このエピソードほんに好きなんです……。
『貴方様』
──ん? 天輪じゃん、どったの?
俺は今、虚の調査から帰ってきた都三席が寝かされている十二番隊舎の屋根の上に霊圧遮断コートを着た状態で待機している。
ヨン様からのGOサインは出たし、メタスタシアもきちんと都三席の中に入っているようだ。
後は……あ、起きた。
うむ、バッサバッサと警備の人を切り倒している。
『私は貴方様の斬魄刀となった時点で、貴方様の生を照らし、御身をお守りする事を誓いました』
お、おう。
なんか凄くカッコイイ事を突然いわれた。
苺のイケメンで言われるとキュンとくる。
やめてよぉ。これからのルキア顔への期待と混ざって変になっちゃう。
顔は相変わらずの無表情先生ですが。
『貴方様は……本当に海燕殿を見殺しにする気か?』
──え? うん、原作展開だし問題ないよ~。
天輪が何を言いたいのか今一つ分からない。
『ならば、貴方は何のために私を振るう』
それは……何のためだろ?
『貴方は誰のために私を振るう。誰かではなく、己のためであればそれで結構。しかし、それは己を護るためでなければならない』
──なんか、もしかして少し怒ってる?
『己の欲のみを反映した刃など、容易く折れます』
ヤベェ、現状以外でも比較的に欲しか反映してねぇ……。
でもなんか含蓄がある、というか、なんか、こう──
妙に実感こもってると言うか、そんな感じが言葉から伝わってくる。自分の半身とはよく言ったものだ。
ならばなおさら、そんな自分で見たこともないものを語る──
『今は私の事はよろしい。貴方の覚悟と誇りを聞いております』
おう、これガチなやつだ。
どうしよ、ヨン様相手に必死こいて生きてきただけで特に人生の目標とか指針がない。
自分の斬魄刀相手に適当な事言ってもすぐに看破されるだろう。
なら別に取り繕わなくって良いか。
──俺の誇りは、(キャラ)愛だよ。
『愛、ですか』
──憧れてたんだ。ずっとその生き様や試練に立ち向かう姿に心を震わされた。
『なるほど。貴方様の力は“愛”だったのですね』
納得してくれたっぽい。
正直に話してみるもんだ。
『その憧れの人物に関しては、聞かないでおきましょう』
天輪は少し寂しそうに笑って言う。いい顔。
『きっと
うん? なんでここでお兄様?
まあ、キャラの一人として悪役としては勿論好きだけど……。
『私も定まりました。貴方様が愛に殉ずるというのなら、貴方様の斬魄刀として私は貴方様と共におります』
よく分らんが、ま、いっか。
でも天輪と話して気が付いた事がある。
俺は今まで何をしようとしていた?
もっと悲劇的に
海燕さんをルキアに殺
浮竹隊長は
おいおい。
何言ってんだ、俺?
伏線や流れを無視しちゃダメゼッタイ!!
アブねえぇぇぇ!
俺はとんでもない事をするところだった。
ルキアに殺させても彼女の罪悪感は大きくならないだろ!
彼女の覚悟が決まる前に海燕殿の意思によって殺さざるを得なかったからこその悲劇なんだ!
俺が演出したり横槍いれたら折角の名シーンが穢れるわ!
浮竹隊長は邪魔?
バッカ野郎おめぇ!
浮竹隊長がメタスタ海燕を圧倒できたにも関わらず持病の発作によって隙が出来たからメタスタ海燕は逃げれたんだ。そんで、その先にいたのがルキアなんだ。
全て必然であり、無駄な流れなど一つもない。
つまり、俺の介入する余地なし!!
静かに木陰から“ルキアの悲壮な顔”と“満足そうな海燕殿”のご尊顔だけ見て撤収しよう。
うん、そうしよう。
なんて一人で勝手に納得していると森に消えた都三席を追って海燕さん、浮竹隊長、そして我らがルキアちゃんが隊舎を飛び出していった。
よーし、じゃあ俺も追いかけますか。
う~ん、名シーンを穢さず近くで生鑑賞。
贅沢ですなー!
