「亮?」
八雲の振り向いた先に居たのは元気に飛び込んできた、バンダナを巻いた生徒。記憶は直に思い出される。そのバンダナの生徒『結崎(ゆうざき) 亮(りょう)』を見た瞬間、彼の名前を呼んだ。
彼が名前を呼んだ瞬間、先に姫宮が声を荒げる。
「あー? あんたねぇ、授業はどうしたのよ! 授業は!」
当然ながら、現在は授業中。姫宮も教師らしくない格好はしていても、教師なのだ。だが、当の結崎の方は悪びれた様子はない。
「都会に出てきて、不安でいっぱいの友人を出迎えるために、この『結崎 亮』、授業はブッチしました。時に、友情は授業よりも…。」
『重い』とでも言おうとした所で、姫宮の左ストレートが炸裂した。それを見てやや引き気味になっている八雲だが、姫宮は当然だという顔をした後、頭を抱えた。
「何言ってんのよ! ん?」
『常習犯が』とでも言おうとした時、『友人』と口にした亮が八雲の方を向いて居る事に気がついて、彼の方へと視線を向け、再び亮へと視線を戻した。
「友人って、八雲くんと知り合い? あぁ、そういえばあんた、天照郷の出身だったわね。」
直に今までの会話の内容からその結論へと到達する。
「こっちに引っ越したのは、小6の時なんスけどね。それまで、こいつとは家が近所で。っていうか、久しぶりだな、八雲。」
「うん、久しぶり、会えて嬉しいよ、亮。」
古い友人との再会に八雲は心から喜びを浮かべる。記憶の中に居る亮と、目の前に居る亮は確かに変わっている。五年という期間は小学生という子供の頃から考えると短くない。12歳から17歳への変化は想像以上に大きいのだ。
「はっはっはっ。分かってるって、おれも嬉しいぜ。まぁ、こっちでもさ、一心同体で仲良くやっていこうぜ。」
亮はそんな開いた時間を感じさせない雰囲気で笑った。
「そうだね。また、仲良くやろう。」
その笑顔は子供の頃から何ら変わっていない笑顔を浮かべ会う旧友二人…。
「合コンの仕切りは任せとけよ。その代わり、宿題はまた……。」
「オッケー。ただ、暫くは間違っていても恨まないでよ、学校によって授業の進み方は違うらしいんだから。」
「おいおい、それは勘弁してくれよ。」
亮の言葉に苦笑を浮かべながら頷き、そう言葉を返す八雲に、当の亮も苦笑を浮かべながら少しだけ焦り気味に言葉を返す。
「結崎!」
『いい加減にしろ』と言う様に姫宮は叫ぶ。
「冗談、冗談。さ、八雲。中を案内するぜ。」
「うん。」
そう言って部屋から出ていく八雲と亮の二人。亮は八雲の背中をポンポンと背を叩きながら、『色々とスポットがあるんだよ。』と耳打ちする。
八雲も八雲で、『ありがとう。さっきの話しはここじゃ拙いから、他の部屋で。』『ああ。あと、何時かみたいにテストの時も助けてくれよ。』『勘弁してよ、ばれた時はかなり怒られたんだから。』『何言ってんだよ、あれだけやって一度しか失敗してないくせに。』等と会話をしているが、当然、姫宮にも聞こえている。
『悪友同士』と言う言葉が似合いそうな二人を眺めながら、
「まずは、水守先生のところに連れていくのよ! ああ、草凪くんも『あそこ』に行った後はちゃんと、こっちにも連絡入れるのよ!」
と声を掛ける。
「分かってます。」
「わかってるって、学長。」
そうを言い残して、亮と八雲は部屋を出ていく。
「まったく、もう……。」
「苦労なさってるんですね。」
「苦労なさってるわよ。」
頭が痛いとばかりに頭を抱える姫宮と、微笑ましい物を見る様な、懐かしい物を見る様な笑みを浮かべて言う若林、そして、最後に姫宮はそう言って大きく溜息を吐くのだった。
「さてと、まずは……」
部屋を出た結崎が、どこから回るか視線を巡らせた。そして、その顔をぐいっと自分の方に向かせる、メガネをかけた生徒が一人。しかし、何処かツッコミ属性を持っている様にも見える。
「まずはじゃない。結局、怒られてるじゃないか。」
溜息を吐くメガネをかけた生徒に対して、結崎はまた笑いながら肩を叩いた。
「そう言うなって。最初にお前に紹介してやろうと思ってさ。」
そう言うと、亮は八雲の方に振り向く。
「八雲、こっちはおれのツレで親友の館脇。」
そして、次に『館脇』と呼んだ生徒の方を振り向いて、
