分割しようかとも考えたのですが片桐のシーンまで書きたかったんじゃぁ……。
あ、ありのまま今起こった事を話すぜ!
──浦原さんに向かって一心さんが空から降ってきた。
何を言ってるか分からないかもしれないが、俺も分かってない。
浦原さんに「ヨン様に歯向かえる訳ないやん?」って喋り、「悪い事したとは思ってるの、でも原作でそうだったんだから仕方ないじゃん!」って内心で思っていた時の事だ。
しかも一心さん殺意バリバリ。
どしたん?
この間、尸魂界に帰った時は和やかな雰囲気だったやん。
一心さんに修羅は似合わないよ?
一刀修羅ならぬ一心修羅ってか?
やかましいわ。
なんて硬直してたら雨竜パッパこと竜弦さんもやってきた。
もうカオス。
訳が分からないよ。
「え? あ、え?」
俺の前にいた真咲さんもこれには困惑。
当たり前だよね。
つい先日に助けてあげた人が、今度は目の前の人に斬りかかってるんだから。
これも俺の影響なのだろうか。
こんな変化は望んでなかったんじゃが。
「ちょっ!? 待って、くださっ!?」
「てめぇのせいで、てめぇのせいでぇぇぇ!!」
苺パッパはバーサーク状態です。
駄目だこの人、早く何とかしないと。
とは思っていても、あんまりな事態に俺の体は固まったままだ。
どうしてこんな事になってるん?
浦原さんと一心さんって協力体制取るんじゃなかったっけ?
確か、一心さんが浦原さん製の特殊な義骸に入って真咲さんの側に居続ける事で彼女の虚化を防ぐんでしょ?
こんな険悪な雰囲気じゃ、ありえない展開としか思えないけど。
「真咲!」
ここで真咲さんを護るナイトが如く、竜弦さんが真咲さんを手元へ引っ張ってこの場から離れようとする。
待って!
この場に俺を置いてかないで!?
あれ、原作ってこんなんだったっけ?
いや、違うよね!?
知識薄い俺でも分かる。
これは原作とちゃう。
さっきから思考がループしているが仕方ないですよ。
混乱の極致である。
「りゅ、竜ちゃん! 止めないと!?」
「馬鹿! あれは死神の問題だろう!? 僕らには関係ない!」
その通りなんだよなぁ。
でもこの場に残っては欲しい。
キーポイントは真咲さんを助けるっていう一致団結。
ここで纏まるためにはそれしかない。間違いない。
「ぐっ!?」
と思ったら真咲さんが急に倒れた。
何事?
え、もしかして……?
このタイミングで虚化が始まった!?
ナイスすぎる真咲さん!
流石だよ親友!
へいへいへい、そこの二人!
仲良くバトってる場合じゃないよ!
一心さん、愛しの真咲ちゃんがヤバイよ!
浦原さん、早くなんとかしてあげて!
俺にはどうしたら治るか分かんないの!
あ~~ん、那由他困っちゃう☆
「! 浦原喜助っ! この子も実験に使ったって言うのか!?」
「ち、違うッス! いや、ホント!?」
浦原さんもテンパってる。
自分が虚化の実験で尸魂界を追われたって事に仕立て上げられているのは知っているのだろうが、まさかここまで苛烈に恨まれているとは思っていなかったのだろう。
だって原因はヨン様だからね!
ぶっちゃけ俺も何でここまで一心さんが怒っているのかはよく分からない。
君にはそこまで迷惑かけてなかったと思ってたんだけど……。
俺が人気者すぎたって事ですかね……? (ドヤァ
いや、普通にホワイトの件で迷惑かけたわ。
ごめんよぉ……。
「那由他サンの虚化をアタシのせいだって思ってます?」
エッ!? マジで!?
いや、そっか。
虚化の実験してたのは浦原喜助。
お兄様は何も知らなかった事になっている。
それが現在の護廷の認識だ。
ならば、俺が虚化したのも、過去に隊長格が何人も虚化されたのも……全部、浦原さんのおかげじゃないか……!?
って、ふざけている場合ではない。
しかし、ここで気付く浦原さんの才能に痺れる憧れるぅ!
まあ、普通の思考してたらそう考えるよね。
俺の脳味噌がポンコツ過ぎただけです。ごめんちゃい。
よっし浦原さん、そんな感じで何とか苺パッパを説得しといて!
俺はその間に竜弦さんを何とかするから!
これは役割分担だ。
決してバトルに巻き込まれるのが怖かった訳じゃない。いいね?