なんて思ってた時期が俺にもありました。
▼△▼
都三席たち虚調査隊が帰ってきた。
私──朽木ルキアも喜んで隊舎から飛び出し都三席を迎えようとした。
しかし、伝えられたものは私をいとも容易く暗闇へと叩き落した。
──三席以外が全滅という結果でもって。
都三席の命に別状はないみたいだが、それでも三席が負けたのだ。
相手は並みの虚ではない。
奥さんが眠っている姿を、海燕殿は白くなるほど拳を握りしめ、歯を食いしばり見つめていた。
「俺が行きます、隊長」
「……分かった」
浮竹隊長は眉間に皺を寄せながらも海燕殿の出立を許可。
私も準備に追われる事となった。
その晩である。
都三席の様子が急変した。
普段はお淑やかで、嫋やかで、優しく、誰にでも微笑む可憐な華のような顔も、今では狂気の喜悦に滲んでいる。
都三席が寝かされていた隊舎周辺を警備していたものを、あろうことか都三席が斬ったのだ。
「都!?」
海燕殿も慌てた様子で庭先へと飛び出してくる。
続いて浮竹隊長や虎徹四席と小椿四席の両四席。
私は呆然とした面持ちのまま、血の滴る刀をぶら下げるよう持ち嗤っている都三席を眺める他なかった。
なんだ。
誰だ、あれは。
あんな姿は、都三席ではないっ!!
「てめぇ……都を操ってんのか……!?」
怒りに震える海燕殿から、地を這うような低い唸りが漏れる。
「!」
その声に反応したのか、都三席は海燕殿へと斬りかかろうとした。
「……!」
しかし、その切っ先は振り下ろされない。
何かを迷うように。
何かを堪えるように。
何かに怯えるように。
何かに謝るように。
都三席はその顔を歪めていた。
「都……」
海燕殿が呟いた言葉には、どれだけの想いが込められていたのだろうか。
付き合いの短い私などでは計り知れないものだ。
それでも、その熱量や想いの強さだけは分かった。
「っ!」
瞬間、都三席は踵を返し、隊舎の屋根を越えその場を去っていった。
消えた先からは別の者が斬られたのだろう。断続的に悲鳴やうめき声が聞こえてくる。
普段の都三席は、決してそのような事をする方ではない。
つまり、先ほど海燕殿が言っていたように彼女は虚に操られているのだろう。
そして、恐らくは都三席の力を手足のように振るえている。
その実力は三席。
十三番隊の上から数えて三番目の実力者だ。
「隊長!!」
海燕殿が咆える。
無理もない。
いや、私も冷静を装っているが、その腸は煮えくり返るようだった。
我らの都三席を、虚は愚弄したのだ。
我らの誇りを穢したのだ。
絶対に、許せん!!!
「分かった、俺も行こう」
「浮竹隊長!?」
思わず声を上げてしまう。
隊長は体が弱い。
その実力は隊長に相応しいものだが、如何せん体がついてこないのだ。
「お願いします」
けれども、隊長の体を誰より知っているであろう副隊長の海燕殿は感謝と共に頭を下げていた。
やはり、私にはまだこの方々を知るには早いのだろう。
傍目に見ても分かる信頼関係を築けている様子が、このような状況なのに羨ましかった。
私は卑しいな……。
認められ、褒められる事を求めている。
誰かに「お前が必要だ」と声をかけられる事を望んでいる。
私は、私がここいる意味を他人に依存しているのかもしれない。
死神にも那由他隊長が誘ってくれたからなった。
仕事も海燕殿や浮竹隊長が喜んでくれるからやった。
私は、浅ましいな。
「朽木!」
「はいっ!?」
突然大声でかけられた声に飛び上がりそうになる。
音の出所は隣からだった。
「お前も俺と一緒に来い! いざという時は、頼んだぞ?」
そこには、優しい笑顔を浮かべる浮竹隊長がいた。
ああ、この人は……。
これが隊長の器なのだろうか。
いや、そんな簡単な言葉に、この想いを押し込めたくない。
私が望む言葉を、私が望んだ時に言ってくれる。
それは優しさなのだろう。
それは期待なのだろう。
そして、私はそれに応えたいのだ。
「はいっ!」
気合を引き締め返事をする。
優しい笑顔の浮竹隊長。
悪戯小僧のように口角を吊り上げて笑う海燕副隊長。
そして、この場へと導いてくれた那由他隊長を胸中で想う。
隊長と副隊長の想いに応えるためにも、私は全力であろう。
私は、全力でありたいのだ。
「あれは……!?」
都三席を追って森へと入りしばらく経った頃。
見せびらかすように枝へとひっかけられている死覇装を海燕殿が見つけた。
近くには斬魄刀も落ちている。
そんな、あれは……
私は膝から崩れ落ちそうになる体を精一杯の強がりで奮い立たせる。
近くに憎き虚がいるはずだ。
都殿を、その尊厳を、我らが誇りを!
