Sランクパーティの落ちこぼれ、病気の少女と追放先で出会って 作:とke
リルカさんが倒れたあの宴会から数日が経った。
あの日を境に俺の周囲に大きな変化があった。
1つめはリルカさんを助けたことで村中に俺の顔が知れ渡った。
道を歩いていても頻繁に声をかけられるようになり、ときにはなにか贈り物をされたりもする。
村の一員として確固たる位置を確保したと言っていい。
これは良い影響だ。
しかしもう一つ大きく変わったことがある。
そっちは正直なところ悪い影響で……。
いや、気の所為になるかもしれないから、まだ考えないようにしよう。
俺はリーウィル村ギルドの扉をくぐった。
「はい採集依頼ですね。はい」
ギルドに入ると、受付にはもう長蛇の列ができていた。
(俺、営業時間と同時に入ったんだけどなあ……)
こいつらはどこから入ったんだよってくらいの列がもうすでに出来ているのである。
シリンさんがせわしなくそれを捌いていて、俺は最後尾に並ぶことになった。
祈るような気分で並ぶ。
それから数十分。
波濤のような人がはけ、俺はようやくシリンさんの前に立つことができた。
「どうも、シリンさんおはようございます」
「あ、レイルくん。おはよう……」
シリンさんに話しかけた俺は、胸が激しく動悸をうっていた。
それはもちろん、シリンさんを見てというわけではなく……。
「Eランクが受けれる依頼入ってます?」
俺のEランクの仕事があるかどうかを祈るように待っているからだった。
「い、いえその……ね。ごめん、また……全部――受領が完了してしまって」
そんな俺の必死の祈りはあっけなく――眼の前で打ち砕かれた。
もう確信していいだろう。
俺の周囲で大きく変わったことの2つめ。
あのリルカが倒れて、大騒ぎになった宴会の、あの日から俺に冒険者の仕事がない。
もう一度――大切なことなので言う。あの日から俺が唯一受けられる――Eランクの仕事がない。
「そうですかぁ……またですか」
俺はついに大きくため息を付いてしまった。
当然だが、もう当たり前のことなのだが、依頼がないと冒険者はお金がない。
冒険者は歩合制の肉体労働であり、依頼をうけないと給料が発生しないのだ。
そして俺はこれで3日仕事がないのだ!
「そろそろ財布がまずいんですけど……」
「ご、ごめんね……。採集依頼は来るんだけど朝早くから全部埋まっちゃって……」
シリンさんが気まずそうに明後日の方向を向きながらそう答える。
俺としてもシリンさんに言うのは見当違いだとわかっているから、そう恐縮されると立つ瀬がない。
しかし現実的に、暮らしというのは毎日お金がかかるのである。いま住んでいるのもギルドが建てた冒険者寮だが、それにも月額で宿泊費が発生するし、当然食事もお金がいる。
(もうこれ……依頼がないの偶然じゃないよな?)
俺が今日ギルドに到着したのは受付開始とほぼ同時だ。
時間が遅いならまだしも、受付開始と同時に、一瞬で“Eランクが受けれる依頼だけ”が消えているのだ。
採集だけ無いとかならまだしも、Eランクが受けれる依頼がきれいに全て――ギルドの受付開始と同時に消えている。
明らかにこれは作為的な匂いを感じる。
「おうEランク!」
俺が受付でうなだれていると後ろから見知った男の声がした。
「今日も依頼が無いのか? 大変だねえ、最低ランクは……」
振り向くと、そこにはラークス・ルケインがいた。
見下すような――ほくそ笑むような笑みであった。
「ええ、まあ、はい」
嫌な笑みである。
俺は身構えて体を硬直させた。
「まあでもしょうがないよな。依頼は早いもの勝ちなんだから」
言葉に棘がある。
あの宴会の日から、ラークスは明確ににこちらに敵意のある言葉を投げるようになっていた。
「おっと、退いてくれよ。俺は君と違って依頼を受けなきゃいけないんだ」
ラークスは言葉を続け、突き飛ばすように俺の横に回り込んできた。
この態度から俺は一つの事実を確信していた。
というより隠す気もないだろう。
Eランクの依頼を、ラークスが手下を使って独占しているのだ。
理由は……宴会の日に、ラークスの依頼を横取りする形で、しかもあんな派手に皆の前でエクスマジックベリーを納品したからだろう。
恨みを買った。
ラークスの取り巻きはこのリーウィル村ギルドの構成員ほとんどだ。彼らがEランクの依頼を受ければ、Eランクしかできない俺はこうやって孤立する。
「可愛そうだし……また機会があれば、俺の受けた採集依頼を君にお願いしようかな? エクスマジックベリー採集は――“俺の代わりに”よくやってくれたからね」
