Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って 作:とke
「おっ。キュアリーフみっけ……キュアフラワーに成ってるやつもいるな。ついでに山菜も拾って今日の昼飯にしよ。」
さくさくと採集用ナイフで薬草を刈り取る。
俺は森の中を歩きながら採取活動をしていた。
「……はぁ。しかし、また冒険者をやる羽目になるとは」
なぜこんな事をしているかというと、結局俺はまた冒険者をする羽目になったからだ。
理由を説明すると、リーウィル村には冒険者以外の仕事がもう余ってなかった。
リーウィル村は田舎である。そのため、まず自活するためには農業が基本になるが、まあ当然――農業は土地がないとできず、農地は家族による身内経営がされている。
医者や農具屋といったその他の仕事も昔からその仕事を継いできたような店ばかりで、人を雇う余裕もないし家族で事足りているといった感じだった。
役場のお姉さんが説明してくれたことを思い出す。
(この村で残っている仕事となると、やはり冒険者しか……。薬草採取や見張りの門番、野生動物や魔物の駆除が主な仕事になります)
入居手続きをした際にそう言われ、俺は迷った。
また冒険者を始めるというのも過去の嫌な経験を思い出して嫌だったが、背に腹は代えられない状況であるには違いなかった。
旅費で大方の手持ちを食いつぶしていて、どちらにせよ稼ぎが必要だった。
俺は冒険者をもう一度始めることを決意したが――Sランク戦団に在籍した証明書は見せずにギルドに登録した。
最低ランクのEランクとして俺はギルドに登録されることになった。
冒険者ランクは最高のSから最低のEまでが存在する。
そもそも冒険者というのはそもそもどういう仕事か。
基本的に、人間が住めないような環境に存在する天然資源の回収――いわゆる「採掘」、「採掘」。
あるいは人間を害する戦闘力がある生物――魔物の「討伐」。
この2軸が冒険者の基本的なな任務になる。
AやSの一流冒険者になると、それに加え未開の地の調査といった任務も入ってくる。まさしく大なり小なりだが「冒険」をする職業なのだ。
「おっ、マジックベリーだ。MP回復ポーションの材料になる。意外といいものが自生しているな」
最低ランクのEは、村から近い外域での、薬草や山菜などを「採集」する任務が種だ。
そういうわけで今は採集をしているというわけだ。
リーウィル村についてから数ヶ月が経過していた。
採集の腕について懐疑的であった村人たちも俺が持ち込む成果に安心したようで、それなりに順風満帆である。
今まで戦団での冒険者活動しかやってこなかった身からすると、ソロ活動は新鮮な体験であった。
ソロでは勝手が違い危険なものかと警戒していたが、Sランクになるまでにそれなりに人間のテリトリーを離れた秘境に足を運んだこともあるので、森の行軍は慣れたものだしスムーズにことは進んでいる。
「よーし。仕事のぶんのキュアベリーは採ったし、副次品も美味しいもの揃えたし、戻るかあ」
俺はずっしりとした重みを持ち始めた背中のザックを担ぎ直して一息ついた。
そこそこ森の奥に入ったが、木にしっかり印をつけているので問題ない。村へ戻ろうとしたときだった。
「む……?」
俺の目端に地面についたなにかの痕跡が飛び込んできた。
「この足跡は新しいな。巨大だな……魔物か。足跡の形から察するにクラッシュボアだな」
大人3人分はある巨大な猪であるクラッシュボアは、縄張り意識が強く入ってきた大きな動物を問答無用で攻撃することで知られる、恐るべき魔物だ。
口元の両端に発達した大きな牙を2つ持ち、その牙は地属性の魔力を帯びていて非情に鋭利で硬い。
「こんな人里近いところに魔物の足跡とは……農作物の味を覚えたか」
人間にとって危険な生物ではあるが、防備を固めた人里に現れることはあまり無い。
幸い、食性が草食であるため人間を食うために積極的に現れることはないが、まれに畑の作物を荒らすこともある。
「この大きさなら成体……Cランクの仕事だな。出会わないように気をつけないと」
ちなみに戦いを知らない農夫には災害にも匹敵する驚異だが、もちろんこの程度なら余裕を持ってソロ討伐できるという確信がある。