汚泥のような悪辣な手によって、貶めた元凶がいるはずだ!!
すぐさま斬魄刀を抜き放ち構える。
周囲に気配はない。
霊圧探知が得意な方でもないが、都三席を倒すほどの虚だ。
それ相応の反応がないのは可笑しい。
「……見つけたぜ」
流石と言うべきだろう。
私がキョロキョロと周囲を見渡している間に、海燕殿は一点を見つめていた。
浮竹隊長も同じ方角を見つめている。
『なんだ気付いたか。その服で釣るつもりだったんだがのぉ』
私の背筋を悪寒が走る。
奴の霊圧を感じて分かった。
こいつっ!?
「てめぇ、今まで
海燕殿が凄みのある声で虚を威圧する。
しかし、虚はどこ吹く風。何が可笑しいのか、「ゲヒャヒャ」と品の無い耳障りな嗤い声を上げる。
「隊長、お願いです。──俺一人で行かせて下さい」
「……ああ」
海燕殿の覚悟に浮竹隊長は一つ、静かな頷きをもって答えた。
「なっ!? 海燕殿、私がまずは奴の様子を探るべきでは!?」
「朽木」
隊長の一言で黙らされた。
普段の穏やかな声とは違う、芯の通った声だ。
これには、逆らえない。
海燕殿は無言で虚の前へと飛び出すとキッと目つき鋭く相手を見つめた。
『ヒヒヒ、まずはお前が相手か、小僧?』
虚が喋る。
かなりの知能を持っているようだ。
これも犠牲になった死神の数が多い事を表しているのだろう。
海燕殿は黙ったままだ。
『ククッ、先ほどの女死神がよほど大事な存在だったと見える。これならばもう少し利用していれば良かったか』
「都を操って同士討ちさせたのか?」
『操る? クフフフッ、違うなぁ。あの時既に、儂はあの女の中におったんじゃよ。残念だよ、あの女を食い尽くす、その姿を見せつけられなくてなぁ!』
なんと、卑劣な……!
都三席を想うと涙が込み上げてくる。
しかし、今はまだ泣けない。
今は海燕殿が虚と対峙しているのだ。
ならば、私は副隊長の背を、しかとこの目に焼き付けてみせる。
海燕殿の霊圧が爆発的に上がった。
私との稽古では見せない、本気のものだ。
周囲の物を吹き飛ばすような圧力に、一瞬だけ虚は怯んだように見えたが、
──最後には嗤ったように見えた。
見間違い?
いや、あれは……恐らく違う!
「海燕殿!」
私は慌てて叫ぶが遅かった。
瞬きの内に虚へ肉薄しその両手を叩き切った海燕殿は、そのまま虚の背後へと回り斬魄刀を開放しようとする。
「水天逆巻け! “捩花”!!」
『触れたな?』
海燕殿の、斬魄刀が──消えた……だと……!?
