妹…だと…!?
「んぁ?」
気付いたら大柄な男に抱きかかえられていた。
すごい、おっきいです……。
というよりもここどこ?
「良かった。気が付いたんだね、那由他」
「はへ?」
どうやら俺は地面に倒れていたらしい。
どこかホッとした様子の男は片膝をついた状態で俺の背中に手を回し抱き起こしているようだ。
てか『
……あ、俺だ。
段々と鮮明になっていく思考に続いて、俺はポカンと開いた口が塞がらなくなった。
ここ『BLEACH』の世界や!
やったぜ、斬魄刀振って破道の九十・黒棺とか撃てちゃうのん!
誰もが一度は言った事ある台詞「卍・解!」とか真面目に叫べるのん!
やったのん!
でも俺のお兄ちゃん、
「無理をしない方がよさそうだね。顔色が悪くなってきたようだ」
タレ目気味の優しい目。見る者を安心させるような柔和な笑顔。溢れ出る慈愛が如き雰囲気とカリスマ。
少しパーマがかかった濃いめの茶髪は天パだろうか。あと、イケメンがかけた眼鏡はどうしてこんなにも似合うのだろう。
俺をお姫様抱っこの要領で横抱きにし丁寧に運んでいく様はザ・紳士。
180cm前後はあるだろう高身長からも威圧感を感じさせないのは流石だ。
「どうしたんだい? 僕の顔に何かついているかな?」
そりゃ見ちゃうでしょ。
漫画で見た時よりもだいぶ若い感じだけど、だってヨン様だよ?
見るでしょ?
信じられるか? 俺の兄貴──『藍染惣右介』なんだぜ?
嘘だと言ってよバーニィ……!
『ここで少し休んでいなさい』
それだけ言い俺の部屋から出ていったヨン様、もといお兄様。
よーし、まずは状況整理しようぜっ!
どうやら俺はTS転生したらしい。
体は10歳程度の女の子のものだ。
名前は『藍染
可愛いというよりも綺麗系の女神です。
勝ったな。
身長は160cm前後とこの年齢にしてはかなり高い方。
茶髪なのはお兄様と同じだが、髪質は綺麗なストレート。いつもはサイドポニーに結わえているが、今は下ろしているため腰に届くほどの長さになっている。
目元や顔つきはあまり似ていない。
吊り目だし、どこか怒っているように見える。お兄様とは正反対の周囲を威圧するタイプの顔だ。
まあ、顔つきはめっさ美人だと思うが。ちょっとテンション上がった。
あと、どうやら俺は無口・不愛想・無表情の三拍子揃ったコミュ障らしい。
これは怖がられますね。間違いない。
家は中級貴族(?)の家のようだ。位とかはよう分からん。
ただ、それなりに裕福な家のようである。俺の着替えとか手伝ってくれるお手伝いさんみたいな人もいたし。
そういえば、原作漫画の『BLEACH』って途中までしか読んでなかったけど、ヨン様の過去というか出生って明かされてなかったよな。
へえ、こんな家のお坊ちゃまん君だったのか。
思わず物珍しそうにキョロキョロとしてしまう。
といっても、俺はこれまで”ここ”で育った記憶を持っていた。
そもそも、元から俺だったんだ。
魂魄に残っていた(?)忘れてた前世を唐突に思い出したって感じ。
だから別に魂魄が入れ替わったとかそういう話ではない。これはなんとなく分かった。
その割にはなんで『俺』なのか。『私』じゃないの?
あれか。体は女、心は男。その名は名探偵、じゃないけどそういう感じの?
ま、いっか。俺は俺だし。
あと、俺はこんな厳つい表情している癖に虚弱体質だ。
どうやら霊圧が強すぎるらしく、対して魂魄の強度が貧弱なようだ。
だから普段は霊圧を極力抑えるような訓練をしている。
さっき倒れていたのもその関係だ。
もしかして、俺って死神の才能があるのかもしれん。
そうだよ。何といってもあの最強かつ最凶かつ最恐のラスボス、ヨン様の妹ちゃんですよ!
