──こらアカンわ。
ボクは隣で黙ったまま画面を見つめる藍染隊長を盗み見る。
今は静かやけどいつ爆発するか分からへん。
何せ、愛しの妹ちゃんが見ず知らずの人間を助け、あの志波一心と一緒にいる事が確定。
いやぁ、アカンやろ。
「ふふっ、ふふふふふ」
わ、笑っとる……。
えらい怖い笑い方してはる。
「あ、藍染様」
東仙隊長も恐る恐るといった様子やし。
無理あらへん。
ボクかてこの藍染隊長に話しかけるんは恐ろしいわ。
「何かな、要」
「いえ、その……那由他様に関しては、今後どのようにするおつもりで?」
「そうだね」
思わずゴクリと唾を飲み込んでまう。
ピリッとした空気が場を支配し、
「好きにさせよう」
予想外の藍染隊長の言葉に一瞬ポカンと口を開けてもうた。
「よろしい、のですか?」
「ああ、構わないとも」
「何故か、お聞きしても?」
東仙隊長にとっても予想外やったらしい。
ボクも後学のために聞かせてもらいましょ。
「黒崎真咲は人間とは言え、滅却師、死神、虚の三つの力を持っている。更に言えば那由他の力も混じった。もしかすると、“欠片”が混じっている可能性がある」
まあ、確かにごっつ珍しい存在になりはったんや。
藍染隊長が興味を引かれるんは分かる。
せやけど、
「その、時々言うてる“欠片”ってなんですか?」
少し探りを入れてみましょ。
どうせ煙に巻かれるやろうけど、
誰も彼もが那由他ちゃん、那由他ちゃん。
えらい気持ち悪い。
ただ自分の好き勝手動いとるだけですやん。
何であの滅却師の女の子を助けたんかは知らんけど、どうせ碌でもない事に使うんやろ。
虚の食べ方教えたんは藍染隊長やけど、普通の精神しとったら自分の中に虚を取り込むなんて嫌悪感の方が強いはず。
それを躊躇なくしはるんやから、もうバケモンやで、あの人の精神。
どういう頭しとったらあないな事した後で被害者と平気な顔して会えんねん。
まあ、昔から知っとったけど。
しかも質が悪い事に、皆の前でやってる事だけ見れば、確かに良い人に見えるんやわ。
護廷に居た頃はアホみたいに仕事と斬拳走鬼しとったし、現世では自分の身削って人助けやろ?
そんで誰にでも優しくて? 実力もあって? 部下に限らず下の者を積極的に指導し? 自身が傲る事もなく? 上への敬いを忘れず? 手が空いた時には他の仕事を手伝い? 自らの研鑽にも余念がなく? 現世に追放されてもかつての仲間を恨むんやなく、せっせと虚退治に人助け? オマケで誰から見ても美人な女性と来たもんや。
そら人気が出ても仕方あらへんわ。
ボクかてその姿しか知らんかったら「世の中にはこないな人もいはるんやなぁ」なんて感心する事しか出来へんもん。
で、裏でやってる事は?
流魂街の人たちをぎょうさん消滅させ? 死神もついでに消して? 自分を助けようとしてくれはった人を大罪人に仕立て上げ? 魂魄の中に虚をどんどん取り込み? 虚からすら恐れられる存在になりはって? 折角手に入れた力を何故か他の虚にあげるいう意味分からん事やって更に虚を怖がらせ? 平和に暮らしとった女子高生を戦いに巻き込み? 今まで熱心に自分を慕ってくれてた後輩から死神の力を奪わせ? 滅却師の男の子に無力感を植え付け? 何も知らん女子高生から親友呼ばせて? 自分が陥れた人を利用してその近くに平気な顔して潜り込む?
あん人、人を嵌めて不幸にさせるんが趣味なんやろか?
同じ被害者面して近くから顔を見て内心で喜んでるんやろか?
アカン、アカンわ……。
ちょっと異常な嗜好過ぎてボクじゃ理解できひんわ。
ほんま、立派な藍染隊長の妹ですよ。
これはどっちなんやろな。
藍染隊長が那由他ちゃんに似とるのか、那由他ちゃんが藍染隊長に似とるのか。
まあ、どっちでもええか。
どっちもどっちやし。
この兄妹、ほんまおっそろしいわぁ……。
100年くらい側にいはるけど、隙ゆう隙が全くあらへん。
せやけど、焦る事やない。
何百年でも待ったる。
待って、待って、待って。
――そんで、ボクがしっかり殺したる。
で、何やったっけ?
