笹木の亡骸が発見されたのは翌日の十月五日の朝だった。
発見されたのは区立病院の近くの薄暗い遊歩道だった。
早朝、犬の散歩をしていた近所の住人により発見された。
首を紐状の物で強く絞められたことによる窒息死だった。笹木の首には吉川線も残っており、
殺人であると推測された。死亡推定時刻は四日の二十一時から二十三時の間であると推測された。
発見現場は笹木の自宅とは反対方向であり、なぜこんな所に居たのかは不明だった。
もう一点、笹木の亡骸には不審な点が残されていた。
笹木のスマホが無くなっていたのだ。紛失したのか、誰かが持ち去ったのか、
それが犯人なのかは分からないままだった。
最初に警察に呼ばれたのは椎名とリオンだった。
署内の一室に案内された二人は刑事からある事実を告げられた。
「嘘やん。笹木が...そんな。昨日会ったやん。」
「なんで! なんで笹木が...。」
刑事から告げられたのは笹木の死だった。まさかの現実に二人は感情を隠すことなく泣き始めた。
昨日まで隣で笑っていた仲間の突然の死を受け入れる事が出来ない様子だった。
笹木とは特に親交の深かった二人の脳裏には笹木との思い出が走馬灯のように去来した。
あの屈託のない無邪気な笑顔が見ることが出来なくなってしまった。
刑事が二人の様子に声を掛けられず戸惑っていると、部屋に新たに二名の人物が案内されてきた。
それは力一とシェリンだった。部屋入るなり椎名とリオンのただならぬ様子に慌てて二人の元へ
駆け寄った。
椎名とリオンも見慣れた仲間の顔を見て安心したのか、駆け寄る二人に顔を埋めると
先ほどより大きな声で泣いていた。
「刑事さん。何があったんですか? 」
力一とシェリンには、まだ笹木の事件については伝えられていなかった。
刑事たちが、後から連れて来られた二人に笹木の死を再び伝えることになった。
「なんだって...。」
力一にも二人の涙の原因がはっきりと理解できた。力一とシェリンの二人も
涙こそ流してはいなかったが、次の言葉を選びきれずにいるようだった。
「...まさか。昨日の電話は...。」
ようやくシェリンが口を開いた。シェリンには前日の不在着信が頭をよぎった。
着信が残っていた時間は確か二十一時三十分頃だったはずだ。
「シェリンさん。そうなんです。」
「あ。掛かってきたな。昨日。」
シェリンと刑事の言葉に力一もあることを思い出したようだ。
「そうです。力一さんもですね。お二人には笹木さんから電話があったはずですね。」
「笹木が電話を? 」
リオンが頬に伝う涙を拭いながら力一とシェリンの次の言葉を待っているように見えた。
「ええ。僕の所には二十一時三十分頃に着信が数回ありましたね。僕は別の事をしていて
気づけませんでした。不在着信に気づいたのが二十二時過ぎ頃ですね。」
シェリンが悔しそうな表情を浮かべていた。シェリンは自分が電話に出ていれば、
何か未来が変わっていたのではないかと自身の過去を悔やんでいた。
「僕のところにもありましたね。確か同じく二十時半ぐらいだったと思うけど、
僕は電話に出たけど『ルイスさんの事件で気付いたことがあるから相談したい』って
言ってたんだけど、チャイカちゃんの件もあって後日してもらったんだ...。」
力一も悔しそうに顔を歪めていた。きっとシェリンと同じ気持ちなのだろう。
「なるほど。実は現場から笹木さんのスマホが無くなっていたんですが、
通話記録を照会したところ、お二人の証言通りですね。
お二人とも念のためにスマホの履歴を確認させて頂いてもよろしいですかな。」
そう言われると、二人は自分のスマホをそれぞれ刑事に手渡した。
刑事はスマホの着信履歴を調べると、しっかりと笹木の番号が残されていた。
その時間と件数をメモすると「ありがとうございました。」と言い、スマホを二人に返却した。
