Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って   作:とke

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29 極天顕現

 走馬灯、というのだろうか。

 

(もう……だめか)

 

 そう思った時、振り下ろされるラークスの剣戟がまるで時が止まるように遅くなる。

 そんな奇妙な感覚の中で――俺は、今感じている絶望感と似たような過去の思い出がフラッシュバックしていた。

 なんとか解決の糸口を探すため、脳がかつての似たような経験を引っ張り出したのか、それとも諦めた脳が思い出を反芻しているのか……。

 思い起こされたのは俺が14歳の頃。

 アーレイン戦団に在籍しており、グレッグがまだ参戦していない、ラーナとミリア3人のパーティだった頃のことだ。

 俺たちは順調に冒険者ランクを上げていた。

 Bランク冒険者としてのキャリアを詰み、Aランクに手が届こうというときだった。

 そしてこの時くらいから俺は、自分の魔力容量について悩み始めていた。

 大魔法を連打すると、すぐに魔力容量の枯渇を感じる。

 体力増強は試してみたが、戦技と呼ばれる戦士系の技能は身につかず、俺は進退窮まっていた。

 

(このままだと置いていかれる。居場所がなくなってしまう……)

 

 寝ても覚めてもそんな恐怖にうなされていた。

 なぜなら俺は人格形成の時期に、まっとうな勉学や職業訓練を全くせず冒険者を続けている。

 冒険者を辞めた自分というのが、どうやって行きていくか欠片も想像できなかった。だから、限界を感じていてもそれを認めるわけにはいかなかった。

 魔力についての文献を自費で買いあさっては読みふけり、体を痛めつけるような修行を繰り返していた。

 主流な学説ではないが、魔力は体力と同じように、限界近いトレーニングを繰り返せば向上するとしているものもあった。

 ――今だからはっきりと言えるけど、その学説は間違っていた。

 自分の体でためして痛いほど分かった。どれだけ体を痛めつけても、魔力の総量は減りももしない代わりに増えもしない。

 持って生まれた才能は変わらない。人間は自分にしかなれない。

 だけど当時の俺は体を痛めつけることに縋るしか無かった。

 しかし当然成果はあがらない。

 特訓の成果はいつまでも出ず、焦りからどんどん訓練を過酷にしていった。

 悪い流れだ。何も得ない、自分を傷つけるだけの行為。

 あるいは痛みで不安を紛らわそうとしていたのかもしれない。少なくとも、身体が悲鳴を上げている間だけは、居場所がなくなってしまう不安を忘れられた。

 だが、現実が追いついてくる。

 Aランクの昇格が迫り、敵が強くなっていく。

 どんどんと俺の継戦能力の無さという問題が浮き彫りになってしまった。

 

「……火力役がもう1人必要ね。前衛の――戦士が私以外にも1人」

 

 ある日、ミリアがそう言い出した。

 俺はついに一か八かと、無茶苦茶なことをやろうとした。

 

「ミリア。特訓に付き合ってくれ。……極天魔法に体を慣らす」

 

 俺の魔力容量では逆立ちしても不可能な極天魔法の行使をし、限界を越えようとした。

 夢を見ようとしたのだ。

 ――最高の魔法をくもなく使う、そんな自分が存在する夢想を見ようとした。

 体を慣らすという表現は、全く根拠のないでまかせだ。

 だが――俺が狂ったように文献を読んでいたこともあり、ミリアは俺の修行に思う所あれ、口を出せないでいた。

 

「うん……」

 

 心配そうな目で、それでも首を縦に振ったミリアを連れて俺は山奥へと向かった。

 ――街明かりが消えた丑三つ時であった。

 まだその時は修練場なんて上等なものを持っておらず、人里離れた場所で練習するしか無かった。

 俺はその日――極天魔法を撃った。

 あまりの苦痛に、記憶はほどんどない。

 断片的にしか思い出せない。

 熱波が周囲を駆け抜けた。

 身を焦がすほどの恐ろしい熱と衝撃。

 それにより巻き上げられた――焦げた土の強烈な匂い。

 同時に――全身を削り取られるような体の痛み――。

 場面がまた切り替わる。

 魔法が終わった後だ。咳き込み、血の塊を口から吐き出す。

 