『儂の触手にその夜最初に触れた者は、斬魄刀を失う! それが儂の能力の一つじゃぁ!』
「ぐっ!?」
斬魄刀を失っては海燕殿は無手になる。
これはもう覚悟云々の話ではない。
海燕殿までやられてしまう!?
しかし、飛び出そうとした私の肩を、隣の人は強く引き留めた。
「浮竹隊長っ!?」
「朽木、手を出すな」
「しかしっ、このままでは海燕殿がっ!?」
「……朽木、戦いの意味は二つある」
「え?」
「“命”を守るための戦いと、“誇り”を護るための戦いだ」
私には、その時の浮竹隊長の言葉の意味が分からなかった。
今も海燕殿は虚相手に素手で奮戦している。
何故、私はそんな彼を近くで眺めているだけなのだろうか。
手を貸してはダメ?
意味が分からないではないか。
このままでは……海燕殿は死んでしまうかもしれないのですよ?
「おらぁぁぁぁああああ!!」
『ぐぬぅっ!?』
ただ、喜ばしい事に形勢は海燕殿の有利。
このまま何事もなければ勝てる!
そう、思ったのは束の間。
『どうした、他の死神の力を借りないのか?』
「てめぇなんて、俺一人で、十分だよ……」
『そうか。ならば貴様にも愛する妻と同じ報いを与えてやろう』
「何っ!?」
海燕殿がそう言葉を発した直後だった。
虚の口から何かが飛び出し、それを防いだ海燕殿の腕に当たった。
そして、そのまま海燕殿の腕に吸い込まれるように消えたのだ。
「海燕、殿……?」
嘘だ。
そんなはずがない。
けれど、先ほど虚は「愛する妻と同じ報い」と言っていた。
都三席は、どうなった?
同僚を、仲間を、部下を──操られ切っていた。
そんな事ある訳がないっ!?
海燕殿はきっと防いだのだ。
その証拠に、ほら、今もそこに佇んで……たた、ずんで……。
『ヒ、ケヒッ! ケヒヒッ……ヒャーッハッハッハッハ!!!』
海燕殿の口から、悍ましい嘲笑が迸った。
嘘、だ……。
「朽木、逃げろ」
浮竹隊長の方を見る。
最早、音がしたから振り向いたという反射に近い。
何も考えられない。
どうして。
何故。
どうして?
なんで?
何故。
どうして?
どうして、
「朽木、逃げろ!!」
体が勝手に動いた。
歯の根は合わなくなりカチカチと音が鳴っている。
腕も足もどうやって動いているのか分からない。
ただひたすらに隊長の命令によって動いている絡繰りのようだった。
──『“命”を守るための戦いと、“誇り”を護るための戦いだ』
唐突に浮竹隊長の言葉を思い出す。
“誇り”とはなんですか?
どのようにしたら手に入れられますか?
何をすれば“誇り”と成りますか?
どうして、命よりも大切だと言えるのですか……?
分からなかった。
私には、何も分からなかった。
いや、分かりたくないのかもしれない。
海燕殿を失わせた誇りなど、私はいらないっ!!
『那由他隊長は、どうして死神になったのですか?』
『そうですね』
何故、今思い出すのか。
それは真央霊術院に入ったばかりの頃。
私の様子をよく見に来てくれる那由他隊長の気を引きたくて、何気なく聞いた質問だった。
『貴方たちのため、でしょうか』
『え?』
『貴方たちの顔を見るために、死神になったのだと思います』
その顔は普段と同じ無表情。
どこか人を威圧するような顔。
しかし、そこには確かな“慈愛”があった。
流魂街出身の私を見るため?
困惑した。
そして、気づいた。
この方は、皆の
尸魂界、貴族、流魂街、平民。
分け隔てなく“愛”しておられたのだ。
その瞬間、私はこの方の“誇り”に触れたのだと思う。
足が止まった。
命あっての物種だ。
それはどう取り繕っても私の本心である。
であれば、“誇り”は無価値なのか?