しかしそうやって軽々しく魔物を倒した場合、 Cランクの魔物を倒せるEランクなどおらんだろう! と来歴を探られたら困るのだ。
本国へ確認の書類を送られればさすがに俺がAランク相応だということがバレる。
そうすればAランクの義務が発生して……と王都をせっかく出た意味がない。
基本的に高ランクは自分の階級より下の仕事を受けることは冒険者の仁義として許されざるという不文律があるから、Aランク相応と身バレしてしまえばもう採集の仕事はできない。
かといってAランクの仕事は持久力不足でこなせない俺としてはおまんまの食い上げである。
よって俺は余計な戦闘をしてぼろを出すわけにはいなかいのである。
俺は慎重に村への帰路につくのであった。
……おかげでいつもより時間がかかった。
採集を終えてリーウィル村に帰ってきた俺は、村中央にある冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドは村中央にある一番大きい建物だ。王国の公的施設なので立派なものだ。
扉を開けて中に入ると、古びた木材の匂いがする。
時間が時間だけにがらんとしていたが、人が2人いた。
「でさあ……大変だったんだよ……」
受付に体を持たれかけながら熱心に話をしている男がいる。
同業者だから顔を何度か合わせていたため、名前も覚えている。
アルロ・モーンというDランク冒険者だ。
「あら。アルロさん……ごめんなさい仕事です。レイルくんおかえりなさい」
アルロの話に少しうっとおしそうに眉根をひそめていた受付の女性が俺に目を向けると、あわてて使い込んだ眼鏡を直しながら笑顔を作る。
シリン・フィルス。リーウィル村ギルドの受付であり、数少ない職員のうちの1人である。
「へいへい。仕事のお邪魔者は向こうで休ませてもらいますよ」
話の腰を折られたので少しふてくされるアルロを横目で見ながら俺は道具袋からキュアリーフを4つ取り出した。
「納品をしに来たんですけど……」
「はい。キュアリーフ4つ。確かに。……状態がいいわね。美品で正直ありがたいわ。……80ゴールドになります」
(お、黒パン買えるな)
俺は勘定をしながら、80ゴールドを財布にしまう。
「どうも。ところで他の最終依頼って今あります?」
「そうねえ。今のところは……えっと、無いわね」
シリンさんは、手元の雑多な資料に目を落とし、そう答えた。
「依頼が入ったらレイルくんに知らせるわよ。レイルくんの採集は状態も丁寧で、質もいいものが多いから」
しっかり仕事をしたことでこうして評価してもらえることもあって、ふらっと現れたよそ者である俺でもそこそこ村に溶け込めていた。
やはり人の出入りが少ない田舎であることもあり、奇異の瞳で見られたものの、こういう地道な活動で最近はこうして雑談するくらいの関係は築けてていた。
「いい加減に扱って薬効が消えたものを納品されたりとかあるのよねえ……今の忘れて!」
シリンさんはわりと思ったことを口に出すことを止められない性格らしく、こういうふうに口を滑らせる。
来て数ヶ月の俺がそういう人なのだと思うくらいには。
「ははは。お願いしますね」
ばつが悪そうにうつむくシリンさんから笑いながら距離を取り、俺はギルドに備え付けられた椅子に座って顔をしかめているアルロへと近づいた。
「どうもアルロさん。なにかあったんですか?」
「お、おお。レイルくん、大変だったんだよ。畑を荒らしてたクラッシュボアの野郎を追い込んでたんだが、狩りの最中にヘマしちまってよ」
アルロと呼ばれた男は、ギルドで仕事をしている上で顔を合わせたことが何度もあった。
20台後半の男で、農家の三男らしい。丸っこい顔に失敗に物怖じしない態度からどこか憎めない印象を持つ男である。
Dランクの冒険者で、兎といった小動物を狩って納品している。
――だからこそ少し違和感を覚えた。
「クラッシュボアってCランクの魔物ですけど……Dランクのアルロさんで大丈夫だったんですか?」
俺は思わず心配になってアルロさんに聞いてしまった。
基本的に自分のランクより上の魔物に挑むのは危険なことだ。
「ははは。クラッシュボアくらいならなんぼのものよ」