一心さんの猛攻を必死の表情で紙一重に切り抜けている浦原さんは流石です。
「石田さん」
「っ! 君が、君が真咲と関わるからこんな事になったんだ!」
「まずは真咲さんの状態を──」
「触るなっ!」
おぉう。
めっちゃ拒絶された。
最近は全肯定の真咲さんとばかり喋っていたからか少し心に効くものがある。
「真咲が……彼女が何故こんな事になったと思っているんだ……!」
力なく体を横たえている真咲さんを、竜弦さんは震える腕で抱きかかえている。
真咲さんは額に脂汗を浮かべており、先ほどまで朗らかな笑顔で俺と話していたとは信じられない。
胸と首の間辺りにも何か穴のようなものが開いている。
間違いない。
虚化だ。
俺が原作再現のために真咲さんを連れて行ったのは確かだし、竜弦さんの言う事もごもっとも。
だからこそ、彼女をここで死なせる訳にはいかない。
君には苺の母親になってもらわなければならんのだよ!
俺は竜弦さんの側に片膝をつくようにしゃがみ込み、そのまま彼の頬を軽く叩いた。
「……は?」
ほんとゴメンね?
でもちょっと落ち着いて。
あと、俺がやる事を黙って見てて欲しいから、ちょっと放心しててくれるとありがたい。
クール系イケメンが間抜けな顔で頬に手を添えている姿を見てちょっとやる気出た。
よし! (現場ネコ感)
俺は未だ争っている二人の方へ視線を移す。
浦原さんが結構ボロボロで危ない。
二人とも始解はしていないが、モチベの問題か一心さんがだいぶ浦原さんを押している。
これ以上の放置は色々と不味いだろう。
うーん、捨て身とかやりたくないんだけどなぁ。
でも俺が普通に制圧しても良い事にはならない気がする。
ここは少し悲劇のヒロイン味を出してみるべきだろうか?
止めて! 俺のために争わないで~!
みたいな感じで。
実際、一心さんは俺が虚化したのは浦原さんのせいだと思ってる訳ですしおすし。
ここは俺が介入しないと収まりがつかないのではないだろうか。
真咲さんを放置するのは心配だが……。
あ。
私にいい考えがある!
思いつくと同時、俺は真咲さんの胸元へ手を添える。
「な、何を」
竜弦さんは未だに呆然とした状態だ。
別にそんな強くはたいてないよ?
ちょっと良い感じの音が鳴るように工夫してはたいただけで。
まあ、彼の事は少し置いておこう。
真咲さんは人間。
滅却師であるため霊圧は高いが、人間である事に変わりはない。
虚化は本来なら死神の魂魄を強化する為のものだった。
だが、本来の目的外である滅却師に対して行使した結果、真咲さんはこんな苦しそうな状態になっているのだろう。
霊圧の高さという点だけでみれば、彼女は浦原さんの手で虚化を使いこなしていても可笑しくはない。
つまり──彼女が死神の力を持てば良い。
最近は虚ばっかり食べていたから、すっかり虚の霊圧が馴染んでしまったが、俺の死神としての力も結構なものだ。
多少分けた程度では虚になる心配もない、はず。
正直、俺の虚の力を吸収する能力を使えば真咲さんを助ける事だけなら可能だ。
しかし、そうなると一護に虚の力が受け継がれない。
一護の才能の一片を俺が奪ってしまう事になり、ヨン様にも勝てなくなるだろう。
それは流石に不味すぎる。
なんだかんだ、俺は苺に勝って欲しいのだ。
ヨン様と一緒に他人の不幸を見るのはそれなりに楽しいが、苺が負ける姿を見たい訳ではないのだ。
だから、なんとしてでも真咲さんにはホワイトを宿したまま一護をもうけて欲しい。
ついでに言えば、俺の力を分け与える事で苺が強化される可能性もある。
ヨン様の事だ。
越える壁は高い方が好みだろう。
恐らく、俺の行動に対して苦言を呈する事はない、と信じてる。
不安なのは原作でルキアが苺に力を渡した時のように、俺の力が根こそぎ真咲さんへと流れる事。
確か、あれは崩玉のせいだったんだよな?
でも、死神の力を渡すルキアは海燕殿事件で罪悪感を抱いたまま死神を続けていた。
一護は皆を護れる強さを欲した。
二人の願いを叶える形でのあの状況だったはず。
であるならば、俺がここで真咲さんに死神の力を与えても問題ない。
俺は死神の力を失いたくないし、真咲さんも恐らく死神になりたいとは思っていないだろう。
あれ? それじゃルキアから苺への受け渡しにも支障が出るんじゃ……?
ええい、今は置いておこう!
未来の自分に丸投げだ!
大事な事は今俺が真咲さんに死神の力を渡したとしても、それは応急処置である点だ。
本来は隊長格である一心サンの全霊圧でもって抑えつけていたホワイトである。
俺の力をちょこっと渡した程度では焼け石に水だろう。
だから、この場では争っている二人を止めるだけの時間を稼げればそれで良い!
お、我ながら良い感じの考えではなかろうか?
