Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って   作:とke

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4 エクスマジックベリー採集

 もう一度森に来た俺は、足跡を刻みながら奥へ奥へと入り込んでいた。

 目的はもちろん、エクスマジックベリーの採集である。

 昼を過ぎ、夕暮れが空にかかり始めた時分であるため、少し効率的に動く必要がある。

 周囲の探索は最小限にしつつ、ずんずんと奥へ進む。

 俺は木に「目印」の魔法を使い、帰り道へのマーキングをする。

 パーティにおける魔術師の役割は、ダメージディールの他にこうした探索補助も受け持つことになる。

 魔術的な目印を道すがらつけることで、遭難する危険を減らす。

 物質的な技術でそれをなすレンジャーという職業もあるが、アーレイン戦団は俺がそのレンジャー役も行っていた。

 

「……こんな奥に人の気配がする?」

 

 普段はいる以上に森の奥に踏み込んだ俺は、急に十数人連れ立った人の気配を感じ取った。

 そして俺が補足したということは、当然向こうにも察知されるというわけだ。

 

「誰か人がいるぞ」

 

「アルロが戻ってきたのか?」

 

 にわかにざわついた人の気配が俺に近づいてきて――まもなく鉢合わせをした。

 山歩きの装備に身を包んだ十数人の集団だ。

 

「村の外から来た新入りか? なんでこんな奥にいるんだ?」

 

 集団の戦闘を歩く男が俺に向けて質問を発した。

 鉄鎧に身を固めた若い男である。その顔には見覚えがあった。

 端正な顔立ちに、どこか若々しい自信を漲らせた男である。

 彼はこの辺境の村で数少ないBランク冒険者――ラークス・ルケインであった。

 

「ラークスさん。こいつも応援ですか?」

 

 ラークスの横についた取り巻きが訝しむように声を上げる。

 

「いや、頼んでないが……。Eランクのお前がなんでここにいる?」

 

 ラークスは腕組みをして苛立たしげに俺を睨みつけた。

 自分の想定が崩されたことにいらだちを覚えたらしい。

 

「薬草を採集していたら迷い込んでしまったんです」

 

 歓迎されていない空気だったし、俺はとっさに言い繕っておく。

 じろじろと山狩り集団全員の目が俺に向けられた。

 

「今、俺達が何をしているかわかっているか?」

 

 ラークスが呆れたように額に手を当てて、問い詰めるようにそう聞いてきた。

 

「クラッシュボアの討伐をしていると聞きましたが……」

 

 この時期に山狩りをしているということは、アルロさんに情報を聞いたクラッシュボア討伐だろう。

 まあ……Cランクの魔物が出る所にEランクの俺が紛れ込んだとなればそういう反応になる理由もわかる。

 こっちにも事情があるが向こうは知らないわけだし。

 

「わかっているならなおさらなんでここにいる! Eランク風情はとっとと山を降りろ!」

 

 露骨な舌打ちとともにラークスの怒号が飛ぶ。

 明らかに余裕がないヒステリックな怒り方に俺は驚いた。

 

(気が立ってるな……それともこれが素か?)

 

 あまり付き合っていられるほど時間に余裕もないのだが、俺はその怒号に気圧されたフリをした。

 

「すいません! お邪魔しました!」

 

 素直に俺は頭を下げることにした。 多分言い返すよりその方が早く終る。

 今は時間が惜しいのだ。

 その殊勝な態度に溜飲を下げたのか、ラークスはにんまりと笑い態度を軟化させた。

 

「ふん。待ってりゃ今夜の歓迎会でクラッシュボアの肉を食わせてやるからさ」

 

 きっぷが良く、度量が広いことを演出したいのだろう。最初に怒号を見せる時点で少し器が知れるが。

 俺は黙って頭を下げたままその場を後にする。

 

「さすがラークスさん。お優しい!」

 

「ラークスさんにかかればクラッシュボアなんて野うさぎみたいなもんですからね」

 

