──あれから二年が経った。
その間の事と言えば、俺たちが人間の生活に慣れるために費やされたと言っても過言ではない。
戸籍や何やのややこしい諸々は全て浦原さんが用意してくれた。
オマケに俺たちが自立できるまでの金銭的援助もある程度はしてくれたのだ。
ほんと助かります。
拝んでおいたらヘラヘラした顔で笑われた。
人間として暮らしていく。では、まずは何をすべきだろうか。
そう考えた時に、やはり金がないと困るよなぁ、なんて考えていたら真咲さんが、
『これ使って!』
とか言ってポンと大金を渡してきた。
こんな金額初めて見たよってぐらいの。
どうやら、ご実家の遺産らしい。
今までは石田家に厄介になっていたため都度払っていたらしいのだが、虚に死神と色々混じってしまった真咲さんを石田家が受け入れる事はない。
行く当てが無くなった者同士協力しよう、という事らしいが……。
いやぁ、金銭的には真咲さんにおんぶに抱っこです!
申し訳ねぇ……。
でもやっぱり助かりますぅ。
とりあえず、俺はバイトを始める。
と言っても簡単なものだ。
現世の常識とか流石に200年も死神やってりゃ少し疎くなる。
バイトをしながらの情報収集みたいなものだ。
業種は配達。
顔面偏差値的には問題ないが、顔面筋の問題がありすぎて接客業は不可能。
すっかり魂魄の落ち着きを取り戻した俺は体力にも自信がある。
人間として力を使わずに暮らすのならば何も問題はない。未だに本気は出せないだろうが。
そして、一心さんが医者になった。
人間になったとしても誰かを助けたいのだと思う。
あと、護廷にいた時の知識・技術の中で現世で使っても問題なさそうだったのが医学だったからだ。
知っている通りの道に進もうとしていたので、とりあえず応援だけは全力でしておいた。
応援する、と言ってもこの考え方は俺にも当てはまる。
卯ノ花さんのところで伊達に回道を学んではいない。
ある程度の知識なら持っているし、真咲さんと離れられない以上は俺も将来的に一心さんのお手伝いでもしよう。
医師免許についてはこれも浦原さんが用意。
いやぁ、これ闇医者だよね?
そもそも戸籍……深く考えてはいけない。
あまり目立つ訳にもいかないので、しがない小さな町医者として生活する形だ。
とは言っても、建物や機材等、準備にはそれ相応の時間と金がかかった。
金銭面は俺のバイト代と浦原マネーと真咲マネーでカンパである。
俺の持ち分が1%いくかいかないかくらいだったのは泣けるな。一心さんはそれでも喜んでくれたけど。
『この金は必ず返します』
なんて言っていたが、別に気にしないでいいのよ?
どうせ大した金額じゃないし。ほんとなのが悲しみ深い……。
それよりも凄いのが、一心さんの頭の良さよ!
勉強期間一年もないんですぜ?
浦原さんのスパルタにヒーヒー言っていたのを俺と真咲ちゃんで面倒見てあげてたけれど、その時だけは幸せそうに緩んだ顔になっていたな。
掃除洗濯炊事の家事一般は俺も真咲ちゃんも一通りできる。
ついでとばかりに浦原商店のお手伝いもしてあげたらめっちゃ喜ばれた。
近所の子供にラスボス扱いされて玩具の鉄砲向けられたのは結構心にキタけど……。
水鉄砲を顔にかけるのは止めてよぉ。服ならその内乾くからさ、上半身あたりを狙って欲しい。
そんな感じの事を言ったら容赦なく服にかけてきた。こんのクソガキどもが……。
そして、何故か真っ赤になって去っていった。何事?
悪は勝つ! はーっはっはっはっは!
あー、虚しい……。
で、竜弦さんも医者を目指したようだった。
高校を卒業後、一発で医学部に受かっている。
やはり成績優秀だったんやな。
滅却師としての自信が無くなった、というよりも進むべき道が分からなくなったんだっけ?
そう思って素直に彼に「どうして医者を目指すのですか」と聞いたら、
『滅却師は儲からないので』
おぉう、リアリスト……。
まあ、ぶっちゃけどうやって稼いでんだろうとは思っていたけど。
相変わらず側には片桐さんがいるが、二人の距離は何となく近い気がする。
これは片桐から石田になるのも近いのだろうか?