という訳で、早速真咲さんに俺の力を少し分けてあげた。
アーロニーロ君に力をあげた時と同じ要領である。
問題はない。
「な、これは! 貴様、真咲に死神の力を与えたのかっ!?」
純血の滅却師である事に拘りをもっていた竜弦さんだ。
そら怒るわな。
「一時的な措置です」
「それでもっ!」
「他に方法がありません」
あるかもしれんけど、俺には思い浮かびません。
とりあえず、俺は断定して押し切った。
竜弦さんも、これには二の句を継げなくなったようだ。
実際、彼も真咲さんを救いたいとは思いつつも具体的な行動を思いついている訳ではないだろうしね。
「少し真咲さんをお願いします」
「き、君は……どうするんだ?」
「二人を止めます」
驚いた顔をする竜弦さん。
そんな驚く事?
真咲さんを救えるのは今のところ浦原さんしかいないんだから、どうにかして駄菓子屋まで連れてってもらわなきゃ駄目でしょ?
問答無用で霊力を真咲さんへ流す。
うん、やっぱり問題はなさそうだ。
じゃあ次は、
「では」
「君は!」
早速浦原さんと一心さんの元へ向かおうとしたら竜弦さんに大声で止められた。なんぞ?
時間ないんだからハリーアップ!
「君は、どうしてそんなに強いんだ……?」
どういう意味じゃ?
まあ、確かに強い方だとは思うが、竜弦さんには20%くらいしか見せた事ないはずなんだけど。
これはあれか。
好きな人を護るためにはどうしたら良いですかってやつか?
気持ちは分かるよ。
結果だけ見れば一心さんに真咲さんをNTRされたようなもんだし。
きっと竜弦さんは物事を難しく考えすぎちゃって動けなくなるタイプの人なのだろう。
原作でも息子である雨竜君とのバッドコミュニケーションを何度見たことか……。
「助けるのに理由が必要ですか」
思わず言葉がポロリと零れてしまった。
そうだよなー。動く目的とかあった方がやる気も出るしなー。
真咲ちゃんを助けるためにも、何かしらの言い訳みたいなもんが欲しいんじゃろ。
でも彼がやる気を出す理由って真咲ちゃんなんじゃないの?
どうアドバイスしたもんか……。
俺は苺を見たい。
真咲さんが死んだらおじゃんなんだから、助けるに決まっとる。
それだけの理由。
あと、原作キャラから親友とか呼ばれて内心でワッショイしてる。
もう原作ブレイク待ったなしっぽいから、少しくらい仲良くしてもバチは当たらんでしょ。
諦めたとも言う。
ただ、それ聞くの今じゃなくても良くない、竜弦さん?
しかし、
「っ!」
何故か俺の言葉で近年稀に見る素敵な曇り顔になった竜弦さん。
えっ、なにコレ。
予想外のご褒美。
そのご尊顔をしっかりと拝見したかったが、残念ながらそんな時間的余裕もない。
まだ何も助言してないけど……。後でたっぷり構ってあげるから待っててね!
物凄く後ろ髪を引かれつつ、俺は未だ斬魄刀を振るっている一心さんたちの間へと立ちはだかる。
そうだ。
事が終わったら、チャン一までの繋ぎに竜弦さんで遊ぶのも面白そうである。
愉しみが増えた。
なんて思ってたら、
「月牙天衝!」
「啼け“紅姫”!」
え?
ちょ、待っ!?
両サイドからの攻撃にサンドイッチされた。
▼△▼
「浦原喜助ぇぇぇええええ!!!」
こいつが、こいつが全ての元凶!
俺が、ここでこいつを斬る!
失った隊長格の人たちが、それで戻ってくる事はない。
那由他さんも尸魂界に戻ってくる事はない。
分かっている。
分かっていても、我慢など出来る訳がねぇ!
俺たちから大切な人を奪った報い、ここで奴に叩きつける!
それでも、浦原喜助は元十二番隊の隊長だ。
油断するつもりはない。
今回はきちんと許可を取ってからきたため、俺は限定霊印を付けている。
せいぜい今出せる力は全力の20%ぐらいだろう。
しかし、奴も霊圧を迂闊に放出する訳にもいかないはず。
ここで俺に合わせて霊圧を出せば、奴は自分の居場所を護廷に教えるようなもんだ。
まあ、俺に見つかった時点で遅かれ早かれの問題だろうが、今すぐに援軍を呼ばれる訳にもいかないだろう。
怒りに身を任せて伝令神機で連絡する前に斬りかかっちまったのが悔やまれる。
今さら連絡する暇もねぇ。
それでも、俺が始解したら確実に護廷の方で異変に気付く。
初めはそう考えてすぐに始解しようとしたが、そうすれば浦原喜助もすぐに始解で応戦してくるだろう。
義骸に入っているらしい奴の実力を無暗に引き出す必要もない。
現状では俺が浦原喜助を圧倒出来ている。
最悪、ここで時間稼ぎをしていれば誰かが気付く。
それに、ここには那由他さんもいる。
浦原喜助を挑発したりする必要性は薄い。
ただ、奴が逃げられないように俺が攻め立てれば──勝機はある!