「ミリア――ごめん。俺……」

 

 血の味を噛み締めながらうわ言のようにそう話した。

 

「に、兄さん……! いやっ……血が……!」

 

 ミリアの悲痛な叫び。

 それも当然なほど、俺の身体は変調をきたしていた。

 口からだけではない、両の眼球からも血液が流れ落ちている。

 資格のないものが、身の丈を超えた力を行使した代償だった。

 

「ここが、限界……みたい……だ」

 

 だがそんな身体を引きちぎられるような、代償の痛みより。

 もうその先に――進めなくなってしまった自分への失望と、閉塞感のほうが鮮明に覚えている。

 ああ、そうだ。

 でもそれと同時に、もういいか、とこの時に思ったのだ。

 自分の才能の果てを突きつけられ、ある意味せいせいしてここで死んでいいかと思った。

 穏やかな気持だ。

 これはこれで仕方がない。

 それを思い出させるために――こんな夢を――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな、微睡みは背後からの弟子の声によって覚まされた。

 

「先生――避けてえっ!」

 

 後ろにリルカの声。

 それを聞いた時、俺は無意識のうちに諦めの沼から無理やり身体を引きずり出した。

 周囲の時間がもとに戻り、凄まじい勢いで眼前にラークスの一撃が迫る。

 

(俺だけなら良い、だけどリルカがいるんだぞ! 動け!)

 

 必死に身体を動かそうとする。だが――無念にも動かない。

 ラークスは勝ちを確信し、笑みを浮かべた。

 それほどまでに俺にとって絶望的な状態だった。

 だが俺はこのままその確殺の一撃を受けてやるわけにはいかなかった。

 後ろにリルカがいる。俺が死ねば次はリルカだ。ここで諦めるわけには行かなかった。

 

(くそっ。“これ”しかないか!)

 

 刹那の葛藤の後、俺は決意した。

 

「う……ぐ……知恵と繁栄を産むもの――」

 

 呪文の詠唱――。

 

「なっ……!? 自分まで巻き込まれるぞてめえ――!」

 

 さすがのラークスも驚愕の表情を浮かべた。

 俺はせめてもの意趣返しに不敵に笑みを浮かべて――上級魔法を解き放った。

 

「炎よ! 大炎爆(エクスプロード)!」

 

 目の前に紅蓮の火花が舞った。

 瞬間、凄まじい爆圧がラークスと、そしてその懐にいる俺自身をも巻き込んだ。

 

「がぁぁっ!?」

 

 攻撃の最中に、全く想定していない一撃を受けたラークスは対応もできずに炎の大魔法を受ける。

 魔法を遮断するダマスカス・アーマーとはいえ、延焼という物理現象を消し去ることは出来ない。

 ラークスは火だるまになり、その場で身悶えした。

 鎧のおかげでダメージはないものの、火だるまになったラークスは視界を奪われ、俺に追撃できない。

 さらに爆発はもう一つ効果を発揮した。

 衝撃により俺は大きく後方へと吹き飛ばされ、ラークスから距離を取ることが出来た。

 狙ってはいたものの、ここまでうまくいくとは思わない一石二鳥の効果が発揮された。

 

「はぁ……はぁ……ゲホッ……ぐぁ……」

 

 だが――代償は大きい。

 魔法の影響はある程度術者に操作できるため、できるかぎり自分の身を焼かないようにコントロールしたものの、離脱するために爆発の衝撃をもろに受け、さらにコントロールしきれない熱が身体を焼き焦がした。

 やけどの刺すような痛みに、ラークスに切りつけられた全身の傷の痛み。気を抜けばすぐに意識を手放してしまいそうな激痛の嵐の中で、俺は喉にせりあがる血の塊を吐き出しながらも、立ち上がろうとする。

 

「せ、先生っ……!  なんて無茶を……! 今回復魔法を!」

 

 飛ばされた方向は偶然にもリルカの近くであった。

 リルカはすぐさま駆け寄り、回復魔法を唱える。

 回復魔法の光により、全身から痛みが消えていく。

 

「爆発で自分の体を吹き飛ばして離脱するなんて……」

 