祝福するよ!
結婚式には呼んでね!
あ、ドレスとか何も持ってねぇ……。
そして、真咲さんは大学生。
今では元気に日々を過ごしている。
これも一心さんのおかげだと感謝しっぱなしだ。
そして、二人の距離は
──友人くらい?
なんか思ってたんと違うんじゃがぁ……。
これも俺の影響なのか? やっぱりそうなのか!?
真咲ちゃんは一心さんに感謝している。これは確か。
そして、少し気になっている。これも確か。
本人に聞いたし。
真っ赤な顔して「ちちち違うよっ!?」とか何故か俺にいい訳始めたが。
やれ「私なんかじゃ無理」、やれ「邪魔する気は無い」、最後には「那由他さんこそ」なんて拗ねたような寂しそうな顔で追及を受けるに至った。
あの反応は流石に好意を持っていると考えて間違いなかろう。
どうして最後に「応援してます!」なんて言われたのかは分からん。いや、マジで分からんねん。
何の応援? バイト? それともその後の進路? まだ誰にも相談してなかったんだけど……。
ま、いっか。
いや、だって恋愛的な心の機微は俺には分からん。
何百年も女やってて、色恋を未だに理解できていない俺は世間一般的に言えば喪女と評されるのだろうか。
相手いないんだもん。特に欲しいと思っている訳でもないけれど。
しかし、男に対して全く魅力を感じない訳でもない。
子供の頃は『男』という意識が強かったが、今では同時に『女』でもあると思っている。
体は女だしね。普通に色々と女性の嗜み的な知識を得て実行せざるを得ないでしょ。約200年間。そら慣れるわ。
まあ、よく無防備だの羞恥心だのと女性死神たちから口酸っぱく説教されてはいたが……。
無意識の行動は男準拠なんだよねぇー。
それでも、いつか俺も結婚とかせなあかんのかなー、なんて考えが時々浮かぶのだ。
その流れで時々自分の理想のタイプというものも考える。
まあ、現状ではダントツで苺なんだけど。
結婚するなら苺がいいなぁ。
あれ? でも原作のチャン一って何か結婚したとかいう噂を聞いた事はあるんだが……。忘れたわ。
ま、こんな下らない事を考えても仕方ない。
俺の相手なんてどうでもええわな。
ぶっちゃけ未だに男の価値観で動いてるし。
乙女チックな思考の男みたいなもんだろ。それはそれで少し嫌だな……。
いや、だから、
──真咲ちゃんと一心さんの関係を進展させねばならない。(使命感
しょうがない。
ここは俺がお節介おばさんに成らざるを得ないようだな!
なんか知らんが竜弦さんと片桐さんは既に仲良し。
放っておいても雨竜くんはその内に産まれそうである。
という訳で、事ある毎に俺は真咲ちゃんと一心さんが二人になるようセッティングを施した。
ご飯や買い物に始まり、ちょっとした時間や休日など。ありとあらゆる時間を二人で過ごすように誘導した。
途中からは流石に気付いていたようで、二人とも少し気まずそうにしていたが……互いに良い感じで意識しているのだろうか?
ほんまに分からんマッカラン。
んで、俺は一人寂しくビールを片手にテレビを見ております。
ビバ現代生活!!
いやぁ、海外のお酒って美味しいのね!
え、国産? ビールってドイツじゃないの?
ま、美味けりゃ良し!