これは特記戦力「未知数の霊圧」待ったなし!
千年血戦編読んでないけど!
破面編終わって満足しちゃったんだよねー。
その後の話も何となく知ってはいるけれど。
でもでも、俺ってばめがっさ強くなれるんとちゃいますかぁ!
うっは、テンション上がってきた!!
……魂魄の強度とかはどうしたら良いんですかね?
えぇぇぇ……。
そして現実逃避は終わった。
「どうだい、那由他。少しは調子も良くなってきたかな?」
「はい、ご心配おかけしました」
「いや、無事なら良いんだ」
閉じられていた襖に影が差し、廊下から声だけが俺の元へと届く。
俺が返事をしたのを確認してから、ゆったりとした動作で室内へと入り俺の寝かされている布団の側へと座った。
お兄様である。
この”お兄様”って呼び方は、まあヨン様の本性を知らなかった当時の俺が兄を尊敬していたからだ。
時々何故か恐怖を感じてはいたが。でも次の日にはケロッと「なんで怖がってたんだろ?」という感じに戻っていた。
今は怖い。
ただただ怖い。
だって肉親の情とかあるわけないじゃん?
ヨン様じゃん?
じゃんじゃん?
やだなー、「用済みだ」とか言われて背後からハリベるのやだなー。
二回だけ耐えれても意味ないやん。
「……」
なんかヨン様がジッと見てくるぅ、なんでぇ?
とても怖いので止めて欲しいんですが。
あれか?
もしかして俺がヨン様の野望を思い出した事に気付いたとか?
この人の頭の良さとか訳ワカメすぎて、どんなところからどういった思考にいっているのか全く分からん。
でも、俺のこれまでの記憶によれば確かお兄様はまだ死神になってすらいなかったと思うのだが。
真央霊術院への入学は決まっている、らしい。
あまり詳しく教えてくれないんだよね。
既に才能の開花を見せていると聞いたけれど、どうせ本気は隠してるんでしょう?
俺、BLEACHは詳しいんだ。(大嘘)
まあ、全力を誰にも披露した事がないだろう事は本当だと思うけれど。
「お兄様は、死神になるのですか?」
沈黙に耐えきれず思わずヨン様へ問いかける。
特に深い意味はなかった。
しかし、反応はヨン様にしてみれば劇的だった。
伊達に妹として一緒に暮らしてはいなかったという事だろうか。
眉がミリ単位でピクリと動く。
それだけでなんとなく彼が驚いたのが分かった。
「うん、そうだね。力を持って生まれたんだ。皆の役に立ちたいと思うのは当然だろう?」
相変わらずのにこやか微笑である。
「そうですか」
特に意味もなく聞いたのだ。
その後も特に言いたい事がある訳もない。
「那由他」
「はい」
しかし、ヨン様は俺へと近づき、ゆっくりと俺の頭を撫でてきた。
まるで壊れ物を扱うかのように、優しく、優しく、予想以上の慈愛が込められたものだ。
今までの経験上では俺のお兄様は優しい。
とても優しい。
お優しいこと……。
時折他人に対して見せる、『自分以外は無価値』とでもいうべき極寒に冷めた虚ろな目も俺に向けられた事はない。
両親にすら見せるあの目に気付いているのは俺以外にいないのだろう。
恐らく魂魄に残っていた前世の記憶が時々コンニチワしていたのだと思う。無意識に。
別に記憶が蘇る前からヨン様の狂気を察していた訳ではない。
「寂しくさせてすまないね。でも、必要な事なんだ」
そら強くなりたいんだったら死神になりたいわな。
護廷十三隊にはまだ自分より強い人がたくさんいるだろうし。
この時期なら、という前置きが付くが。
「いえ」
言葉少なく俺は答える。
若干寂しく感じているのは事実なのだ。
これまでお兄様と過ごしたのは十年くらい。
現在の隊長格に誰がいるかなんて知らないが、ヨン様がまだ死神にすらなってない事を考えれば……今は原作開始の200年前くらいかな?