「アルロさんはあくまでも手伝いでしょ。依頼の遂行者は別の人」
アルロの得意満面の笑みを浮かべていると後ろからシリンの冷静なツッコミが飛んでくる。
なるほど、山狩りをする人手として手伝いに行ったということか。
実際に魔物と戦うのはCランク以上の冒険者なのだろう。
「……まあ、手伝いでな。猪を追い込んだけど、避けきれずにこうして名誉の負傷よ」
「怪我したの?」
シリンさんが心配そうな声を上げて受付から出てくる。
「おう。痛え痛え」
それにどこか嬉しそうな顔を浮かべたアルロが、シャツを脱いで手を差し出すとそこには新しい包帯が巻かれており、血が滲んでいた。
「血がまだ止まってないわね……大丈夫なの?」
シリンはその迫力に口で手を覆った。
不安そうに顔をしかめるシリンさんを見て俺は補足する。
「牙で皮膚をちょっと切っただけみたいですよ。骨も折れてないみたいだし数日で治るかと」
王都で冒険者をやっていたときは生傷の絶えたことがなかったから、その経験から口出しをしてしまう。
言ってからしまったと思った。
「……レイルくん、医者の先生に言われたことと全く一緒のこといってるけど。詳しいなあ」
案の定俺を見てアルロさんは目を丸くしていた。
「駆け出しで怪我することが多くて……自然と覚えました」
いつどんなところでボロが出るか知れたものじゃない。
俺は反省ながら曖昧に笑ってごまかした。
「もう何よ……いつものドジってわけね」
そんな俺の言葉に、怪我を真面目に心配していたシリンさんは安心したらしく、小さく胸をなでおろしながら言葉を続ける。
「ま、お酒が飲めるくらいの怪我で良かったわね。今夜はレイルくんの歓迎会なんでしょ?」
「えっ!?」
シリンさんの言葉に俺は驚いた。初耳だったからだ。
そんな俺の反応が想定外だったらしく2人とも驚く。
妙な空気が流れる。
そして、バツの悪そうにおずおずとアルロが口をひらいた。
「あっ。……わりぃ、レイルくん。そのこと伝え忘れてた」
「アルロさん。歓迎会、今晩って言ってますけど!?」
準備とか色々大丈夫なのだろうか。当日いきなり言われるのは想定してなかった。
「クラッシュボアを狩猟に行く準備で忙しくて言うの忘れてた。あっはっは、ごめんよ。今晩俺が酌してあげるから」
おおらかだな、と心中苦笑しながら俺は頭をかいた。
無料ならいいが会費がかかる可能性もある。急な出費は痛いなあと財布を開こうとした時だった。
、後ろで扉の開く音がした。
きぃ、と控えめで清楚な扉の開き方とともに、1人の少女が入ってきた。
「……こんにちわ。今大丈夫でしょうか?」
可憐な声がギルド内に響いた。
――思わず目が釘付けになる。
透けるような白い肌に、楚々とした立ち姿。
少女は手に美しい桜色の花束を抱きかかえるように持っていた。
携えられた美しい花にまるで見劣りしないほど可憐な少女だった。
「ええ。大丈夫よリルカちゃん。なにか御用?」
シリンははっと居住まいを正しながら少女を迎え入れるように受付へと戻る。
少女の名前はリルカというらしい。
「あの、これ……また庭に咲いたので良かったら飾ってください」
受付に歩いてきたリルカは、手にした花束をシリンに渡す。
「まあ……きれいなお花。いつもありがとう」
女性同士の微笑ましいやり取りを俺はぽーっと見つめている。
見惚れていると後ろからアルロの声がした。
「ひゃあ……1日に2回もリルカちゃんに会えるなんていい日だなあ」
「え、同じ村に住んでるのに会わないものなんですか?」
「リルカちゃんはお医者さまの娘さんでな。診療所の手伝いをしてるから、怪我しないと会えないんだよ」
「へええ……」
なるほど。どことなく高貴な佇まいなのは村の名士の娘だからなのだろう。
「この包帯、リルカちゃんに巻いてもらったんだよぉ。リルカちゃん包帯巻くの上手いんだ。リルカちゃんに巻いてもらうと全然痛くないんだよ!」
浮かれた様子でだらしなく笑うアルロを尻目に俺はじっとリルカさんを見つめていた。
美しく目の保養にもなる、といったのもあるがそれ以上になにか――妙な違和感を感じていた。
それを知りたかったからだ。
「ところでその、シリンさん。依頼をした薬草なんですけれど……」
(え? 採集依頼……あるの?)