別に酒には弱い訳でもない。尸魂界に居た頃から飲んでいた。
ただ、自分一人で気ままに飲む、という事は現世に来てから初である。
ちなみに、今俺が住んでいるのは賃貸アパートだ。
真咲マネーが手に入ったのもあるが、俺のバイト代がそれなりに貯まったという事もあり浦原さんにお礼を言って借りた部屋である。
黒崎診療所が出来てからは一心さんが一人暮らし。
俺と真咲ちゃんがその近くのアパートで一緒の部屋を借りて住んでいる。
初めは真咲ちゃんと一心さんの二人で診療所に住めばええやんなんて思ったが、流石に恋人になっていない内からはやり過ぎだと思い控えた。
俺でもそれくらいは分かる。
ちなみに、一心さんは真咲マネーで開業できたのだからと言って『黒崎』の名を診療所につけている。
そのため、本人も建前上『黒崎』を名乗っていた。
戸籍上では二人は“遠縁の親戚”になっているらしい。
真咲ちゃんが天涯孤独の身上を知っている人はそこまで多くないので、「なんか見つかった」みたいなノリで押し通すようだ。
浦原さんの匠の業が光るね。
そして、便宜上とは言え同じ姓になった二人の関係は一歩近づいたと考えても良いだろう! (確信)
という訳で、俺は恋人のいない新社会人がした初めての一人(二人)暮らし状態である。
つまり、好き勝手に日々を過ごしている。
バイトして、浦原さんとこで店番して、近所のガキどもに水鉄砲向けられて。
で、時々勉強してる。
医学の知識は俺もしっかり確認しとかないとねー。
時々浦原さんにも手伝ってもらっているから、もう少ししたら黒崎診療所でナース那由他ちゃんになるゾ!(キラッ☆)
まあ、現状はそんな感じ。
マジで真咲ちゃんと一心さん、ちゃんとくっつくんだろうな?
凄い心配なんじゃが……もう少しプッシュしてみる?
倍プッシュだ!
流石にそろそろウザがられそうなんで止めときます……。
▼△▼
「それで、何故、貴様が、僕に相談してくる?」
僕──石田竜弦は目の前に座る死神、いや、元死神に鋭い目を向ける。
当の本人は頭を手で搔きながらどこかソワソワとしていた。
鬱陶しい事この上ない。
そもそも、どうして僕が志波一心の相談に乗らなければならない。
「不愉快だ、帰る」
「まぁー待て待て待て! 片桐さんの時には俺が相談に乗ってやったろぉ~」
「気色悪い声を出すな。虫唾が走る」
「最近のお前、えらい口悪くなったよなぁ……」
引きつった顔で僕を押しとどめる志波一心に、僕は眉間に皺が寄るのを自覚した。
片桐との事を話したのは一生の不覚だった……!
女性との接し方なんて真咲相手でしか知らない。
ただ、真咲は片桐とは真逆の性格だ。片桐への参考には全くならなかった。
そして、何をトチ狂ったのか、僕は目の前の元死神の助言を受けてしまったのだ。
今更ながら本当に後悔している。余程切羽詰まっていたらしい。
そう考えると少し可笑しく思えるが。
「さっさと済ませよう」
「おぉ! 恩に着るわ!」
これ以上まとわりつかれても迷惑である。
ならば、手早く用件を済ませた方が利口だ。
それだけである。
決して片桐との仲が上手くいった礼などではない。
「それで?」
僕が軽く促すと、奴は再び頭をポリポリと弄り始めた。
気色悪い。
「いや、実はな、そのぉ~……。那由他さんの事なんだけどな?」
「藍染那由他さん、か?」
これは少し意外だった。
僕はてっきり真咲の事について聞かれると思っていたからだ。
藍染那由他について、僕が知っている事は少ない。
あの一件以来、何かと僕と片桐の世話を焼いて来るお節介な人程度の認識だ。
いや、僕たちだけではない。
目の前の元死神と真咲の仲も取り持とうとしている。
しかも、中々に手際が悪く不器用にもほどがあるらしい。
恐らく本人はさりげなく二人の時間を作ろうとしているのだろうが、あからさまに過ぎ逆に二人が気まずくなって会話も思ったように続かない。そんな話を浦原喜助経由で聞いた。
もう関わりを持つつもりなどなかったのだが、何故か志波一心──ああ、そういえば建前上で『黒崎一心』と名乗っていたか、とにかく、こいつが中心になって他の死神たちとの関係は続いている。
僕を支えてくれている片桐のフォローも何だかんだやっていたようだ。
それさえなければ聞く耳も持たないのだが……。
「那由他さんの行動が奇抜過ぎて、俺もどう真咲ちゃんに接したら良いか分かんないんだわ」
なんだ、結局真咲の話ではないか。
遠回りな言い方をしても面倒なだけだ。単刀直入で端的に、要点を押さえて理路整然と語って欲しい。
「つまり、真咲との距離を縮めたいが方法が分からないという事か?」
「まあ、簡単に言えば」
イラッとする。
それを僕に聞くか?