 俺に処置をしながらリルカは泣きそうな声を上げた。

 無理もない。他人の目から見れば、あれはただの自殺と変わらない。ここで生きているのは運が良かっただけのことだ。

 ――しかし、今は心配の言葉をきく時間さえ無い状況だった。

 焼けただれた喉が言葉を発せられるほど調子が戻ったのを見計らい、俺は口を開く。

 

「……だいじょーぶ。わりと痛めつけても人間って死なない」

 

 走馬灯で見た過去自分に行った様々な訓練を思い出して言葉にする。

 そうすることで、諦めに浸りかけていたなんて恥ずかしいことを、無理やり茶化して飲み込んだ。

 その間にリルカの魔法によって身体が回復した。

 

「それよりリルカ。ラークスは炎を消すのに動けない。回復が終わったらすぐに逃げるんだ」

 

「逃げる……って、先生は……?」

 

 俺の言葉に、なにか感じるものがあったのだろう。困惑の表情でリルカは質問を返してくる。

 

「俺は1人でラークスを足止めする」

 

「そ、そんな。その状態で1人なんて……死んでしまいますよ! 私も残ります!」

 

 リルカの性格から、その返しが来るだろうということは半ば予想してもいた。

 俺は語気を強め、リルカへと言葉を続ける。

 

「……駄目だ! あの鎧には攻撃が通じない。回復で長期戦を挑んでも両方やられるだけだ!」

 

 現状もはや犠牲を惜しむ状況ではない。相手を無力化する手段がないのだ。

 ならば、少しでも犠牲が少なく済む方法を選ぶしかない。

 

「少しでも足止めができる俺が残って、君は逃げて騎士団に保護を願う。これが……最善だ。わかってくれ」

 

 もはやこれしか方法がない。情けないSランクではこれが限度だ。

 冒険者をやっている以上常に命の覚悟をしなければならない。俺もついにその日が来たということだ。

 ……魔物ではなく人間に殺されるなど、馬鹿げた話だが。

 リルカは真剣な俺の訴えを身じろぎもせず受けた。そして、唇を噛み――挑み返すように俺の目を見た。

 

「先生、――先日叱られた理由がいまわかりました」

 

 その目は納得をする目ではない。

 

「先日……?」

 

 一瞬なんのことかわからなかった。リルカはなお言葉を続ける。

 

「アルロさんを治す時、私が命を削って回復魔法を使うのは……間違ってることだって言いましたよね? 今の状況はそれと同じです。先生を犠牲にして私が助かるのは絶対に……嫌です!」

 

 いつの間にか俺は気圧されて、一歩後ろに下がっていた。

 その距離を踏みしめリルカは一歩俺に近づき、胸を掴んだ。そして――大きく息を吸い。

 

「朝起きたら先生がいない。昼食の席の向かいに先生が居ない。魔法の授業をしてくれる先生が居ない。そんなの、私は嫌……!」

 

「リルカ……」

 

 俺は言葉をつまらせた。

 確かに俺は、命を削って回復魔法を使ったリルカを叱りつけた。自分の命を軽んじて、人のために捧げてしまうのは、誰かに失った痛みを与えるのだと。

 

「ごめんなさい。命を捨ててでも誰かを守るなんて、間違ってたことを認めます。だから……だからっ!」

 

 俺は間違ったのだろう。

 そう、自己犠牲をするリルカにあれほど怒りを覚えたのも――一人で背負い込んで、孤立して追放されることしかできない自分をそこに重ねたからなのかもしれない。

 

「一緒に居させてください。1人にならないで……」

 

「……1人に、か」

 

 そう、俺は無意識にオレ1人だけでできることでリルカを守ろうという意識にとらわれていた。

 前提として、俺自身が1人でできることだけで現状を考えていたのだ。

 

「1人なら、そうか。オレ一人の力でなんとかしようって、そればかり思うから――」

 

 リルカの広げてくれた思考が、今までの前提を覆し――脳裏にひらめきがあった。

 

(弟子に教わるとはこのことだな……!)