「あっ……えっと。リルカちゃんそれはね……」
シリンさんが言葉をつまらせていた。
俺の方をちらりと見てバツの悪そうな顔をしている。
さもありなん。
さきほど薬草採集の依頼は無いとシリンは言っていたはずだ。しかしリルカは採集の依頼を出しているといった。
おかしい矛盾している。
「まだ依頼が完了してなくて……ごめんなさいね」
シリンの対応も不自然に罪悪感を感じているような表情である。
リルカは医者の娘だと言っていた。だから薬草の依頼を出すのは自然である。しかし、切迫した事情がある様子の重苦しい口調で会話している。
……何かのっぴきならない理由が裏にあるようだ。
「そうですか。それは……仕方がないですね。わざわざお時間ありがとうございます」
シリンの深刻さに対してリルカの返答は優しいものだった。しかしこらえきれないものが小さなため息としてリルカは、不意に――ぐらりと、体をふらつかせた。
「!?」
俺は立ち上がった。
とん、という軽いものが受付のテーブルの上に置かれる音がする。リルカの手だ。
その手で体を支えるように立つリルカは――控えめに言っても体調が良くないように見える。
「リルカちゃん!? 大丈夫っ!?」
シリンさんが大声で叫ぶ。
その声に我に返ったように額に手を当てたリルカは、遠目からも無理だとわかるような笑顔を浮かべた。
「すみません少し休ませていただきますね」
「ええ。ええ……」
シリンは狼狽してしどろもどろになる。
そのリアクションにも慣れた様子でリルカは待合室の椅子に座った。
「……ねえアルロさん。リルカさんって体の具合が悪いんですかね?」
「小さい頃から体があまり丈夫ではないらしいけど……」
自分たちでも知らず知らずのうちに声を落とした俺とアルロはヒソヒソ声で話す。
アルロの話で少しずつ感じていた違和感が明らかになる。
肌が白いという印象があったが、白すぎる。白蝋のような肌は健康的ではないのだ。
どこか儚げな印象を与えられたのが原因だろう。
リルカはスカートを整えながら椅子に座り、地面にうつむきながら目を閉じた。
俺はそんなリルカの様子に胸騒ぎを覚える。
ある疑念が俺の中で形作られている。それはできるだけ当たってほしくない仮定だった。
それを確認するために俺はアルロさんに質問した。
「アルロさん……リルカさんって魔法を使えたりします?」
「え、いや……使えないって聞くよ? お母さんは回復魔術師だったみたいだけど。えーっと……なんでそんなこときくの?」
「……やっぱりか」
質問の答えは予想通りだった。
俺は勢いをつけて立ち上がった。
「お、おいレイルくん?」
アルロさんの声を背に受けながら俺はその少女に近づいた。
リルカと目があった。
「こんにちわ」
「貴方は……? どちらさまですか?」
「レイルと言います。数日前からこちらのギルドで冒険者をさせてもらってます」
「ああ。やっぱり初対面だったんですね。見かけない顔でしたがどこかでお会いしたなら失礼かと。……私になにか御用ですか?」
「冒険者の売り込みです」
戸惑いを浮かべるリルカに対して俺はそういった。
「ええっと……?」
「貴女が出した、エクスマジックベリーの採集なんですけど、俺がやっても構いませんか?」
「……!? なぜそれを」
俺の言葉にリルカは明らかに動揺を発した。
それに俺は賭けに勝ったことを確信する。
おそらく彼女はそれを必要としているだろう――と思っていたアイテムだったが、実際に当たった。
「当てずっぽうです……採集に行った森で、マジックベリー種の群生地を見つけましたから、経験上――あの種がある土壌には生息している一番のレアアイテムを言ってみたんですけど」