ああ、那由他ちゃんの中にある“欠片”の話やったな。
「君は不思議に思わなかったかい、ギン? 那由他が尸魂界を追われた時、その命を下したのは零番隊だった。私であれば中央四十六室を使ってもっと簡単に同じ結果を残せただろう。つまり、零番隊が動いたのは全くの偶然だ」
「恐ろしいですわぁ。偶然をしっかり利用してはるんですもん」
「問題は、どうして零番隊が動いたか、だ」
ボクの言葉に微笑みだけを返し話を続ける藍染隊長。
ああ、これアレや。
話したかったんやな。
「その理由こそが那由他の中に眠る“欠片”の存在さ。遥か遠くを見つめる“目”の持ち主、彼女が謡う世界は愛に包まれている。それは私たちを頂へと導く賛歌。そして、そこには
何を言ってるか全く分からへん。
こうなった時の藍染隊長の言葉はまともに考えても分からんから、あまり気にせんようにしとる。
「彼女は弱者に寄り添う事を良しとしない。いや、
う~ん、シスコン拗らせとるなぁ。
ようはアレやろ。自分の妹を自分の理想の存在にしようって事やろ?
やっぱり兄妹揃ってヤバイ人たちやなぁ。
「だから、僕は彼女に虚を喰わせた」
「そうなのですか?」
お、東仙隊長が復活しはった。
ボクだけであのポエムに付き合うのは勘弁やわ。
助かりますー。
「勿論さ、要。那由他は虚の制御を完璧にこなしている。何故か?
あら、東仙隊長も黙ってもうた。
やれやれやなぁ。
これじゃボクが藍染隊長の話に相槌打たんといかんわ。
「それで、志波一心はどないしはるんです?」
「いずれ殺す」
おぉ、返答早っ。ごっつ殺意高いわ。
「しかし、今ではない」
いつもの笑みに凄味がある気がするんやけど、これ気のせいやないんやろなぁ。
「折角あの那由他が導いた舞台なんだ。今はまだ鑑賞を続けよう」
なんやっけ。『遥か遠くを見つめる“目”の持ち主』やった?
意味はよう分からんけど、未来でも見えてるゆう事やろか。
そんな訳あらへんて。そないな事死神の力を超えてますもん。
──死神の力じゃ、ない?
今、あん人に宿ってるのは死神と虚の力だけ。
ってことは虚の力で?
いや、ありえへん。
あの虚を作ったのは東仙隊長や。既存の技術の延長に過ぎひん。
滅却師?
いや、それもありえへん。
元々が死神なんや。そんな特殊な産まれともちゃう。
現世に行ってからもずっと観察してたんやから、何か異常があればボクも気づける。
藍染那由他には、ボクの知らへん“力”が産まれた時から宿ってるゆう事ですか……。
「しかし、それでは浦原喜助の元に那由他様がいるのは不味いのでは?」
「なに、那由他を僕の元へ戻す方法などいくらでもある。──全ては僕の掌の上さ」
画面に悦の顔で視線を向ける藍染隊長に、ボクはブルリと身震いした。
「ふふっ、楽しみだよ。那由他」
▼△▼
やっぱり名言は人の心を動かす。はっきり分かんだね。
一心さんと浦原さんにダブルパンチくらった時はどうしようかと思ったけど、カ〇ナの名言で一心さんを動かせた。
ほんと良かった。ほんと……。
これで何とか既定路線には入ったっぽい。
ただ、俺が真咲さんから離れられなくなったのは完全にイレギュラー。
マジでどうすっぺ、この状況。
あと、浦原さん。
この後は、恐らくだが仮面の軍勢のとこへ拉致られるのだろう。
お兄様に怒られるかなぁ、大丈夫かなぁ。
とっても心配です。
「那由他サン」
と、浦原さんに話しかけられた。
さあ、どんと来い!
でも出来るだけ優しくしてね?
「次は那由他サンの
先ほど飛び出すように出て行った竜弦さんを気にしているのだろう。
出入口をチラリと見つつも、浦原さんは体を俺の方へ向け話を進め始めた。
「那由他サンは虚化を制御出来ています。しかし、恐らくその浸食を完全に止められている訳ではありません。貴方から感じる虚の霊圧は確実に前より増えています」
まあ、それは虚を喰いまくったせいだと思うけど。
それを治療出来るって事?