デリカシーがないにもほどがある。
確かに、僕は真咲の事を吹っ切れた。全ては片桐のおかげだ。
今は側に彼女がいてくれるおかげで、僕は新たな道を目指し進む事が出来ている。
そして、そんな彼女を助けてくれた一人が、何だかんだで目の前にいるこの男だ。
だが、それでも。
僕に、真咲と恋仲になりたいという相談をするか?
「いや、お前にこんな事を聞くのはどうかと俺も思ってるよ?」
どうやら黒崎一心もそれなりの感性は持ち合わせていたようだ。
「ただ、他に適任者が思い浮かばないっつうか、那由他さんの目を誤魔化せそうで的確なアドバイスくれそうだったのが竜弦しかいなくてな……」
それは……そうかもしれない。
浦原喜助はきっと面白半分で藍染那由他へ情報を横流しするだろう。
奴はそういう男だ。
藍染那由他に悪意はない。それは分かっている。
壊滅的に色恋に向いていないだけだ。彼女の相手になる奴は相当な苦労を強いられるだろう。
それでも他人の世話をしたがる人なのだから、質が悪いとしか言いようがない。善意である点が尚更。
これら二人に相談を持ち掛ける事など、確かに出来ないだろう。
ならば片桐に相談すればと思うが、なるほど。どちらにしろ僕に話を通しておこうという、こいつなりの筋の通し方だったか。
それならば理解できる。
黒崎一心はまだ現世に来てそれほどの時間が経っていない。
これまで開業医になろうとして勉学漬けであり、開業してからは個人営業のようなものだ。他者との接点はそこまで多くないだろう。
他にこんな相談を出来る相手がいないというのも頷ける話ではある。
ため息をついてしまうが。
「……普段はどのような会話をしている?」
一応、話くらいは聞いてやろう。
僕の態度は素っ気ないものの、黒崎一心は喜色の宿った顔で身を乗り出してきた。
暑苦しい、近づくな……!
「主に真咲ちゃんの大学生活と、俺の仕事の調子がどうかっていう、まあ世間話みたいなもんだな」
「そこを変えてみたらどうだ?」
「と言うと?」
「恐らく、真咲は藍染那由他、さんに遠慮している」
「ああ、それなぁ……」
これには奴も気付いていたようだ。
いや、流石に誰でも分かるだろう。
真咲は良い意味で真っ直ぐで裏表がない。
気付いていないのはポンコツな思考回路を持つ藍染那由他くらいだろう。
無表情で不愛想だが、しっかりとコミュニケーションは取れるし、少し話せば彼女の残念具合も分かる。
自身が美しいという評価に分類される女性であり、男性から容姿やスタイルが魅力的に映るという事を全くと言って良いほど理解していない。
対人関係が苦手などと思っていそうだが、その割には他者への介入を積極的にしてくる。
後先考えず、「何とかなるだろう」という思考が透けて見える行動力だ。
その行動が人助けに繋がっており、結果としては良い方向へ転がる事が多いようだが……見ていて非常に危なっかしい。
お人好しな二人の事だ。
そんな彼女の善意を無為に出来ないと思い、どこか遠慮してしまっているのだろう。
勘違いして欲しくないが、僕は別に藍染那由他の事が嫌いな訳ではない。
良い人だとは思うし、真咲を助けてくれた一人として恩義を感じてもいる。
ただ……残念な人だと思っているだけだ。
「貴様の問題もあるだろうが、真咲自身の問題でもある。そこは二人で話し合って解決しろ。少なくとも、藍染那由他さんに真咲の前でデレデレとするのだけは止めておけ」
「お、おう。そうだよな……」
思えば、真咲はこいつに助けられてからずっと彼を意識している。
恋心とまで言えるかどうかは分からないが、これまでずっと僕は彼女を見てきた。
その程度の変化なら分かる。
この男も同じだ。
女好きなのは確かだろうが、真咲に対してはどこか真摯な対応をしている。
藍染那由他が余計な事をしていなければ、もう少し早く付き合っていても可笑しくはない。
本当に、あの人は……。
真咲や黒崎一心と離れられない関係上、二人が彼女の事を意識し遠慮するのは当然だ。