過去編でヨン様が出た時は既に副隊長だったから、そこから少なくとも今は50年以上離れている、と予想。
適当に考えてみたが俺にはこれ以上どうしようもないと思われる。
だって、そもそも虚弱体質すぎて俺が死神になる未来が見えないんだもん!
始めはBLEACH転生ヒャッホイ! とか思っていたが、現状を理解すればするほど黒棺は無理ゲーじゃねと感じる。
斬魄刀どころか浅打すら握れない可能性が高い。
筋力とか体力とか以前の問題なのだ。
霊圧を解放して本気出そうとしたら魂魄はじけ飛びそうになるんだもん。
無理やん?
魂魄の強度的に出せる霊圧は最高でも席官クラス。
でも、それで動けるのは数分だけである。
つまり、どれだけ頑張っても平隊員レベルの実力しか安定して活動できないのだ。
死神になるくらいならいけんじゃね?
けれども、そもそも親が許す訳がない。
一応貴族だし。一応女の子だし。
こんな虚弱な子を化け物の前にポーンって放り出すほど非情な親ではないんさね。
あと、政略結婚の仕込みは始まっているし、鍛錬は霊圧のコントロール以外はさせてくれない。
もうダメだぁー! おしまいだぁー!!
で、原作開始したらどうせ没落するでしょ、この家。
だって藍染家ですよ。そしてヨン様のご実家出身の俺。
許 さ れ る は ず が な い 。
他家に嫁入りしてたらワンチャンあるとは思うが、正直どんな仕打ちを受けるか分かったものでもない。
万策尽きたわ……。
どんどん落ち込んでいく俺。
あまり表情には出てないだろうけど、雰囲気は割と伝わるものだ。
相手はあのお兄様ですしおすし。
「済まないね」
そんな簡単な言葉で俺の今世破滅に導かないで?
あ、そうだ!
そもそも死神になる前なんだから、今の内に暗躍とか止めてもらうよう頼めばいいんだ!
うはは、勝ったな!
「お兄様」
「なんだい?」
「
再びヨン様の眉が動く。
先ほどよりも少し大きい。
こやつ、やはり暗躍する気満々じゃったか……!
俺は頭の上に置かれていたヨン様の手を両手で包み、自分の胸の前へと持ってくる。
真摯に、そう真摯にだ。
まだそこまで闇落ちしていない今のヨン様なら、まだ間に合う!
って信じてる!
ただの願望である。
泣きそう。
少し潤んできた瞳でヨン様の目をじっと見つめる。
彼も俺から目を逸らさない。
届け、この想い!
チートと呼ばれるほどの力を身に着けながら、より高みを目指す男、藍染惣右介。
読者からはヨン様なんて愛称を付けられ、良くも悪くも人気の高いキャラだった。
そんな彼が、何の因果か今は俺の兄である。
ならば、俺がここで何の手も打たず、将来起こる惨劇を見て見ぬフリをするべきではない。
俺は安全な未来が欲しい。
気軽に「卍・解!」とか叫びたい。
笑いながら「地に満ち 己の無力を知れ──破道の九十・黒棺」とか言いたい。
できれば詠唱破棄で上位鬼道をオサレにブッパしてみたい。
……なんか物騒だな?
まあいいや。
「ただの死神か……。那由他は一体、僕がどんな死神になると思っているんだい?」
まさかのデッドボールが飛んできた。
え、待って、これ試されているのでは……?
もしかして意味深に聞こえちゃった?