さす浦。
「アタシは滅却師の“光の矢”と“人間の魂魄”からワクチンを作り、それを虚化した幾人かの死神の魂魄に注入しました。そして、それによって100%の魂魄自殺を防ぐ事に成功しました」
一心さんに特殊義骸を説明していた時もサラッと言ってたけど、その材料どうやって手に入れたん、この人?
人間の魂魄を集めるって、結構な重罪だよ?
まあ、今更尸魂界の法に縛られても仕方ないのは分かってはいるが。
何だかんだ浦原さんもヤバイ側の人だよね。知ってた。
で、そのワクチンと俺にどんな関係が?
「虚化とは、本来は元の魂魄と虚が混在した状態となり理性を失った怪物になる症状です。それを那由他サンが自力で制御できているのは──曳舟さんが作った義魂丸に理由があります」
まあ、せやろな。
アレ飲んで落ち着いた訳だし。
一心サンは義骸に入った事で俺をもう認識できていない。
傍から見たら浦原さんが一人で喋っているように見えるだろう。
それでも真剣な表情で聞いている。
詳しい事はチンプンカンプンなんだろうけれど。
多分、俺を救うためと言いつつ、俺に危害を加えないか見張っている感じだろう。
ありがてぇ。その優しさを今後は真咲さんに向けてくれ。
「アタシが理論立てした“死神と虚の境界を無くす”考え方は、元は曳舟サンの研究を引き継いだものなんです。那由他サンの魂魄を改善するために、あの人も考えていた手法を別の方向から再構築したのがアタシの理論に当たります」
え、そうだったんだ。
曳舟さんとはそこまでの付き合いでもなかったのだが……。
ありがたい話である。
おかげで那由他は今日も元気ですっ!
ん?
つまり?
「通常の義魂丸は死神の魂を元にした疑似魂魄の作成によって効果を発揮します。しかし、那由他サンに与えられた義魂丸は違います。死神に死神の魂魄を与えても魂魄のバランスは崩れません。強度に難のある那由他サンの魂魄に限って言えば悪化させるだけでしょう。そこで、曳舟サンは考えました。──虚の魂魄を与えれば良いと」
お?
おぉ……。
おぉっ!?
「つまり、曳舟サンが作り那由他サンに与えた義魂丸には虚の魂魄が込められていました。曳舟サンの理論が“死神+虚”の足し算でバランスを崩す方法だとしたら、アタシの理論は“死神×虚”という掛け算でバランスを崩すようなもの。同じ結果のように見えますが、曳舟サンの考えでは魂魄の中に虚の魂魄が残る事を意味します。──この那由他サンの中に残った虚の魂魄によって虚化が制御された。アタシはそう考えました」
ちょ、ちょっと待って!
ってことは、俺の中にいる“もう一人のボク”ってのは本当に虚だったのか!?
アイツ、本当の事言ってたのか!
信じてなかったわ、スマン!
「何故、虚である魂魄が那由他サンに力を貸しているかは分かりません。しかし、虚は自我を保ち己の欲望を満たす“何か”を常に探しています。恐らく、那由他サンの底に眠っていた欲望を引っ張り出し、どうにかして叶えさせようとしていたはずです。よって、那由他サンは本来より攻撃性、ないし嗜虐性を発露している可能性があるんです。思い当たる事はありませんか? 普段は考える程度、もしくは無意識に願っていた欲望を我慢する事が最近はなくなってきている、とか」
分からん……!?
いや、でも待って?
確かに最近はやたらめったら“誰かの曇った顔”を見たいと感じていた。
初めは苺とルキアだけ、とか思っていたのに、最近は誰でも良いと考えている。
原作展開にさせる事を理由にして、とにかく誰かを不幸にしたい。
そんな欲望に駆られている。
虚圏でもそうだ。
普通なら虚を喰らうなんて気持ち悪いと思うはず。
なのに、何で俺は嬉々としてやっていた。
どうして虚に恐れられる事に悦を感じていた。
何故、虚を追い立て、相手に恐怖心を刻んでから喰っていた……?
今思い出すと吐き気すら込み上げてくる。
どうしてだ?
いつから──俺はこうなっていた?