「二十時半って言ったら笹木がスタジオを出てから、ちょっとしてからやね。」
椎名は不安だったのかリオンの方を見つめていた。その視線に気付き、
リオンも昨日のことを思い出そうとしている様子だ。
「そうね...確か二十時ぐらいに部屋を飛び出しってたかな。」
「飛び出した? 」
リオンの答えにシェリンが、すぐに反応を示した
「せやで。なんやったかな...『あいつがいなかった』だったか『そこにいなかった』
みたいなことを言うて、部屋を飛び出していったんよな。」
「『いなかった』? 」
刑事たちも興味津々なようで、強張った表情で二人の女性に詰め寄っていった。
椎名とリオンは、その気迫にやや押され気味になったのだが、今は亡き友人のために
何とか踏み止まった。
「え、ええ。確かに言ってたわよ。ルイスちゃんの事件で思い出したって言ってたわね。」
「他には何か言ってませんでしたか? 」
シェリンは刑事たちの仲間のようになって、二人に詰め寄っていたことに気づいていないようだ。
「んー...特にないかな? 電気が消えたくらいかな? 」
「電気? 」
そう呟いた力一は刑事とシェリンとは違い、二人がやや怯えていることに気付いているようで、
少し離れた場所から冷静な表情で椎名とリオンを見ていた。
「せやせや。笹木が出ていく直前に、あの日みたいに消えたんやったな。」
「電気が消えて...『いなかった』...『あいつ』...『あいつ』? 」
シェリンがぶつぶつとそう言いながら、自分のつま先をジッと見つめていた。
シェリンの頭の中を笹木の残した言葉が旋回していく。
その旋回の軌跡が何か一つの絵を描き出そうとしていた。
刑事たちも二人の証言を記録すると二人のその後の行動を聞いてきた。
所謂、アリバイ確認と言うやつであろう。
「あたしは笹木が出て行ってから、少しリオンちゃんと話をした後、そのまま帰ったで。」
「椎名さんですね。ありがとうございます。自宅に帰ったのは何時頃でした。」
「たしか...リオンちゃんと別れたんが二十時半ぐらいで、家に着いたんが
一時間後くらいやったかな? 」
「それからは一人ですか? 」
「自宅なんやから、そりゃ一人やろ。」
どうやら椎名は刑事の圧に慣れたのか、物怖じせず答えれるようになっていた。
「あたしはしぃしぃと別れてから、舞元に聞きたいことがあって電話したわ。
時間は二十時四十分ぐらいだったかしら。それから二十一時十五分ぐらいに警察署に着いたら
舞元が先に着いていて、そこからは舞元と一緒に居たわよ。確か二十一時二十分ぐらいに
シェリンも警察署に来たわよね。」
リオンが話を振るつもりでシェリンの方を見たのだが気付いていないようで、
未だに下を向いて何かを考えているようだ。周りの視線が自分に集中していることに気づいた
シェリンは慌てた様子で辺りを見渡した。
「え? あ。なんでしたっけ? 」
「もー...シェリンも警察署に来てたわよね。」
「ああ。すいませんリオンさん。えー...そうですね。私も社さんが気になって
警察署に向かいました。時間は二十一時二十分頃でしたね。
それからリオンさんと舞元さんの三人で二十二時過ぎぐらいまで警察署に居て、
別れた後はそのまま自宅に帰りましたね。」
二人の証言はしっかり符合しているようだった。刑事は一通りメモを書き終えると、
力一にも念のために聴取をすることにしたようで、力一にも同じ質問を投げかけた。
「僕ですか。僕は解散後に真っ直ぐ自宅じ帰ってからは、ずっと自宅に居ましたね。
そう言えば配信を二十三時頃に一回しましたけど。」
「配信したん? 大丈夫なん? 」
この状況下で配信をしたことに驚いた様子で椎名が声をあげた。
「いや。独断でやっちゃったんだけど、どうしても気持ちを伝えたくてさ。悔しくて...。」
力一の寂しそうな小さな言葉は、やけに室内にしっかりと強く聞こえていた気がした。