「……那由他隊長、いなくなったんだよな」
「ばか、お前!?」
「でも、そうじゃん?」
「それは、そう、だけど……!」
「なんでそんな事が言えるの!?」
とある女性隊士が叫んだ。
七番隊舎は、恐ろしいほどの静けさだった。
隊長の側にいた人だけではない。あの人に触れ合った人皆が思った。
なぜ? と。
「俺らはさ、那由他隊長から“名前で呼んで欲しい”って言われてたよな?」
口火を切った事務担当の死神が言う。
彼は最初、とても強い情熱を胸に灯していたらしい。しかし、実力的な問題から事務方に配属となったようだ。
「どれだけ、俺らはあの人と向き合えたのかな」
彼の言葉に多くの者が下を向く。
彼女は元々五番隊であり八席。しかも、体に敵となる虚の力を宿していた。
これは有名なことで、公言こそされていないが事実と認識されている。
そんな隊長に対して、僕らは距離を置いていた。
一番に距離を詰めようとして矢面に立っていたのは狛村副隊長だ。
「貴殿らの想い、儂が背負おう」
そう言って、緊張した面持ちで隊長と接していた。
しかし、隊長は決して怖くもなければ、
「……これを」
「はい」
僕が那由他隊長と仕事を共にする機会があった。
その時は随分と静かな人だと思ったが、緊張感が強くてよく分からなかった。
「……これを。そこに」
「はい」
なんとなく柔くなった雰囲気に首を傾げながら、それでもどうしたら良いか分からなかった。
「……これを。そこに、置いてください」
「はい」
不器用なだけだと、察した。
僕のような一般隊士に緊張されているとは思ってもみなかった。
ただ、那由他隊長ほどの人の話題は噂でも広がりやすく、気づいたら皆が「あぁ、那由他隊長ってそういう人なんだ」という共通認識が出来ていたのは少し笑った。
そうすると逆に勇者みたいなやつが出てきて。
「那由他隊長! 俺の事も下の名前で呼んでもらえないですか!」
なんて。
いや、嘘だろ。マジか。尊敬するわ、その勇気。
「では、〇〇。この仕事を次にしてくだい」
彼が名乗る前に把握してるの!?
調子に乗って次々に名乗りだす七番隊士の皆には笑ったけど、もちろん僕も名乗った。
「☆☆くん、これを貴方に任せたいです。貴方は~が得意でしょうから、これはやりがいのある仕事だと思います」
「□□さん、これは貴方の好きなことに近いのですが、$$さんが苦手な分野なのでフォローに回ってくだされば嬉しいです」
「%%くんは経理より庶務の方が向いていますね。男性として不満かもしれませんが、私はしっかりと貴方を評価していますよ」
「&&さん、これはどういう事ですか? 貴方ほどの人がこのようなミスをするとは思えません。理由があるのでしょう?」
那由他隊長は皆を見ていた。
はじめは疑心でもって見ていた隊長格としての資質を、行動によって示して頂けた。
だからこそ、皆が衝撃を受けている。
那由他隊長がいなくなったという現実を。
「あの人の名前を呼んでも、届いてなかったのかもな」
彼は純粋な力でもって護廷に貢献したかった。しかし、それを出来るだけの実力が無かった。
だからこそ気になったのかもしれない。
あの人が、僕らへ教えてくれた愛よりも、返せるものが無かったという事に。
力が無くても、伝えられる愛があると教えてくれたように。
「那由他隊長……いなくなったんだよなぁ……!」
嗚咽を抑える事なく漏らした彼の言葉に、僕らは何も言えなかった。