「道文。こっちが、おれの幼なじみで親友の八雲だ。」
「『草凪 八雲』です。よろしく。」
八雲が頭を下げると、館脇は失念していたと言う風な表情を見せる。
「え、あぁ。『館脇(たてわき) 道文(みちふみ)』だ。天照館高校からの交歓学生の話は、前から聞いていたよ。同じSGコースのメンバーになる。よろしく。」
自分の名前を名乗る。そして、照れ隠しだろうか、メガネを鼻先から目元に押し上げながら、言葉を続ける。
「それから、亮とは別に、ツレじゃないから。」
「つれないねぇ。さぁーてと、まずは校内一周ツアーと参りましょう。レッツ・ゴー!」
「おお、レッツ・ゴー!」
亮も道文の言葉が冗談や照れ隠しの類だと解ってるのだろう、変わらぬ軽口で言葉を返し、八雲もノリノリで言葉で答える。そんな二人を道文は苦笑を浮かべて眺めていた。
どうでもいいが、二人共先ほど姫宮に言われた事を完璧に忘れてしまっている。はっきり言って似たもの同士な友人同士である。
実際、今までは少し緊張していた為、先ほども余り実力を見せられなかったのも残念と思っていたのだ。そもそも八雲はその特殊な立場から天照郷の中では有る意味、外の人間との交流は多いのだ。特に同年代人間の中では最も多いだろう。
「ん?」
ふと、八雲の腕のリストバントが道文の視線の中に入った。
「ところで…そのリストバンドって、随分変わったデザインだけど。」
「ああ、これは…市販品じゃないんだ。大切な物なんだけど、向こうじゃ『鬼』って嫌われてるから、堂々と着けられないんだよね。」
さて、そんな学園案内ツアーズのメンバーが最初に向かったのは売店だった。
「やっほー、木ノ下ちゃん♪」
カウンターの向こうに居る定員に話し掛ける。亮の方へと顔を向けるとその店員はにこやかな笑みを浮かべている顔を僅かに傾け、
「いらっしゃいませ。授業中ではないのですか?」
ある種当然の疑問が返ってきた。
「あぁ、いいのいいの。いまはこいつの案内するのを優先。」
そう言って亮は八雲を彼女の前へと押し出す。そんな八雲を見て店員は『ああ』と短く言った。
「その制服……天照館からの交歓学生の方ですね? はじめまして。この店を任されている『木ノ下(きのした) 陽子(ようこ)』と申します。」
「初めまして。草凪八雲って言います。亮………じゃなくて、結崎くんとは幼馴染です。」
優雅に一礼しつつ挨拶をする。相手の丁寧な口調に対してからなのか、丁寧な口調に変わっているが。
「草凪さん、ですね。以後よろしくお願いいたします。物品など不足した際は、お立ち寄りくださいませ。」
「はい、お願いします。」
「木ノ下ちゃん、堅苦しいねぇ。おれ、もうちょいフランクに接してくれるの希望なんだけど。」
「勤務中ですから。」
亮の言葉に木ノ下はそう切り返す。では、プライベートでは変わるのかと思ってしまうが、それはまだ想像できない。
「さびしー。」
そう言って亮は八雲の方へと同意を求める様に顔を向ける。だが、
「いや、勤務中なら仕方ないって。」
八雲にもあっさりとそう言って切り捨てられるのだった。
(…売店って聞いたけど、一般生徒も利用するから、流石に武器とかは…。)
「お調子者は放っておくとして、草凪くんに説明した方が良さそうだね。」
八雲がそんな事を考えていると、道文が横から話しかけてくる。
「説明? 売店くらいは知ってるけど…。」
苦笑いしながら、そう答える八雲に対して、やや声を潜めながら…
「この売店、一階では普通の高校と同じく文房具や食品を扱ってる。だが、地下にSGコース専用の売り場がある。そこで扱っているものは……言わなくてもわかるか?」
「あー…。」
思いっきり納得した様にそう声を出す。当然ながら、似た様な土地柄を持つ天照郷にも似た様な施設はある。そことの共通点が出来たのだから。
「このことは一般の学生には秘密にしてある。だから、売店に用がある時は、SGコースの学生だけで行くのが望ましいね。」
「めんどーだよな、そう言うとこ」
道文の言葉に亮が面倒臭そうな浮かべるが、
「いや、木刀とかならともかく…刃物とか扱ってるなら、普通の生徒と一緒にって訳にはいかないでしょ?」
八雲にはそれを理解できる。同様に道文も頷く。
