Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って   作:とke

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Introduction4 アーレイン戦団2

 

「あの、ラーナさん。いまお時間良いですか?」

 

「はい? スレイさんどうしましたか?」

 

 アーレイン戦団の本部の廊下ですれ違った時、スレイはラーナに話しかけた。

 ラーナはきょとんとしながら、聖職者の笑みで応ずる。

 

「僕の前任である……レイル・アーレインさんについて伺いたいことがありまして」

 

「レイルさんについて……ですか」

 

 ラーナは困惑した表情を浮かべた。

 

「ええラーナさん。彼はどんな方だったのかなと」

 

「どう……とおっしゃられましても。強いて言えば、噂通りの方……としか申し上げられませんが。なぜそんなことを?」

 

 ラーナの答えは明確ではなく、煙に巻かれるような不明瞭さがあった。

 そういった物言いが好きではないスレイは、質問を重ねる。

 

「戦団の書庫を見た際に彼が文献につけた注釈を見つけました。非常に的確で、それでいて慎重だ。……噂に聞く人柄と一致しなくて」

 

 スレイの目は真剣だった。

 魔術師学院の主席であり、怪物と言わしめた彼の目から見ても、レイルの注釈は見事であり、ともすればところどころ自分よりも深い知識を感じさせる部分もあった。

 もし同じ年に学院に居たら、自分の主席が危うかったかもしれないと背筋が凍るような鋭い指摘もあった。

 

「そうですね。そういった研究の分野では、才覚を持たれていたのかもしれません。実際にそういう勧誘もあったようですが」

 

 だがラーナはその問いに首を傾げた。

 

「冒険者という本分では、いつまで経っても改善がない人ではありました。極天魔法を使えるようになってほしいという私達の提言もことごとく無視されていましたし……」

 

「無視していたと……ううむ……」

 

 スレイはふむ……と考え込むように半眼になりながら言葉を返す。

 納得できてない表情だった。

 

「しかし、極天魔法の習得だけなら、僕よりも1年早い14歳の頃にできていたと伺いました」

 

「魔法の習得は早かったようですね。でただ彼は残念ながら、極天魔法を習得はできても発動はできなかった」

 

 ラーナは目を細めて、小さく頭を振った。

 

「この6年間、成長が止まっていたということです。にもかかわらず、ミリアの優しさにつけこんで、パーティに居座っていた……」

 

 ラーナは珍しいと感じるほど厳しい顔をしてそう告げた。

 だが言い終わり、自分の言葉を顧みたのか――はっとしたようにいつもの笑顔に戻った。

 

「等しく人は成すべき役割があります。彼は研究者としての才はあったかもしれませんが……残念ながら冒険者としての天分ではなかったのでしょうね」

 

「そうですか……。うん、そうですね魔術師と研究者としての才能は違いますから」

 

 ラーナに少し気圧されながら得心がいったようにスレイはうなずく。

 そして独り言を言うように、言葉を続けた。

 

「しかしやっぱり、団長の評価は身内の欲目なんですね。レイルさんは優秀だって団長がすごく力説してたのも――」

 

 団長――という言葉を聞いた瞬間、ラーナの顔がこわばった。

 そして眉をひそめ、スレイの袖を握ってまくしたてるように問い詰めた。

 

「今、なんと? ミリアに彼の話を聞いたんですか?」

 

 明らかに声が低くなったラーナの様子に、スレイは気圧されて身体を縮こまらせた。

 

「え、ええ。団長との特訓中に偶然そういう話になって、書庫もそのときに紹介を……ラーナさん? あの、僕なにか気に触ることでも?」

 

 柔和な表情はどこかに吹き飛び、ラーナの目は凍りつくような冷たい――感情のない目になっていた。

 普段の慈愛あふれるラーナを知っている人間ほどその落差に驚くような、そんな恐ろしい変化だった。

 だがその変化は一瞬だった。

 

「……いえ。……なんでもありませんよ。ふふ、解答にご満足いただけましたか?」

 

 次の瞬間、ラーナはいつもの笑顔に戻っていた。

 まるで白昼夢でも見ていたかのような変化に、スレイはキツネにつままれたような感覚を抱く。

 スレイが頭に?をうかべていると、ラーナの手がいつの間にか肩に置かれていた。

 そのまま覗き込まれるように顔を近づけられた。年上の――しかも美人として名高いラーナに近づかれ、スレイはどぎまぎとした。

 

「そうそう。一つだけ言えることがあります。近くでお二人を見比べた私だから言えますが、レイル・アーレインなんかよりも貴方のほうが冒険者としての才能があります。保証しますよ」

 

 力強い肯定の言葉だった。

 きっぱりと、断定口調でのそれにスレイは舞い上がった。

 

「そうですか? うん、そう見えますか。……僕がんばります!」

 

「ええ。貴方は必ず期待に答えてくれる子だと信じてますよ――スレイ・アルディ」

 

 曇りのない笑顔でラーナはそう告げた。スレイはそんなラーナの薫陶を受け奮起したように鼻息を荒くした。

 

「あの、それじゃ。失礼します!」

 