誰がその誇りを護る。
誰がその誇りを抱く。
──誰がその誇りを継ぐ。
海燕殿は誇りをもって戦った。
それを汚すべきでないと、浮竹隊長は仰った。
ならば、私は何なのだ。
その誇りに背を向けているだけでないか。
それで良いのか?
今まで、あの人に向けられた信愛は何だったのだ。
今まで、あの人に向けていた信愛は何だったのだ。
──私は、何のために死神になった?
踵を返す。
何をしたいのか分かっていない。
何を成せるかも分かっていない。
けれども、何に突き動かされているのかは分かっている!
斬魄刀を抜く。
拳に力を籠める。
どうすれば良いかは分からない。
それでも、どうしたいかは分かる。
私は、海燕殿の誇りを、心を、護りたいのだ!!
「朽木!? どうして戻ってきたっ!?」
浮竹隊長が海燕殿を乗っ取った虚と対峙している。
しかし、発作がこの最悪の時で起こったようだ。
押さえた口元から赤黒い血が滴っていた。
「私が、私がっ! ……私が海燕殿の誇りを穢させやしないっ!!!! 」
雄叫びを上げ虚へと向かっていく。
体が重い。
いつもの鍛錬よりも、心が重い。
この重さは、海燕殿に対する想いだ。
決して無視するな。
背負っていくのだ。
彼の意思を、心を、誇りをっ!
私は受け継ぐと決めたのだっ!!
虚がニヤリと笑う。
私の実力などでは、奴に一蹴されてしまうのかもしれない。
しかし、しかし、しかし!
ここで背を向ける事など出来るだろうか。
ここで逃げかえる事など出来るだろうか。
私には――出来ないのだああああああああああああああああ!!!!
「よく、頑張りました」
その声は、とても美しい音を奏でた。
まるで心を癒す音色。
落ち着き、無条件で安心するような、覚えてもいない母の背を幻視した。
柔らかい霊圧に包まれる。
全てを許す、慈母が如き温かさ。
『な、なんじゃ、お前は!?』
虚が動揺している。
この方の霊圧が虚にだけ向けられているのだろう。
高度な霊圧操作だが、この方ならば造作もないはずだ。
天から光の柱が降り立つ。
夜闇を切り裂き、周囲を真昼のように明るく染め上げる光量に思わず目を閉じた。
凄まじい霊圧を感じるが、意外な事に風圧や砂礫といったものが飛んでこない。
恐る恐る目を開ける。
『な、なんじゃ……お前は何なんじゃぁぁぁぁあああ!!??』
海燕殿の形をした虚の手足は捥がれ、胴体と頭部のみとなっている。
その姿は海燕殿の普段の快活さからはほど遠く、酷く醜い。
形だけ似ても意味はないのだ。その事がはっきりと分かった。
「不思議ですか?」
『その力、
「私の斬魄刀は光を操ります。その熱量すらも」
これには私だけでなく浮竹隊長も驚愕した。
なんだ、その凄まじい能力は。
それでは、人の目が見える場所や物、全てを対象に攻撃も幻惑も見せる事ができる。
これが、那由他隊長の斬魄刀の能力っ!
