Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って   作:とke

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30 日常

「う……」

 

 ひどい頭痛を感じながら俺は目を覚ました。

 清潔なシーツの匂いが鼻孔をくすぐる。

 

「……俺、あの後……?」

 

 極天魔法を放った後の記憶がない。全身の痛みはあるが、気を失う寸前ほどではなく、時間が経過しているのはすぐに理解できた。

 

「あ……先生!」

 

「リルカ……」

 

 視線をさまよわせると――ベッドのすぐ横に椅子を起き座っていたリルカと目があった。

 ラークスに磔するように吊るされていた状態を思い出し、元気そうな様子のリルカに気が和らいだ。

 すると、リルカの大きな瞳にじわり――と涙が溢れてきて、俺は倒れる前の記憶がないことを忘れるほどフリーズした。

 そしてリルカはそのまま――思い切り抱きついてきた。

 

「わ。わあああああああああん。先生……良かったっ……目が覚めなかったらどうしようって私……」

 

 感情と――それに付随して力のこもった包容だ。

 ふわりと花の香りが鼻孔を駆け抜け、どきりとするが――すぐにそれどころではなくなる。

 

「く、くるしい。ちょっ、傷に響く……うごえ」

 

 回復魔法は生命力を活性させ、傷を“塞ぐ”ものであるため、内部ダメージまでは完全に治癒できない。

 筋肉痛を10倍煮詰めたような内部に残る痛みが、力を込められたことでぶり返し――俺はもう一度気絶しそうになる。

 さすがに冗談ではないことに気がついたのか、リルカははっと体を離し――身を縮こまらせた。

 

「す、すみません。あの、私嬉しくて……つい」

 

「いや……心配してくれてありがとう。それはともかく……俺どのくらい寝てた? それに……ラークスやその手下はどうなったの?」

 

 俺は痛みに引きつる顔をなんとか締め直し――深呼吸をして、震える声を整えてから問いかけた。

 

「先生は一週間ずっと寝てました。ラークスは……えっと。それは……」

 

 一週間! それを聞くと、全身をまだ駆け抜ける痛みの中に、同じ姿勢で眠っていた圧迫の痛みや、運動をしていないことでの筋肉のこわばりなんかを感じる気がする。

 体幹でもそのくらいの時間眠っていたのだろうと感じられた。

 俺が時の流れに驚いていると、リルカは不意に言葉の途中で言いよどんだ。

 それに疑問を持つと――不意に、部屋の奥からもう一つ気配がした。

 

「すまないね。リルカちゃん。――ワシに説明させてもらえるかい?」

 

 背筋を伸ばし、正座の姿勢でこちらを見ているシリウス・ルケインの姿がそこにはあった。

 

「あ、はい。シリウスおじさま……どうぞ」

 

 リルカが俺から離れた。

 

「シリウスさん……」

 

「ああ。レイルくん。立たないでくれ。愚息のつけた傷でしんどいだろう……」

 

 俺は迎えるために立とうとするが、シリウスはそれを遠慮した。

 とはいえ身体を表向きにするくらいはしようとしたが、痛みが酷くまだ動けそうにもない。その言葉に甘えることにした。

 シリウスは立ち上がった。

 その際に――病院着の隙間から見えるシリウスの胸元に、最近ついたような生々しい傷が刻まれているのを見かけた。

 

「シリウスさん。その胸の怪我は……」

 

 流石に俺は心配になり声を上げた。シリウスの年齢と直近の体調を考えるとすぐにでもベッドに行かなければまずい。

 

「おじさま奥様はラークスに刺されて武具庫で倒れてたの。2人とも無事なのは良かったんだけど、本来はまだ立ち上がれる状態では……」

 

 リルカの補足に俺はさらに動揺する。

 そう、襲撃があった日にシリウスもラークスの凶行の犠牲になっていたのだ。

 実の親まで手にかけるほどラークスは錯乱していたことも含め、俺の想像以上に尋常な状態ではなかったことを認識させられる。 

 

「息子が取り返しのつかねえことをやった……老いぼれ1人が野垂れ死にしたところで足しにもならねえし……俺の気がすまねえでな」

 

 ふと俺はシリウスの膝関節の下が痛々しい色になっていることも見る。

 

(あの足……内出血で黒ずんでる。俺が起きるまでずっと……正座してたんだ)

 

 話を聞く限りもシリウスは義侠心が強い性格らしく、息子の起こした不祥事に気持ちが収まらなかったのだろう。

 

「まずは、ただただ謝らせてくれ。この度はうちの息子がどんだ粗相をした……償っても償いきれるもんじゃあないが、このとおりだ」

 

 シリウスはその場に土下座をした。

 

「いえ、そんな償うと行っても……ラークス……さんは、その」

 

 それに対して俺はバツの悪い感情を抱いた。

 俺はラークスにこの世で一番魔法防御が高いダマスカスアーマーを来ていたとは言え、極天魔法を打ち込んだのだ。

 あれは絶対破壊の力であり、受けきれる物質はこの世に存在しない。

 細胞の一片からでも再生しようとするようなSランクの魔物に使う魔法なのだから、あれを受けた以上、ラークスも……。

 