そしてさらに――驚くべきことに、あのエクスマジックベリーを俺が持っていたのは、ラークスが俺に代行を頼んでいたということになっているのだ。
それはいつの間にかギルド中の総意となって事実となっている。
ギルドでラークスの権威は絶大だった。この村のBランク冒険者はラークスただ1人。さらに村の名士の息子という肩書もある。
いわばこの村の伝統――システムそのものであり、真実などいくらでも捻じ曲げれるということだ。
まあそれはいい。別に俺も栄誉が欲しくてあんなことをしたわけではない。
しかし……仕事がないのが本当にまずいのだ。
「生活費が辛いなら相談してくれてもいいよ。村から出る旅費くらいは相談に乗るぞEランクくん――!」
ラークスは勝ち誇ったように顎を突き出して高笑いをした。
かくも露骨なラークスの態度にシリンはぎょっと目を細めるが――結局受け入れるしか無いようで、俺に目配せをして、心底すまなそうに小さく頭を下げる。
うーむ権力ってすごいんだな。
ここまで露骨なのはもうなんか、怒るより呆れるしか無かった。
だがギルドにいても俺がやることはない。ラークスの手下に絡まれる危険性も考えられ、俺はギルドを後にした。
「まずいやつの恨みをかっちまったなあ」
村の小道を歩きながら、俺は大きため息をついた。
嘆いて天を仰いでしまう。俺の心中とはまるで関係のない、のどかな青空が広がっていた。
仕事がない――というのはどうしようもない。
結局また村を出るしか無いのかも知れない。
二度目の追放というわけである。俺はよくよく居場所を失う星の下に生まれてきたらしい。
村を出る準備をしておこう、と俺は今後の方針を決めた。
「収入は……そうだ、カルダス先生にエクスマジックベリーの報酬を貰ってなかったな……訪ねてみるか」
エクスマジックベリーの報酬をまだ俺はもらっていない。
リルカさんはあの後、倒れたままベッドから起き上がれない状態らしい。
かなり無理をしていたようで、カルダス医師はつきっきりで彼女の診療をしているそうだから、そんなところに料金の話をしにいくのに遠慮をしていた。
しかし背に腹は代えられない。
診療所に向かうかと思ったその時だった。
「あっ……レイルさん!」
道すがら呼び止められた。
女性の声に戸惑いながら振り向く。
振り向くとそこにはリルカが立っていた。
「え? リルカさん? もう大丈夫なんですか?」
数日前の顔色が蒼白な様子から大分赤みが戻っているように見えて安心する。
「つい今しがた起きられるまで回復しまして。その節は本当にありがとうございました」
「そんな。当然のことをしたまでですから。頭を上げてください」
礼儀正しく頭を下げられ、俺は慌ててしまう。
真っ直ぐな好意に胸の奥がちくりと痛む。魔力枯渇に過去の傷があったから、かなり私利私欲にまみれた行動だったわけで、そこまで感謝されると逆に辛いものがある。
「それで、よろしければ家にお越しいただけませんか? 薬の材料のお代金と、お礼にお食事でもどうかと思いまして」
「お仕事は大丈夫なんですか?」
「ちょうど朝の往診の波が落ち着いたところですから」
渡りに船の提案と言えた。
今日の食事も苦労する懐の寂しさが続いていたこともあり、1食のごちそうはかなりありがたい。
それにエクスマジックベリーの代金も喉から手が出るほど欲しいものだ。
「それならば是非」
俺は1.2もなく賛成した。
「そうですか。良かったです」
にこりとリルカは笑顔を見せ、踵を返す。
俺は先導してくれるリルカの背を追った。
俺たちは坂を登り、診療所へとたどり着いた。
体の弱いリルカがそこそこ急な坂を登るのが少し心配だったが、さすがに慣れているのか、少し肩で息をしているだけのようだったので安心する。
「お父さん。ただいま! レイルさんがいらっしゃいました」
俺たちは診療所の扉をくぐり、リルカが奥の方へと声を上げた。
リルカの声に応ずるように診療所の奥にあるカーテンが開く。
その奥にある診療机に備えられた椅子に腰掛けたカルダス医師が俺を迎えるように立ち上がった。
「おお……レイルさん! 先日は娘のために本当にありがとうございました。ささ、こちらへ」
カルダス医師の勧められるまま、俺は奥へと足をすすめる。
「リルカさんお元気そうですね」
「ええ。あれから随分と良くなりまして。素材の処置が良かったのでしょうな。あの時調合でできたネクタルはいつもより良い出来のようでしたから。レイルさんのお陰ですよ」