『そんな馬鹿な話があるかぁぁぁああああっ!!』
「縛道の七十五・五柱鉄貫」
『がぁっ!?』
片手間に上位鬼道でもって虚の動きを封殺する。
詠唱破棄でこの速度と精度……。本当にこの人は凄い。
「ルキア」
「は、はいっ!?」
まさか声をかけられるとは思っておらず上擦った声が出てしまう。恥ずかしい……。
「貴方の悲壮な覚悟、しかと見届けました」
どうやら見られていたらしい。
どうしてここにいるのか等の疑問は尽きないが、今は危地を救って頂けたのだ。
私は赤くなっていく顔を隠すためにも深く礼をする。
「その全てを、私の胸に刻みましょう」
頭が上がらない。
この人はどこまで器が大きいのか。
「しかし」
一度言葉を区切ると、那由他隊長が私の傍に寄ってきた。
そして、私の頬を掴むとグニッと外へ引っ張る。
「っ!!??」
「貴方が死んでは意味がありません」
まさか那由他隊長がこのような事をするとは夢にも思っていなかった。
確かに、見た目に似合わず案外お茶目というか天然という話は聞いた事があったが……本当だったのか。
「本当は出るつもりはありませんでした」
私の頬から手を放し、那由他隊長は話を続ける。
「心配させないで下さい」
少々疲れたようなため息を吐かれ、私は恐縮する事しか出来なった。
た、確かに少し気分に酔っていたかもしれない。
一部始終を見られていたかと思うと顔から火が出そうだ。
途中で手を出さなかったのも、浮竹隊長が言っていた“誇り”を重んじての事だろう。
私も自分の浅慮を恥じ入るばかりだ。
しかし、
「わ、私は! 間違った事をしたとは思っておりません!」
那由他隊長は少し驚いたように目を大きく見開くと、
「それでこそルキアです」
本当に、本当に珍しい、というよりも私は初めての経験で、
「那由他、世話をかけて悪かったな……」
「浮竹隊長っ!」
そうだ、浮竹隊長!
私は何を呑気に那由他隊長と話していたのだっ!?
浮竹隊長は血を吐いて蹲ってたんだぞっ!?
「も、申し訳ありませんっ!!??」
「いや、いいさ。いつもの発作だ。そこまで心配しなくても良い」
力なく笑う浮竹隊長への罪悪感が凄い。
「この虚は捕獲して十二番隊へ搬送しておきます」
「……そうだな。この虚の能力は危険だった。調べられるなら調べた方が良いだろう」
「後の事は私にお任せ下さい」
「いや、そこまで世話になる訳には……」
「ご自身の体調を見てから仰っては」
「これは、ははは……。じゃあ、すまないがお願いできるか」
「問題ありません」
「重ねてすまない、恩に着る」
「いえ」
そうして、幾人もの犠牲を出した虚事件は終わりを迎える。
海燕殿という大切な恩人の背を、私は見る事しか出来なかった。
しかし、その雄姿は私の心に宿っている。
──貴方の心は私が受け取りました、海燕殿。
そう思って、虚の方へ向いた時だった。
その顔に怖気を覚え、咄嗟に声を上げようとするが──
「那由他隊長ぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!」
その時にはもう、海燕殿と同じように口から吐き出した何かを那由他隊長は受け止めてしまっていた。
「馬鹿なっ!? 那由他の縛道に掛かっておきながらまだ動けたのかっ!?」
那由他隊長の実力は総隊長も認めている。
それ故に油断した!
先ほどの歯牙にもかけない実力差を見ていたのも一因だろう。
しかし、これでは海燕殿の二の舞に……!?
「問題、ありません……」
「那由他っ!」
「那由他隊長!?」
「私は既に、虚の力を身に、宿しています……」
「それとこれとは話が別だろ!?」
「そう、ですね」
「くっ、四番隊舎へすぐに向かう! 朽木!」
「はいっ!」
この人も失うなどありえない。
絶対に、あってはならない!
私は浮竹隊長の代わりに那由他隊長を担ぎ四番隊隊舎へと急いだ。
「絶対に、絶対に救ってみせます……っ!!」
恐らく、私は泣いていたのだろう。
海燕殿の時は誇りの意味を受け取り、それに対し涙を流すのは侮辱だと思えた。
しかし、今は違う。
ただ、この人が無事であって欲しい。
それだけを願った。
「素敵な、顔ですね……」
どこか落ち着いたような笑顔で、私の頬に流れる涙を拭われる那由他隊長。
こんな時にまでっ!
絶対に強くなる。なってみせる。
私に心を預けてくれた海燕殿にも、私に誇りを教えてくれた浮竹隊長にも、私の笑顔を見たいと言った那由他隊長にも。
その背を守れるくらいには、私は強くなってみせる……!!!
十三番隊副隊長・志波海燕の殉職は、私に新たな誓いを打ち立たせた。
次話は明日の19時になると思いますです。