「あの馬鹿は生き残っちまいました」

 

 その言葉に俺は思わず「えっ」と驚きの声を上げてしまった。

 

「……あの鎧を作る時、用心のために“救命”の魔術が発動するように“魔法付与(エンチャント)”してもらっていた。それが活きて……バカ息子の命を救ったようです」

 

「なるほど」

 

 ワンオフの防具に、さらに魔法により特殊な能力をつけることは一般的だ。その魔法効果で絶対焦滅からラークスは助かったようだった。

 

「レイルさんが寝ている間に、愚息とそれに協力した手下どもは騎士団に引き渡した。領主の判断の元、お沙汰があるでしょうな……」

 

「そう、ですか」

 

 俺の胸中には様々な感情が溢れてきていた。

 ラークスが運良く生き残った。

 それは……生きていてほっとする反面。どこか、釈然としない部分もある……複雑なものだった。

 あれだけの非道を繰り返し、命を命とも思わない行動を取り続けた男が生き残った……。

 だがこれでいいのだろう。

 俺は王族でもなければ、騎士でもないのだから人を裁く権利はない。

 

「しかし愚息があれだけのことをしたのに……奇跡的に、人死には出なかった。本来なら喜ぶべきことですが、あれは――死罪にはならないやもしれません」

 

 そう納得しかけた所に――シリウスは懐からなにか棒状のものを取り出して俺に差し出した。

 

「レイルさん。これを」

 

「……これは? ……短刀?」

 

 それは短刀であった。鞘から出してみるとよく手入れされている。

 シリウスはまた地面に這いつくばった。

 驚く俺に――見下されるような形でシリウスはそのまま言葉を続けた。

 

「レイル・アーレイン殿……此度の息子の不始末……本人に腹を切らせてお詫びさせるほどの大事であると理解しております」

 

「シリウスさん。――貴方、まさか」

 

 その尋常ではない様子におれは嫌な予感を感じた。

 シリウスは頭を下げ続けながら……歯ぎしりしそうなほど、噛みしめたような声で――朗々と息子の罪を語った。

 

「やったことはまさしく悪鬼羅刹の所業。しかし、王国の法に委ねる他なく、のうのうと生きながらえる目算が高い。行った罪に比してあまりに罪が軽い……」

 

「……」

 

 そして、最後に――面を上げ、俺の目を覗きながらシリウスさんは覚悟の決まった顔でそう告げた。

 

「此度のこと、元を正せば、親であるワシの教育不行き届きに寄るもの。貴方には、いやこの事件に関わる全ての人は、親として不行き届きたる私を切り捨てる権利があります」

 

 固唾を呑んで話を聞いていたリルカがその言葉を聞いて慌てて口を開いた。

 

「おじさま! そんな……!」

 

 俺は――じっと、シリウスさんの目を見返した。

 親子というだけあり、ラークスに似ている。

 ラークスの行った様々な非道な行いが思い出される。あわや命が奪われかけた人が幾人もいる……。

 

「お返ししますよ」

 

 俺は短刀を鞘に収め、突き返した。

 シリウスはそれを受け取らない。

 肩をすくめて言葉を続ける。

 

「俺が戦った理由は、大切な……リルカやカルダスさんという家族を守るためなんです……」

 

「ならば尚の事」

 

「貴方を待つ奥さんから……貴方を奪わせようというのですか?」

 

 ここで――シリウスを切れば、家族を守るためにという理由で自分が行ったことがすべて独善になってしまう。

 それは勘弁願いたかった。

 

「む、う……」

 

 シリウスは喉に言葉をつまらせ、やがて――三度目になる頭を下げた。

 

「……かたじけない」

 

 シリウスの言葉から緊張が解けた。

 それはこの話題の終了を意味していた。

 俺はそれを促すようにシリウスから視線をそらし――黙って窓の外を見た。

 呆れるほどの晴天であり――日差しが肌に痛い熱を帯びている。

 

「熱くなりましたね……」

 

 もうすぐ夏が来そうだった。

 

「さ、おじさま……貴方も……休まなければならない身体です。ベッドへ行きましょう」

 

「……すまないねリルカちゃん……」

 

 シリウスはふらつきながら立ち上がり、リルカに手を引かれ、部屋を出ていった。

 誰も居なくなり静寂が部屋を包んだ。

 

「色々あったな……」

 

 ぽつりと俺はつぶやいた。

 戦いも終わり、事後処理もこれで終わり……今度そこ、今回の件は本当にこれで全て方がついたということになるのだろう。

 濃い、経験だった。

 思えば始まりから……。

 

「戦団を追放されて、リーウィルに来て、また冒険者をやることになって、リルカを助けて……そしてこの診療所に居着くことになって」

 

 半年の間に経験した様々な経緯が脳裏を駆け抜けた。

 はじめはそう、追放されたことからだった。

 

「……そっか。でも、なんか――ここに居ることがもうしっくり来るようになっちゃったんだなあ」

 

