笑を上げ、ラークスは俺の身体をいたぶるように殴りつけた。
殺すだけでは飽き足らないと言わんばかりの、いたぶるような攻撃だった。
切りつけられた全身が悲鳴を上げる。
(だめだ。奴に通じる攻撃手段が無い上に……距離を取る方法がない……もう……打つ手がない……っ!)
リルカの必死の叫びが遠く聞こえる。耳もやられたのだろうか。
全身が痛すぎて、もうどこがやられたのかもわからない。
「そんな……先生っ……」
リルカの絶望する声が聞こえる。
痛みとともに無力感が全身を駆け巡る。
こうも簡単に対策され、手も足も出ないようにされるなんて。
(何が……元Sランクだよ……あんな鎧一つあるだけで……弟子一人……守れないなんて!)
なんとか致命傷を避けるために体を守っていると、拷問じみた斬撃が不意にやんだ。
「ハァ……ハァ……」
ラークスの息が上がっていた。衝動のまま剣で殴りつけ、体力を使わない身体の動かし方をしていなかったからだ。
だからなのだろう。奇跡的に俺は……満身創痍で生きている。
だが、どうだというのだろう。全身切り裂かれ、痛みと出血で意識が朦朧としている。
「――立って! このままだと本当に……!」
リルカの声が遠く聞こえる。
だめだ。体が動かない。
「立ったって無駄だ……! 魔法は俺に効かないんだ。魔術師じゃ俺には勝てないんだよ!」
肩で息をしながら、勝ち誇るようにラークスは叫んだ。
その言葉が一番心に刺さる。
(……ダマスカスアーマーを突破する魔法はある。だけど俺では……)
真のSランクにふさわしい魔術師ならこんなことで止まらないのだ。だけど俺は対策される程度で手も足も出なくなるほどの力しか無い。
「逃げてぇぇぇ! 死んでしまいます!」
折れかけた心をリルカの声が正気に戻らせた。
(そうだ。う、動かないと……)
とにかく身体を起こそうとするが、身体のどこにも力が入らない。まるで糸を切られた操り人形になったようだった。
その間にラークスは息を整え――纏う雰囲気が冷えていく。
「いたぶるのも飽きたな」
ぞっとするような冷たい声でラークスは告げ、剣を振りかざす。
「もういい。死ねよ」
技術を取り戻した冷徹な剣技が――振り下ろされる。
それは断頭台で首をはねられる罪人への一撃に似て――。