俺はただ「暗躍なんてしないで普通に勤めて下さいねっ!」って意味だったんだが。
あ、それじゃ「お前の考えなんてズバッとマルッとお見通しだ!」って言ってるようなもんか。
オゥノォ。
「失礼しました」
秘技・謝ってお茶を濁す。
いやぁ、ヨン様相手に誘導とか出来る訳ないんだよなぁ。
驕り高ぶったわ、俺。てへぺろっ。
「別に謝る必要はないよ」
「ただ」
「うん、何だい」
「うるさくなりそうなので」
ぶっちゃけ僕は平穏に暮らしたいだけなんでしゅ、ほんと。
自己中なクズでごめんなさい……。
「そうかい……。じゃあ、そろそろ僕は失礼するよ。那由他も今日はこのまま休んでいなさい」
それだけ言うと、本音暴露をした俺を置いてヨン様は静々と部屋から出ていった。
意外と上手くいった?
変に関心持たれてないよね?
しかし、これからどうすっぺ。
このままじゃ原作暗躍まっしぐらなんじゃが。
せめてこのペラッペラな魂魄強度を上げる手段はないだろうか。
そしたらヨン様譲りの化け物霊圧で俺がヨン様の暴挙を止める、止めたい、止められるかなぁ……?
……無理じゃね?
閃いたわ。
ヨン様と一緒に暗躍する側に回ればええんや!!
お兄様と一緒に愉悦しよう!
でも戦力としては期待しないでね?
天才かっ!?
▼△▼
私は彼女の部屋の襖をそっと閉め、思わず出た笑みに驚いた。
昔からあの子には何度驚かされているのだろう。
思わず邪悪な笑みが零れそうになってしまった。
小さい頃から私は優秀だった。
同年代に比べて、などという小さな話ではない。
この世に私に比肩するものが存在しないのではないかという次元での話だ。
どのような分野にも先達という者はいる。
そのため、私の知らない事を知っている者たちも、始めはそれだけ多くの数がいた。
しかし、それらはすぐに私にとって無価値となった。
彼らの愚昧さには憐れみすら覚えたほどだ。
何故思いつかない──それは少し考え方を変えれば思い浮かぶだろう?
何故予想できない──それは類似の例が過去にいくつもあったではないか。
何故出来ない──私ならば一刻もかからず習得できる。
何故、何故、何故。
あまりに、あまりに程度が低すぎる。
世の中にはそのようなモノばかりが溢れていた。
その度に、私は度し難いほどの怒りと絶望を覚えた。
誰も私についてこられない。
他者へ教えを乞う事を良しとしている。
どうしてだ。
どうして理解できる範囲で思考を放棄する。
どうして全ての可能性を考慮しない。
どうして出来ないと諦める。
──どうしたら、この感情を理解してくれる?
反して、私に対しては憧憬ばかりがついてまわる。
嫉妬するのも馬鹿らしい、とでも言うように。
羨む気も起きない頂だ、とでも言うように。
ただ私は憧れを集め、私のようになりたいという者が周囲に築かれた。
それは、誰も私を理解できないと同義であった。
憧れとは、理解から最も遠い感情なのだと。その時に私は初めて理解した。
そして、知識については諦めた。
知識など生きていれば勝手に身に付く。
そして、私よりも優れた『知恵』を持つ者は、ついぞ現れなかった。
次に求めたのは”強さ”だった。
尸魂界には世界の秩序を守る死神の集団『護廷十三隊』が存在する。
死神の敵である虚を倒す者たちだ。
つまり、彼らは『力』を持っている。
力とは、別に腕力の事だけを指す言葉ではない。
知力に関してはもう諦めたが、他にも多くの力はある。
そして、護廷十三隊は私の求める、自分よりも優れた力を持つ者が見つかる可能性が一番高い場所だった。
より自身を高める。
生きている意味を実感できる。
──始めは、それだけのつもりだった。
私には妹がいる。
彼女は才能の塊だった。
特に死神の強さと同義とされる霊圧など、兄である私に比べても遜色ない。
私の
しかし、何よりも彼女の特異性を語るならば、その真理を見通す『目』であった。
彼女はあまり感情を表に出さない。
決して無表情という訳ではないが、美しい子に育った分少し迫力があるのだろう。
彼女を理解する前に周囲は彼女から逃げていった。
私は逃げなかった。
私は常に、自身が負ける事を期待し、そして打ち勝つ事を夢見た。
常勝無敗など、生に何の恵みも齎してはくれない。
しかし、他者に負ける事を良しとした考えなど、唾棄すべきものだ。
