Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って 作:とke
夕焼けが宵闇に変わり始めていた。
俺はリーウィルへの帰路を急いでいた。
幸いにして日が暮れるまでは村にたどり着くことができた。
村に戻ってきた俺は一息ついて汗を拭いなら次にどうするか考えた。
(さて、戻ってきたけど……ギルドに納品してもあの様子だと受け取ってもらえないだろうな)
リルカが求める薬の材料――エクスマジックベリーは採集完了した。
これはギルド依頼に出したものであり、ギルドに行けば納品完了となる。
しかし――。
“使命依頼”ということで、採集者が指定されている。
そのためギルドに行っても受け取ってもらえないだろうから、これはもう当事者に直接持っていくしか無いだろう。
「確か、リルカさんの家は診療所だって……あ、俺……まだその場所しらない」
来て日が浅く、あまり怪我をすることもなかったので、俺はまだ診療所の場所を知らなかった。
「あれえ。レイルくん? なんで村の外から……」
立ちすくんでいると声をかけられた。
声の主はアルロだった。
「アルロさん! ちょうどよかった。あの、診療所ってどこにあります?」
「へ? ギルドよりさらに坂を登った石造りの家だけど――なんだい怪我でもしたのかい?」
「ありがとうございます!」
渡りに船と診療所の場所を知った俺は、アルロに手を振りながら早足であるき出した。
「いやでも待ってレイルくん、この時間は確か……ちょっと!」
後ろで何かをまくしたてるアルロを尻目に、俺は坂を登る。
なだらかであるが、森歩きで体力を失った後だと流石に堪える。
やがてアルロに説明された通りの場所に行きつく。
「診療所はここか……」
扉の前に大きく「診療所」と掲げられた看板があり、目的地だと確認した俺は、扉に手をかけようとして……扉に書けられたちいさな看板に目が行く。
そこには「外診中」と書かれていた。
「えっ!? 嘘だろ!? いないの!?」
信じられない思いで俺は扉のノブを引く。
がちゃりと鍵がかけられている感触が伝わる。
「なんてこった……」
夕暮れの太陽の照り返しを受けながら俺は診療所の扉の前で立ち尽くした。
「戻ってくるかなあ」
俺は診療所の前に立ちすくむ。
しばらく待ってみたが、帰ってくる気配がない。
やがて夕日がどんどん沈んでいき、宵闇が空を覆い始める。
(……夜から俺の歓迎会があるんだよなあ)
俺の歓迎会が夜にあると聞いている。
正確な時間はわからないが、これ以上待つとそちらに遅れるかも知れない。
「仕方がない。素材を野ざらしにしておくとまずいし、ギルドに行って納品として受け入れてくれるか交渉しよう」
後日にまた直接渡しに来るという選択肢はなかった。
薬草は鮮度によって薬効が大きく変化する。適宜な保存設備がなければ薬効が壊れてしまうこともありえるデリケートなものだ。
俺がいま寝泊まりしている冒険者ギルドの寮では薬効が壊れる危険性がある。
納品すればギルドの保存設備が使える。それに頼るしか無い。
坂を降りてギルドに行く。
途中でアルロに出会った。
「レイルくん! 先生……その調子だと居なかったみたいだね」
アルロは俺を見ると駆け寄ってきてくれた。
「追いかけててくれたんですか」
「坂を登っていったのは見てたよ。それで降りてこないから、途中で動けなくなってるんじゃないかって」
アルロの視点からみれば俺が診療所に行く理由は怪我しか想像できない。
長時間降りてこないとなれば、途中で倒れ込んだかもしれないと思ってくれたのだろう。
素朴な人の良さを漂わせるアルロの行動に、王都では感じ得なかった人の情を感じて俺は胸が熱くなった。
「ありがとうございます。大したこと無いですから。ちょっとした怪我をして酒を飲むのに口がちくちくするのが気になっただけで……」
もちろん嘘なのだが、正直にエクスマジックベリーを採りに行ったともいえない。
「ああ。はは……貴重なごちそうの日だものな」
EランクやDランクの冒険者への報酬はやはり低い水準である。
食費に金をかける生活の余裕はないから、その説明はアルロを納得させた。
「だいたいこの時間の診療所は閉まってて、シリウス様の家に問診に言ってるんだ」
「シリウス?」
「シリウス・ルケイン。ラークスさんのお父上で、村のまとめ役みたいな人だよ。昔はすごい冒険者だったらしいけど今はご病気でね」
ラークス……クラッシュボア退治の山狩りを指揮していた若者の名前だ。
癇の強そうな顔が思い出される。なるほど村の名士の息子でもあるから、あんなに威張っていたのか。
「そういう事情なら……」