「いや、そんな」
「どうぞおかけになってください」
俺は診療場の椅子を勧められ、促されるまま座る。
木製の頑丈なベッドに清潔を心がけるための処置が行き届いている。
良い診療所だなと興味深くキョロキョロしていると、カルダス医師が麻の袋を差し出してきた。
「これが素材の報酬です」
ちゃりんと麻袋から硬貨の音が響く。
俺は頭を下げながら受け取って――手にずしりとかかるその重量に冷や汗をかいた。
「……えっと。多くないですか?」
エクスマジックベリーとその他数種類の薬草の正式な報酬額より明らかに多いような重さを感じる。
「延滞料……と思っていただければ。もう少し早くお渡しするのが筋でしたが、娘の病気は予断を許さないものですので、つい今日まで遅れてしまいました申し訳ありません」
「そんな! 命がかかっていることですから当然ですし、こんなに多くは……」
「後は素材の鮮度が非情に良かった。娘の予後がこれまでにないほど良いのは素材の質も間違いなく関係しています。正当な報酬ですよ」
「そうまで言われて受け取らないほうが失礼ですね。ありがたく頂戴します」
訥々と説明を受けた俺は、その真摯さに胸を打たれた。
医療のプロフェッショナルとして、採集の仕事を評価する姿勢を感じる説明だった。
カルダス医師は決して家族の情だけで評価を下すような人ではあるまい。
ここまでプロとして仕事を評価してもらうのだから、対価を受け取らないのは失礼だろう。俺はありがたく相場より多い報酬を受け取った。
「ところでレイルさん。昼食のご予定はありますか? 良ければご一緒にどうでしょう」
食事の提案に――つい腹の虫が鳴ってしまう。
俺は恥ずかしさに頭をかきながら答えた。
「腹が遠慮させてくれないですね……実は昨晩は食べてなくて」
「ははは。ぜひともたくさん食べていってください」
カルダス医師は闊達に笑い、リルカに目配せする。
「それではご用意しますね」
微笑しながらリルカが奥へと入っていった。
「リルカさんが料理を……? そういえば奥様の姿がないようですが……ご不在ですか?」
俺は軽率に疑問を口にしたとき、カルダス医師の顔に影がさした。
「ええ。その。妻には……先立たれましてな」
「あ……それは」
「もともと、私が薬剤の調合。妻が治療魔術師として2人で経営していたのですよ」
カルダス医師の顔が堪えきれないように悲しみに歪む。リルカの年齢を考えるとそう古い記憶ではないだろう。
「リルカに似て、抱え込みすぎるところがありまして。医者の不養生とはよく言ったものですなあ」
淡々と話すカルダス医師の言葉は、何かをこらえるために不自然に無感情であり、まだその傷は癒えていない証左だった。
俺は言葉を挟めずに口をつぐむ。
「あ、ああ。すみませんレイルさん。暗い話をしてしまいましたね」
沈んだ俺の空気を察して、カルダス医師は慌てて咳払いをした。
その時だった。診療所の入り口から声が響いた。
「カルダス先生、おりますかのう? ばあさまが腰をやってしもうて!」
村の誰かの声だろう。同時に、「イタタタタ」と苦しそうな声が同時に聞こえてくる。
その声にカルダス医師は“先生”としての顔になり、立ち上がった。
「今行きます! レイルさん。急患ですのですいません。一番奥の部屋が食卓になってますのでそちらでお待ち下さい」
「はい。お邪魔します」
足早にカルダス医師は仕事に戻るのを見送った俺は言われたとおり、奥へと足を進めた。
奥で火を使う音がする。
リルカさんが料理をしているようだ。台所と食卓が近い間取りになっているようだ。
手伝おうという思いが一瞬掠めたが、見知らぬ家での手伝いはむしろ足を引っ張りかねないと思った俺は食卓の前で待つことにする。
「のどかだねえ……」
手持ち無沙汰な俺は――ぼうと窓から外を眺めていた。
そんな折――ふと目の前を一匹の蝶が横切った。優雅なその姿を目で追いかけると――その先には目を奪われる光景が広がっていた。
「見事な花壇……いや花畑だな」
窓の外は診療所の横手側につながっており、庭になっている。
そしてそこは、びっしりと花が咲き乱れた――花畑になっていた。
リルカと初めて会った時、花束を持っていたことを思い出す。その花はここから見繕われたものだろう。
俺はしばらくその桃源郷のような光景に目を奪われた。
桃、赤、紫――様々な色の花が咲き乱れ、うららかな日差しに照らされて気持ちのいい空間になっている。
(薬草の栽培というわけではないようだし、カルダスさんじゃなくてリルカさんの趣味かな?)
