問題のスタジオでチャイカの事件が起きていたことなど知る由もない三人。
笹木、椎名、リオンの三人は全く別の場所で一緒に収録を行っていた。
収録は何事も無く終了し、休憩室のような小さな部屋の中で
三人は膝を突き合わせ他愛もない話をしていた。
「そう言えば、今日は皆が警察に呼ばれてるんだっけ? 」
リオンが手に持っていたペットボトルを口へと運んでいた。
「あー。せやせや。あたしらは別日になったんよな。」
スマホを操作していた手を止めた椎名はリオンに顔を向けた。
いつもならスマホを軽快に操作したり、楽しそうに会話を聞いている笹木だったのだが、
今日は収録当初から、どこか遠くを見つめており、心ここにあらずという感じだった。
「笹木? 何か変やで。どないしたん? 」
椎名は笹木の異変に気が付いていたのだが、ここまで話しかける機会がなかった。
笹木が椎名の問いに反応を示し、答えようとした時だった。
突然、休憩室の照明が消えて暗闇に包まれた。
「なに!? 」
リオンの悲鳴のような声が聞こえた時だった。
直後に照明が復旧した。それと同時に部屋の扉が開かれ、スタッフの一人が飛び込んできた。
「すいませーん。間違えて消しちゃいました! 」
スタッフは頭を掻きながら気まずそうな顔をしていた。
「大丈夫やでー。」
「もう驚かせないでよ。」
呆れ顔のリオンと半笑いの椎名がスタッフに無事であることを伝えると、
スタッフは安心した様子で帰って行った。
笹木は誰も居なくなった扉をジッと見つめていた。
『あれ? 』
笹木の脳裏に過去の光景がフラッシュバックしていた。
それは紛れもなくルイスの事件の時のことだ。
机の下に居た笹木には懐中電灯の強い光が当たっていなかった。
懐中電灯の光が左から右へと、ゆっくりと移動していく。
強い光が照らし出した場所に影が幾つか見える。
誰の影だなんかはわかるわけない。
だけど、そこに影があることがわかった。
『なんだろう。』
続いて光は右から左へと、ゆっくりと移動した。
無意識の内に笹木は頭の中にある【巻き戻し】のボタンを押していた。
再び再生されるあの日の映像。
懐中電灯の光がゆっくりと左から右へ流れていく。
『一、二、三、四...。』
ゆっくりと右から左へ
『一、二...。あれ? 』
無い...無いじゃないか。
扉を見つめたまま動かなくなってしまった笹木を心配したリオンが声を掛けた。
「笹木? 大丈夫? 」
「あいつ...おらんやんか。」
笹木が扉を見つめたまま意味の分からないことを呟いた。
「は? ほんまどないしたん? 」
椎名も声を掛けてみると、笹木は急に立ち上がったかと思うと、
そのまま部屋を出ていこうと扉へ手を掛けた。
椎名とリオンを残して部屋を出ようとした笹木は扉を開けた状態で、
立ち止まると二人の方に振り返った。
「椎名、リオンちゃん。大変や。あいつはおらんかったんよ! 」
そう言うと笹木は勢い良く駆け出して行った。
「なんやねん。」
「...さぁ? 」
椎名とリオンには訳が分からず、お互いの顔を見合わせることしか出来なかった。
笹木は目的の場所へ向かって走っていた。
運動というものは好きではないのだが、今はそんなことを言っている場合ではなかった。
走りながらもスマホを操作し、ある人に何度も電話をかけていた。
「はぁ...くっそ。はぁ...あいつ全然出ないやんか! 」
先ほどから何度も電話をかけている人物は一向に出る気配はなかった。
本当に肝心な時に使えん奴やと思いながらも、今の笹木には走ることしか出来なかった。
目の前には目的の建物が姿を現し始めていた。
ふっと前方に目を向けると、そこにはあの人が待っていた。
「Hi! ジョー児! ジョー・力一でございます。お久しぶりです。皆様。
突然の配信終了から間が空いてしまい、本当に申し訳御座いませんでした。」
ジョー・力一の配信が始まったのは、余りにも突然の出来事だった。
急な配信にも関わらず、放送開始直後から視聴数は伸び続け、
あっという間に二万人近くまで伸びていった。
力一が説明を始めたのは誰もが予想だにしていないことだった。
「まだ詳しい事情はお話しできないのですが、私はとあることが原因で
命を狙われています。実際に何かが起き始めたのは、前回の配信の途中からでした。
皆様もご覧頂いていたと思いますが、あの時と昨日と二回も命の危機に見舞われました。」
そう説明すると、暫しの沈黙が訪れた。
泣いていた。力一は必死に声を抑えていたが、視聴者には泣いていることが
目に見えずともはっきりと伝わった。
「申し訳...御座いません。私が泣いている場合ではありませんでした。
その二回で本来は私が犠牲になれば良かったのですが、私の代わりに大切な仲間に
被害が及び結果となってしまいました。本当に、本当にごめんよ...。
私は、私は二人のためにも犯人を許しません。徹底的に戦います。
配信は暫くお休みさせていただくと思いますが、私は必ず帰ってまいります。
皆様も信じて待っていて頂ければ嬉しいです。」
力一が頭を下げて一礼すると、そこで配信は終わった。
衝撃的な内容にネットやSNS上では再び動画の拡散と考察が止まることはなかった。
力一の涙に感銘を受けた視聴者の励ましや応援の声もそれに呼応するように
大きく広がっていったのだった。