「くっ! 分かってはいましたが、アタシは相当恨まれているようですねっ!」
どの口がほざく!
貴様の行いによって、どれだけの人が悲しみに暮れたか!
俺の頭を憤怒が支配しそうになる。
いかん。
冷静になれ。
浦原喜助は技術開発局の初代局長。
相当に頭も切れる。
下手に相手の挑発に乗るのは悪手だ。
「話をする気は無いって事ッスか。それなら──那由他サン!?」
奴の言葉で一瞬だけ注意が逸れる。
クソっ!
さっき挑発には乗らないって考えたばっかだってのによ!
しかし、奴の声には確かな焦りが含まれていた。
演技にしては迫真である。
そう思った瞬間、俺の背後で霊圧の変化を感じ取った。
この変化は……!
「那由他隊長!」
慣れ親しんだ呼び名がつい口を突いて出てくる。
これは、あの嬢ちゃんに死神の力を与えたのか!?
そんな事したら、ただでさえ不安定な那由他さんの霊圧が虚に浸食されやすくなるんじゃねぇのか!?
あの人はほんっっっとに自分の事なんか二の次だな!
那由他さんにちょっと怒りが湧いてくる。
いい加減自分の事を考えて欲しい。
でも、これで彼女はあの滅却師の嬢ちゃんを救おうとしている事がはっきりと分かった。
つまり、目の前の男は──敵だ!
分かり切っていた事を再度胸の中で反芻する。
決意を新たに、俺は手に持つ斬魄刀の柄を強く握りしめた。
「那由他サン! それは危険です! 貴方の身が保たない!」
しかし、浦原喜助の言葉で疑問が芽生えた。
今の発言は、まるで那由他さんの身を案じるものだ。
何故?
奴は那由他さんたちを虚化させた元凶のはず。
それが、どうしてあの人の心配をしている?
俺の迷いを感じ取ったのか、浦原喜助は今度は俺に対して話しかけてきた。
それも相当に切羽詰まった、必死な声色だった。
「このままでは黒崎真咲サンは魂魄自殺を引き起こします! アタシには、彼女を救う手立てがある!」
その言葉に、俺は思わず体の動きを止めてしまった。
彼女を救う?
自分が彼女をこんな姿にしたんじゃないのか?
ええい!
それも舌先三寸なんだろ!?
本当に頭が良い奴はやりにきぃな!
一気に決める!
話はそれからだ!
「燃えろ──“剡月”!!」
「……っ、駄目ッスか!」
苦虫を噛み潰したような顔になった浦原喜助は、ついに斬魄刀を構えた。
今までは手に持つ杖で俺の攻撃を受けていたが、どうやら仕込み刀だったようだ。
スラリと抜き放った斬魄刀が月明りを受けてきらりと光る。
半身になって片手で斬魄刀を構える浦原喜助の雰囲気は一変していた。
帽子を目深に被っているため、その表情までは良く見えないが、奴の鋭い眼光だけは分かった。
つまり、ここからは本気で来るって訳か。
上等!
「月牙天衝!!」
「啼け“紅姫”!」
お互いに始解の状態で攻撃が交錯する。
その瞬間。
一人の影が、間に割って入った。
「「は?」」
思わず浦原喜助と声が被る。
え、待って、いや、今のって……?
「止まって、下さい……」
攻撃の衝撃による土煙が晴れた後。
そこに立っていたのは、血だらけになった那由他さんだった。
「那由他サン!?」
浦原喜助は血相を変えて那由他さんへと走り寄る。
反して、俺はその場で固まったままだった。
どうして?
疑問ばかりが脳内を渦巻く。
そいつは、浦原喜助は貴方を陥れた奴ですよ?
「少しは自分の身を案じて下さいっ! これじゃアタシがひよ里サンたちに殺されるじゃないですか!?」
素っ頓狂な声を上げながらも、浦原喜助は必死の形相で那由他さんへ回道をかけている。
「一心、さん」
「無理に喋らないで下さい!」
ゴフッと一度咳き込み、俺の名を呼ぶ那由他さん。
浦原喜助に止められながらも、彼女の瞳は揺るがない。
何かを俺に伝えたいのだろう。
那由他さんなら、俺の攻撃をモロに受けずに流す事だって当然出来たはずだ。
それをせずに受けたのは──俺たちの争いを止めたかったから?