アーレイン戦団に居た時に使うアイテムを調達する際、実際に採集に行ったことからの知識だ。
エクスマジックベリーは、美しい白い実をつけた植物で、高級な魔力回復ポーション――ネクタルの調合材料になる。
高級というだけあり効果が高いネクタルは、Aランク以上の冒険者が主に使用する魔力回復剤になる。
アーレイン戦団はその上のハイネクタルを使っていたが、ネクタルも相当高価で、それに見合うだけの効力があるものである。
しかしこの辺境の村にAランク以上の冒険者は居ないのだ。
使用用途のない高級品――その材料を何故欲しがるのか、誰が使うのか。
それが俺の抱く“嫌な予感”の中心に位置するものなのである。
「よくご存知なんですね……」
「こういったレア素材の採集依頼は大きな商いですからぜひともおまかせ願いたいんですが」
高級素材であるエクスマジックベリーは採集系の依頼ではかなりの高額取引だ。
これで建前は立つ。
普段ならこんなにグイグイいくことはしない。……だがもし彼女がこのアイテムを欲しがっているなら急がなければならないわけがある。
ネクタルは冒険者の魔力回復以外にももう一つ用途がある。かなり例外的な使用法だが――。それが目的ならまずいことになる。
「すみません。貴方には頼めません」
だが彼女は頑なだった。
なにか重大な理由があるのか、目を伏せながらの返答だった。
俺は、口の中で次に話すべき言葉を転がしながら――つい堪えきれずに単刀直入に切り出した。
「リルカさん……貴女はもしかしてご病気なのではないですか?」
「……っ!? なんのことでしょう?」
衝撃を受けたようにリルカは硬直し――長い沈黙を経て、そう返してきた。
言わないが、答えているといえるだろう。
俺はさらに踏み込んだ。
「魔力欠乏症……違いますか?」
――魔力欠乏症。
この世界に生きる生き物は生まれながらにして大なり小なり魔力を生成する能力を持つ。
魔力とはなにか。
それは精神エネルギーである。思考力を持つ生命体が、精神を駆動させた時に起こるエネルギー。それが魔力と言われている。
これが多いものは魔術師になれる。
人間はその精神構造の複雑さ故に魔力を多く発生させることができる。
だがその複雑な精神構造の分だけ、生きているだけで魔力を放散させていく生き物でも有る。
まれに生まれながらにして、放出されるより魔力の生成量が少ない人間がいる。
それが魔力欠乏症と呼ばれる先天性の病気である。
「……!? 貴方は……一体」
俺が口にした病気の名は非情に珍しい病気であり、存在を知っている人すら少ないものだ。
だが俺は偶然知っていた。
なぜなら俺は魔法についての論文を読み漁っていたからだ。
俺の魔力容量上げる試行錯誤をする最中に、魔力欠乏症という珍しい病気があるという文献を見かけたことがる。
魔力とは精神エネルギーであり、人間を駆動させる上で必要なものである。
体力、魔力――どちらが枯渇しても人間は命の危機に陥る。
魔力が欠乏した人間は、マジックポーションで外部から魔力を補充しなければ生命力で魔力を補うことになり……結果衰弱して死に至る危険性がある。
生気のない肌。意識を失いかけるような体調。そして魔力回復ポーション。
ここまで条件が揃えば――後は知識さえあれば想像は容易だった。
「ネクタルが無いと……命に……関わるんじゃないですか?」
リルカは目を見開いて驚愕の表情をした。
しかしその言葉の答えは――聞けなかった。
「……ごめんなさい。私そろそろ帰らないといけませんから」
エクスマジックベリーは彼女自身のために必要なのだ。