彼女の行動はそれを更に意識させているだけである。
二人が自然と接していられるのは、藍染那由他が関係なく一緒にいる時だろう。
軌道に乗り始めた診療所の様子を、真咲はよく見に行っていると聞く。
二人にとってはその程度の時間を取れれば関係を進めるのに十分だろう。
だからと言って、僕が藍染那由他に忠告に行くつもりもない。
……叶絵に少し話してみるくらいはしてやるか。
何かを決心したような黒崎一心が感謝を言い僕の前から去っていく。
その後ろ姿を見ながら、僕も大概お人好しだと思った。
▼△▼
「私、どうしたら良いのかな……」
儂──四楓院夜一の目の前には黒崎真咲がおる。
今は猫になっているため、彼女はしゃがんで儂に話しかけておるのじゃが……。
傍から見たら猫に話しかける寂しい奴じゃの。
まあ、人目のない時には儂も普通に喋っておるし、話相手になるくらいなら構わん。ぶっちゃけ暇じゃしの。
喜助の話を聞き、特殊な体となった黒崎真咲の事は知っておる。
那由他と一心が世話を焼いたようじゃな。あやつららしい。
そして、目の前の少女、いや、もう女性と言うべきかの。彼女はその恩義を二人へと感じている。
その想いが、いつの間にか恋心へ変わったようじゃ。勿論、男である一心への。
それがどうにも引け目を感じる要因になっておるようじゃのぉ。
同じく助けてくれた二人にも関わらず、一心の方へだけ特別な感情を抱いてしまっておる事に本人も少し戸惑っておるらしい。
そんなもん、気にせんでも良いと思うのじゃが。
一緒に助けたはずの喜助を何の疑問もなく除外している時点で答えが出ておろうに。
それと、真咲と関わるのはどうせ那由他のお節介じゃろ?
昔からどこか直情的なところがあるからの、あやつには。
仕事も鍛錬も目の前の事に全力じゃったし、死神としての才は見た事がないほどのものを那由他は持っておる。
しかし、人の機微に気が利くやつとはあまり思っておらん。
ただ、どうやら那由他は真咲と一心の気持ちを察して二人をくっつけようとしてるようじゃ。
まったく、あやつは……。
もう少し上手いやり方があるじゃろうに。
不器用にもほどがあるぞ。
儂もため息をついてしまうわ。
普段は決して頭が悪い訳でも気が利かない訳でもないんじゃがのぉ。
これは那由他の春は当分先じゃな。
と、いかん。今は目の前のこの子じゃったな。
「あのね、夜一さん。私……一心さんの事が好きみたいなの」
ほぉ、その自覚はあったのか。
これは一心の春は近そうじゃ。
「でも、きっと一心さんは那由他さんの事が──好き」
んんんんんん!?
「あの人、いっつも那由他さんにデレデレしてるし、チラチラと胸とかお尻見てるし……私のは見ないのに」
これは……嫉妬か?
いかん、いかんぞ一心!
お主の紳士な対応が逆に真咲など眼中にないと受け取られておる!
ここは儂がフォローしなければならん!
「あやつは女好きなだけじゃ、那由他を好いておる訳では……」
そういえば、百年ほど前に一心が那由他相手に玉砕したという話を聞いたの。
お、おい、まさか、あやつ! まだ那由他の事を諦めきれていないなどと抜かす馬鹿な事はあるまいな!?
あやつの態度を見ておれば、那由他は“憧れ”であり真咲には“寄り添いたい”という想いを抱いておるのは分かっておる。
儂とて女子じゃ。
色恋とて少しは憧れがあるし、傍から見た恋心を察するくらいは出来る。
しかし、一心が那由他に抱いている今の想いに恋が入っていないと言い切れるだけの自信はない。
ど、どうする、儂!?
「那由他さんは、一心さんと、その、付き合うつもりはないみたいだけど……別に嫌いって訳じゃないだろうし、お互いに信頼している感じもするし」
まあ、那由他を見れば一心に気が無いのは確かじゃ。あの二人がくっつく心配は無用と言えよう。
しかし、じゃからと言って一心が真咲に乗り換える、などと言う軽薄な男でもない事は分かる。
これは一心の本心を確かめた方が良いのじゃろうか?