混乱した頭をなんとか奮わせる。
今は那由他さんの言葉に耳を傾けるべきだ。
「浦原さんを、信じて下さい」
那由他さんの側で片膝をつくように寄ると、彼女は途切れ途切れの言葉を吐いた。
しかし、その言葉は目の前の大罪人を信じろというもの。
収まりかけた混乱が再び鎌首をもたげる。
「信じられないなら、私を」
そんな俺の困惑を察したのだろう。
続く言葉で、俺は本当に言葉を無くした。
「貴方を信じる、私を信じろ」
こんな強い語尾で話す那由他さんを初めて見た。
いつも丁寧な口調で話す彼女に慣れていたとか、そういう次元じゃない。
それほどの想いを持って割り込んだのだ。
そして、話を聞かせるために、自らの身を犠牲にしたのだ。
こんな事まで貴方にさせて……信じない訳にはいかないじゃないですか。
「浦原喜助」
「はい」
「那由他さんの言葉に免じて、とりあえずは信じてやる」
「ありがとうございます」
一度言葉を区切り、俺は浦原喜助の顔を見つめる。
真剣な表情だ。
昔に見たヘラヘラとした、真意を掴ませないような顔はそこにはない。
「この嬢ちゃんを──黒崎真咲を、アンタなら救えるのか?」
「はい」
信じよう。
浦原喜助を信じるんじゃない。
俺が信じると信じてくれた、那由他さんを俺は信じる。
▼△▼
アタシは後ろに付いて来る二人の姿を後ろ目に確認します。
一心サンは那由他サンを、もう一人の滅却師の方が黒崎サンをそれぞれ運んでいる状況です。
流石にアタシに運ばせるほど信用はされていないみたいですね。
まあ、当然と言えば当然だと思います。
那由他サンには感謝しないとですね……。
まさか、あそこで身を張って止められるとは思いませんでした。
彼女からしてみれば、アタシも一心サンも等しく守るべき対象なのでしょう。
しかし、これで一心サンもアタシの話を聞いてくれるようになったのですから、頭が下がる思いッス。
藍染サンの犠牲者をこれ以上増やしたくはありません。
それは那由他サンも同じでしょう。
だからこそ、彼女はずっと黒崎サンの側にいたのかもしれません。
──アタシがその内に姿を現す事も見越して。
やっぱり藍染サンの妹サンですね。
そういう謀でも得意なんでしょうか。
あまり彼女にはそういう嫌らしい考えを持って欲しくないと思うのもアタシの我が儘でしょうか。
そして、これでハッキリとした事があります。
それは、彼女が本心では藍染サンを止めたいと思っている事です。
『私では……お兄様を止められません』
これが彼女の本心でしょう。
詳しくは後で聞くつもりですが、今はまず黒崎サンですね。
「こちらです」
アタシの言葉に二人は無言で頷きます。
だいぶ顔が固いですね。
果たして、どこまでアタシの話を聞いてくれるやら。
これから語る内容を考えるだけで少し気が重くなります。
しばらく走り、アタシの基地となっている「浦原商店」についたのですが、今は鉄裁サンには表に出てこないでもらいましょう。
話がややこしくなりそうですし。
入口をくぐり、奥の部屋へと案内。
特に周囲を見回す事なく、真っ直ぐにアタシへと付いて来る二人からは覚悟を感じられました。
これは気が重いの何のと言っている場合でもないでしょう。
黒崎サンの状態を考えれば当然の考えでもあります。
「まずは、アタシの話を聞く気になってくれてありがとうございます」
「御託はいい。とっとと話せ」
一心サンは随分とぶっきらぼうです。
ここで雑談してる暇もないので、お言葉に甘えて本題へ入りましょう。
「この子、黒崎サンの症状は“虚化”と言います。元はアタシが那由他サンの魂魄事情を改善するために考案した理論でした」
「何……?」
一心サンの目線が厳しくなります。
彼が知っている内容との齟齬があるからでしょう。
「事実です」
アタシの言葉に口を閉ざすお二人。
話を続けろって事ですかね。
「虚化とは、先ほども言ったように那由他サンの魂魄を改善する目的で考えました。つまり、本来なら死神の魂魄を強化する為のものだったのですが、本来の目的外である滅却師に対して行使した結果が現在の真咲サンの状態です」