 

 その発想は全てを覆す結論になる可能性があった。

 俺は急いで口を開く。

 

「リルカ。頼みがある。これならラークスの鎧に勝てる」

 

「本当ですか!?」

 

「……俺の魔法の発動と同時に、俺に回復魔法を使って欲しい」

 

「それは一体どういう意味が――」

 

 リルカが困惑の声を上げた瞬間、後ろで殺気が爆発した。 

 俺たちは慌ててそちらへと振り向いた。

 

「ガァァァァァッ!」

 

 ラークスの鎧にまとわりついた火が消えかかっていた。

 燃焼が終わりかけのときに出る煙がいつの間にかかなり増えている。

 戒めを突破しかけているラークスは怒りとも狂気ともつかない雄叫びを上げた。

 

「自爆なんぞ……獣でもやらねえぞ畜生! もう許さねえ……待ってろ! この火が消えたら……絶対に2人まとめて殺してやる!」

 

「時間がない。俺を信じてくれ! リルカ!」

 

 俺はそう言い放ち、迎え撃つ覚悟を決め足を開いた。

 迎え撃つ、そう決意を込めた足を踏ん張る。

 

「は、はい。信じます!」

 

 背にリルカの答えを受け、俺は小さくうなずいて――そして――息を大きく吸い――口を開く。

 

「いくぞ!」

 

 掛け声とともに俺はぱちりと頭のスイッチを入れる。魔法を発動する集中状態へのスイッチだ。

 風車に、風を吹き込むように――集中力を回し――循環させていく。

 

「此(こ)れ、全てを焦熱させるもの――」

 

 凄まじい勢いで魔力の発動光が吹き出した。

 同時に身体の様々な箇所を握り物されるような痛みが走る。

 

「その詠唱は……まるで知らない。そんな、まさか」

 

 尋常ではない発動光に、リルカはこの魔法が普通ではないことを感じ取ったのか――気圧されたように絶句する。

 

「知恵と繁栄を生み、夜の闇を切り裂く――」

 

 詠唱を続ける。

 詠唱が進むごとに、力の――恐ろしいまでの脈動がまざまざと――感じられる。

 空想と、現実の境目。

 あるかもしれないと願うイメージを強く持つのが魔法を発動する初動だ。

 力をイメージし、それを強固に形作り――創造して現実に下ろす。

 同時にそれが現れるために必要なエネルギーを賄うため、身体からなにか大切なものが吸い上げられるように、その現象へと流れ込んでいく。

 

「極天……魔法?」

 

 そう、リルカの言う通り。

 今から放つはこの世界における魔法の極地。

 これは何にも比肩するものがない、あらゆる現象の最上位である――極天魔法の呪文詠唱だ。

 

「ぐ、ぐう……」

 

 だが、足りない。

 砂漠の砂に水を垂らして、あっという間に吸われ――消えていくような感覚。

 俺の中にある魔力は水深が浅く、極天魔法という膨大な容器を満たせない。

 だからどこかで補うしか無い。

 一度始まった魔法の発動はもう止められない。魔法という巨大に口を開けた穴は、あらゆる力を吸収し――飲み込んでしまう。

 心臓がおかしいほどに早く鼓動を始めた。

 血液の循環が狂う。

 命を搾り取るために、体の中の機構が、普通では考えられないほどに高速で動き出す。あらゆる手段を使っても魔法を成立させるために――生命エネルギーを発生させるすべての機構がリミッターを外して回り始める。

 

「先生。傷口が開いて!? いえ違う……」

 

 リルカの驚愕の声。

 同時にぶちり、と体の中の配線がちぎれるような感覚があった。

 そして、目の前が赤く染まる。眼球の奥からどろりと涙などではない粘性の液体がこみ上げてくる。血涙がほとばしったのだ。

 目だけではない、あらゆる部分から、血液が吹き出す。

 魔力を賄うため、限界を超え身体が駆動する副作用だ。生命活動のオーバーワーク。全身の気管がそれにより破壊されていく。

 血が抜けて、熱が抜けていく。

 体中から、人の命のもとである熱が――。

 懐かしい。ついさっき、走馬灯で見た記憶と同じ痛みだ。

 まるで身体が蝋の人形になっていく錯覚を覚えながら、俺は寒さで動かなくなる口元を動かし、なおも詠唱を続ける。

 