 気合を入れたスレイは、特訓場の方へと小走りでかけていった。

 そんなスレイに小さく手を降って笑顔に見送る。

 そして廊下にラーナ一人だけが残った。

 ラーナは凍りついたように笑みを浮かべた顔のままで――壁へと近づき――そして。

 唐突に、壁を拳で、殴りつけた。

 そしてそのまま手で遮りながら顔を壁に押し付け――。

 そして堪えきれないように、一言そうつぶやく。

 

「レイル・アーレイン……!」

 

 底冷えのするような声で、そう漏らした。

 まるでラーナのイメージにそぐわない、冷たい――声だった。

 誰もがラーナのそんな姿を見たら驚くだろう。

 ラーナは声をめったに荒げることもない。

 相手の言い分を頭ごなしに否定することは絶対にしない。

 国内最大のランドルド教の僧侶であるラーナはその教えを忠実に……守っている。

 それは「清廉かつ貞淑」であること。

 傷つくものを決して見捨てず、貧するものを決して見下したりしない。

 柔和で、誰にも慈悲深い――理想の聖職者としての生を、ぶれることなくラーナ・リヴェールは生きている。

 だからこそ、このような声を上げるなどあってはならないことのはずだが――。

 

「……ミリアはまだあの男の話をするなんて」

 

 滲み出るようにラーナの口から言葉が続く。

 ラーナの脳裏に浮かぶのは剣を構え――あらゆる魔物と正面から戦う団長――ミリア・アーレインの姿だ。

 凛々しく、清純で――美しい。

 魔法騎士。

 それはミリアの二つ名である。

 だがその二つ名に含まれる“騎士”という固有名詞は本来祖先に貴族を持つものしかなれない高貴な称号なのだ。

 冒険者という市民の階級とは縁のない言葉なのである。

 しかし、ミリアのあまりに清冽なイメージと、その戦う姿の凛々しさからいつしか周りから貴き者である資格があると評され――騎士と呼ばれるようになったのである。

 

(ミリアは特別なのに。この世界で最も崇高で汚れなき……私の戦乙女(ヴァルキリア)!)

 

 ラーナにとってそんなミリアは、敬愛どころではない。全身全霊を捧げても足りない対象なのである。

 それは信仰として収めるランドルド教に匹敵するほど、深く重いものだ。

 ラーナの中でランドルド教の経典にある神話の英雄――戦乙女(ヴァルキリア)とミリアは同じ存在であった。

 戦乙女はかつて国家創世記に悪しき神々を滅した伝説上の英雄であり、高潔な女性騎士であったという。

 

(戦乙女の愛は別け隔てがあってはならないのに、あの男だけミリアは特別扱いしてしまう……!)

 

 全人類愛を説くための章に戦乙女は登場する。

 それは、別け隔てなくすべてを平等に愛することの大切さ――差別をすることの愚かさを教える一節である。

 ラーナにとって戦乙女と同一視しているミリアは、誰をも愛するが――誰も特別に思ってはならないのだ。

 それは解釈不一致となる。

 実際にミリアは誰にでも優しく、頼られればどんな小さな願いでも熱心に聞き届ける性格だ。

 だが――そんなミリアが、唯一――特別に、気にする人間が居る。

 

(レイル・アーレイン……あの男だけ!)

 

 レイルの顔が浮かび――それに対して目がくらむほどの憎しみが産まれる。

 グレッグはよい。ミリアはただの仲間だと思っているから。

 だがレイルは仲間以上の何かとして、ミリアの心の大部分を締めていた。

 それはラーナにとって許されるべきことではなかった。

 正直なところ、レイルのアイテムを上手く扱い、パーティを導くその手腕は有用なものであるとラーナは理解していた。特に彼を戦力として不満に思ったことはない。

 ラーナにとって、レイルの冒険者としての才覚など正直どうでもいいことだった。

 しかし彼は近くにいればミリアの思考を歪ませる。それが許せない。

 

「グレッグも、街の人々も分かってくださいましたのに……」

 

 ぽつりとつぶやかれたラーナの言葉は恐るべき内容だった。

 そう、レイルの悪評を最初に広めたのはこのラーナだった。

 ラーナのストイックさ、慈悲深さは団内外問わず知れ渡り、信頼を得ている。

 だからこそ、レイルをそれとなく貶めるような発言をラーナがした時、周囲はそれを正当な意見だと認めた。

 あのラーナが言うほど、レイル・アーレインは足手まといなのだろう、と。

 

「ふふ……ふふふ……」

 

 やがて、ラーナの口から笑い声が漏れた。

 

「ええ、でもそう。――もうあの男は居なくなった。このパーティにあの男の居場所はない。ミリアには私が居る。ずっと私が一緒に居て、あの男のことを忘れさせてみせる……!」

 

 そう――あの日、グレッグをそそのかし、2人で――退団を迫ったときに、レイルはそれを飲んだ。

 晴れてあの男は居なくなった。

 もうミリアの孤高を、私の戦乙女を引きずる存在は居ない。

 ミリアは神のごとき存在なのだから、その純粋性を間引くような者は正義のもとに排斥されて然るべきだ。

 言語化されないが、そのような確信がラーナにはあった。

 

「跡形もなく消しさってやるわレイル・アーレイン。この戦団から……ミリアの中から……!」

 

 ラーナの決意のつぶやきは――誰に聞かれることもなく王都の中心にあるアーレイン戦団の広い居住地の――虚空へと消えた。

 




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