「真咲は、真咲は元に戻るのか!?」
我慢できなかったのでしょう。
滅却師の男性、確か石田竜弦サン、でしたっけ。彼がアタシの話を遮るように食って掛かってきます。
「いえ、“元”には戻りません」
アタシの発言に二人は絶句しました。
話が違う、と言わんばかりです。
このままでは口論になりそうなので、アタシは彼らが口を開くよりも説明を続ける事を優先しました。
「“元に戻す”事は出来ませんが、“命を救う”事は出来ます」
「どういう事だ?」
「虚化をした魂魄は、症状が進行すると元の魂魄と虚が混在した状態となり理性を失った怪物になります。けれども、最終的には魂魄自身と外界との境界までをも破壊し自らの意志とは無関係に自滅してしまうのです。──これを『魂魄自殺』とアタシは名付けました」
「つまり、この嬢ちゃんはこのままだとその魂魄自殺をするって事だな?」
「はい、その通りッス」
石田サンはアタシの言葉に動揺を示しますが、意外にも一心サンは冷静です。
これも那由他サンへの信頼でしょう。
心中でもう一度彼女へお礼を言い、アタシは彼女を救う道について、本格的に話し始めました。
「アタシはこの虚化について100年間研究してきました。当然、虚化の弊害を知っていますし、魂魄自殺を防ぐ手段も見つけています。──それは、
「相反するもの……まさかっ!?」
「虚化の鍵である“境界線の破壊”は魂魄のバランスを崩すことによって引き起こされます。逆を言えば、相反する存在によって逆側にバランスを引き戻す事によってそれを防ぐ事も可能なのです。ただし、この方法で防ぐ事が出来るのは魂魄自殺のみです。彼女の命を救い、虚化させず、人間のままの存在に留めるためには、
一心サンは難しい顔をしたまま黙り込んでいますが、石田サンは何かに気付いたのでしょう。
その顔を驚愕に歪め、ワナワナと体を震わせています。
「つまり、必要なのは彼女が死ぬまで片時も傍を離れず、彼女の虚化を抑え続けられる相反する存在」
「嘘だ!!!」
石田サンが堪え切れず大声を上げました。
……切れる人だ。理解が早いです。
しかし、
「納得がいかないのは解ります。ですがアナタに選択肢はありません」
アタシの言葉で更に悲痛な顔になり俯く石田サン。
申し訳ありません。
けれども、アタシに出来る事にも限りがあるのです。
「選択肢があるのは──アナタですよ、志波一心サン」
「……俺?」
やはり分かってなかったようですね。
思わず内心で苦笑が零れます。
彼とは那由他サン経由で少し話したことがある程度の間柄だったのですが……。いやはや、どうやら昔から良い意味で変わっていないようで何よりです。
「ここにアタシが造った特殊義骸があります」
アタシは人間の魂魄から造った義骸を見せ、ここに入る魂魄は完全な人間として包み込まれると説明します。
中に一心サンが入れば“死神と人間の中間の存在”になり、一心サン自身が滅却師の彼女と相反する存在になれるのです。
しかし、これは選択肢のように見せていても一択です。
黒崎サンを救う術が他にない以上、一心サンはきっとアタシの提案を受け入れるでしょう。
那由他サンがいなかったら聞く耳を持たなかったでしょうが。
ただ、それを抜きにしても死神である彼にはデメリットが多すぎます。
「この義骸に入っている間、アナタは死神の力を使う事はおろか、虚を見る事すらできなくなるでしょう。そして恐らく一度この中に入れば──アナタは二度と死神には戻れない」
かなり厳しい話だとは分かってます。
この義骸を“虚化を抑えるワクチン”として機能させるには、黒崎サン自身の魂魄と宿った虚の両方に霊子の紐付けをしますが、これは魂をつなぐ紐です。
とてつもなく強く、その紐が繋がっている間は義骸から出る事も出来ません。
「その期間は黒崎サンの魂魄と内なる虚が“紐”から解き放たれるまで。つまり──」
「分かった。やる!」
「「え?」」
これには石田サンとハモってしまいました。
いえ、一心サンなら恐らく承諾するだろうとは思っていたッスよ?