「て、敵を退ける――大いなる力」

 

「魔力容量が足りない状態で……魔法を使うときの、副作用……!」

 

 そう、正解だ。

 そもそも魔力とは生命エネルギーの余剰を練り上げたものだ。

 ならば、生存に必要な生命力を「食わせて」やれば、自分の本来使えるはずのない魔法も使うことができる。

 ――その後の術者の身がどうなるかを、考えもしなければ。

 

「ぐぅぅ……!」

 

「魔力を使い尽くして、それでも魔法を使おうとすれば命が削られる……逆に命を捧げれば――魔力の代わりに……!?」

 

 頭が、痛い。

 呪文が進むに釣れ、体の痛みなどどうでもよくなるほどの頭痛が襲いかかってきた。

 脳内を千本の針が荒れ狂っているかのようだ。この世に降りる魔法が、まばらに生命エネルギーを供給されるため安定せずに脳を傷つけているのだ。

 

「だから私がいるんですね」

 

 ――不意に、頭痛が和らいだ。

 外から熱を注ぎ込まれ、全身にぐっと命の脈動が戻ってくる。

 

「癒やし、立ち上がらせ――光よ! 主癒光(パワーヒール)!」

 

(そうだ。削られた生命力を回復魔法で取り戻し続ければ、極天魔法を――打てる!)

 

 回復魔法は命を守る。

 術者の生命エネルギーを分け与え、増進させ傷を癒やす。

 失った生命エネルギーを回復させる魔法なのだ。

 だから。

 

(……頭痛が少しマシになった。いける!)

 

 魔法が形になっていく。

 この魔法が放たれれば、もはやダマスカスアーマーさえ関係がない。

 

「其は正義」

 

 俺の詠唱は続く。14歳のころ初めて極天魔法を使った記憶が蘇る。

 ――あのときもここまで来た。

 そして死にかけた。才能を感じ、二度と使えない。――自分には届かない力だと諦めた。

 だらもう撃つはずもなく、夢に見ることもないと思っていた魔法なのだ。

 

「その名は炎なり……ぐっ」

 

 回復魔法を受けても、なお足りず、身体がふらついて倒れ込みそうになる。

 ――その身体を後ろから支えられた。

 温かい。

 命の、熱。

 

「倒れないで。先生は1人じゃないです」

 

 そうだ。俺には届かないと思っていた魔法の極地。

 けどこうして支えてもらえれば――撃つことができる。

 回復魔法の光が足元から全身を覆っていく。

 統制の効いた――完全なる回復魔法だ。

 取り乱して魔法の集中を乱すようなこともない。

 なんて、素晴らしい弟子だろう。

 もうこの子は、何を見ても揺らがず、自分を見失うこともないのだ。

 

(そうだ。俺は、この子を連れて、家に帰らなきゃ……いけない)

 

 あの診療所は、かつてのアーレイン戦団のように俺の帰る場所なのだから。

 こんなにも支えてくれる誰かがいて――受け止めてくれる人がいる。

 そのためなら、痛みに耐えてでももう一度――夢を見よう。

 

「なんだそれは……やばいっ……! それは食らったらヤバい……!」

 

 俺の方を見てラークスが金切り声を上げた。

 尋常ではない魔力の発動光、そして放たれる尋常ではない破壊の兆候に、これを撃たせれば間違いなく負ける確信をしたのだろう。

 その危機感のまま俺に向かって攻めてくる。

 

「その魔法を撃つなァァァァ! 死ねよぉぉぉぉ!」

 

 ラークスの剣が振り下ろされる。

 だがその剣は俺に届く前に――その数歩前で――刃の部分が赤熱し、折れ曲がった。

 

「なぁっ!? 」

 

 顕現する魔法の余波だけで、尋常な武器は破壊されたのだ。

 この世界に現れる前から、その尋常でない威力がもたらした余熱――。

 

「武器が焼ける……!? まだ発動もしてないのに……!?」

 

 そう余熱だけで、鋼でできた剣は溶けて曲がり落ちた。

 武器を破壊されたラークスはその衝撃でたたらをふみ、気圧されたように下がる。

 その隙が――最後の時間を与えた。

 

「終わりだ、ラークス……!」

 

 呪文は完遂された。

 

「極天顕現――極炎炉(メルトダウンクラッシュ)!」」

 

 まず空気中に小さな拳大の光が現れた。その光はいちど縮小するようにその身を小さくした。それは圧潰するよう強大な力に押しつぶされるような挙動をとり、その押さえつけられた力に反発するように――膨大な光がその球体の内側から現れる!