私は矛盾の塊である考えを抱きつつ、都合上最も近しい者を観察していた。
──その硝子玉のように透き通った藍色に輝く大きな瞳は、私の本性を決して逃しはしなかった。
気付いたのは、私が両親へ冷ややかな目を向けていた時だ。
自身の息子に才能があると分かると飛んで喜び、その分娘にかけた期待が裏切られた時にはため息をついていた。
他者の表面しか見ていない。
愚かで、恐ろしく理解力の乏しい人種だった。
妹を擁護するつもりなどないが、彼女が私に劣っていると何故すぐに決めつけるのか。
私にはその想像力の無さが理解できない。
そんな私を見ていた妹の視線を感じふと振り返ると、彼女は私を見て──恐怖していた。
私は他者に自身の本心を見せないようにしている。
人当たりの良い、優しい少年を演じていた。
その方が都合が良いからだ。
自身の考えが一般的ではない事。
他者に迎合しない者は爪弾きにされやすい事。
私の目指す力を考えれば、他者は利用した方が都合が良いのだ。
ならば、他者が率先して手を貸すように誘導してやれば良い。
それだけだ。
けれども、妹『那由他』は私の本質をただの一瞬で見極めた。
私は歓喜した。
どれほどの識者でも見抜けなかったものを、彼女は傍目で理解したのだ。
その結果、どのような感情を私に抱いても構わない。
次の日から、私は幼い妹の面倒を積極的に見るようになった。
彼女の態度は変わらなかった。
まるで、昨日の出来事などなかったかのように、私を”兄”と平然と呼ぶ。
──この子も怪物だった。
なんとか醜悪な笑みを見せないように口に緩い弧を描く。
彼女は自分が恐れるものに対してすら拒絶を示さない。
それはまるでおとぎ話の聖女のようである。
誰もを平等に愛するのではない。
誰をも平等に裁けるのだ。
そこに私情が入る事はなく、常に彼女の視点は俯瞰的。
──まるで神の視点である。
欲しいと思った。
この彼女に我慢できない感情を与えたいと思った。
恐怖し、涙し、怒り、恨み、誰かを彼女の手で傷つけさせたい。
彼女の神性を、この私が犯したい。
那由他が私の本性を呆気なく見破れた時点で、私は敗北を胸に刻まれた。
世界の理不尽さに絶望しかけ、されどきっと何かあるはずだと藻掻いていた私にとって、それは希望の光だった。
他人であれば笑って流す程度の事だろう。
負けたのなら悔しがるべきだろう。
しかし、私には違う。
私にとっては、違うのだ。
しかしある日、私に落胆が襲い掛かった。
彼女の弱さが露呈したのである。
それは魂魄の強度。
彼女は己の持つ膨大な霊圧に対して、その魂魄は通常に比べても非常に脆かった。
体は丈夫である。
しかし、それ以前に魂が耐えられない。
医者も那由他の魂魄の改善は出来なかった。
なんという事だろうか。
やはり無能には任せておけない。
この私が認めた人物なのだ。
この私のあずかり知らぬところで勝手に堕ちてしまうなど許されない。
そこから私は使えるものを全て使って書を漁った。
何か解決できる方法があるのではないかと。
そして、見つけたのだ。
私は期待した。
那由他を私と同じ土俵へ誘う術を探していたら、なんと地から空へ羽ばたく道標を見つけたのだ。
まだ具体的な手法は分からないが、きっと到達してみせる。
私と那由他。
二人で至るのだ。
どちらが天に立つべきか、私と那由他で決めるのだ。
そんな考えで那由他の訓練中にも悦に浸っていたからか、彼女がいつの間にか霊圧の暴走を起こしかけていた。
普段は慌てる事のない私でも、流石にその様子には焦った。
下手をすれば魂魄が傷ついてしまう。
それでは魂魄の次元を上げるどころか、その過程すら耐えられなくなるかもしれない。
急ぎ干渉し那由他の様子を見るが、どこか呆けているようだ。
念のため部屋へと運び、少し時間が経ってから様子を見てみれば、彼女は私に怯えたような顔をしていた。
兄妹としてそれなりの時間を共に過ごしている。
分かりにくいとはいっても一般の範疇に収まる妹の変化に、私は部屋に運んでから声をかけてみた。
「
そして、那由他からかけられた言葉だ。
始めに感じたのは怒りだった。
声を荒らげるような無様は晒さなかったが、弱者である事を良しとするような発言だ。
いや、落ち着け。
彼女がそのような意図で、わざわざ懇願してくるだろうか?