しかし、そんな切迫した状況でもなお彼女は、頑なに俺が依頼をこなすことを拒んだ。
……来て数日の俺が察せない、やむを得ないなにかの事情があるのだろう。
「そうですか……」
こうも頑なならばもう為す術もない。俺は引き下がった。
だが、確証は得た。ならばとりあえずこれで十分だ。
「そうそう。診療所のお勤めと聞きましたので、怪我をしたら寄らせてもらいますよ」
「あ、はい。それは……怪我をしないのが一番ですが、ご遠慮無く。そろそろ私……失礼します」
リルカは会釈をしながら立ち上がり、ギルドから出ていった。
それを見届けた俺は、再び元いた場所に戻る。
「レイルくん。大胆に口説きに行くねえ」
戻った俺はアルロさんの呆れた声に迎えられた。
「リルカちゃんが可愛いからってグイグイ行き過ぎだよ。何を話してたか知らないけど、困ってたじゃないか」
離れた場所で話していたためアルロさんには聞こえていなかったらしい。
アルロさんが俺に話しかけてくる。
「ははは。強引すぎましたね」
俺が茶化したように笑うと、不意にアルロさんが真面目な顔になった。
「でもレイルくん……リルカちゃんにアタックするのは辞めたほうが良いよ。彼女は絶対に振り向いてくれることはないから」
「なにか理由があるんですか?」
「彼女には婚約者がいるんだよ」
なるほど。それはどうしようもない理由だ。
「しかし……そういう人ならなおさら放っておけないな……」
俺は小さくつぶやいた。
大切な人がいるというならば、彼女1人だけの命ではないということだ。
悲しむ人が多い命であるということは、ますます捨て置け無い。
そんな俺のつぶやきは誰にも聞かれることはなく、シリンさんが後ろから話しかけてきた。
「レイルくん。採集依頼は無いって言ってしまったけど、その……リルカちゃんの依頼はね」
「『指名依頼』でしょう? ギルドが公認したシステムじゃないですが、そういうのがあるとは理解してます」
基本的にギルドの依頼はランク以外は「早いものがち」だ。受ける冒険者を選ぶことは公式にはできない。
しかし依頼する側が様々な理由で冒険者を指名する事例が横行していた。
成功率が高いもの、処置の手腕が良いもの、依頼に付加価値を付け足せるもの。
依頼者が少し割高でもよりよいサービスを受けることを選択したいならば止めることはできない。
法律を運用し、作る――位の高い存在も冒険者に依頼を出すのだから。
「そう。理解してくれて助かるわ。色々……あるのよ」
シリンさんはほっとしたように息をつく。一応、ギルド職員として依頼を隠匿したことは結構な良くないことに当たる。
まあしかし王都でもそういうグレーな不文律はいくらでもある。決定権がない受付のシリンさんを責めても仕方がない。
それよりも――今は、リルカさんの病気のことが一大事だ。
「じゃあとりあえず急ぎの仕事もないようですし、歓迎会の夜までぶらぶらします。お先に」
「おうまた夜なあ」
アルロさんののんきな声を背中に受けながら俺はギルドを後にした。
ギルドを出た俺はゆっくりのびをして――小さくつぶやいた。
「よし……もう1回森に行こう」
目的はもちろん決まっている。
使命依頼を破ることになるし――それは俺を不利にするかもしれないが、今回はそういうしがらみを抜きにして――横紙破りをさせてもらおう。
人の命がかかっているようだし。
好きじゃないのだ。魔力が原因で人がつらい思いをするのは。
評価や感想いただけましたら非常に励みになりますので、よろしければぜひともお願いします。
書き溜めなので毎日 20:00更新します。よろしければ見ていってください。