 取り巻きたちいれる露骨なよいしょに満更でもない笑みを浮かべるラークスを背にしながら俺はこの場を後にする。

 ラークスはBランクの冒険者であり、Bランク以上はかなり数が少なく、全冒険者のうち50人に1人ほどしかいないらしい。

 このクラスになると取り巻きが発生するし、こうやって特別扱いされるのも珍しいことではない。

 

「ギルドに戻っておけよ!」

 

 気分を良くしたラークスがそう言い残して山狩りの集団は森の奥に消えていった。

 完全に居なくなったのを確認して俺は動き出す。

 

「少し時間を食ったな……」

 

 俺はラークスたちともう一度鉢合わせしないように回り道をしながら森の奥へと再び進路を向ける。

 森が深くなり、人里から遠ざかったことで獣道が増えていった。

 体力が予想を超えて削れていく。

 俺はまだ来て日が浅いため土地勘がない。

 それを補うように、かなり集中して探索をするはめになっている。

 さらに森の湿気で濡れた地面はぬかるんでいて歩き辛い。

 朝から採集依頼をこなしていたため、その負担もプラスされており、体力がかなり奪われ――疲労している自覚もあった。

 

「そろそろ折り返さなきゃ……夜に帰れなくなるか」

 

 時間が刻々と過ぎていく中、いまだにエクスマジックベリーを発見できずに居た。

 梢の影から見渡せる空は少し赤みがかってきていた。

 少々焦りを覚え始めた。

 通常のマジックベリーばかりでエクスマジックベリーがはえていない。

 

「運がないな……っ!」

 

 うまく行かない状態に俺は歯噛みした。

 誰かを助けるという目的がある時に限って何も起こせない。

 焦る俺は、つい独り言を言ってしまう。

 

「魔力があるとか無いとか……そんなことで未来を奪われていいわけないだろ……!」

 

 リルカを蝕む――魔力欠乏症。

 魔力という先天的な形質で、人生が閉ざされる。そういう境遇は……俺にとって他人事ではない。

 俺もまた魔力の有無によって居場所をなくした人間だからだ。

 同情だの偽善だのと言われても、そんな不幸が目の前で繰り返されるのは見たくない。

 それは愚かな代償行為だが、それでも……気持ちの問題なのだ。

 俺はさらに集中し、地面に目を凝らした。

 この森の規模――そしてCランクの魔物が発生する規模の大気中の魔素がある環境だ。

 必ずある。

 エクスマジックベリーが発生する条件は整っている。 

 採集を続行する。

 夕焼けが暮れ始め、ゆっくりと周囲が漆黒に染まっていく時。

 俺の目は――鮮やかな白に染まったマジックベリーを見つけた。

 

「あっ……あったぁ!」

 

 俺は内心ガッツポーズを浮かべながらその薬草へ駆け寄った。

 白磁のような柔らかな白い花弁。たおやかな女性の手に似たエクスマジックベリーはその外観から別名“聖女の花”とも呼ばれる。

 俺は大事に――細心の注意を払って採集用ナイフで、薬草を切り離した。

 ポーチにベリーの重みが加わり、俺はようやく張り詰めていた気が解くことが――。

 

「ッ!?」

 

 気がほどけきる寸前、ガサリと地面が踏みしめられる足音が響く。

 山狩りの集団とまた鉢合わせたかと思ったが、足音は――一つだけだ。

 そして、大きい。

 俺は想像を巡らせ――それは悪い予感へとつながった。

 警戒心を張りながら足音の方向へ向き直る。

 

「ブルル……!」

 

 巨大だ。

 振り向いた先にあった影は大きかった。

 茶色の毛皮に全身を覆い、大人3人分はありそうな巨躯を獰猛に震わせる――一匹の獣がいた。

 口の両端には巨大な黄土色の牙を蓄え、豚のように平面な鼻を持つ。

 ――疑いようもない。

 Cランクモンスター、クラッシュボアだ。

 

(ここはこいつの縄張りだったのか!?)