仕方がない、と続けたいが無駄足をふまされた徒労感がそれが言うのをためらわせた。
「アルロさんはなんで村の前に立ってたんです?」
「ああ、ラークスさんが帰ってきた時に立って迎えるためだよ。俺は1人だけ先に帰っちゃったし」
アルロの口調が若干愚痴っぽくなった。
俺は「大変ですね」と相づちをうつ。面倒なしがらみがあるようだった。
ラークスのパーティにいるわけでもなく、雇用されているわけでもないが、そういう気配りが村の顔役の機嫌を損ねない処世というものか。
狭い村で生きる上では、必然的にこういった人間関係が生まれるのだろう。
「まあ見てる限りも大丈夫そうだし良かった。じゃあ俺はラークスさんを待つのに入り口に戻るよ」
アルロは鼻歌を歌いながら戻っていく。
気楽な人だ――と思う一方、親身に自分を心配してくれたのは嬉しかった。
俺は疲れを少し忘れながら、アルロと別れて道を行く。
やがてギルドの前にたどり着き、扉を開いた。
「あら……。レイルくん? どうしたのそんなに疲れて」
扉の向こうにはいつもどおり書類とにらめっこをしているシリンさんがいた。
俺は周囲を確認した。山狩りで出払っていることもあり、ギルド内はほぼ人が居ない。チャンスだった。
カウンターに無言で近づき、俺はシリンさんに顔を寄せた。
「シリンさん」
「ど、どうしたの。近くない?」
内緒話をする距離に近づいたことで、シリンさんが動揺のあまり少し顔を引くが、構わず俺はポーチからエクスマジックベリーを取り出して眼前へ持っていく。
「これを」
それを見てシリンさんの顔色が変わる。
「……!? レイルくん。これ……エクスマジックベリー……?」
「ギルドで預かって欲しいんです」
「これ……困るわよ」
困惑が8割、拒絶が2割といった所か。眉をひそめたシリンは差し出したエクスマジックベリーに手を近づけず、顔を横にふる。
だとして俺もそうですかと引くわけにはいかない。
「……採集依頼がないアイテムをギルドの保管庫で預かるのは難しいのはわかります。「指名依頼」のため表に出してない依頼が――たまたまこれを欲していたとなれば尚更」
「それが分かってるなら。……わかるわよね?」
指名依頼は現場の空気の読み合いで成立している形式だ。それをあえて破るのはプロとしての意識を問われることになる。
私利私欲を優先するという風評が立つのは冒険者にとって不利になることだ。
「俺も使命依頼を奪いたいってわけじゃありません。今回は理由があります。リルカさんの命がかかっているかもしれないんですよ」
「なんで……貴方がそれを知ってるの?」
シリンさんは目を見開いた。――彼女も事情を知っているようだった。
「シリンさんもご存知でしたか……」
「私もこの村は長いから」
「ならばわかりますよね。リルカさんの病気である魔力欠乏症は、これで作った薬がないとまずい。しかも今日……意識を失いかけていた。見る限りかなり危険な状況です」
地面に倒れ込みそうなのを堪えていたリルカを思い出す。
「依頼の達成者は、指名された依頼者の人だってことにしてくれてもいい。報酬もいりません。人の命がかかってるのに形式にはこだわりませんよ」
俺の言葉にシリンさんはぐっと言葉をつまらせた。
そしてちらりと――リルカさんが持ってきた花を見た。そう、リルカさんの無事はシリンさんにとっても無視できるものではないはずだ。
あんなに嬉しそうに、リルカさんが作った花束を受け取っていたのだから。
「レイルくん……なんでそこまで?」
シリンさんの天秤は受け取る方に傾きかけているのを感じていたが、最後に俺の利を超えた行動を測りかねているようだった。
まあ俺も出会って初めての人間にエクスマジックベリーを無償でなげうつと聞けば裏を疑うだろう。
説明できない理由だから俺は苦笑するしか無い。
「魔力がどうのって理由で人が困るの好きじゃないんです」
どうにも曖昧な言い方になってしまうが、俺は正直に伝えた。
そう極めて個人的な――心情の話なのである。
だからこれは利益を求めてとか、そういうことではない。俺の自己満足の話なのだ。
――シリンさんと目があう。試されているように覗き込まれる目を俺はそらさず受け止めた。
はぁ――と大きくため息を付いてシリンさんがエクスマジックベリーに手を伸ばそうとした、その時。
「うおおおおおおおおおおおおおおい! クラッシュボアを仕留めてきたぞおおおおおおおおおおおおお!」
遠くから響く、威勢のよい若者の声で俺たちの会話は打ち切られた。
俺たちは慌てた。
「ごめんなさいレイルくん。一段落ついてからまた話しましょう」
シリンさんの言葉が終わらないうちにギルドのドアが勢いよく開け放たれた。
「大物だぞお!」
どかどかと大量の若者が入ってきた。