海燕さんとメタスタシアの事件を思い出す。
あの時も、確か自分の感情が暴走しそうになっていた。
“天輪”に諫められたけど……結局のところ目的自体に変化はなかった。手法が変わっただけだ。
「仮定ばかりですみませんが、恐らく虚は那由他サン──貴方を乗っ取ろうとしています」
呆然とした顔のまま浦原さんの目を見る。
真剣な表情だ。
嘘は言っていないのだろう。
「貴方の実力は相当なものです。虚も無暗に手を出せなかったのでしょう。ですから、このように何十年もかけて、貴方に気付かれないように、友好的なフリをして、貴方を蝕んでいたはずです」
浦原さんは俺から視線を外すと、おもむろに棚から一つの箱を取り出した。
開ける。
中には一本の注射器が入っていた。
「これは先ほど説明した“ワクチン”です。これを今から那由他サンの魂魄に注入します。これにより、貴方は虚の力を借りずとも魂魄を制御できるはずです。しかし、それを虚が許すとは思えない。抵抗するはずです。つまり、精神世界で虚を屈服させる必要があります」
ははっ、苺の修行かよ。
変な笑いが心中で漏れる。
「一心サンは既に死神の力を失い、アタシも那由他サンのフォローをこちらでしなければなりません。そもそも、誰かの力を借りて虚を屈服させたとして、いずれまた同じ事が起こります。那由他サン。貴方が屈服させる必要があるんです」
俺は、頷きを返す事しか出来なかった。
▽△▽
『あーあ、上手くいってたんだけどなー』
声が聞こえる。
俺のよく知っている声だ。
ただ、自分の声を外から聞くと普段と違った印象を受ける。
『ま、お前に“帰刃”を使わせられなかった時点で俺の負けだよ。使ってたんなら一気に浸食が進んだんだけど』
──じゃあ、お前は大人しく俺に従うのか?
『まさか』
“オレ”が嗤う。
無表情なものではない。
喜悦が滲み、人の不幸を喜ぶ顔だ。
『オレはオマエだ』
“オレ”が言う。
『オマエが心の奥底で願ってたものを、オレが引っ張り出してやっただけだ。オレに怒るのはお門違いですぜ?』
──そうなんだろな。
『だから、オレの好きにさせろよ。オマエの体を使わせてくれ。そしたら──オマエの望みも叶うんだからよ』
俺は無言で斬魄刀を構える。
『申し訳ありません』
“天輪”の声が聞こえた。
その音にはこれでもかというほどの悔しさが籠っている。
しかし、それを聞いても、以前のように嗤えなかった。
『私が気付いていれば、このような事には……!』
“天輪”すらも騙せてたのか、こいつ。
本当に俺かよ。いや、違うんだったな。
──“天輪”、ゴメンな。俺が不甲斐なくて。
『そんな事はっ!』
──いや、俺はちょっと不用心すぎたらしい。お兄様の妹に生まれて、才能もあって、皆からチヤホヤされて。きっと調子に乗ってた。
返事はない。
でも、俺は続ける。
──これもお兄様の策なんだろうな、多分。だったら、俺は俺の願いでもって、目の前のオレをぶっ倒す。
『その願いとは』
“天輪”の言葉に力が宿る。
流石だよ、ほんと。
こんな俺と一緒にいてくれるって、結構大変だったんだろうな。
これからもきっと迷惑かけるわ。
それでも、俺と一緒にいてくれるって、俺は“天輪”を信じてる。
俺の願いは何だ。
初めはキャラ愛だった。
しかし、俺のこの想いを歪めて叶えたのが“オレ”だ。
アイツの言ってる事は間違ってない。
俺は確かに、一護とルキアの曇り顔を見てみたいと思っていた。
だから、この場で願うのは、
──困った顔だ
『……は?』
“天輪”の困惑した顔が見えた気がする。
今は俺の斬魄刀となっている彼の姿は見えない。
それでも何となく分かった。魂の半身だしね。
──困って、拗ねて、挫折して……
それでも諦めない
目の前の道を全力で進む
力強い意思を持ち
人を護るために
俺には他人の不幸を喜ぶ部分が確かにある。
それを否定はしない。
でも、本当に見たかったのは、それでも立ち上がる主人公の煌めきだったのだろう。
『私は、貴方と共に』
──ありがと、“天輪”。あとゴメンな。
“天輪”は困ったような苦笑を返してくれた。
そんな、気がした。
もう原作なんか知ったこっちゃねえ。
俺は一護を守る。
ルキアを守る。
真咲さんを守る。
一心さんを守る。
お兄様の事だ。
俺がこうなったのも、これからどうなるかも、全部予想はしているのだろう。
ある意味、原作再現を一番しているのはお兄様かもしれない。
だからどうした。
俺の存在程度で一護はきっと止まらない。
俺すらも助けようとするだろう。
一護の中に入るだろうユーハバッハのおっちゃんには悪いが、これは俺には止められないんだ。
ヨン様がいるからな。
確実に一護は死神となるはずだ。
ならば、せめて、それまでは。
俺が彼らの盾となろう。
平和な日常を守ろう。
それが、せめてもの贖罪だ。
あー、でもいつか俺はヨン様によって一護の敵にさせられるんだろうか。
怖いなあ。
俺の屍を越えていけー、とかリアルでやる可能性があるとは思ってもみなかった。
『もう話は終わったかー?』
──なんだ、律儀に待っててくれたのか?