花壇の花は、色彩の美しい観賞用のものが主で、薬草や香草畑というわけではなさそうだ。
趣味としてはリルカのイメージになるが、先入観かもしれない。
興味深げに眺めていると――俺はなにか花畑に違和感を感じた。
(月光草の色……紫って珍しいな)
違和感を突き詰めると、それは一本の花の花弁の色が原因だった。
記憶にあるその花の色は黄色だったはずだが、それは鮮やかな紫の花弁をつけていた。
珍しいことだが、確か特別な育ち方をすることでそうなる植物だという記憶がある。
なぜそうなるのだったか……。
「ふむ?」
しかし小さなひっかかりであり、それ以上どうということもできない。
俺は首をひねりながら花壇を眺めていると、後ろから声がした。
「レイルさん。ご飯できましたよ」
俺は考えを中断して、リルカの待つ厨房へと向かった。
「どうもありがとうございます。こりゃすごい……ごくり」
楚々として厨房に隣接する食卓へと来た俺は、並ぶ料理に思わずつばを飲み込んでしまう。
そこには山菜、干し肉、穀物ををふんだんに使ったコース料理のごとき豪勢な料理が並んでいたからだ。
「作ってる最中に気づいちゃったんですけど、嫌いなものとかありますか?」
「いいえ。なんでも食べますよ! これは全く美味しそうで……いいですね!」
語彙力が消失してしまうほど猛烈な食欲がせり上がってくる。
しかし、まだ家主であるカルダス医師がまだだ。
非常に惜しいが我慢しなければ……
「お父さんは追加の診療が長引きそうですから、食べちゃいましょう」
そんな心中を見透かされたのか、リルカは笑顔のまま俺を食卓の椅子に誘導した。
「先に頂いていいんですか……?」
「ええ」
悪いと思いつつ、昨日から節約のために何も食べていない空きっ腹には代えられなかった。
食事前の儀礼の祈りを捧げ、俺は食事に手を付けた。
「いただきます!」
まずはスープを一口。
うまい!!!
しっかりと煮込まれた山菜が甘みを存分に出していて、そこに加えられた干し肉がボリューム感を補っている。
添えられたパンは焼き立てでしっとり柔らかく、噛みしめるほど小麦の旨味がじゅわりと滲み出てくる。
「あの、嫌いなものとかはないですか?」
「いや……これは本当に美味しいです」
さらに添えられたチーズに手を出す。とろけるようなクリーミーな味わいだ。
俺は返事もそこそこに、チーズをあてにパンを2切れたいらげ、スープも残さず飲みきってしまった。
「うふふ。スープのおかわりどうですか?」
「う……いただけるならば是非……」
ご馳走になっているのに図々しいかとも思ったが、食欲に抗えない。
もう1杯お願いしてしまう。
俺は満足行くまで食事を楽しんだ。
「いやあ。食べたぁ……ごちそうさまです」
食後のミルクまでいただきながら俺は行儀悪く天井を見上げ、満足の声を出した。
「ご満足いただけたようで何よりです」
「この村の野菜は本当に新鮮で美味しいですね。村を出たら……食べられなくなるのが残念だな」
満腹が産む満足感で俺は口を滑らせてしまった。
リルカの顔色が変わる。
「村を出ていかれるんですか!?」
――余計なことを良くいう日だった。
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