獣の血の匂いとともに、足から逆さに吊り下げられた巨大な獣の死骸がギルドに運び込まれた。
「依頼完了です」
にわかに人が増えて騒がしくなるギルド内に最後尾から革鎧をつけた男がひとり入ってきた。
ラークス・ルケインだ。
「まあまあ。お疲れ様。Cランクの討伐ですね」
声を高くしながらカウンターからシリンは出て、ボアの方に近づいていく。
俺は見咎められないようにエクスマジックベリーをポーチに戻し、邪魔になりそうだから喧騒から離れた目立たない場所に足を運んだ。
「はい……はい。確かにクラッシュボアですね。依頼の完遂を確認しました」
シリンさんは掛り切りで忙しそうにクラッシュボアの死体を見聞し、書類を何枚も書いている。
「この程度の魔物なら10歳の頃から親父と狩っている。間違えたりせんよ」
仕事としての形式上の言葉をあげつらい、にやにやとラークスは得意げに混ぜっ返した。
冗談だろうがあまり上手くない。シリンは顔をひきつらせてそれを聞く。
「うん……そうね。それはそう。えっと、報酬は今受け取られますか? それとも後でお家に……」
「今、受け取ろう。すぐ出してくれ」
「はいただいま」
シリンさんは書類を書いてから、奥から分厚い革袋に入った報酬を持ってきた。
ジャラジャラと重い中身を感じさせる。袋から無造作にラークスは金貨を一握りして――隣に立つアルロを手招きしてそれを差し出した。
「おいアルロ。この金持って、ちょっとひとっ走りしてこい」
「へ、へえ?」
ぼんやりとイノシシ肉を見ていたアルロは見たこともないであろう大金を目にして目を白黒させる。
「俺のおごりだと皆に伝えて酒場から酒もらってこい。ボア肉で一杯やるぞ!」
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ! と場が湧く。
俺はあまりの勢いに耳をふさいだ。すごい盛り上がりだ。
だが効果は絶大で、ラークスへの称賛の声がギルドにあふれている。
村の名士の長男ともなればこういう風にきっぷの良さを見せるのも仕事なのだろう。
王都のギルドは基本静かで、こういう盛り上がりを見たことはない。文化の違いに驚く。
「ああ! はい! 不肖アルロ! 酒を仕入れに行ってまいります!」
ラークスの顎で人を使うことに慣れた様子を、自然と受け入れたアルロは、頭を下げ小走りでギルドの外にかけていった。
「怪我で仕事してない分だぞアルロ!」
「急げよ! 俺らで全部食っちまうぞ!」
他の若者が元気に囃し立てた。
「いつもどおりここで飲ります?」
「村中の人を集められるのはここしかないからな。よろしく頼む」
宴会の算段がつくことをぼんやりと俺は眺めていた。
王都でもそういう宴席はあったが、身内の人数だけでやることが多く、村中の飲み――となると経験はあまりない。
何十人もで食卓を囲む経験となると結構な昔。
育った孤児院で囲んだ食卓くらい――。
「おいEランク」
ぼーっとしていると不意に俺の前に影がさした。
慌てて意識を戻すと、目の前にラークスが立っていた。
「え、あ。はい?」
「森から無事に帰れたのか」
「おかげさまで」
急に話しかけられてぎょっとする。
お陰様というほど世話になってないが、急だったので噛み合ってない答えを返してしまう。
そんな俺の様子をため息とともに見つめながら、ラークスは肩をたたいて噛んで含めるように注意してくれる。
「お前、Eランクなんだから遅い時間に森に入るな。お前が怪我でもされちゃ……ギルドの顔である俺の責任になるんだよ」
「はあ。すみません」
……この村のシステムがわからないのでなんとも言えないが、Bランク冒険者の1人でしかないラークスにそういう権限があるという話にピンとこない。
そういう理由もあって気の抜けた返事を返してしまう。
「ちっ……調子が狂うな。まあいいや、ところで――今日の宴会はお前が主役だからな、しっかりやれよ」
そんな俺の様子にラークスは隠しもせず舌打ちをしてから、さらによくわからない話をした。
え? 主役ってどういうことなのだろう。
俺はきょとんとして――アルロさんが昼間に行っていたことを思い出した。
「ボア狩猟と被ったから宴会になるが――名目はお前の歓迎会なんだからな」
混ざった!?
俺の歓迎会と、ボアが討伐できたからお祝いの宴会が混ざった!?
え、こんなふわっと行事って混ざるものなの!? ライブ感!?
「2時間くらいで準備できるだろうから、挨拶を考えとけよ」
エクスマジックベリーを採った時点で1日が終わった感慨にふけっていたのに、まだ今日は長そうだった。
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