ただし、ここまで即断即決するとまでは、流石のアタシでも考えていませんでした。
「死神辞めて一生そいつを護りゃいいんだろ! そんなもんやるに決まってんだろうが!」
恐ろしく簡単に決めたように見える一心サンですが、無論未練はあるのでしょう。
ですから、アタシは野暮な事を聞くべきではないと思います。
しかし、
「未練に足を引っ張られて恩人を見殺しにした俺を、明日の俺は笑うだろうぜ!」
それでも、彼は敢えて口にしました。
己の未練を、決意を。その行く先は自分で決めると。
これが那由他サンの背を見てきた方なんでしょうかね。
とても大きく、誇らしいものを感じずにはいられません。
勿論、彼に影響を与えたのは那由他サンだけではないでしょう。
多くの先達、後輩、上司、同僚。彼の取り巻く世界はそのまま、今の尸魂界を照らす光になったのではないでしょうか。
だからこそ、惜しい。
彼のような死神を、今ここでその未来を閉ざしてしまう事に、アタシは拳を強く握ります。
せめて、彼の意思を尊重しましょう。
彼が進む道を祝福しましょう。
二人が歩む未来を、影ながらに支えましょう。
それが、今のアタシに出来る、精一杯の賛辞ですから。
「それでは、こちらへ。まずは彼女の精神世界へと入り、宿った虚に飲み込まれようとしている黒崎サンを助けてあげて下さい。後はアタシが何とかします」
「つまり?」
「目の前の虚をぶっ倒せばOKッス!」
「よっしゃ! 分かりやすくていいな!」
「……もう、疑わないんスね」
「ん?」
言うつもりはなかったのですが、思わず本音が出てしまいました。
那由他サンのおかげとはいえ、一心サンは変わらずアタシを警戒していたはずです。
それが、何故か今ではとても協力的。
どういった心変わりをしたのか、少しが興味が出てしまいます。
これも研究者の性ってやつでしょうか。
「別に、大した事じゃねぇよ」
一心サンは照れたように顔を背け、ぶっきらぼうに答えます。
「アンタの言葉に嘘は無かった。俺がそう、感じただけだ」
この人もこの人で不器用な人ですねー。
そこが魅力的にも見えるのでしょうが。
ニヤッと笑ってしまったアタシに気味が悪いものを見た顔を向けてくる一心サン。
まあ、ここで時間をかけてる暇はありません。
さっさと始めましょう。
「那由他サンの状態は小康状態ですが、今すぐどうこうという話ではありません。それに精神世界ですからね。時間の事は気にせず暴れてきちゃって下さい!」
「おう!」
その数分後。
黒崎サンの容体は安定。
──そして、一心サンは死神の力を失いました。
▼△▼
僕は彼らのやり取りを、途中から呆けた顔で見つめている事しか出来なかった。
何故、僕ら滅却師のためにそこまで出来る?
お前たちが滅却師を滅ぼしたんだろう?
死神としての力を失うのだぞ?
何故、そこまで割り切れる……?
僕の家にとって、滅却師とは全てだった。
滅却師としての力を磨き、滅却師としての血を絶やさず、滅却師としての務めを全うする。
そう教え込まれてきたのだ。
父は己の研鑽に全精力を注いでおり、母も僕が真咲と結婚して純血統の滅却師を後世に残す事を求めた。
その在り方に疑問を感じる事はあっても、「そういうものだ」と思う事で納得もしてきた。
だからこそ、側仕えの片桐にも同じ言葉を繰り返してきたのだ。
誰よりも僕を想い、誰よりも僕を案じてくれた彼女に、僕はその考えを強いたのだ。
目の前の光景は、まるでそんな僕の考えを根底から覆すものだった。
「ここ、は……」
僕の側で藍染那由他が意識を取り戻す。
『助けるのに理由が必要ですか』
彼女の言葉を思い出す。
それは僕の心に燻っていた想いを正確に射抜くものだった。
藍染那由他は、ただ助けたいと思ったから動いたのだ。
それは目の前で行われている事と同じである。
『未練に足を引っ張られて恩人を見殺しにした俺を、明日の俺は笑うだろうぜ!』
志波一心、と言ったか。
彼の考えは僕には理解できない。
力を失っても明日は笑えるのか?
関係ない他人のフリもできるのだぞ?
仲間を裏切る事に等しいのだぞ?
本当に、分からない。
そしてそれは、僕の滅却師として目指すべき理想が、崩れた事を意味していた。
「成功です」
浦原喜助という男の声で、僕の意識は現実に戻される。
成功?
つまり──真咲は助かったのか?
僕は何も出来なかった。
みっともなく倒れた彼女を抱きしめ、彼女を助けようとする周囲の人々へ感情のままに怒鳴り散らしただけだ。
酷く……惨めだ。
「黒崎サンに那由他サンの霊力が少し宿ったからでしょう。安定にも然程手間がかかりませんでした。……ただ、あまり無茶な事はしないで欲しいッスね」
「すみません」
藍染那由他が起きた事に気付いていたのだろう。
額の汗を拭うために手の甲を動かす浦原喜助は、僕の隣の女性へと声をかけていた。
「那由他さん」
今度は志波一心か。
どれだけ彼女は周囲から信頼を寄せられているのか。
少なくない憧憬の視線を女性へ向ける志波一心は、先ほどの悪鬼羅刹かと思う人物とはほど遠い。
彼女は、どのような人物なのだろうか。
「はい」
無表情。
もしかしたら初めてその顔をしっかりと見たかもしれない。
僕にはそこまで余裕が無かったのだろうか。
自嘲気味に乾いた笑いが漏れそうになる。
「俺を信じてくれて、ありがとうございました!」
頭を下げる志波一心。
それだけで人間関係が分かる。
いや、分かってはいた。その関係性の一端を再び垣間見れただけだ。
「よく、やりましたね」
ゆっくりと寝台から降りた藍染那由他は、予想外にしっかりとした足取りで志波一心へと近づき彼の頭を優しく撫で始めた。
これには流石の彼も照れ臭かったようで、慌てて彼女と距離を取っている。
「那由他サン。これで黒崎サンの容体は安定したと言えます。しかし、一心サンが黒崎サンから離れ過ぎたらアウトです。そして──それは貴方も一緒です」
浦原喜助の言葉に、藍染那由他は少し驚いた顔をしてみせた。
僕がそう感じただけで、実際の表情は全くと言っていいほど変わっていないのだが。
思ったよりも感情が表に出やすい、分かりやすい人なのかもしれない。
「虚化を抑えるために使ったのは“人間と死神の中間に位置する力”です。しかし、その力の中に少なからず那由他サンの力が混じりました。不確定過ぎて確実な事は言えませんが──那由他サンが黒崎サンから離れると、内なる虚を一心サンだけでは抑えきれない恐れがあります」
これには僕も驚いた。
つまり、志波一心だけでなく、彼女すらも行動の制限がかかるという事だ。
彼女へ視線を向ける。
「受け入れましょう」
唖然とした。
何度、僕は今日だけで死神に驚かされているのだろうか。
志波一心には事前に説明があった。
あるようでない選択肢だったが、それでも彼は自分の意思で真咲を救うために死神の力を捨てた。
しかし、彼女は、
『他に方法がありません』
ただその場にいた真咲を救うための行いで、確認もされずに彼女と共にある事を選べると言うのか?