 この部屋は個室を改装して与えてもらった俺の部屋だ。

 気を失ってつぎにめざめたとき、何かこう帰ってきたな……というしっくりくる感覚があったのだ。

 それは起きたらすぐリルカがいてくれて、その顔を見れたというのも大きいのかもしれない。

 そういえば人生の半分を共にしたアーレイン戦団のことを思い出すことも減った。

 そんな自分の心情の変化にしみじみとしているときだった。

 

「先生。起きてますか?」

 

「ああ、リルカ。どうぞ」

 

 控えめなノックのあと扉の向こうからリルカの声が聞こえた。

 俺の確認をとってリルカが部屋に入ってくる。

 

「シリウスおじさま、部屋に戻るなり精根尽き果てたように寝ちゃいました」

 

「そうか。良かった」

 

 見るからに憔悴がひどい体調だったシリウスが無事に眠れたことに安堵する。

 手近な心配事がだいたい片付き――肩の荷が降りたような気がした。

 

「先生、近くに行っていいですか」

 

 そんな風に開放感を味わっていると、リルカが不意にどこか浮足立ったような声を出した。

 なぜかその声にどきりとする。今まで聞いたことのない、甘えたような声音に聞こえたからだ。

 

「う、うん」

 

 俺に近づいてきたリルカは少しわざとらしげに疲れたようなため息を付き、自分でも気づいてないように小さく――決意を固めるように咳払いをしてから。

 

「疲れましたー」

 

 ベッド近くの椅子にすわり、机に突っ伏すように顔を――俺の足のあたりに押し付けた。

 リルカのほほがシーツ越しに俺の太ももにあたり、そのもどかしい暖かさにドキドキする。

 

「……えへへ」

 

 リルカが照れたように笑った。

 

「こうしてていいですか?」

 

 ほほを俺の足元にこすりつけるようにしながら、リルカは上目遣いで俺を見る。今まで見たことのないリルカの一面に俺は新鮮な驚きを覚えながら、咳払いをして応えた。

 

「ん……良いよ」

 

「やった」

 

 リルカは目を伏せて俺の身体の感触を味わうように大きく息を吸った。

 悩ましいその態度に、俺は少々困りながら――二の句を繋げずにいる。

 ペースを握られたなと思った。

 

「ね、先生……魔法の勉強、いつ再開します?」

 

 その勢いのままリルカが先に口を開く。

 甘えられているのだなと理解した俺は苦笑しながらリルカの気分に付き合うことにする。

 しっかりとしたリルカのそういう表情は新鮮だった。

 

「うーん……流石にこの身体じゃ。しばらくはお休みだね」

 

「えーっ。私、早く勉強したいな」

 

「だめだ。魔力の消耗はとにかく体調に関わるんだから……俺もしばらく休みだし我慢してくれな」

 

「どのくらい休みます?」

 

「1月……はいるなあ」

 

「1月……かあ」

 

 不意に静寂が訪れた。

 リルカと視線が合う。――その視線はどこか不安気で。

 どうしたのだろうと思っていると。

 

「1月後も、ずっと……ずっと、先生はここに居てくれますよね?」

 

 すがりつくような目でそう言われた。

 それが、原因だったのだろう。

 即座に肯定してあげたかったが、俺は言葉に窮してしまう。

 一度追放された経験から、もしものことがないと思うのは難しかった。

 

「どうだろうなあ……」

 

 即座に答えられなかったことが、雄弁に答えとなり俺はその気分のまま正直な心情を口に出す。

 リルカは体を起こして――膨れ顔をした。

 

「私は、ずっとずっとずーっと先生に居てほしいですよ」

 

 そしてまっすぐ目を覗き込んで言われた。まっすぐで、真剣で――なんともまあリルカらしい。

 

「そう言ってくれるのはありがたいね。だけど……世の中、いろんなことが常に起こるかもしれないから」

 

 気圧された俺は言い訳がましいことを言ってしまった。

 

「それって……むう。先生って私に話してないこといっぱいありますよね」

 

「うっ……」

 

 リルカもそういう俺のやましいところを察したのだろう。口をとがらせて、上目遣いのままジト目で目を合わせてきた。

 俺はそれに気圧される。

 

「私の過去のことあれだけ根堀葉掘り聞いておいて、先生はだんまりだもん」

 

「いやそのう……授業に必要だからね……うん」

 

 今日はやけに絡まれるし、押されるなあ……。

 俺はため息を付きながら苦笑する。

 

「不公平だ! うん、先生の話、聞かせてください! どこで生まれたのかーとか、王都で冒険者をしてたときに何をしてたかとか」

 

 ぐいぐいと攻め込んでくるリルカが眩しい。その目はキラキラとまばゆく輝いていた。

 そういう目に弱い。こんな子に自分の半生を知ってもらうのは素敵なことのように思えた。

 

「あー。うん……それは、そうだね。どうせしばらく動けないから暇だし……聞いてくれるかな?」

 

 俺は気圧されるように、しかしどこか嬉しい気持ちでその提案を受け入れた。

 

「聞かせてください! 先生のこと。もっとよく知りたいから」

 

 とても良い食いつきで目を輝かせるリルカに、面映い思いをいだきつつ俺は――口を開いた。

 まず、物心ついて孤児院に居たときのことから――。

 

 

 

 




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