それなら儂が聞くよりも真咲本人が確認した方が良いじゃろな。
そうすればあやつも決心がつくじゃろうて。
「ここはアタシにお任せを!」
……まーた面倒な奴が出おったのぅ。
▼△▼
今日は竜弦さんと叶絵さんの結婚式である。
意外にも二人の友人知人が大勢呼ばれ、式や披露宴は中々に盛大なものだった。
石田家がどうやって結婚を許したのか知らないが、二人の親族も出席している。
まあ、小さい頃からの幼馴染だし、片桐家も純血統ではないとは言え滅却師の系列らしいし。
真咲ちゃんが竜弦さんのお相手対象外になった時点で選択肢の幅も少なかったのだろう。
この際に、俺は石田宗弦さんと知り合った。
竜弦さんのお父さん、雨竜くんのお爺ちゃんである。
なんか求道者のような虚無僧のような、なんとも厳つい雰囲気を纏った人で少しビビった。
しかし、人に接する態度は好々爺然としていてとても気の良いお爺ちゃん。
人も見かけで判断してはいけない。はっきり分かんだね。
少し話をしてみたが、どうやら彼は滅却師の在り方に疑問を持っているようだった。
初めは滅却師の技術を磨く事に心血を注いで家庭を顧みる事などなかったそうだが、竜弦さんと叶絵さんの関係を見て考えを変えたらしい。
元は人を護るための技術。それがどうして同じ目的を持つ死神と敵対しなければならないか。
そんな禅問答のような事を日々瞑想して過ごしているんだと。
マジで修行僧みたいな人だな……。
さて、話を式に戻そう。
俺も今日はきちんとお洒落している。
薄い水色のワンピースタイプのドレスだ。髪もいつもと違ってアップに纏めてもらっている。
中々に上品な令嬢になっているのではないだろうか。見た目だけは。
真珠のネックレスなんかも付けて、リサちゃんや夜一さんにお化粧もしてもらった。
今までほぼスッピンだったから、自分じゃあんまり上手く出来なかったんだよね……。
流石に子供の落書きみたいな妖怪になる腕前じゃないが、それでももっと上手くやってくれる人に任せた方が良い。
そのおかげか、参列者から男女関係なく視線をちょくちょく貰っている。
地味に気持ち良いな!
死神の頃はそこまで露骨な視線を向けられた事などなかったが、時にはこういう有名人気分も良いものである。
さて。
本日、浦原さんは何やら仕込みをしたそうだ。
残念ながら彼が式に呼ばれる事はないそうだが、演出の方をプロデュースしたらしい。楽しみである。
俺と同様にお呼ばれした真咲ちゃんは叶絵さんの姿にキャーキャー言ってはしゃいでおり、そんな彼女の様子を一心は苦笑の顔で微笑まし気に見守っている。
なんか良い雰囲気じゃない!
俺がお節介おばちゃんを始めてからしばらくした後、俺は叶絵さんに呼び出され言われたのだ。
『私にお任せ下さい。那由他様は、ほんのすこし見守るくらいの方がよろしいかと』
えぇ~。アレ、結構楽しかったのに。
なんて不満を感じ取ったのか、叶絵さんが苦笑を零していたのは印象深かった。
あの人、何でも受け入れる凄い懐が深い人なんだもの。
え、俺ってもしかして余計な事してた?
その後も竜弦さんや夜一さん、浦原さんにまで『手を出すな(意訳)』と言われションボリしていましたよ。
あっれ~?(困惑)
可笑しいなぁ、俺の(偏った)知識によればあれで進展すると思ったんじゃが……。
『ここで、新郎新婦よりサプライズがございます』
なんて事を思考の片隅で考えていた時の事だった。
お、これが浦原さん秘伝の恋愛奥義かな!
でもあの人の恋愛感性もポンコツな気がするんだけど大丈夫?