 

 帰り道に刻んだ印の反応からもかなり奥に来たことはわかる。もう魔物が発生するほど奥地に来たことはわかっていたが、目的を果たした瞬間に遭遇するとは運がない。

 だがそれも仕方がない。

 偶然というだけでもなく、ここで魔物と遭遇しやすい理由があった。

 クラッシュボアは“草食”である。

 ――マジックベリーやキュアリーフといった滋養のある植物は「クラッシュボアの好物」なのだ。

 人間に比べ遥かに巨大な体躯である魔物の新陳代謝を支える食物となるとこういった薬草しかない。

 だからこうした薬草の群生地には魔物がよく現れるのだ。

 

 ぎろりとボアが俺の掘り出したエクスマジックベリーがあった空間を一瞥したあと――俺を睨んだ。

 

「餌を横取りしたから許さないって? まずいな……」

 

 背中に冷や汗が浮く。クラッシュボアの目は明らかな敵意が浮かんでいた。

 おそらくこの森の生態系でかなり上位の存在であるクラッシュボアは、自分の餌場を荒らした小さな人間が許す気はないらしい。

 自負が伺える。

 クラッシュボアのたくわえた牙は土属性の魔力を帯びている。それは巨大な杭のように人を簡単に射抜くだろう。

 レンガ造りの立派な小屋を突進しただけで粉々に破壊したという話もあるほどだ。

 

「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 ――来る!

 クラッシュボアは傲然と叫声を上げ、その必殺の突進を行った。

 轟音が響いた。同時に派手になにか硬いものが折れる音がする。

 強力な運動エネルギーが生み出す土煙が舞った。

 クラッシュボアの突進は、太い幹を育てた古木を真正面からへし折った。

 根本からおられた古木は実らせた葉を擦過させながら地上へと倒れ込む。

 ――この一撃を受けたら人間など跡形もない。

 だが、その木の破片の中に――俺の、姿はない。

 クラッシュボアは当惑するように周囲を見た。

 

「……悪いね」

 

 俺は小さくつぶやいた。

 俺のつぶやきをクラッシュボアは野生の聴覚で聞きつけ――“上”を見る。

 巻き上がる風に乗り、俺は空に飛んでいた。

 風の初級魔術の応用だ。

 そして、ボアの視線は上空に釘付けになっている。

 

「……帰りのこと考えると“これ”くらいしか使えないんだ」

 

 俺は苦笑して――手に魔術式を展開させる。

 

「果てより来たる―― 風よ!」

 

 大気の様子が変わった。

 不自然に起こる風、枯れ葉がそれに押し上げられ、宙に弾け飛ぶ。

 木の幹に体を打ち据え、態勢を立て直しているクラッシュボアはさらに俺を補足するために上を向いている。

 そんな魔物の“足元”で風が爆発した。

 

「風牙(エアロブレイド)!」

 

 クラッシュボアの後ろ足が吹き飛んだ。

 研ぎ澄まされた鋼の刃のごとく、不可視の鋭利な斬撃がクラッシュボアの足を切り飛ばした。

 風の中級魔法――風牙(エアロブレイド)。

 風で作った刃で相手を切り裂く。

 クラッシュボアの体表は硬い体毛で覆われているが、足までは毛がない。

 その弱点をピンポイントに狙った一撃は確実にクラッシュボアの動きを止めた。

 

「ブォォォォォォォ!!!!」

 

 その後、クラッシュボアは痛みに絶えきれず絶叫した。

 痛みに耐えきれないのだろう。悶え――木々に体をぶつけまくっている。

 その動きは完全に無防備だ。

 森の主として負傷を受けた経験がほぼないのだろう。初めての痛みに我を忘れている。

 

「……逃げよう」

 

 追撃すれば討伐するのはかんたんだったが、どのような魔法によって討伐しても大きな痕跡が残ってしまう。

 足への裂傷だけなら、クラッシュボアがヘマをしただけと見られるだろう。

 俺は……素性がバレるわけには行かない事情がある。

 

「あれならもう追うどころじゃないな」

 

 俺は苦しみ悶えるクラッシュボアに背を向け、全速力で逃げ出した。

 

(Sランクパーティの魔術師だったのに情けないことだが! 逃げる!)

 

 山狩りをしていた集団と出会ったのはそう遠くない場所だ。彼らが討伐してくれるだろう。

 俺は木につけた目印をたどって急いで帰路につく。

 エクスマジックベリー採集、達成。

 

 

 




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