目を見る。
揺らぎなどない。
彼女は、本心から真咲の側にいる事を覚悟している。
「確認すら出来ず勝手に巻き込んでしまい、すみません」
「いえ」
藍染那由他は首を横に振り、
「私が選んだ道ですので」
端的に、覚悟を示した。
「失礼する」
僕はもう、この場にいる事が出来なかった。
後ろも確認せず、あれだけ大切だった真咲すら置いて。
外に出た際に水が僕の全身を濡らす。
いつの間にか雨が降り始めていたようだ。
僕は傘を持っていない。
いきなり家を飛び出したのだから当然だろう。
「坊ちゃま」
そんな僕に、一人の女性が声をかけてきた。
僕とそう年の離れていない、いつも側で見守ってくれた人──片桐叶絵。
「帰ってお母様に伝えると良い。竜弦に滅却師を守り通す資格などないと」
何も守れてなかった。
現実に向き合えなかった。
そこまでの覚悟を、僕は持てなかった。
笑ってしまう。
今までの人生をかけて積み上げてきたものは、何の価値もないものだと、分かってしまった。
「帰りません」
いつもは僕の言う事を素直に聞く片桐が、今日に限って言う事を聞いてくれない。
苛立たしさが募る。
八つ当たりだ。分かっている。
それでも、今は一人にして欲しかった。
「……帰れと言っている」
「帰りません。坊ちゃまを一人にはいたしません」
何故分かってくれない。
ここに来たという事は、真咲がどうなったのかある程度は把握していたはずだ。
にも関わらず、僕は今一人なのだ。
何故、今日に限ってここまでしつこく絡んでくる!
「片桐っ……!」
「
苛立ちをそのまま言葉に乗せようとしたその時。
片桐が僕の言葉に音を重ねてきた。
本当に珍しい。
そして、名前を呼ばれたのはいつ以来だろうか。
幼い頃は当たり前のように呼び合っていた名前。
それを、主従の関係として一線を引いたのはいつからだろうか。
「お忘れですか? 生涯の全てをかけて竜弦様へお仕えする事が、この片桐の務めです」
彼女の言葉で過去の記憶がフラッシュバックする。
彼女の母に連れられ、おどおどとしながら僕と初めて会った日を。
彼女が初めて僕へと笑いかけてくれた日を。
彼女が初めて、僕の側にいると誓ったあの時を。
「初めてお会いしたあの日から、片桐の人生は竜弦様のものです。……ですからどうか、どうか悲しまないで下さい」
僕は片桐に背を向けたままだ。
彼女から僕の顔を見る事は叶わない。
それでも僕を泣いていると表現する彼女に、僕は本当の涙を流した。
すぐに雨に流される。
いや、これは雨だな。
僕の涙は、誰にも見られてはいない。
だから、
──君が、泣かなくても良いんだ。
「もういい」
振り返る事なく、片桐に声をかける。
僕は彼女の顔を見ていない。
彼女も、僕の顔を見れていない。
それで良い。
それが、良いんだ。
「帰ろう」
その日、僕は黒崎真咲という大切な人を失った。
彼女が僕の日常から消えるまで、彼女の隣に立つことは終ぞなかった。
そして、志波一心と藍染那由他、時々浦原喜助という不思議な人物たちとの日常が始まる。
失った太陽の輝きを、僕はきっと生涯忘れる事はないだろう。
しかし、その代わりに、
──僕は、ずっと変わらず側にいてくれた人を見つけた。