『まあ、ぶっちゃけ俺に勝ち目はねぇし。最上級大虚数体分だよ、オレの実力? ここ精神世界なんだからオマエは全力でしょ? 無理ゲーじゃね?』
──それでも諦めないとか、お前も不器用だよな。
『オマエに言われたくないなー』
カラカラと笑う“オレ”に俺は構えた。
『で? どう倒そうとする?』
──決まってんだろ? 全力だ。
▼△▼
「那由他さんをこうさせたのは、お前じゃねぇって事だな、浦原喜助?」
アタシの処方した注射により精神世界へと入った那由他サンを眺めていたら、一心サンから唐突に声をかけられました。
彼の視線は未だ寝台で横になっている黒崎サンへと注がれています。
彼女はしばらくしたら目を覚ますでしょう。
そこは問題ありません。
そして、黒崎サンと離れてはいけないと言っても、町一つ分くらいの距離なら大丈夫ですし、普通に暮らす分には問題はないでしょう。
ですから、彼が心配しているのはそこではありません。
「はい。元凶は──現五番隊隊長、藍染惣右介によるものです」
「藍染隊長が……?」
一心サンは信じられないという顔でもって、アタシの方へ向き直りました。
そうですね。
藍染サンは誰からも信頼を寄せられる人格者として振舞っていますから、困惑するのも無理はありません。
「これから話す事は全て真実です」
そう前置きして、アタシは100年前に起こった『魂魄消失事件』について一心サンに語りました。
途中で口を挟むこともなく、彼は静かに目を閉じてアタシの話に耳を傾けています。
やはり、覚悟が違うのでしょうかね。
既に死神の力を失った彼。
ならば、ここでどのような真実を知ろうとも、護廷へと情報を持って帰る事は叶いません。
むしろ先ほど助けた黒崎サンを危険に巻き込む恐れすらあります。
そんな事、一心サンは許さないでしょう。
アタシの打算……ッスね。
今、護廷に真実が伝えられても混乱を招くだけ。
そして、その隙に藍染サンが中央四十六室を操って自分に有利なように事を運ぶだけでしょう。
尸魂界から離れてしまっているこちらから行動を起こすのは危険すぎます。
ですから、
これで護廷は藍染サンから注意が逸れるはずです。
そのタイミングで藍染サンが動かないはずがありません。
アタシたちはその隙に藍染サンを討つ。
これが現状考えられるベストです。
問題は誰が尸魂界へ表立って乗り込むか、ですが……。
適当な人物が今のところいないのが問題ッスねぇ。
まあ、今は那由他サンの回復を待ちましょう。
那由他サンがアタシの監視下にいる現状、藍染サンもアタシを警戒するはずです。
今すぐに動く事はかえって不味いでしょう。
那由他サンの魂魄へ干渉した事は、彼女が藍染サンの元へ戻ったらすぐにバレる事。
ならば、彼女をアタシたちで匿う他ありません。
黒崎サンとの関係上、一心サンたちと一緒に暮らすのが妥当っすね。
しばらくはアタシの家で問題ありませんが、もう人間として過ごすしかない二人に、滅却師からも絶縁されるであろう黒崎サン。
アタシの手を借りずとも、その内勝手に自立する事でしょう。
まあ、金銭的な余裕がアタシにある訳でもありませんしね!