 まるで――太陽の中に放り込まれたような、光と熱が放たれた。

 そしてその炎熱は膨張を続け――すべてを飲み込む。

 

「お、おおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

 ラークスが叫んだ。そしてその叫びさえも、光の中へと消えていく。

 それは俺とリルカの周辺以外のすべてを吹き飛ばした。

 もはや燃焼という次元を超えた、圧潰。

 光に触れたものが風に吹かれた砂のように――ぼろぼろと崩れ去っていく。

 火の極天魔法が起こすのは“焦滅”。一切合財を灰にする。問答無用の一撃だ。

 

「燃えつき……ない!?」

 

 その、はずだった。

 光が弱い。顕現した極天魔法は俺のすべてを絞り尽くしてもなお足りなかった。

 リルカの回復魔法は機能している。だが――俺の身体の魔力が枯渇するスパンが早い。

 回復が追いつかない。

 

「術式の維持ができない……これだけやっても俺の魔力容量じゃ――!」

 

 不完全な極天魔法は、ダマスカスアーマーを焼き切るが――その中身のラークスを焼くには足りない。

 

「防げ……る? 貰ったぁあああああああああ!」

 

 光から這い出すようにラークスが前進を始めた。

 

「足りない! もっと――!」

 

 リルカが叫びかけて、はっと目を見開く。

 

「……私はもう誤ちは繰り返さない! 2人で、家に帰るんだ……! だから、自分を犠牲にするなんて二度としない」

 

 リルカは大きく息を吸い。そして――詠唱を始めた。

 

「癒やし、立ち上がらせ――剣取らせる光よ」

 

 その詠唱はそれまでのものと違う。

 新たなる段階を登った、天級魔法の詠唱だ。

 

「熾癒光(ラストヒール)!」

 

 これまでとは比べ物にならない回復のエネルギーが、俺の体内を駆け巡り――体内の異常を凄まじ勢いで回復させていく。

 ついに極天魔法に奪われていく生命力を――回復エネルギーが上回った。

 

「大した弟子だ。この土壇場で……天級にたどり着くなんて」

 

 ラークスを焼く極炎炉(メルトダウンクラッシュ)が再び勢いを増した。

 

「今度こそ終わりだラークス……もう極天魔法は消えない……!」

 

「ぐあ、あああああああああっ!? 鎧が、俺の力が、当主の証が――焼ける――!」

 

 光の外へ出る寸前のラークスの身体が光の中心に引き戻され――飲まれていく。

 ラークスを引きずり込むように極炎炉は再び球体状に収束していき――そして、許容量を超えた瞬間に破裂した。

 凄まじ勢いで天に向かい一本の光の柱が立ち上る。

 そんな神々しささえ感じる光の柱は時間で癒えば十数秒ほど猛り狂い――そして、消えた。

 

「負けるのか……てめえらみたいな……弱い、やつらによぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

「ハァッ……くっ……」

 

 光が消え――、もはやほとんどが更地になってしまった地べたに俺はこらえきれず座り込んだ。

 緊張の糸が途切れ、これまで緊張によって無視されていた痛みがすべて襲いかかった。

 うめき声さえ出せない重層的な痛みが全身を駆け巡る。

 

「終わった……終わったんですよね先生? 先生……?」

 

(これは……まじでやばい)

 

 もはや意識を保つのも難しく、俺は頭から地面へと倒れ込む。

 倒れ込んだ感覚すらない。身を切り裂くような激痛から逃れるように目を閉じた。

 

「しっかりしてください! だめですよ! 一緒に帰るって約束したのに! 先生っ!」

 

 リルカの泣き声を聞きながら――俺は完全に意識を手放した。

 

 

 




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書き溜めなので毎日 20:00更新します。よろしければ見ていってください。

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