死神になるべく準備をしていた段階で、彼女は既に何かに気付いたのだろう。
私の仮面すら容易く剥がす彼女だ。
鍛錬の際の変化を感じ取ったのかもしれない。
しかし、その差異と死神の在り方が結び付くのだろうか?
一瞬疑問に思うも、どこまで分かっているのか確かめるために問いかける。
「ただの死神か……。那由他は一体、僕がどんな死神になると思っているんだい?」
私の質問に対して、那由他は謝罪を返した。
自分が切っ掛けだと気付いて……!?
彼女は聡い。
普段であれば、私の問いを避けるような謝罪などしないだろう。
であれば、『ここでは話すべきではない内容』と判断した、という事だ。
恐らく、私が考えている事を正確に把握している訳ではないのだろう。
しかし、その切っ掛けを自分が与えたと感づいたのだ。
私が書物を読み耽りだしたのも、その時期も、どのようなところで読んでいたのかも。
那由他は把握していたのだ。
そして、私が周囲の人間に価値を見出せない中、自分に向ける私の視線の意味も察していた。
なにせ私が他人に向けている考えを一瞬で読み取った彼女だ。
そのくらい造作もないのだろう。
しかし、彼女は知らないはずだ。
私が知った情報を、家に軟禁状態にされている那由他が知りえるはずがない。
知り合いも少ないのだ。彼女に都合よく情報を渡す人物がいるとも思えない。
けれども、彼女は私の行おうとしている計画が負の側面を持つ事を理解したのだ。
彼女を見れば分かる。
那由他は私を止めたいのだ。
そして、それが自分のせいで行われると分かっているのだ。
何故だ。
何故分かった。
そもそも、
――何故、君は弱者の味方をする……?
しかし、その疑問も
「うるさくなりそうなので」
私は嗤いそうになった。
弱者を煩わしく思う気持ちは私と変わらないようだった。
──面白い。
どうやって真相にたどり着いたのかは分からない。
それが面白い。
「私は分かっています」という態度を示してくるのは非常に好戦的とも言える。
さらに言えば、那由他が私に拒絶の意を示したのは初めてかもしれない。
彼女の性格は分かっているつもりだが、どうやら私好みに育てられたようだ。
──私は止まらないよ、那由他。
私は意識を現在に戻し、閉じた襖の向こう側へ再び笑みを浮かべる。
今の君の魂魄を補修するのではなく、魂魄そのものを高次元の存在へと昇華させれば良いのだ。
霊圧を持っている彼女は死神としての素質がある。
むしろ体は健康体なのだから必要十分以上の才能と言って良いだろう。
ならば、この方針は間違いではない。
研究は進んでいないが私が完成させてみせる。
──『死神と虚の境を無くす』という研究を。
彼女の部屋の前から離れる時、私に懇願してきた際の那由他の泣きそうな瞳が脳裏をよぎった。