あと10年から20年くらいッスかね。
それくらいは大人しくしておきましょう。
「ん……」
「那由他サン、お加減はどうッスか?」
どうやら那由他サンが目を覚ましたようです。
片手間で魂魄の補助を出来るくらいに安定してたんで、そこまで心配はしていなかったッスけど。
まあ、無事に帰ってこられたようで良かったッス。
「問題ありません」
少し確認しますが魂魄も問題なし。
いや……これは?
「っ!?」
アタシは思わず那由他サンの顔を真正面から見てしまいます。
相変わらずの無表情です。
綺麗な顔をしてはいますが、そこに感情は見えません。
まあ、今までの行いが誘導されていたと知れば無表情にもなるでしょう。
皆を裏切ってまで側にいようとした兄にされていた事を知れば、尚更。
藍染サンならば、那由他サンの変化に気付いていたはずです。
それを敢えて無視していた。
その考えの全てを見通せる訳がないですが、彼は那由他サンを死神以上の存在へ昇華させたかったのだと思います。
──彼女がどうなろうとも。
歪んだ愛情です。
しかし、それらを抜きにしても藍染サンが彼女を特別視する理由が分かりました。
なるほど。
尸魂界を追放された切っ掛けは零番隊だと聞いていましたが、“これ”なら零番隊が動くはずです。
だから藍染サンも阻止できなかったのでしょう。
無暗に騒ぎを大きくしては、那由他サンが
そして、那由他サンの魂魄が異様に脆い、というよりも
本来は存在してはいけないモノですね。
何せ、“本物”は
零番隊が見逃せるはずがありません。
きっと、今後は貴族子飼いの死神が疑わしき人間たちを次々と殺していく事になるのでしょう。
確か、死神代行になった人は“欠片”を集めていたと聞きます。
目的は“欠片”を宿した人たちを普通の生活に戻してあげるという、至極慈善的なものだったはずですが……。
彼もこのままでは危険です。
しかし、彼を助ける手段は乏しいッス。
下手に介入すれば零番隊に察知され、今度こそ那由他サンを始末されます。
見て見ぬフリ……するしかないッスかね。
つまり、“これ”は矛盾の塊です。
何故、存在しているのかすら分からないッス。
──那由他サンには『霊王の目』が宿っている。
これは、迂闊に誰かへ話す訳にもいきませんね……。
能力の予測はつきますが、下手に取り除いたらどんな影響が彼女に出るかも分かりません。
なんだか物凄いモノを背負った気分ッスよ。
まあ、今は嘆いても仕方ありません。
まずは、
「那由他サン──これから貴方を平子サンのところへ案内します。良いッスね?」
しっかりと頷いた彼女の瞳に、もはや迷いはありませんでした。
連載開始時からあった那由他ちゃんの設定を一部公開。
・藍染那由他
那由他には並行世界や未来すら見通せる「霊王の目」が宿っている。詳しい能力や影響については今後の本編にて。
元々の才能と霊王の力が合わさり霊圧が馬鹿高くなった。ちなみに、浦原喜助が霊圧抑制装置をくれなかったら、その後の成長速度についていけず体がポンしてた。実は命の恩人。
しかし、霊王宮にいる霊王には目が残っている。
つまり、霊王の目が現実として複数存在している事になり、那由他の魂魄の中に宿る存在自体が矛盾していたため彼女の魂魄は脆かった(シュタゲ味)。これは、並行世界に存在するかもしれない“目を失った霊王”の目を宿している事を意味する。そして、それは今の霊王を守る零番隊に許容される事はなく、霊王の欠片を求めている貴族にも命を狙われるだろう事は想像に難くない。そのため、藍染は那由他の欠片について明言する事を極力避けていた。
これにより、那由他には死神、虚、霊王の三つの力が宿っており、始解・卍解、帰刃、完現術を扱える可能性を秘めている。(現状では完現術以外を使用可能)
*勿論、ヨン様もこれらの事には気が付いている。本来は目の仇にしている霊王の一部だが面白いと判断し黙認。他にも理由はあるが、そのあたりは後日本編で。
やっと伏線回収できた! やったぜ!
あと、本作は”愉悦”作品です。
次話以降も愉悦要素が出てきますので、苦手な方はご注意下さい。