まあ、夜一さんやリサちゃん、白ちゃんに鳳橋さんも手伝ったとか聞いたから変な事ではないだろうけど。
ナチュラルに外されるひよ里ちゃんは友だね。
『新郎新婦の仲を取り持ったお二人に、感謝のお手紙です』
おぉ、手紙ね! 定番だね! イイネ!
ご両親に対する手紙もあったけど、それぞれの親友に対する手紙か。
しかし、竜弦さんがよく書いたな……。
と思ったら、どうやら叶絵さんから二人に対する手紙らしい。納得。
二人との出会いから竜弦さんと仲を深める切っ掛け、その際に二人が助けてくれた思い出。
情緒溢れる優しい言葉と、それを奏でる叶絵さん自身の声が非常に合っている。
出会ってからそこまでの時間を一緒に過ごした訳じゃないが、それでも叶絵さんの感謝の気持ちがこれでもかと込められた素敵な手紙だった。
うん、泣きそう。
心の中では号泣している。
こういう時ぐらい泣かせてくれよ、無表情先生ぇ~。
「そんなお二人に、私は感謝の念が絶えません」
叶絵さんの言葉が途切れる。
その顔は慈母のように柔らかく、とても温かみに溢れた笑顔だった。
真咲ちゃんを“太陽”とよく形容するが、彼女は陽だまりみたいな人だ。
真夏のような燦燦と降り注ぐ恵みではなく、心を軽くする包容力と母性を持っている。
ここに少しだけ
「
ん? 終わった?
あれ? なんか普通に良い内容だったけど……これで終わり?
こんなんで二人の関係が次のステップいけるの?
俺は真咲ちゃんと一心さんへと視線を移してみる。
二人の顔は恥ずかしそうで誇らしそうで、そして僅かに頬を染めていた。
う~~~~ん!?
進んでいる。
俺でも分かる。
この変化は分かる。
何だか二人の想いが吹っ切れた感じ。
周囲も微笑ましそうに二人を見つめている。
いや、俺も嬉しいんだけどね?
なんて言うか、納得いかない。
あっれぇ~?
俺の何がいけなかったのかも、これでどうして上手くいったのかも分からない。
やはり、俺に恋愛は数百年早かったようだ。
とりあえず、こんな雰囲気の二人を俺が邪魔する訳にもいかない。
披露宴が終わった後、俺はそっと二人から離れて一人で帰った。
流石に勝手に帰ったら心配するだろうから「急用が出来たので先に帰ります」と一声だけ伝えたのだが、
「うんっ!? う、うん、分かった!」
「お、おう! いえ、はい! 分かりました!」
なんて二人してキョドっていましたよ。
あら^~。
お邪魔虫は早々に退散するといたしましょう。
「いや~、上手くいったようッスねぇ」
「そのようです」
すぐに家に帰るのも何なので、俺は帰りがけに浦原さんのとこへ押しかけた。
いや、何か幸せそうなカップルを二組も見ちゃって、少し切なさが……。
俺の側に一護かルキアでもいてくれたらな~。
「どうして上手くいったか分からない感じッスかね」
そして、そんな俺を揶揄うように浦原さんが声をかけてくる。
悪いかよ。
分からんよ。
俺がやっていた事は逆効果だったっぽい事は理解できましたけどね!?
「まあまあ。別に那由他サンの事を邪険にした訳じゃないッスよ」
ヘラヘラとした顔が妙にムカつく。
八つ当たりですが、何か?
「ただ、二人には二人のペースがある。それだけッスよ」
何か含蓄があるような無いような言葉でお茶を濁された。
言ってる意味は分かるんだけどね。
「恐らく、少ししたら真咲さんが一心さんのところへ転がり込んで一緒に住む事になるんで……那由他サンは余計な事しないで下さいね?」
ほら~~~!!
やっぱり俺がやる事は面倒にするだけだって思ってるんじゃんかぁ~~~!?
俺はさっさと帰ってふて寝した。
その一年後。
一心さんと真咲ちゃんが結婚した。
解せぬ。
いや、いいんだけどね?
むしろ望んでたんだけどね?
なんかなぁ~……。
性格における虚の影響もなくなり、”死神として超優秀”というフィルターが薄い人たちから見た人間としての那由他は『ポンコツ思考の残念な美人』という評価に落ち着くの巻。
でも好かれてはいるからっ!(必死