ジョー・力一の記念すべき誕生日配信は午後八時三十分ごろにスタートする予定の
歌枠は始まることなく終わりを迎えることになった。
しかし、配信には照明が消えて一発目の発砲音が入り込んでしまっていた。
同時接続数も配信スタートから徐々に伸びていき、問題の時刻になった頃には、
力一個人最高を記録する勢いで五万人近くまで到達していた。
無論アーカイブが公開されることはなかったのだが、幾つかの切り抜き動画が
動画投稿サイトやSNS上にアップロードされ、軒並み再生数を伸ばしていた。
二日前のTwitterの時とは違い、すぐに鎮静化することはなかった。
力一の身を案ずる者、怪盗ピエロの正体を考察する者、怪盗ピエロを崇拝する者、
演出や自演だと冷ややかな目を向けている者など様々な反応と感情が入り乱れていた。
公式からの謝罪と説明が発表されたのだが、その不十分な内容も相まって
何の効果も生まずに焼け石に水の状態となった。
本人は不本意だったかもしれないのだが、動画投稿サイトのチャンネル登録者数、
メンバー数、SNSのフォロワー数は全てが伸びる結果となった。
その頃。病院では力一の怪我の治療が無事に終わっていた。
それに加えて、幸いにも入院は半日だけで済む結果となった。
力一が退院したことと新たな事実が判明したこともあり、三日後の十月四日に
事情聴取が行われることになった。
あの日、スタジオ内に居合わせたメンバーが対象となったのだが、
笹木と椎名とリオンの三名は収録のため別日の実施となった。
「新たな事実が判明したので、皆様への確認もして頂きいと思いまして。」
力一たちが集められたのは大きな会議室のような部屋だった。
中央に置かれた大きな机に力一、チャイカ、舞元、社、シェリンと男性陣が並び、
その対面に尊、天宮、葉山、凛月と女性陣が並んでいた。
部屋の入り口側近くに座っていた力一と尊の前には二人の刑事が立っており、
メンバーの表情を観察しているようだった。
「まず、Twitterの件は鋭意捜査中ですが期待は薄そうです。皆様に今回お聞きしたい事は
黒岩楼沙の事です。」
その名前に対して殆どのメンバーは何の反応も示さなかった。そんな中で一番大きな
反応をしたのは力一だった。目を見開き驚きの表情で刑事を見つめていた。
「どうして...その名前を? 」
「チャイカさんが教えてくれました。」
刑事の言葉を聞いた力一はチャイカの方に振り返った。一見すると、その表情には大きな変化は
なかったように見えたのだが、シェリンには僅かに険しい表情になっているようにも見えた。
「すまん。でも話しておいた方が良いと思ってさ。」
チャイカも同じように感じたのか、力一の目を見れずにいるようだ。
「力一さん。黒岩氏の遺言状をお持ちですよね? 」
「遺言状? 」
舞元の声が聞こえたのかどうかは分からなかったが、力一は観念した様子で俯いた。
「ええ。持ってますよ。正確には届きましたよ。」
「詳しく説明してくれますか? 」
刑事が問い掛けに一度大きくため息をつくと、力一は静かに語り始めた。
「黒岩さんは僕の初配信の頃からの視聴者の一人でした。すぐにメンバーにもなってくれたり、
事務所経由で高価な贈り物を頂くことやスパチャ。所謂、投げ銭も高額で何度も頂きました。」
「ああ。凄い熱心な視聴者がおると言っていっておったな。」
尊が相槌をいれた。尊も力一本人から端的に聞いたことがあった。
「ですね。尊様にも話した事ある方です。その人の正体を知ったのは結構前のことでした。
きっかけは事務所に届いたファンレターでした。そこには彼女の正体が書かれていました。」
「正体とは? 」
尊の言葉と共に部屋中の注目が力一に集まった。
「彼女は、その筋では有名な個人投資家らしく、投資で巨万の富を得た人物だったんです。
時間と金を持て余した彼女の目に留まったのが僕だった。彼女は六十代後半の女性ですが、
若い内に離婚をして現在は独り身で現実の男に失望と疑擢の念を抱いていました。
そこで彼女は『僕たちの世界』を選んだんです。」
「それであんなに羽振りが良かったのかー。」
舞元も彼女の存在は知っていたようだ。
他のメンバーにも噂が知れ渡っているユーザーとなっていた。
「ああ。そんな彼女から一週間ほど前、僕宛に一通の手紙が事務所に届いた。
中身は遺言書で中身は驚くべき内容だった。彼女は条件付きで僕に自分の相続権を渡すと
書かれていたんだ。」
「えー!? 」
同時に叫び声をあげたのは天宮と葉山だ。他のメンバーも驚きを隠せない様子だった。
「条件とは? 」
刑事たちは驚いた様子もなく力一に続きを話すように催促した。彼らは早く自分たちの
入手した情報との整合性を図りたいのであろう。
「彼女には娘がいました。名前は確か
ずっと入院しているらしいのです。だからもし、黒岩さんが亡くなった後に娘さんが
退院することなく亡くなってしまった場合は僕に全ての遺産を譲るというような内容でした。」