「不便に思うかもしれないが、天魔の出現はいつも突然だから。いつでも対応出来るよう、僕らの生活空間内に必需品の補充施設を置く必要がある。って訳。」
「験力に目覚めている生徒さんは、私の方で見抜きます。今は皆さんSGコースの方々だけですから、そのまま地下に入ってください。」
『どうぞ』と言って木ノ下が地下へと案内する。地下と言う場所と、扱っている物が一般の生徒相手には売れない物と言う条件が重なって、暗くジメジメとしたイメージが有るのだが、いざ入って見ると、そんな事は無かった。
「こちらがSGコース専用の売り場になります。どうぞ、ご遠慮なく、活用なさってください。」
明るく響く木ノ下の言葉、生前と整頓された周囲は暗いイメージ等無く、売られている物が雑貨から武器と薬品等に変わったが、それでも、木ノ下のキャラクターも有るのだろうが、一階と印象は変わらなかった。
商品を眺めながら何気なくその中の一つを手にとって見る。
「…『黒檀の木刀』…しかも、安い。」
決して安物ではないはずの代物に付けられている値札を見て驚いた。赤樫等はともかくとして、黒檀は高級素材、なのに…その値段はあり得ないと言うのが、八雲の考えである。
(…でもな…。)
立場上、『猛士』にとっての自分は鎮守人候補では無く、猛士から派遣されている仮免許皆伝中の『鬼』なのだ。故にこちらに出てくる事を連絡した時、完成された自分用の音撃武器を渡してくれると言う話しを聞いているのだ。
(…退魔用にも対応できる新型のテストタイプって言う話しだし、それを受け取ってからでもいいか…。)
「なんだ、買うのか?」
そう言って、亮が八雲の手元を覗き込むが、
「うーん…今日は止めておく。」
そう答えて八雲は商品を元の場所へと戻す。新しい武器の使い心地を確かめてからでもいいと判断したのだ。
「ありがとうございました。」
結局、冷かししか出来なかったのだが、それでも木ノ下はそう言って笑顔で送り出してくれる。それを聞いて少しだけ申し訳無くなってしまう。
さて、この月光舘学園の規模は、決して短時間で一周できる広さではない。取り壊される予定の有る旧校舎でさえ、その規模は大規模の学校の校舎にも匹敵する広さが有るのだ。そして、現在の校舎の規模は旧校舎等比べるまでも無いほどの規模を持っている。
流石に、某子供先生の活躍する漫画の舞台の学園都市や、某幻想殺しの不幸な少年の小説の舞台となる学園都市に比べれば遥かに劣っているが、校舎とそれに付属する施設まで加えると…『小都市』程度の規模は有るだろう。
旧校舎、時計塔、中庭、図書館と廻った所で、そろそろ教室に向かわないと拙いと言う道文の極めて常識的な意見で校舎の中に戻ると、間の抜けた声が聞こえた。
「あぁーこんな所に、やっといましたぁ……。」
間延びした…息切れした女性の声。
「あ、ヤバイ。忘れてた。」
その声を聞いて亮が頭を掻く、その言葉に八雲も大事な事を忘れていた事に気が付いた。そして、振り向くと小柄な女性が此方に向かって走ってきていた。
「迷子になったのかと思って、あっちこっち、探し回っちゃいましたよー。わたしの方が迷子になっちゃいそうでした。」
「僕まで、結局のせられてしまって忘れていた。……不覚。」
「ああ、そう言えば、すっかり忘れてた。」
そう言葉を続けて目の前の女性のことを聞く。大体の想像は出来るのだが…
「この人は?」
「あなたが、草凪くんですね。わたしがあなたのクラスの担任の、水守香奈です。これから、よろしくね。」
「はい、今日から一年間、よろしくお願いします。」
間延びした…良く言えばおっとりしている女性が教師とは思えなかったが、校内を私服で歩いているのは教師と公務員位しか居ない。八雲を探していた事と姫宮の言葉…その二つから判断して、教師である事は間違い無いと判断する。
「あら。ありがとうー、うれしいですー。仲良くしてね。」
そんな考えなど一切出さずに笑顔を浮かべながら挨拶する八雲に対して、快くそう答えてくれたのだった。
なお、この後、八雲は昼頃になってやっと紹介される事となるのだった。ただ、唯一の幸運としては、午後の最初の授業は水守の授業だったので、問題無く紹介される事となるのだった。